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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
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3/40

03 タイヨウ、星になる 〈前編〉

「おはようございます。よく寝れましたか?」


ヤマセは客室の扉を開けながら、奥で寝るタイヨウに向かって言った。


「なんて宿に泊まらせるのよ……」


彼女はベッドで横になったままうめくと、ヤマセを睨みつけた。


「とんでもない。タイヨウさんの要望通りですよ。"イズモの町で一番眺めのよい宿"って言ったじゃないですか。ほら窓の外、名物〈黒桜〉がよく見える」


「"燃え盛る桜"のどこが名物なのよ。おかげで夜通し部屋を照らされて……」


タイヨウの目の下には隈が浮かんでいた。


「ひょっとして一睡もしてないんですか?」


「見れば分かるでしょ。眩しいし、あとレインのいびき声が耳元に直撃し続けたってのもあるけど……」


「それは困りますね。今夜はライブなのに。今からでも寝て、体調を万全にしといてください」


そう言うと、ヤマセはカバンの中から〈闇眩ましの仮面〉を取り出してタイヨウに手渡した。

装備すると、自身を中心に半径一メートルの〈暗闇〉の球体が発生するという、一種のジョークアイテムであるが、〈大災害〉後は睡眠補助として一定の需要が生まれた品である。


「そういうのがあるなら早くよこしなさいよ……」


タイヨウは呟いた。


「昨夜は僕が使ってたんで」


ヤマセは言った。

なんて自分本位なプロデューサーなんだろうとタイヨウは思ったが、言い返す気力もなかったのでとりあえず寝ることにした。


「……目が冴えて寝れない。ヤマセP。睡眠導入に最適な"つまらない話"とかない?」


「"イズモの昔話"でも話しましょうか?」


「ちょっと面白そうじゃん……。もっとつまらないやつ」


「職業柄"つまらない話"なんてしたくないんですけどね。じゃあ"本社からの通達"なんていかがでしょう」


「そうそう。そういうやつね。絶対つまんない……」


「えーと、"四月五日朝七時三十分。弊社所属アイドル〈タイヨウ〉様へ。再度問う。貴君は本当に"銀河系アイドル"になるつもりはあるのか?大会に優勝する気はあるのか?どちらか一つでも達成できなければ打ち切りだ。三日以内に改善策の再提出を求む……」


「やっぱ昔話……」


タイヨウの要望を受けたヤマセは、窓の外で赤々と燃える巨木の物語を語り出した。


◆


昔々。


イズモの地を治める一人の王様がいました。


ある日、王様は山で狩りをしていたところ、道に迷ってしまいました。


日も沈み途方に暮れていたところ、一人の美しい女性が目の前に現れました。


王様は女性に導かれるままついて行くと、無事にふもとにたどり着くことができました。


王様は自分を助けてくれた女性に一目惚れし、結婚しました。


それから二人は仲むつまじく暮らしたそうです。


またある日のことです、王妃となった女性は王様との間に一人の子どもをもうけました。


しかしその子どもはなんと、身体が緑色の鱗に覆われていました。


これには王様も驚き、王妃を問いただしました。


王妃は最初口をつぐみましたが、尋問の末、自分はかつてイズモの民から恐れられた大蛇神〈八岐大蛇(ヤマタノオロチ)〉の子であると白状しました。


これを知った王様は怒り狂いました。


きっと王妃は、自分の子を王に据えることで、この国を乗っ取って〈八岐大蛇〉に献上するつもりだったのだ。


最初から私をだます気でいたのだ、と。


王妃は泣きながら否定しました。


私があなたを愛する心は本物です。


乗っ取るつもりなんてありません。


王様は聞く耳を持ちませんでした。


それどころか将軍を呼び寄せ、王妃を殺そうとします。


王妃は赤ん坊を抱き抱え逃げました。


しかしとうとう、イズモの町の中央に立つ桜の神木の下で追いつめられてしまいます。


その時桜は真っ白な花を枝いっぱいに咲かせていたそうです。


王妃はなんとか我が子だけでも助けようと、ちょうど桜の幹に空いていた穴へと赤ん坊を投げ入れました。


それと同時に王妃は、背中から槍で串刺しにされ、虹の泡となってしまいます。


続けて将軍は子どもを殺そうと、穴を探しましたがどこにも見あたりません。


ノコギリでもって切り倒そうとしましたが、ビクともしません。


困った将軍は桜の神木に火を放ち、丸焼きにしてしまおうと考えました。


部下に命じて火をつけさせると、桜は勢いよく燃え出しました。


その火は三日三晩消えなかったそうです。


四日目の朝に火は消え、桜の神木は真っ黒な消し炭となりました。


王は将軍に褒美を与えるため、彼の家を訪れました。


そして家の中に入ると、そこには黒こげになった将軍の姿がありました。


将軍の死体は次のように叫ぶと、ボロボロに崩れてしまったそうです。


黒花結実の刻

真ナル蛇神ハ蘇リ

八州ヲ闇ニ染メ上ゲル


ちょうどその翌年、消し炭となった桜の神木〈黒桜〉に、黒い蕾が実りました。


王は予言の内容を思い出し、この蕾を開かせてはまずいと考え、ふたたび桜の木に火をかけました。


ところがいくら燃やしても、次の春には必ず黒い蕾が実を付けてしまいます。


王はこれを王妃の祟りであるとして、畏れました。


桜に火を放つ行為はどんどん盛大になっていき、いつしか踊りも加わった〈封印の儀式〉として定着しました。


これが今イズモの町で毎年春に開かれる〈火花神楽〉の由来なのです。


今でも〈黒桜〉の中では、王妃の子どもが眠っており、復讐の機会をうかがっているのだとか。


でももし復活したって、大丈夫。


私たちには〈イズモ騎士団〉がついているのですから。


めでたし。めでたし。


◆


ヤマセが目の前の暗闇球体を確認すると、物音一つ聞こえなかった。

タイヨウはぐっすりと眠ってしまったようだ。

直後、マネージャーのイタチが扉を開けて部屋に入ってきた。


「音響機材チェックOK。準備完了っス」


イタチは暗闇球体をチラっと確認し、小声でヤマセに伝えた。


「大丈夫っスかね、タイヨウ……昨日レイドしたばっかなのに、今日の夜にはライブ……鬼スケジュールっス」


「まぁライブといっても二曲歌うだけですから。このまま寝かせとけば問題ないでしょう」


「あれ?〈天泣ノ蒼(レイン)龍〉ちゃんは?」


「さあ?散歩じゃないですか?」


「自由っスね……」


「レイドボスを一人で外に出してしまって、タイヨウさんはどう責任をとるつもりなんでしょうね」


ヤマセはお手上げのポーズをしながら、やや大きめの声で言った。


「ところで、町の代表がヤマセPに用があるとかで、至急ギルド会館に来いとのことっス」


「……?分かりました。すぐに向かいます。タイヨウさんのお守りは頼みましたよ」


◆


イズモの町上空は厚い雲で覆われていた。

〈イズモ大社〉へとつづく石畳の参道はたびたび冷たい風が吹き付け、参拝客の姿勢を低くさせた。

大地人の少女クモリは、少し後悔していた。

時折吹く風は、短くそろえた彼女の銀髪を乱す。

もっと厚着してくればよかった。

こんな茶店の看板娘みたいな着物一枚に〈新妻のエプロンドレス〉を着けただけの姿では、いかんせん寒すぎる。

彼女は暖をとろうと、目の前のずんどう鍋をお玉でかきまぜた。

こうすると中を満たすぜんざいからモアっと白い煙が立ちのぼり、多少寒さをしのげるのである。

眼鏡がくもるのは難点だが。

クモリは眼鏡を手ぬぐいでぬぐいかけ直すと、周囲を見渡した。

参道の両端には彼女の屋台の他にも、

〈元祖飛礫そば〉

〈イズモ名物赤毛牛バーガー〉

〈とろ〜りチーズのらっきょうトマト串〉

彩り豊かな屋台で充満していた。

いずれの店も、本日正午より始まる〈火花神楽〉に向けて準備が進められていた。

クモリも早朝から準備を進めていたが、想定以上に準備が早く終わり、暇を持て余していた。

もう一時間も経てば、目の前の参道は祭り客で満たされることだろう。

なんとなれば既に大地人の子どもたちは屋台の周りに群がっている。


あの子どもたちがこっちに来たらイヤだなぁ。


クモリはそう思いながらぜんざいをかき混ぜる。

ふと鍋の方を見ると、鍋の向こうに人がいることに気づいた。

鍋の両側から角がはみ出ている。

クモリはつま先立ちをして鍋の向こう側をのぞき込んだ。

予想通り、子どもがいた。

女の子だ。

青いメッシュの入った黒髪ツインテールの女の子だ。

身長は角を含めなければ百四十五センチメートルほど。年齢は十代前半くらいに見える。

青いドレスを着ていることから、一般庶民ではない。

そもそも角が生えた大地人なんて聞いたことがないから、きっと冒険者なのだろう。

女の子は視線に気づくと、顔を上げクモリをジっと見つめた。

見た目以上に幼い印象を受ける。


「ごめんな。まだ開店前なんだ」


クモリは優しい口調で言った。


「これは"味のある料理"か?」


女の子が鍋を指さして尋ねた。


「もちろん。開店後にまた来てな」


クモリは早く帰れよと思いながら答えた。


「案ずるな。においをかいでいるだけだ」


女の子はそう返すと、腕組みしながら寸胴鍋の方に視線を変えた。


「……」


「……」


気まずい時間が流れる。

女の子の目的は明らかだ。

こうして無言の圧力をかけることで憐れみを誘い、タダでぜんざいを手に入れようというのだろう。

あるいは私がトイレに向かう瞬間をねらって盗み取るつもりか。

子どもらしい、見え透いた策だ。


「ねーなに見てるのー?」


別の店から追い払われてきた男の子が、女の子に話しかけた。

女の子よりも幼い、九歳くらいの男の子だ。ボロボロの衣服と強烈な体臭から察するに、身よりのない〈廃棄児〉なのかもしれない。

女の子は男の子を後ろから抱き抱え、抱っこの要領でぐいっと上に上げた。


「わぁ!ぜんざいだ!」


男の子は目の前に広がるあずき色の池を発見し、笑みを浮かべた。


「飽きるまで見ていいぞ。飽きたらちゃんと「飽きた」って言うのだぞ。降ろしてやるからな」


女の子は男の子を抱えながら言った。

勝手に人のぜんざいを見せ物にするな、というイラだちを感じつつも、クモリは面倒くさいので黙っていた。

十秒後、男の子が「飽きた」と言うと、女の子は彼を地上に降ろした。


「なんだもういいのか。もっと見ててもいいんだぞ?本当にいいのか?」


女の子は男の子に対し念入りに確認した。申し訳なさそうな口調だった。

そして「じゃあ今度は我の番だ」と言って、男の子に自分の体を持ち上げさせた。


「……」


女の子は鍋の中身を見つめている。


「……」


じっと、飽きもせず、見つめている。


「ねー!お姉ちゃん、まだぁ!?」


男の子は早くも飽きた様子で女の子に言った。


「飽きてないからダメ」


「もう降ろしていいー!?」


「ダメ。飽きてない。飽きたら「飽きた」って言うからそれまで持ってて」


なんとひどい女の子だろうと、クモリは思った。

憐れみがダメなら人質作戦ときた。

きっとぜんざいを得るまでは、この女の子が「飽きた」と言うことはないだろう。

その間、男の子は彼女を持ち上げ続けなければならない。

男の子の腕は既にプルプルと震えている。


「わかったよ。ほら、ぜんざい、あげるよ」


クモリは耐えかねず言った。


「本当か!?よし飽きた!飽きたぞ!もう降ろしていいぞ!」


女の子は歓喜し男の子に伝えた。


クモリは鍋から一杯分のぜんざいをすくう。


「餅は多めでな!」


女の子は注文を付ける。

クモリはこのずうずうしい要求を受け入れ、いつもより二、三個多めに餅を入れると、表面張力を保ったお椀を一つ、二人の前に突き出した。

女の子は両手を伸ばして、それを受け取ろうとする。

が、クモリは腕を上げ取らせようとしない。


「お前じゃない」


「へぇ!?」


「私はそこの男の子にあげると言ったんだ」


そう言うとクモリは屋台の前に出て男の子にお椀を手渡した。


「我の分は!?」


女の子はクモリの着物の裾を強く引っ張る。


「ごめんな、悪い女の子につかまっちゃったな。これからは気をつけろよ」


クモリは男の子の頭をなでる。


「我のはぁ!?なぁ我のぉ!」


女の子は鼻息荒く抗議した。


「お前は冒険者だろ。〈ギルドパス〉を持って、開店後に来い」


クモリは無碍もなく言い放った。

女の子の横で男の子は一生懸命ぜんざいをかき込んでいる。


「ほらそんなに急いで食べるな。のどに詰まるぞ」


男の子をいたわるクモリをよそに、女の子は指をくわえながら彼のお椀をジッと見つめている。

お椀を上に上げれば上に、下に下げれば下に、彼女の頭が連動して動く。

男の子にとって、いささか食べにくい視線だった。

辛抱たまらず男の子がお椀を差し出した。


「半分食べる……?」


「えぇ?いいのかぁ?」


女の子は目を見開き、食い気味に驚いた。

お腹を空かせた〈廃棄児〉から食料を取り上げようとは、いよいよ"悪辣な冒険者"がいたものだとクモリは思った。


「待て待て、ほら」


男の子を救う為、クモリは女の子にもぜんざいを差し出した。


「ぜんざい屋!お前いい奴!」


そう言うと、女の子はぜんざいを一呑みした。

絶対こいつ半分で済ますつもりなかっただろ、とクモリは思った。


「感謝はそこの男の子にしろ」


「そうか!ありがとうな!お主名をなんと申す?」


女の子は男の子の手を取り尋ねた。


「……わかんない」


男の子は答えた。

女の子は一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに


「なんだ〈エリク〉というのか!助かったぞ!またいつかお礼をしよう!」


と言った。

どうやら彼のステータスを確認したようだ。

しかし、彼は自分のステータスすら確認できないらしい。

自分の名前すら知らない・読めないあたり、やはりどこかで捨てられた〈廃棄児〉なのだろう。


「"クモリ"も助かったぞ!味のある料理なんて何年ぶりだか忘れたが、うまかった!」


そう言うと女の子は社の方向へと走り出した。


「おいクソガキ!名前は!?」


クモリはこの類を見ないほどにふてぶてしい女の子に向かって、大声で聞いた。


「名前か!?我が名は"レイン"!」


すると女の子の横にはステータスが表示された。

--------------------------------------

〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉

Lv.九十

ランク/レイド

--------------------------------------

クモリは表示された内容を理解できなかった。

目の錯覚か。疲れているのか。

理解の定まらぬうちに、自分の着物の裾を引っ張る感触がした。

下を見ると、子どもたちがたくさんいた。


「お姉ちゃん!僕にもぜんざいちょうだい!」

「私にもちょうだい」

「オレのが先だぞ!」


先ほどの一部始終を見ていた子どもたちが我も我もと押し掛けてきたのであった。

クモリがちびっ子の群衆から解放されたのは、そこから二時間後のことであった。


◆


「イタチ、起きなさい」


声の主はタイヨウだった。

客室のイスに腰掛けたまま、居眠りをしていたらしい。

イタチは腕にはめた時計を確認した。

針は十二時ちょうどを指し示している。


「ダンスの練習するから、見てくれる?」


タイヨウは既に〈練習着(ジャージ)〉に着替えていた。


「まだ四時間も寝てないっスよね?」


「充分よ。さぁ練習練習!」


「ここで練習?宿屋の客室、しかも一人部屋っスよ?」


「しょうがないでしょ。ここしかないんだから」


イタチはタイヨウに指示されるがまま、備え付けのベッドを壁際に移動させ、なんとか人一人が踊れるスペースを確保した。

タイヨウはカバンの中からレコードを二枚取り出し、そのうち一枚を〈小型蓄音機〉にセットした。

さて踊ろうかというところで客室入口の扉が開いた。

その向こうにはヤマセが立っていた。

どことなく、浮かない表情をしている。


「おつかれっス。町の代表との話はどうでした?」


イタチはヤマセに聞いた。

曇った表情から察するに、ライブの許可が下りなくなったのかもしれない。

ライブ文化に理解のない大地人にとって、アイドルというのはまこと奇怪に映る存在らしい。

なので事前に許可をとったはずの村でいざライブをしようとしても、保守的な村人の反対で急遽できなくなることも少なくなかった。

今回もおおかたそんなところだろう。


「ライブの許可については無傷です」


ヤマセの言葉を聞いてイタチは安心した。


「それどころか、喜んでください。イズモの全町民が観客になってくれます」


「え」


イズモの町の人口はおよそ千人。

これまで数十人規模のライブしかしてこなかったタイヨウにとって、空前の数値であった。

イタチはタイヨウの方を見る。

口をあんぐりと開けていた。

発言を理解できていないようであった。


「あと曲数、二曲の予定でしたが、五十曲になりましたので」


「はぁ!!??」


イタチは再びタイヨウの方を見る。

彼女の顔は青ざめ、手を左右に大きく振っていた。


「急に……!そんな売れっ子アイドルみたいなこと……!無理っスよ!」


イタチは言った。


「いやいや、曲数はとにかく、観客でいえば八月の大会だってこれくらいの規模でしょう?」


「……なんで急に!?」


「町の代表からの"依頼"がありまして」


「そんな無茶な依頼、断るべきっス!」


「……これも、イズモの町を守るためです」


そういうとヤマセは、代表の依頼の経緯について話し始めた。

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