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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
10/40

10 〈キョウの都〉こってり事件簿 〈後編〉

◆1◆


"こってり"を乗せた荷車はキモン山中を進んでいた。

舗装もされていない急傾斜の獣道であった。


(ひぃ……つかれた……)


レインは木陰に隠れながら荷車を追跡していた。

普段歩き慣れてない彼女にとって大変な重労働であったが、それでもお目当ての品をかすめ盗るチャンスを見いだすべく、汗をぬぐい耐えていた。


「おい休憩しよう」


荷車を押す大地人男性二人は石の上に腰掛けた。

この隙に盗れないものかとレインは思ったが、両人とも荷車のそばにいたため諦めた。

彼女は荷台の上に積まれた竹筒を、指をくわえて眺めるのみであった。


「お前、新人だよな?」


「ええ」


男二人が話し始めた。


「じゃあ"キモン山の鬼"の話も知らないだろ?」


「鬼?」


「"キモン"ってどう書くか知ってるか?"鬼"に"門"、それで"鬼門(キモン)"だ。元々この山には鬼が無限湧きする門があったらしい」


「じゃあこの山は鬼の根城だったってわけですかい?」


「昔の話だがな。鬼たちは山から下りては〈キョウの都〉を荒らしまわっていた。事態を憂慮した皇王は伝説の武闘家(モンク)〈デンギョウ〉に鬼退治を命じ、激戦の末、とうとう鬼の王を倒すことに成功したんだと」


「ああ、上にある寺を建てたって人ですっけ」


「あの寺は〈鬼門〉を封じ込めるために建てたらしい」


「なら問題無くないすか?鬼は倒したんでしょ?」


「それが一説には、鬼の王〈雷光童子(らいこうどうじ)〉だけは隙を見て逃げることに成功し、今でも山の中で復讐の機会を狙っているとも言われている」


「ひぇ……!」


上空には黒雲が広がっていた。

雷光が雲の表面を跳ねている。


「ちょうどこんな夜には、迷い人を食い殺しに……」


「やめてくださいよ!」


レインはこの話を聞き、一つの名案をひらめくに至った。

男二人は休憩を中断し、今にも出発しようとしている。

レインはその行く手に立ちはだかった。


「貴様ら!荷物を置いていけ!」


「誰……?」


「我が名は〈雷光童子〉!ひれふせぃ!ははは!」


レインは両手を腰に当て、大声で名乗った。

さすがにレイドボスだけあって、こなれた言い回しだった。

大地人は相手のステータス画面を視認ができないと聞く。

ならば角の生えた自分であれば鬼として現れてもバレないのではないか。

そういう寸法である。


「は?」


角を除けばレインの姿形はただの少女。

男二人に対しハッタリをかませる見た目ではなかった。


「〈雷光童子〉?どこが?」


「ほら、角」


自称雷光童子(レイン)は頭から生える白い角を指さし言った。


「あぁ?そんなんで俺たちを騙せると思ってんのか?」


「あれ、ビビってない……」


「おい、ヤるぞ」


男二人はレインに近づいた。


「おい……ちょっ……!」


「〈ライトニングストレート〉!」


レインの腹に重い一撃がきまる。

彼女は草むらの中へと飛ばされた。

呼吸ができず体を丸め痙攣する彼女に追撃が入る。


「ヒャッハハ!〈アクセルファング〉!」


冷たく堅い獲物が胸の中に入り込む感触が伝わる。

その後も二人の執拗な攻撃が彼女を襲った。


「〈ワイバーンキック〉!」

「〈ヴェノムストライク〉!」

「〈ドラゴンテイルスウィング〉!」

「〈アソシネイト〉!」


ダメージの総量は一万を超えただろう。

痛みのあまり抵抗力を失ったレインは地面の上でのびていた。

しかしいっこうに虹色の泡は生じなかった。


「ハァッハァッ……どういうことだ?このしぶとさ、人間か……?」


レインの残り体力は一億九千九百九十九万。

彼らは大地人であるため、この絶望的なステータスを視認できないでいた。


「ひょっとして本当に鬼なんじゃ……」


「バカ言うな!こんな弱っちい鬼がいるか。なんかの特技で体を守ってるんだろう」


「どうします?こいつ?」


「ブツを運んでるところを見られたんだ。そのまま置いとくわけにはいかねえ。薬漬けにするぞ。このしぶとさなら実験体にちょうどいい。おい、〈ケムリ玉〉よこせ」


男はレインに〈ケムリ玉〉を投げつけた。

白煙が包まれる中で、意識が混濁してゆく。

レインが最後に感じたのは荷台の上の竹筒の感触だった。


「これ……こってりだ……やったぁ……飲め……」


彼女は竹筒を一つ懐に入れると、そのまま深い眠りに落ちた。


◆2◆


レインが目覚めた時、彼女は牢獄に押し込められていた。

板張りの床の上には布団代わりの(むしろ)と、ベコベコにへこんだブリキバケツが置かれていた。


「むぅ。失敗した……」


レインはあぐらをかいて腕を組み、大きくため息をついた。


「おや、起きたようだね」


廊下を挟んだ向かいの牢獄に、メガネの中年男性が一人座っていた。


「あ!店長!よくも我の胸を貫いたな!」


いまさっきレインをボコボコにしたはずの"店長"がそこにいた。

明かり一つない暗闇であったが、〈暗闇〉無効の特性を持つレインにはその顔がはっきり見えた。


「ど、どういうこと?なぜ僕が店長だと知ってるんだい?」


「そっちこそ何言ってんだ!さんざん皿洗いさせやがって!こってりよこせ!!」


「それたぶん別人……僕は昨日からずっとここで監禁されてたし……」


「なに?監禁?」


「〈変化の術〉でも使ってなりすましていたんだろう。だいたい君を襲った張本人が、こんなところに閉じこめられてるのはおかしいじゃないか」


「たしかにそうか……うぅむ、我はどうなってしまうんだ」


「実験場送りだと思う」


「なんだその"実験"って。うまいのか?」


「〈キモンの山岳寺院〉の僧兵たちが企てている〈復興計画(リコンストラクション)〉のことだよ」


「リコン……なにそれマズそう……」


「そう。実にまずい。冒険者を大地人にとって都合のよい存在に改造してしまおうという、恐ろしい計画なんだ。それこそ〈大災害〉以前の時のような、もの言わぬ傭兵にね。このままでは私も計画の片棒をかつがされてしまう。なんとか逃げないと……」


「なんだ外に出たいのか?」


「そう。"コッテリ"の秘密は絶対に守らなければならない」


「こってりの秘密?それはおいしそう」


「しかしここから出る方法なんて……」


「このくらいの檻、そこの冒険者なら壊せそうだぞ」


「冒険者がいるのかい?」


「店長の右隣の檻の中でで倒れてるぞ。ナンバとかいう猫人族だ」


「ナンバくんか!たのもしい!きっと彼なら……」


「でもあいつ、こってりラーメン食べたら急におかしくなっちゃったんだよな。変なBS(バッドステータス)にかかってて、動けなくなったみたい」


「こってり……ああ……、"原液"を飲んでしまったんだね…………」


「原液?」


「僕の開発したラーメンスープのことだよ。店ではこってりなら十倍、あっさりなら五十倍に薄めて出してるんだけど、原液で飲んだ場合中毒症状に襲われるんだ。僧兵たちもこの原液に目をつけてて、僕からレシピを聞き出そうと躍起になっているのさ」


「それスープじゃなくて毒なんじゃ」


「確かに、薄めないと強烈な多幸感が身体全体で波打つ感覚を数日間味わうハメになるし、接種し続けるといずれ正気を失うけど、薄めれば問題ないから大丈夫」


「あいつの"はにゃ〜"を数日も聞かされるなんてイヤだぞ」


「はやく解毒しないと。水と〈コッテリ〉さえあれば……」


「毒って言ったぞこいつ。その二つ用意すればナンバを正気にできるんだな?」


レインは正面の檻めがけて竹筒を投げつけた。

店長はそれを拾い上げると、ふたを開けにおいを確認した。


「これは……!〈コッテリ〉じゃないか!なぜキミが!?」


「キミじゃない。レインだ」


「失礼、レインくん。なんだかよく分からないけどありがとう!でも水が……」


「待ってろ。今用意する」


暗闇の中で手拍子の音がパンと響いた。

直後空からどしゃぶりの雨が降り始める。


「おお……レインくんも冒険者だったんだね。これは〈マーシィレイン〉かな?以前〈ロデリック商会(ロデ研)〉で料理修行していた時に見たことがあるよ」


「冒険者じゃないぞ。我は誇り高き真竜〈天泣の(レイン)〉ーー」


「とにかくこれで解毒剤が作れる……!〈コッテリ〉原液を水で75倍に薄めることで〈超アッサリ液〉ができる。これを対象に接種させることで"血中こってり濃度"を下げ、中毒症状を緩和させることができるんだ!正確には水の他に微量の薬剤が必要なんだけどそれは僕の口の中に隠してあるからーー」


「店長はクモリと話が合いそうだな」


彼は牢屋の小窓から手をのばし、竹筒の中に雨水を入れた。

その際量の調整のため、中身(こってり)の一部を牢屋の床にこぼしたが、これが不幸を呼んだ。


「あれ?おい店長。ナンバが起きあがったぞ」


しかしレインの呼びかけは雨音でかき消され、伝わらなかった。


「こってりの匂いや……」


ナンバは復活したゾンビのようにゆっくりと起きあがると、そう呟いて店長の牢獄の壁をにらみつけた。


「ワシぁあの程度じゃ足りひん……もっと、もっとこってり寄越さんかい……!」


粗末な板壁に、全力の〈ライトニングストレート〉がたたき込まれた。

すさまじい爆風とともにショートした電撃が闇を切り裂く。


「ひぃぃぃ!」


爆風で反対側の壁まで飛ばされた店長は未だ事態を飲み込めず、叫ぶしかなかった。


「その竹筒……ワシに寄越さんかぃ…………!」


ナンバは獲物を狩る虎めいて店長に飛びかかった。

手足のみジタバタさせるその姿はまさしく被食者のそれである。

彼は助かりたい一心で、竹筒を檻の外へと放り投げた。

竹筒は廊下を挟んだ向かいの牢へとコロコロ転がっていく。

そしてちょうどレインの目の前で動きを止めた。

彼女はそれを思わず拾い上げた。


「こってりゃあぁああ!!!」


ナンバは目を輝かせ、レインの方へと四足歩行で突進した。


「〈グリズリースラム〉!!」


高レベルの〈武闘家〉が繰り出した突進技により、木製の格子は割り箸のように簡単に折れてしまった。

二メートルを越える虎の突進がレインを直撃した。


「お、おい!バカ!」


レインは仰向けになってジタバタした。

彼女の右手に握られた竹筒を、ナンバは手ごと食いちぎる勢いでかみついた。

元いた世界であれば確実にその手は欠損していただろう。

しかしここはセルデシア。

牙は指を貫通して竹筒のみを砕いた。

ナンバの口の中に〈解毒剤(超あっさり液)〉があふれる。

血中のこってりと解毒剤とが混ざり合い、身体がこっさりとなった。


「あぁ〜〜↑↑」


レインの(てのひら)を口に含んだまま、彼は昇天した。


◆3◆


一分後、ナンバは正気に戻った。


「ここは……?」


「やっと起きたか。早く噛みつきをやめろ。痛い」


「おわ!…………!昼間の外道やないか!?」


状況が飲み込めない中、店長に引き剥がされるようにして彼はレインから離れた。

ようやく解放されたレインはナンバの尻を思いっきり蹴り上げる。


「さっさと出るぞ」


レインはそう言って出口へと向かった。

ナンバは尻を押さえながら、


「どういうこっちゃ……。ワシ、何かの〈クエスト〉に巻き込まれたんか……?めんどくさいなぁ……〈帰還呪文〉で抜けるわ」


「ちょっ!ちょっと待ってくれ!」


ナンバの詠唱に店長が待ったをかける。


「なんや〈天下王将〉の店長やないか」


「僕たちは牢屋に閉じこめられていたんだ」


「ここ牢屋か?檻無いやん」


「檻はナンバくんが壊してくれたんだよ。おかげで出れるようになった。でもこの暗闇、僕はろくに動けないんだ。お礼は十分するから、脱出を手伝ってくれないか?」


「よう知らんけど、困ってんなら手伝ったるわ」


一行は廊下の奥に見える出口を目指して進んだ。

ナンバを先頭に、レインと店長が後に続く。


「なんでついて来とんねん」


「たまたま進行方向が一緒なだけだ。外に出たら我はひとりで飛んで帰るから心配するな」


レインは歩行スピードを上げ、ナンバと店長を抜かした。


「なんやジブン、〈グリフォンの召喚笛〉でも持っとんのかい。見かけに寄らず玄人やな」


ナンバはレインのステータスを確認した。


「乗せてやんないからな」


「いらんいらん。ワシかて〈グリフォン〉くらい呼び出せるわ。って、ジブンそのステータス……〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉…………」


「そう!我が名は〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉!誇り高き真竜だ!ひれふせ!」


レインはドヤ顔で言った。


「レイドボスが仲間になる展開があるわけないやろ……。なるほど……さてはワシ、夢見とるんやな。コイツが出てくるなんて、とんだ悪夢や……」


「夢じゃない!現実だ!崇めろ!」


「どうせ悪夢見るんやったら、もっと強いレイドボスと会いたかったわ。〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉なんぞ〈ハウリング〉時代に何回も倒しとるし。目つぶってたって勝てるで」


「こいつ!あの時は二十四人がかりだっただろ!」


両者のケンカを見かねた店長が間に入った。


「やめましょうよ二人とも……。知り合い同士なんでしょう?仲良くやりましょうって」


「店長、悪夢の中でもあんただけはエエ人や……」


ナンバは涙ぐんだ。


「そうか?毒ラーメン作ってたぞ?」


「コイツ!ワシの推しに加えて好物まで悪く言いやがって!」


「やめてくださいって!あと僕のラーメンは毒じゃないです!ほら、もう扉の手前ですよ。外に出ましょう」


◆4◆


レインが引き戸を開けたその刹那。

彼女は前方から腕を引っ張られ、外へと投げ出された。

うつ伏せの状態で、顔を泥に押しつけられる。

首筋には冷たい金属の感触。


「動くな!貴様らは包囲されている!」


ナンバの目には影が五つ見えた。

ステータスから大地人二人、冒険者三人。


「あんなでかい音たてといて、気づかれないと思ったか?」


影のひとりが言う。

声から察するに先ほど荷車を曳いていた男だろう。

敵方の冒険者はいずれもゾンビのようなうめき声を上げており、正気を失っていた。


「ゾンビ討伐とはまた、B級クエストやなぁ。なんや見れば冒険者サンたちはそろいもそろって元〈ハウリング〉の精鋭たちやないか。〈デクレッシェンド三男坊>>>〉〈●世界ヲ絶望ニ導クごま団子●〉〈紙コップ大佐〉……。〈天泣ノ蒼龍〉もイチコロやな」


ナンバは指をパキパキと鳴らした。


「何だと?たった三人で我を倒せるわけないだろ」


レインは地面に顔を押さえつけられながらも緊張感無く切り返す。


「黙れ。死にたいのか?」


首筋にかかる圧力が徐々に強くなっていく感覚を感じる。


「エラそうなこと言って、死にかけとるやないか!まぁええわ……」


「おい動くな!!こいつがーー」


レインを拘束する大地人が、ナンバを牽制しようと顔を上げた。

眼前十センチ。

ナンバのつま先がそこにあった。

虎の足が、鼻先を貫いた。

男の体勢が大きく反り返る。

ナンバは間髪入れずに〈タイガーエコーフィスト〉を腹に一発。たたき込んだ。

攻撃を受けた大地人の背中が、爆竹めいて点々と爆ぜる。

彼は一言も発することなく、膝から崩れ落ちた。


「安心せえ、命まではとらん」


「ナンバ……、なぜ我を助けた?嫌いなんだろ?」


レインは怪訝な顔をして起き上がる。


「"ピンチの人がいたらとりあえず助ける"。タイヨウちゃんの座右の銘や!覚えとけ!」


ナンバはそう返し、もう一人の大地人の方へと向かった。


「ぐっ……!ヤれ!あいつらを殺せ!」


残ったひとりの大地人が冒険者に指示を下す。


「おうおう。たった三人でワシを倒せるわけないやろ」


ナンバはそう吐き捨てると、かつての同胞と戦闘を開始した。

相手は〈コッテリ〉原液の継続接種により洗脳されたと見られる冒険者三人。

いずれも関西一の大型戦闘ギルド〈ハウリング〉にかつて所属していた、レベル九十(カンスト)の冒険者だ。

装備も闇夜に輝く華美なものであった。

対するナンバのレベルは九十五。

高レベルの〈武闘家(モンク)〉として、特技も〈秘伝〉が四つ、その他はすべて〈奥伝〉までランクを上げている。

ステータスについては確実に彼らより強いといえよう。

しかし問題は装備である。

投獄の際に武器・防具・持ち物すべてはぎ取られてしまった。

いうなれば"初期アバター"の状況にあった。

また数の差からしても、ナンバ単独では勝ち目は無い、というのがレインの予想だ。


「我も加勢しようか?」


彼女は言ったが、


「ドアホ!これはワシが主人公の〈クエスト〉や!しゃしゃるな!」


ナンバは断った。

自信満々で突撃した彼であったが、実際その戦闘は目を見張るものであった。

レインもレイドボス時代に、彼とは何百回と戦闘した経験がある。

その時と比べてステータスそのものに大きな変化は無い。

しかし動きは当時とまったく異なっていた。

相手の動きに合わせて自動的に身体が動き、追撃を加える〈サイレントパーム〉を移動技として利用したり、つながらないはずの技がつながっていたりと、どの〈格闘家〉とも異なる動きをしていた。

ついにナンバは三人の冒険者を一気に戦闘不能まで追い込んでしまったのである。

レインはただその様子を感心しながら観察するのみだった。


◆5◆


「どや!これで〈クエスト〉の〈クリア条件〉達成したやろ!?」


ナンバは敵方の大地人にメタい問いかけをしたが、彼の姿は無かった。


「ん?バグか?敵全滅させたんやから、フラグは立ったやろ?」


〈クエスト〉の"次の展開"に備え、ナンバは目と耳とを研ぎ澄ませた。

どしゃぶりの雨が降りしきる。

彼はその音に、うめき声が混ざっていることにようやく気がついた。


「アカン!敵の援軍か!」


その総数二十四。


「冒険者二十四人!?冗談キツイて!いつからワシ、レイドボスになったん!?」


冒険者はかまわず襲いかかる。


「なるほど。これ、負けイベやな……アホらし……」


長年の経験から、クエストの展開を察したナンバは完全に戦意を喪失した。


①ここで負けイベが入る

②自分は再度捕縛される

③今度は最深部の牢獄にぶち込まれる

④しかし仲間とともにうまく脱獄

⑤冒険者ゾンビ化の秘密を見つける

⑥黒幕との戦い

⑦勝利、大団円


一度ピンチに陥る冒険者、しかしそこからの大逆転勝利!

よくある〈クエスト〉だ。

間違ってもゾンビ化して終わり(バッドエンド)にはならない展開である。

〈エルダーテイル〉で飽きるほどこなした〈クエスト〉のパターン。

ナンバは確信し、構えを解く。

すでに彼の周りには、冒険者が殺到していた。


「冒険者を倒すのなんて造作もない。物量で押せばすぐに〈負けイベ〉とかほざいて諦めてくれるからな」


敵の大地人の声だ。

ナンバはその意味を理解できなかった。

徐々に意識が遠のいていく。

大の字で倒れたナンバの目には雨がしみこみ、視界をぼやかした。

目の上を、長く黒い線が蛇行している。


「なんやぁ……?この虫……まぁええか……はよ次のシーン、行こか……」


不思議と被弾による痛みは感じなくなっていた。

きっと戦闘不能になったのだろう。

すべてを諦めた彼は、ゆっくりと目を閉じた。


十秒が経った。


(あれ、まだ気絶せえへんの……)


二十秒が経過。


(そもそも"痛い"って、アレ……?ここ夢の中のはずやろ……?)


三十秒が経過して、ようやくおかしさに気づいたナンバは目を開いた。

自分をのぞき込むレインと目が合った。


「冒険者は……?」


「あそこ」


レインの指し示す方向には、確かに冒険者がいた。

みなナンバの方を心配そうに見ていた。


「どういうこっちゃ」


「すべて我が解決しておいたぞ」


ナンバは身体を起こし、あたりの様子をうかがった。

大地人の男の姿は無い。


「なんか〈洗脳〉とかいう変なBS(バッドステータス)にかかってたから、我が〈緑雨(りょくう)〉を降らせたんだ。そしたみんな正気を取り戻したぞ」


レインが言った。


「〈緑雨〉……?ダメージと回復効果とがテレコ(アベコベ)になるっていう……」


ナンバは自らのステータスを確かめた。

HPは全回復している。


「そうだぞ。BSとかもすべて無効化できるからーー」


「ジブンほんまに〈天泣ノ蒼龍〉やったんか」


「何度も言ってるだろ!我は誇り高き真竜!レイーー」


「なんちゅうクソ展開や」


「最後まで言わせろよ!」


「クソ展開すぎる……。モンスターのくせになんでワシを助けたんや……」


「タイヨウは"ピンチの人がいたらとりあえず助ける"って言ったんだろ?


「せやな……」


「我もそうしようと思っただけだ」


「そりゃ……、いい心がけや…………」


「だろ?」


レインは「さ、帰ろうぜ」とだけ言って、再び竜化した。

ナンバを含む冒険者二十八人と店長は(レイン)に乗り込むと〈キモン山〉を後にした。


◆6◆


一行はラーメン屋〈天下王将〉の軒先で解散した。


「店長。もう一回聞くけど、これ、夢?現実?」


「さっきから言ってるでしょう。現実です」


「嘘ぉ……」


「ですから、早く〈Plant hwyade〉へ報告しに行きましょう。〈復興計画〉はなんとしても止めなければなりません」


「そうかぁ……」


ナンバはレインを見た。


「なんだよ」


彼女はにらまれたと解釈したのか、にらみ返した。


「店長から聞いたで。レインはんの助けが無かったらワシ、そのままゾンビとしてこき使われるところやったんやな」


「そうだぞ。我は恩人だぞ。感謝しろ」


いつも通り、緩慢な態度で応じた。

ナンバは彼女のもとへ歩いて行くと、目の前で止まった。

レインの脳裏には先ほどの荷車の男たちが浮かんだ。


「…………」


「なんだよ……」


「助けていただき、ありがとうございました」


ナンバは謝罪した。

レインはこの行動にどう反応すべきか、分からなかった。

人から感謝されたことなど人生で一度も無かったからだ。


「え〜、ま、まぁ。我の力をもってすれば人を助けるなど造作も無いことだ。気にするな」


「礼はちゃんとするさかい、また頼んますわ」


「じゃあ、曲作ってくれよ」


「う、なるほど……」


「我は恩人だぞ。いいだろ?」


「まぁ、受け入れんと、仁義通らへんな」


「よし決まり!」


「だけど」


「だけど?」


「無理や」


「は?」


「曲作るんだけは、無理や」


「なんで!?普通ここで断るか!?この人でなし!」


「人間の尊厳を捨ててでも、ワシには守らなアカンもんがあるんや」


「なんだよそれ!」


「タイヨウちゃんの笑顔……」


「あん?」


「自分を殺した奴とユニット組まされて、歌を歌わされる。そんなん、タイヨウちゃんが望んでるわけないやん。理由は知らんが、どうせまた運営に押しつけられたんやろ?」


「違うって。我は殺してないって。誤解だって。ああもう、どうすりゃいい」


彼女は助けを求めるように、あたりを見回した。


「タイヨウ!」


レインは叫んだ。

呼応してナンバもその方向を見た。

たしかに推し(タイヨウ)がヤマセと並んでこっちに向かって来ていた。


「タタタタタッタタッタタッタタタイヨウちゃん!!!!!」


「あ、ナンバくん!」


タイヨウはナンバのもとに駆け寄ると、ピョイと跳ねて彼とハイタッチした。


「どどどおどどおどっどおっどどどおどどおど、どうしてここに!?」


「レインを迎えに来たの。偶然だね〜。あ、聞いたよ!私たちのユニットソング、作ってくれるんだよね!プロデューサーから聞いたの!ありがとうー!楽しみにしてる!」


昼間の破談はタイヨウに伝えられていないようだった。


「え、あ、あぁ〜」


ナンバはすでに限界を迎えていた。


「一緒に最高のライブ、作ってこうね!」


「もちろん!」


ナンバは親指をグッと立てた


「絶対優勝できる歌作るさかいに!期待しといてや!」


「おい!?!?!?こら!?」


ナンバの様子を横目で見たレインが不服そうに口をはさんだ。


「さっきと話が違うだろ!!??なんでタイヨウだと即OKなんだよ!?おい!?こら!!おい!!」


「さっき?」


タイヨウは首を傾げた。


「せ、せや!た、た、た、タイヨウちゃん!なんでや!なんでコイツと組むんや?タイヨウちゃんを殺したやつやんけ」


「へ?レインが私を?あー……イズモの……。あのライブ、本当にごめん。途中で離脱しちゃって。違うの。レインはむしろ私を助けようとしてくれて。でも私がそれを……心が弱かったから……」


タイヨウの心中を察したナンバは、すぐに


「いやぜんぜん!落ち込まんといてや。ワシら気にしてへんし!むしろ助けられんかったワシの責任や!ほんまスマン……」


と謝った。


「そんなこと無いよ!私が……」


「いやワシが……」


二人のやりとりを見て、ヤマセは安堵の息をついた。


「これで大会用の曲を確保できましたね」


「プロデューサー。なにこれ」


レインはヤマセに聞く。


「ファンとアイドルによる美しいやりとりです」


「美しいか?」


「全肯定と全肯定の応酬。美しいでしょ?」


「我はナンバを助けたんだぞ。恩人だぞ。なのにアイツ、我がどんなに弁解しても聞き入れなかったんだ。それなのにタイヨウが言ったら即答なんておかしいじゃないか」


「これが〈アイドル〉の力なんですよ。レインさんも、こういう関係をファンと作ってくださいね」


「えー、できるかなぁ……」


〈アイドル〉と〈ファン〉。

奇妙な両者の関係を理解することは、レインにとって未だ叶わぬことであった。

アイドルの道は険しい、ということをレインは今日初めて知ったのである。

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