私が好きなのは 9
立ち止まりじっと私を見つめてくるタダに絶対にバレているはずはないのに、マフラーを着けてその匂いを嗅いだのがバレているような気がしてソワソワしてくる。
タダが聞いた。「それマジで?」
「…うん。その日は夕方寒かったから」ほんとはそこまで寒くなかったけど。
「今朝も寒かったろ」
「…うん…いや…私はまだそこまでじゃないかな…」
「…」またじっと私を見て来るタダ。「そうか?寒そうだけど」
そう言って自分の深緑色のマフラーをおもむろに外し、「ほら」と言いながら私にぐるっと巻いてきた。マフラーをあげたタダの誕生日の時のように。
巻いただけなのでずるっとマフラーが落ちると、タダは無言で私に自分のカバンを渡して来た。両手がふさがった私の首にゆっくりきちんとマフラーを巻き直してくれる。
「なんか前でぐるっとやってる女子の巻き方…」とぶつぶつ言いながら。
うわ…近い近い近い近い…恥ずかしい!目を開けてらんないじゃん!
ぎゅっと目をつぶってしまう。
…え?
何?…
パッと目を開けると同時にタダが私からカバンを取った。
今一瞬…
今一瞬頬にに何か当たった…その直前に息もかかったような気がした…
気がした?いや絶対した!ほんのちょっと、ふわっと、ほんの一瞬、ほんのちょっとだけだったけど…まさかの…まさかのタダの唇!?
ふん?とタダが私を見る。
本当に『ふん?』て顔だ。
え?何もしてない?したよね?私の頬にほんの一瞬…
「なに?」とタダが真顔で言う。「この巻き方マズかった?気に入んねえ?」
巻き方?…マフラーね!
胸元を見ながら慌てて言った。「いや!そんな事ない…ありがと」
一応お礼を言って、でもわだかまりが…「ねえ、タダあの…」
「なに?」
「…」
「なに?」
「なんでもなかった」
ふっ、と笑うタダ。
なんで笑う?やっぱ何かしたよね?私の頬に当たるか当たらないかの微量のチュウ的なタッチしたよね!?
「なに?」とまたタダが言う。
「なにが?」と逆に聞いてしまう。
「なんかじっと見てるから」
「見てないよ!全然見てない」
また、ふっ、と笑うタダ。
何この笑い…私をバカにしてんの?
歩き出したタダが言う。「カズミが大島と買い物に行って欲しいって言ってんだけど」
「カズミ君が?」私と?
「母さんにやるプレゼント一緒に買いに行って欲しいって」
「お母さんに?私とって言ってんの?カズミ君」
「そう」
「二人で?」
「いや、オレも入れて3人で」
3人で…
「幼稚園に行ってるとほら、お誕生会とかするじゃん。この間ちょっと誕生日の話してたら自分も母さんの誕生日にプレゼントあげたいって」
「年少さんなのにそんな事言うの?偉いねえ」感嘆してしまう。
「いや、ほんとは言い出したのはオレだけど」
「…どういう事」
「なんか大島がオレの事避けてるっぽいから。実際母さんにやるプレゼント一緒に選んでもらうっていう口実で誘おうと思ったけどどうかなって思って。カズミはもちろん行きたがるし、大島もカズミ出したら断んねえかなって」
「…」
「嫌なん?でもカズミはもう行く気まんまんだから。行く気ないんなら大島がカズミに断んなきゃだけど、どうする?」
どうするって…
「行くよな」
「…でも私…」
そう、でも私、さっきの頬の事が気になって、気にしない感じを通してタダに上答えしてるからもうしどろもどろになってない?
「お母さんのお誕生日っていつ?」
「20日。それで大島もうちでまた一緒にケーキ食う?」
「ケーキ?私も?タダのお母さんの誕生日なのに?」
「いやなん?」
「いやとかじゃなくて。そんな、タダのお母さんの誕生日に私がお邪魔して、せっかくのケーキ一緒に食べちゃうってどうかなって」
「そうか?じゃあクリスマス用にめんどくせえけどもう1個作るかな」
「タダが作るの?」
「いや、母さんのはカズミが作りたいっていうから。ちょっと卵混ぜさせたりとかさせて…」
「そうなの?可愛い!」
思い切り言ったのでタダがちょっと驚いた。
「いや、そんな可愛くはねえよ。ぜってえメチャクチャになるからいろいろ。そいで失敗したら泣いたりな」
「泣くの?」
「外では泣かないけどうちではよく騒いで泣いたりする。どうしてもやりたいって言うからまたやらせねえとすげえ騒ぎそうだし仕方ねえ」
可愛いっ!弟に教えてあげながら作るタダが可愛いっ!
可愛いって言ってみようかな。嫌がるかな。
「なあ、」とタダ。「なんか付いてる」
「え?」
言ったタダが私の頬をちょっとさすった。
うわ、さっきのとこ!
さっきタダに微量のチュウされたかと思ったところ!
「何ついてた!?」
私の頬をさすった自分の手を見るタダ。「いや気のせいだった」
気のせいだった!?
気になりすぎる!今のなに?それでさっきのも何?
自分で頬をゴシゴシとさすってみる。
「どうする?」とタダ。
「…なに?」
「だからクリスマス」
クリスマスね…思いながらもほっぺたの事が気にかかる。
「大島んちは特別何かすんの?」
「うちはケーキは作んなくて買うんだけど、毎年お母さんが鳥の丸焼き焼くよ」
「すげえな」
「おいしいよ」
答えながら、いやもう気になって仕方がないんだけど。
ついまた触れられたところを指先で触ってしまう。
ケーキか…私の誕生日に作ってくれたチーズケーキおいしかったな。クリスマスも作るのか…デコレーションのすごいの作るのかな…
「どんなの作るの?」
「いちばんクリスマスっぽい普通の苺とか乗った生クリームの。たぶん」
「そっか…いいな…」
「ふん?」とタダが聞く。
ぼそっとつい、『いいな』って言ってしまった。恥ずかしい。
ふっとタダが優しく笑う。「なら食べに来たらいいじゃん」
うわ~~~…優しい…今の言い方も嬉しかったどうしよう、どうしようタダが優しいから私は嬉しいけどすごく恥ずかしい。頬の事も気になりまくりだし…
「お母さんに何あげようと思ってんの?」とごまかすために聞く。
「いやまだ全然決めてねえ。一緒に選んで欲しい」
「え~~~…何がいいんだろ。カズミ君はなにあげたいのかな?」
「花って言ってたけど」
「花!!カズミ君イケメンだな!」
「なんで大島も花とか欲しかった?」
「ううん。私はタダの作ってくれたケーキが…」
「ふん?」
あ、まずい…何恥ずかしい事をスルっと言おうとしてんだ私。
「いや、なんでもなかった」
「なに?」
「ごめん…なんでもない」
「何って。気になんじゃん」
「…」
私はタダの作ってくれたケーキがすごく嬉しかったって言いかけたんだけど、わざわざ聞き返されてそれを言うのは恥ずかしい。しかもタダの事を好きになって来た今、その時の事を思い出すと、作ってもらったその時よりもものすごく幸せに感じるのだ。
「じゃあちっちゃいブーケみたいになってんのと、あと何か別のちょっとしたものも探してみよう」と提案してみる。
「ちっちゃいブーケ?そんなのどこに売ってんの?」
「花屋だよ。花あげたいって言うから」
「ブーケってなに?」
「花束みたいな」言いながらスマホを取り出して画像を出して見せる。
「ああこれな」とタダ。
「え、なんだと思ったの?」
「なんか服に飾るみたいな」
「それコサージュの事?」
タダが少し首を捻る。「よくわかんねえ。まあいいや。じゃあ土曜に行こ。オレがカズミ連れて迎えに行くわ」
うん、とうなずいて約束が成立した。
タダは普通だ。私の勘違いだったんだよ。そんな急に微量なチュウとかしてくるわけないし。その後頬に何か付いてるってさすって来たから、最初のあれも唇じゃなくて指だったんだよ。唇だと思うなんてどうしたんだ私。…でも『何かついてる』って言ったのに『気のせいだった』とか言ったし…いったい何なんだ!
気になりすぎる!
私の家の前まで来て、また私に「ふん」とカバンを渡してきたタダが私からマフラーを外しそれを自分に巻き、結構口元まで持ち上げて、すぅっと息を吸った。
「なんか感じ大島の匂いに変わったかも」
「え?」
すぅぅぅぅっ、と今度は大きく息を吸うタダ。
「ちょっと…止めてそんなに吸わないで」
ハハハ、とタダがマフラーから口を出して笑った。「吸わないでっておもしれえ」
「いや吸わないで。恥ずかしい」私も吸ったけどさ。
ふふっとタダが笑う。「どう?ほんとにちゃんと似合ってんの?」
「マフラー?似合ってるよ」だって似合うと思ってあげたんだから。
…ここは頑張って言ってみようかな、恥ずかしいけど。『普通』とか言ったのに追いかけてきてくれたし。
「はいカバン」タダに渡しながら言う。「…私はすごく似合ってると思うよ。普通って言ったのは他のクラスの子たちも聞いてて恥ずかしかったからだから」
少し驚いた顔をした後タダはニッコリと笑った。
可愛い…もっと早くちゃんと言ったら良かった。
「さっき、」とタダが言った。「やわらかかった」
へ?
「え?何が?」と慌てて聞く。
「じゃあまた明日な」
「え、ちょっと待って…タダ!」
片手を挙げてみせてそのまま帰って行くタダだ。私は自分の頬に手を当てる。
やわらかかった…やわらかかった…やわらかかった…
それは触った時がって事?それともやっぱりその前の…