04 タイヨウ、星になる 〈後編〉
「〈ヤマタノオロチ〉の襲来?」
タイヨウは、宿屋のベッドに横たえながらヤマセに聞いた。
ヤマセは「ええ」とだけ答え、ベッド横のイスに座ると、〈イズモの町〉代表から受けた依頼の詳細について語り出した。
「イズモ南東を支配するエネミーですが、現在、配下を引き連れロンガ砂漠を横断中とのことです。オアシス警備隊から、町の代表に連絡が入ったそうで、移動速度から鑑みるに今夜には〈イズモの町〉に到着すると」
「そいつを倒すのはいいけど……それと全町民参加五十曲ライブと何の関係が?」
タイヨウは既に〈魔法の鞄〉から〈精霊の杖〉を取り出していた。
今からでも戦いに行くつもりなのだろう。
ヤマセは手を突き出して制止した。
「〈ヤマタノオロチ〉を倒す依頼ではありません」
「えっとオロチって〈レイド〉ランクだっけ?じゃあ町中の冒険者と協力して……」
タイヨウはヤマセの話も聞かず、装備欄をいじくっている。
「〈レギオンレイド〉です」
タイヨウは数瞬ポカンとした後、手に持った制作級の杖をスっと鞄の中に戻した。
「フルレイドは、冒険者二十四人で戦う敵だよね」
「はい」
「レギオンって何人だっけ、四十八人?」
「それダブルレイド。レギオンは九十六人です」
「九十六!?無理ゲーじゃん!!」
タイヨウは鞄から〈弧状列島ヤマト版モンスター辞典〉を取り出すと、ペラペラめくりだした。
「〈ヤマタノオロチ〉がイズモの町を襲う……、そんな〈クエスト〉聞いたこと無いわよ?」
「そうですね。そんな〈クエスト〉は現在、確認されてません」
「じゃあなんで、"オロチがイズモの町に向かってる"なんて、言い切れるの?」
「町の代表が言ったんですよ。きっと〈黒桜〉が狙いだろうって」
ヤマセは窓の外で盛大に燃え上がる〈黒桜〉を指さした。
「あー……。あれにオロチの孫が封印されてるんだっけ……」
タイヨウは思い出すように言った。
「そうです。確かにゲーム時代、そんな〈クエスト〉はありませんでした。でも」
「でも?」
「でも"常識的に考えれば"、自分の孫の復活を邪魔する儀式を、オロチが放っておく義理はないですよね」
「オロチが、孫の復活を手伝うぞ!って自分で考えてこっち来たってこと?」
「エネミーが自ら考えて動く例は今までにも何件か報告されています。"東"ではレイドボスが自傷戦法使ったり、複数で共闘する事例もあったとか。まー、アイドル目指し出すレイドボスだっているくらいですし?」
ヤマセはベッドの上に散乱する、レインのパジャマを指さして言った。
「討伐依頼じゃないなら、〈イズモ騎士団〉の支援をする任務とかっスか?」
二人の会話を横に立って聞いていたイタチが、間に入る。
タイヨウも顔を上げて、ああなるほどと頷いた。
そもそも〈イズモの町〉の危機なのだから、〈イズモ騎士団〉が率先して立ち上がるべきだろう。
無類の強さを誇る伝説的大地人〈古来種〉たちの力をもってすれば、くい止められるのではないか。
彼女たちの心はだいぶ晴れやかになった。
「〈イズモ騎士団〉ですか?とっくの昔に消滅しましたよ?」
ヤマセの無神経な一言は、彼女たちの心をへし折った。
イズモ、ひいてはヤマトの守り手である〈イズモ騎士団〉は、既に列島から姿を消したらしい。
原因は不明だが、とにかく彼らの消失は"情報通"の間では常識だという。
プロデューサーは自慢げに言うのであった。
話が本当であれば、町の防衛は望めないだろう。
「なら、早くみんなを避難させないと……!」
「そうですね。だからライブしましょう」
「なんで!?そんな場合じゃないでしょ!?」
「これが町の代表からの提案でして。なんとか住民にバレないように、"さりげなく"避難させて欲しいと」
「さりげなく?なんで?」
「つまり、ライブ名目で住民を町の外へ避難させるんですよ」
「回りくどい!ふつうに避難させたらいいじゃん!」
「いいですか、タイヨウさん。ここの住民はみんな〈イズモ騎士団〉がこの町を守ってくれるから安全、と思ってるんですよ。避難なんかさせたら〈イズモ騎士団〉はどうしたと詮索されるでしょう」
「〈イズモ騎士団〉がいないのを、住民は知らないの?」
「一部ギルマスクラスを除けば、知らないみたいですね」
「なんで!?町の一大事なのに……!」
「いないなんてこと知れたら、町が滅びますから。〈イズモ騎士団〉のためにあるような町ですよ。彼らがいなければ、こんな高レベルモンスター跋扈する危険地帯、みんな逃げ出してますよ。
この町には騎士団がいるんだ、だから安全なんだ、と住民には思っててもらわないと困るんです。
オロチに為すすべもなく蹂躙される町の様子を、町民に見せないためには、今夜郊外で開かれるタイヨウさんのライブに、全員を釘付けしておく必要があるわけです」
「だから急遽〈オールナイト・ライブ〉に変更になったと……」
「ええ。ご安心を。町の代表曰く、この町の住民はなにかしらのギルドに所属しているので、各ギルドマスターが言えば住民全員を動かすことは容易、とのことです」
「私の負担はガン無視……」
「未来の〈銀河系アイドル〉であれば可能でしょう?」
町の都合のために、住民の命が危険にさらされる。
タイヨウにとっては我慢ならないことであったが、もはや説得する時間も惜しい。
災害から住民と町の未来を守るため、三人は馬を走らせ、町の郊外にあるライブ会場へと向かった。
◆
町の中心部から北西に五キロ、ヤマト海を望む海岸沿いに置かれた〈ヒノサキ神殿跡〉がライブ会場であった。
同神殿は一基のピラミッドと、その麓に設置された広場がセットになった遺跡である。
広場の中央には火を灯す、高さ十メートルほどの白亜の灯台が置かれている。
遺跡のフレーバーテキスト曰く、神代において、太陽に火を捧げる神事が行われたらしい。
この遺跡のピラミッド部分を観客席に、灯台をライブステージに利用する、それがヤマセの作戦であった。
なんて冒涜的なことをするんだと批判もきそうだが、イタチもヤマセもそれに気をかける暇はなかった。
機材チェック、照明チェック、清掃、臨時スタッフへの説明など、明らかに二人では手に余る。
なにせ観客千人、五十曲披露のオールナイトライブ。
セルデシア史上空前の規模である。
「タイヨウさんはどこにいるんです?」
ヤマセがイタチに聞いた。
「灯台の中にこもってるっス」
ヤマセが灯台の鉄扉を見ると、〈立ち入り禁止〉と書かれた張り紙が張られている。
別段珍しいことではない。
二人は、今まで通り放っておくことにした。
どうせ必死でセットリストの最終確認しているのだろう。
ヤマセにとってはむしろ安心感につながる事態であった。
夕方になり、神殿広場中央の灯台に火が灯った頃、ぞろぞろとイズモの町民たちがやってきた。
大地人らしき人が大多数を占めたが、冒険者の姿も少なからずあった。
〈イズモの町〉は、ウェストランデの中でも特に冒険者人口の割合の高い町だ。
〈イズモ騎士団〉消滅、さらに騎士団が張った町の〈結界〉も、管理する者がいなくなったことで日に日に弱まっている。
防衛力を補填するためにも、町は冒険者集めに躍起になった。
難易度の割には報酬の高いクエストを多数発注し、またナカスなどから逃げてきた難民冒険者も積極的に受け入れてきた。
中にはお尋ね者のような、いわくつき冒険者もいたが、大切な用心棒としてもてなしてきた。
今回のオロチ襲来についても、当初は"冒険者たちで倒してきてほしい"という依頼であった。
レベル八十五、HP三十二億を誇る〈ヤマタノオロチ〉を倒せる存在なぞ〈D.D.D〉か、ウェストランデの〈禁軍〉くらいなものである。
ヤマセは無理だと断り、このライブ名目の避難策を提案した。
退治依頼を断られた直後、町の代表は瞳孔を上下左右に細かく刻み、憤りと動揺の混じった口調でヤマセ(というか冒険者全体)をののしったが、彼はライブ策を押し切った。
町民全員が観客席に座ったところで、彼らを率いてきた代表は、灯台の裏手に控えるヤマセのもとへとかけよった。
年齢は五十代後半くらい、血色の悪い痩身の男性だ。
「ヤマセさん。本当に大丈夫なんでしょうね……?よく分からないですけど、ライブ……?なら住民に気づかれずに避難できるって……」
「お任せください。ライブにつきましては多数の実績がございます。ねえタイヨウさん」
ヤマセは灯台の扉を開け、タイヨウを確認した。
彼女は壁に手を当て、ゲーゲーと嗚咽を繰り返していた。
代表は彼女の様子を見て、大丈夫かと重ね重ね確認したが、ヤマセは扉を勢いよくバン!と閉めた後、問題ないと念押しした。
ようやく代表が客席へと引き返したことを確認したヤマセは、タイヨウのもとへかけより、強力栄養剤〈妖精印のロデタリンDX〉を手渡した。
タイヨウはそれを一気飲みすると、「ありがと」と一声かけ、準備があるからと彼を追い払った。
◆
〈ヒノサキ神殿跡〉は静寂を保っていた。
観客席からは、ささやく音がわずかばかり聞こえるだけだ。
ヤマセの腕時計が二十時を指し示した。
直後、灯台の火がパっと消える。
〈ヒノサキ神殿跡〉全体が闇に包まれた。
観客席からは何事かという、ざわざわした音が広がる。
「〈オーロラヒール〉!」
詠唱とともに、虹色に輝くオーロラが現れ、広場と観客席を囲った。
「まだまだぁ!〈イセリアル・チャント〉!」
天井から白く輝く羽が、舞い散る。
観客席からはおー!っという歓声が巻き起こった。
「〈アージェントシャイン〉!〈エナジープロテクション〉!」
その声とともに灯台の頂上が発光し、タイヨウが姿を現した。
彼女の体は虹色に発光していた。
「みなさーん!はじめまして!ア・イ・ド・ル冒険者の!タイヨウです!今日は楽しんでいってくださいねー!!」
会場全体から拍手が起こった。
〈施療神官〉の真骨頂たるド派手な光魔法は、観客の注目を集めるのには十分すぎる効果を発揮した。
さい先は最高。
ライブ終了まで、あと九時間。
◆
「…………はい。〈ギルド会館〉ほか〈社〉の中も入って探しましたが、めおしい手がかりは見つかりませんでした。詳細は追って直接報告いたします。まずは連絡まで、はい……」
〈イズモ騎士団〉の本拠地たる〈クニビキの大社〉の門を後にしたクモリは〈通話の水晶玉〉を〈伽羅倶利忍び装束〉にしまい込んだ。
彼女の前方には石畳の参道がまっすぐと延びており、その両端には屋台が並んでいる。
次の仕事に取りかかるべく、参道を通り、遠く正面に見える時計台へと歩みを進めた。
時計台の針は十九時半を示している。
あと三十分でライブが始まる。
そして同時刻、〈ヤマタノオロチ〉がこの町を襲う。
本来なら祭りもたけなわ、参道は人でにぎわっているはずだが、今は店主も、客の姿もなかった。
〈社〉に探りを入れている間に、住民の避難は完了したようだ。
商品をそのままに出て行った屋台もあり、右手に見える〈飛礫そば〉などは、のびて鍋からデロンと飛び出ている。
突然町ごと神隠しに遭ったかのような不気味さが漂っていた。
道の途中、〈黒桜〉のもとへとさしかかった時に、クモリの屋台が見えた。
朝、子どもたちにたかられた記憶が蘇る。
結局、タダでぜんざいをあげる羽目になった。
炊き出しじゃあるまいし。
まったくもって許せないのはあの糞餓鬼だ。
……まぁいいさ、屋台は隠れ蓑だ。
私はぜんざい屋ではない……私は……
「おいぜんざい屋!」
背後からの声だった。
クモリは反射的に振り向いた。
「言われた通り〈ギルドパス〉持ってきたぞ!ぜんざい二十個くれ!」
声の主はレインだった。
彼女は得意満面な顔でクモリに〈ギルドパス〉を差し出した。
「おま……ライブはどうした!早く行け!」
「ライブ?ライブなら知ってるぞ、タイヨウから聞いたからな!まだギリギリ間に合う時間だ!だから早く!ぜんざい!」
「さっき食っただろ!?売り切れだ。まったく二十個も欲張りなやつ……」
「えぇ!?売り切れかぁ……」
「そうだ、だからライブに……」
「ごめんな、みんな」
レインが謝ると、路地裏や軒下からぞろぞろと子どもたちが出てきた。
いずれも午前中にたかられた〈廃棄児〉であった。
「……!」
……まあ……そうだよな。
"町民"にこいつらは含まれてないよな。
そりゃ、そうだ。
連絡なんていくはずはない。
これからの任務に支障をきたさないためにも、クモリは自分を納得させようとした。
「おいお前ら聞け!北の山に避難しろ!」
クモリは周囲の子どもたちに対して、できるかぎりの大きな声で伝えた。
「なんでだ?」
レインは言葉を返した。
子どもたちはそろって首をかしげた。
「今この町に危険が迫っている!ここにいたら死ぬぞ!」
「危険?嵐でも来ておるのか?たしかに、ひと雨きそうな天気だな」
「嵐ならよかったんだがな!いいから!早く行け!」
「嵐じゃない……ははん、燃える〈黒桜〉……避難……オロチか?」
「なんだ、知ってるのか?冒険者一人じゃ手に余る相手だ。理解したなら……」
「どこにいる?町の危機なのだろう?」
「倒すつもりか?〈レイドランク〉エネミーだぞ?HP35億の化け物をどう倒すんだ」
「問題ない。どこだ?早くしないとライブに間に合わん」
そう言うとレインはその場で詠唱を始めた。
螺旋の炎が吹き上がり、彼女の身体を包み込む。
異常な光景を前にして、クモリは脳裏にレインのステータス画面を浮かべた。
「ひょっとしてお前……」
突然の炎上に恐れ、子どもたちは散り散りに逃げていった。
炎は柱となり膨張を続け、旋回の速度が少しゆるまったかと思うと、破裂した。
〈天泣ノ蒼龍〉は胴体をくねらせながら飛び上がり、〈黒桜〉の周りをしばらく飛行した。
そしてクモリの前に止まると、口を大きく開け、一声たけり叫んだ。
町全体がビリビリと揺れる。。
「……いや、龍……、えぇ……」
目の前の状況は受け入れられるものではない。
もう知らない。
見なかったことにして、任務を続けよう。
時計台に行って町の観察を……。
いやまて……。
コイツ、今から〈ヤマタノオロチ〉を倒しに行くつもりなんだよな。
……本当にやるつもりなのか?
…………ついて行くか?
落ち着け。
このまま町が蹂躙されていく様子を監視するか。
こいつが〈ヤマタノオロチ〉を倒して町を救う"おとぎ話"を見に行くか。
…………。
クモリは石畳を強く蹴り上げ、〈天泣の蒼龍〉の頭に飛び乗った。
そして角をつかみ、東の方角を指して声を張り上げた。
「ロンガ砂漠まで案内してやる!」
◆
「じゃあ次の曲いくよー!」
「Foooooooo!!オイ!オイ!オイ!オイ!」
ライブは信じられないくらいに、順調に進んだ。
〈タイヨウ・ファンクラブ〉が勢ぞろいしていることは彼女にとって僥倖だった。
こんな心強いことはない。
最前列で無心に〈蛍火の剣〉を振り回す三人のファンこそ、まさに救世主であった。
彼女はできる限りこの三人だけを見てライブを進めようと考えた。
周りの千人を視界に入れたら、緊張から動けなくなるかもしれない。
手を振るなどのレスポンスも、三人にのみ向けた。
その成果もあり、アイドルと最前列のファンによる狭い空間は、すさまじい熱気を帯びていた。
その他の観衆にとっても、このライブはことのほか楽しめた。
突然連れてこられた上に、訳の分からない掛け合いを見せられた戸惑いはあった。
しかし、光魔法によるド派手な演出、歌にダンスといったパフォーマンスは珍しく、多くの者の興味をそそった。
MP度外視の大型魔法連発も効いた。
タイヨウのヘイトは爆上がりし、観衆は物理的に目が離せなくなったのである。
アイドル一人、ファン三人による"熱の半径"は徐々に拡大していき、アイドル文化に理解のある冒険者の住民へ、そして大地人へと波及していった。
時刻は夜十時、開始から二時間が経った。
「まだまだぁ!次の曲いっくよぉ!"恋する第三惑星"!」
「「「キタアアアアアアアアアア!!!!」」」
既に折り返しとなる二十五曲目を迎えていた。
地球で流行したアイドルソングばかりを歌ってきたが、そのストックも切れかけている。
ヤマセから受け取ったセットリストに従えば、ここからは"怪獣のバラ○ド"や"大地賛○"など、アイドルソングではない、"ただ単にタイヨウが歌える曲"が続くことになっている。
合唱曲なんてどうダンスすればいいのか。
タイヨウはそんな絶望的な気分を、精一杯の笑顔で塗り固め、ライブを続けた。
観客の熱気を冷まさずに、後七時間ライブを続けなければならない。
意地の悪いことに、会場に小雨が降り出した。
◆
〈イズモの町〉から東に五キロ。
ロンガ砂漠上空は、厚い雲で覆われていた。
手を伸ばせばその雲に触れられる高度を、〈天泣ノ蒼龍〉とクモリは飛翔していた。
雨が降り出し、砂の海を濡らし始めた。
砂漠に雨という不釣り合いな光景だが、これこそが〈ヤマタノオロチ〉が近づいている証であった。
前方一キロ付近に目をやると、巨大な雷雲に取り巻かれた巨竜の影が見えた。
全長二百メートル、八つの頭、八つの尾を持つヤマト最大級のエネミー。
背中には巨大な神木が林立し、さながら動く原生林といった景色であった。
この〈龍〉はアレを自信満々に倒してやると言っていたが、改めてこの目で見るとそれは不可能のように思えた。
砂嵐に近づくにつれて、その気持ちは強まる。
敵は〈ヤマタノオロチ〉だけではない。
眷属の〈多頭蛇龍〉たちが陣列を組んで、オロチの周囲を囲っている。
その数、クモリが事前に得た情報によれば、二十二体。
しかし実際はそれ以上の数を引き連れているように見えた。
〈ヤマタノオロチ〉はこちらの存在に気づいたのか、雄叫びを上げると、熱光線を吐き出した。
八筋の光が、サーチライトめいて夜の砂漠を切り刻んだ。
〈天泣ノ蒼龍〉は急加速を伴いながら、ジグザグと器用に避ける。
眼前には〈ヤマタノオロチ〉の頭が一つ、こちらを睨みつけている。
雷が地面をえぐった。
雨足はさらに強まる。
砂を含んだような色の雨だった。
◆
時刻は午前零時。
歌って、踊って、MCしてを繰り返すこと四時間。
なんとか合唱曲ゾーンも突破し、会場の熱気も維持できている。
ファン三人はまだまだ元気という感じであったが、他の観客たちの顔からは明らかな疲労を感じ取れた。
タイヨウもまた、体力の限界を迎えていた。
〈疲労〉は蓄積し、最大HPは残り三百程度しか残っていない。
〈ヤマタノオロチ〉が〈イズモの町〉に到着するのが二十一時、そこから三時間が経った。
〈イズモの町〉は蹂躙されてしまったのだろうか。
あるいは結界がちゃんと機能して、防衛できたのだろうか。
もしかすると〈イズモ騎士団〉が突然現れて……
タイヨウは"ライブの中断理由"を模索した。
一応、山に潜む偵察員から逐一情報が送られ、中断しても問題ない状況になれば、ヤマセ経由でOKサインが出る手はずになっている。
しかしヤマセは沈黙したままであった。
後六時間。
…………。
無理だ。
こんな苦しいライブ、早く終わってほしい。
雨に濡れながらそう思うも、彼女は笑顔を崩さなかった。
「まだまだっ……いくよー!今日一の大技!!つい来て!!!」
タイヨウは観客に呼びかけ、〈ジャッジメントレイ〉を天に向けて放った。
残MPは尽きかけている。
極太の光線は雲を突き抜けどこまでも延びていった。
雲にあいた穴から、満天の星がのぞいている。
観客から歓声が上がった。
すると、その穴の中から突如として、〈龍〉が現れた。
〈天泣ノ蒼龍〉だった。
観客から聞こえるのは歓声半分、悲鳴半分。
混乱が生じる。
〈天泣ノ蒼龍〉は会場上空を大きく旋回後、少女の姿に変身し、タイヨウのいる、灯台の上に落ちていった。
タイヨウはあわてて、それを受け止めようとする。
彼女はなんとか少女をキャッチできたが勢い余って灯台の欄干に激突した。
赤錆びた欄干はきしみ、今にも崩れそうになった。
「タイヨウ!遅れてすまない!オロチ退治に少々手間取ってな!」
「っつぅ……!って、レイン!?」
あまりに突然のことで、タイヨウはあっけにとられた。
歌声もダンスもとまり、ただ音楽がスピーカーから流れるのみであった。
周囲からはパフォーマンスの一種ととられたのか、今日一番の歓声が上がっている。
千人分の声と拍手は雨音をかき消し、滝のようにタイヨウのもとになだれ込んだ。
「すごい!すごいぞタイヨウ!これが、アイドルか!」
レインは周囲を見渡した後、タイヨウを見つめ、言った。
透き通った緋色の目だった。
「こ、ここステージだから!レインはあっち!観客席に行きなさい!」
タイヨウは顔をそむけると、強めの口調で忠告し、元の立ち位置まで戻ろうとした。
彼女は灯台の狭い通路を走った。
ライブを早く再開したい焦り、
ライブを邪魔されたイラつき、
なによりも少女の純粋な視線からの逃避のために、彼女は走った。
悪手だった。
彼女は雨に濡れた通路の上で、足を滑らした。
態勢を立て直そうと、欄干をつかむ。
欄干は金切り音を立てながら外側に折れ曲がった。
そして、タイヨウの身体は、勢いよく灯台の外に投げ出された。
「タイヨウ!?」
レインはあわてて手を伸ばし、彼女をつかもうとした。
十分に、届く距離だった。
「……」
タイヨウは、その手をつかもうとしなかった。
水風船を叩きつけた時のような、ベチャついた音が上がった。
タイヨウは、薄目を開ける。
虹色の光が、星空へのぼっていくのが見える。
光はにじんでいた。
サイリウムのような、色とりどりの光。
アイドルとして、夢見た景色。
「……なんで私、ホッとしてるんだろ……」
そう、うめくと、彼女の視界は黒く染まった。