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現実的な彼女とまさかの異世界

 長く広い回廊を歩き、いくつか角を曲がると、一際大きな扉が現れた。中からは、人々の楽し気な声が聞こえてくる。アリューによって開けられた扉の向こうでは、宴がおこなわれていた。

 ふたりが入ってきたことに気づかず、人々は笑顔で杯を交わしている。

 石の床には複雑な織りの美しい絨毯が敷かれ、大小様々なクッションに寄りかかり、人々が座っている。そのなかにはザケスと母の姿もあった。

 母は到着後に着替えたのだろう。皆と同じような民族衣装を着ている。母の衣装飾りは指輪と同じ淡いピンクだった。

 宴がおこなわれていた広間は三階まで吹き抜けで、どういう仕組みなのか、三階付近からひらりひらりと色とりどりの花びらが舞っていて、とても幻想的な雰囲気だった。不思議なことに、その花びらは人や床に触れる直前、ふっと消えてしまう。


「なに、これ……」


 理乃が思わずそう口にすると、人々はお喋りを止め、一斉に視線を理乃に向けた。

 静まり返った部屋の中、大勢の視線を集めて、理乃の足が止まる。

 こんな風に大勢に注目されることは、理乃は苦手だった。

 立ち尽くす理乃に、一番に気が付いたのは母、美理だった。


「理乃!」


 大きく理乃の名前を呼び、立ち上がった瞬間、ぶわりと花吹雪の量が増えた。

 バラバラと落ちてくる一面の花びらに、宴の参加者たちも歓声をあげた。


「おお!」

「なんと見事な!」

「わぁ。綺麗ね!」


 そんな彼らもたくさんの花吹雪にも見向きもせず、美理は理乃にまっすぐに向かってきた。


「理乃! 気が付いたのね? 良かった!」


 嬉しそうに声を弾ませ、満面の笑みを浮かべ。理乃の両手を握る手は強い。

 理乃としては、ドバドバと振り続ける花びらの方が気になったが、まずは母親を安心させなければと思った。


「うん。大丈夫よ。全然、どこも痛くない」

「痛くない? おかしいな。君はさっき、背中と尻が痛いと言ったではないか。やはりその腫れは打ち付けた時に――」

「痛くない! それにこれは腫れじゃないから!」


 アリューは怪訝な顔をしたが、理乃の尻がもう痛まないのは本当だ。

 彼はまだ納得できない様子だったが、渋々頷いた。


「……痛くないのなら、それでいい」


 そっけなくそう言うと、アリューはそのまま宴の輪に加わる。


(……なにアレ。自分で治してくれたのに……変な子)


「良かったぁ。理乃、移動中もず~っと意識失ってたのよ?」


 心配したんだから。そう美理が続けると、周囲から降る花びらがふいに止んだ。

 不思議に思って上を見上げるも、花は降ってこない。そんな理乃に痺れを切らして、美理が握った手をブンブンと振った。


「もう! 理乃ったら、聞いてる?」

「え? あ、うん。聞いてる。あ! ねえママ。私がずっと気絶してたって……それでもアレに乗ったの?」

「アレ?」

「ほら、恐竜みたいなのだよ! 飛行機に乗るもんだと思ったら、格納庫の中には大きな恐竜みたいなのがいたじゃない!」


 それだけではない。

 格納庫の扉を開け、中に入ったはずなのに、そこは屋外だったのだ。

 抜けるような青い空。乾いた空気。舞い上がる砂――。

 とてもではないが、それを現実だとは思えない。だが、見たことのない建物に、髪も瞳も色とりどりの人々を見ると、この状況を確認しなければならない。


「ええ、飛行騎ね」

「飛行機……ん? 飛行騎?」


 不思議だった。

 このやり取りは、確か格納庫でもしたような気がするが、なぜか今は理乃の言う飛行機と、母の言う飛行騎が、同じ言葉でありながら違う物を指しているのがわかった。


「飛行騎……」

「そうよ。荷物を胴体に括りつけてね、理乃のことはザケスさんが背負ってくれたの」

「ザケスさんが――」

「ふたりとも、話はそのへんにして、宴の続きといこうじゃないか」


 理乃の言葉を遮るように、ザケスが優しく声をかけた。

 ハッとしてザケスの方を見ると、広間に集まっていたたくさんの人々が皆、ふたりに注目していた。


「そうねそうね! さあ、理乃。おなかすいたでしょう? こっちに来て食べましょう」

「う、うん」


 母が着ている衣装は、この国の女性用の民族衣装のようだ。

 ザケスが着ていた衣装と同じで、基本は白い滑らかな生地の服だが、男性の衣装がゆったりと作られた上下であることに対して、女性はサイドにスリットが入ったひざ下丈のタイトなワンピースで、美しい刺繍の入った薄く長い布を頭に被り、布の左右を首に巻いている。

 母もまた例外ではなく、薄いピンクに金の刺繍が入った布を被っている。その姿を見ると、元々ハーフっぽかった容姿が更に引き立っているように見えた。

 手を引かれ、ザケスの元に向かうが、理乃を見つめるたくさんの視線に、なんだか緊張してしまった。


「なんという……。あの指輪を見ろよ」

「無色の娘なのか? 奥方様は花の加護があんなに強いのに」


 それは密やかな声だったが、理乃の耳にしっかり届いていた。


(むしょく――)


 先ほど、アリューにも同じことを言われたが、その時感じたこととは明らかに違う印象が残った。


(むしょく――無職って意味じゃないんだ)


「こそこそ話すことでは、ないのではないか?」


 静かなザケスの言葉に、ひそひそ話の声も止む。

 決して責めるような口調でも大きな声でもないが、それは人を従わせるような声だった。

 アリューはザケスのことを、領主様と言っていた。アンツェーノという名が、理乃を守る、とも。


 理乃はある事に気が付き、周りを見渡した。


 自分を見つめる人々は皆、色とりどりの鮮やかな装飾品を身に着けている。そして、服に縫い付けられた宝石や纏っている布、指輪の色が同じなのだ。

 母が被っている布も、服の宝石も、指輪もピンク色だ。そして、アリューは緑。この中で例外は、ザケスくらいだろう。彼はオレンジや紫、青に赤と、色とりどりの宝石を身に着け、色の違う指輪をいくつも身に着けている。

 この広間で、透明の指輪は理乃だけだった。


「むしょくって、無職じゃなくて無色っていうことだったんですか?」

「そうだよ。この世界の住人は皆、神より授かりし力がある。それは色として現れる。美理は花の加護を受けているし、アリューは自然の加護を受けている」

「ママは来たばかりなのに、もう色を持っているんですか?」

「これは、生まれつき持ち合わせているものだからねえ」

「生まれつき!?」


 その言葉に理乃は絶望した。

 自慢ではないが、努力するのは得意だった。勉強だって料理だって、本当は苦手な掃除だって頑張って克服した。でも、生まれつき備わっているものに関しては、どうにもできない。

 理乃は自分の指にそぐわないほど大きな、透明の宝石をぼんやりと見つめた。


「え……。あの、そうしたら、私はどうすれば……」


 生まれつき神の加護があるとか言われても、自分に備わっていなければどうにもできないではないか。

 と、そこまで考えて、理乃はそもそもこの会話がおかしいことに、ようやく気づいた。


「え。ちょっと待ってください。ザケスさん」

「なんだい?」

「神の加護ってなんですか。え~と、そういうのはあるのかもしれないですよ、そりゃあ。神社の存在とか神頼み的なことを考えると、そういうのはあるんだと思うんです」

「うんうん」

「そうよね。だってザケスさんとの出会いも神社だったし!」

「そうだったね、ミリ。あの時は君しか見えなかったよ」

「まあ!」


 母が顔を赤らめると、今度は花びらではなく、花そのものが降って来た。


「ちょ、ちょっとママ……!」


 さすがにこの状況でこの現象。信じたくはないが、この突然降ってくる花は、母が関係しているようなのだ。まずはこれを止めさせないと、話どころではない。

 突然イチャつき始めたふたりを、理乃はとりあえず母親を引き離すことで阻止した。まったく、このふたりは少しのきっかけで、すぐに自分たちの世界に入ってしまうのだから困りものだ。


「そういうのは、後でお願い。せめて、娘の私の見ていないところでね!」

「リノは本当にしっかり者だねえ」

「ザケスさん。その、神の加護っていうのが色として現れるって、一体どういうことですか? どうして母の周りには花が降るの?」

「ミリは花の加護を受けているからさ。まだこちらに来たばかりで、力がコントロールできないだけで、本来は少しの感情の起伏でドサドサ降ることはないんだよ」

「いや、だからそれがおかしいですって。なんですか、その特殊能力っぽいものは。アブダビってそういう国でした? あの、ホラ。ワイバーンとか……あれって所謂UMAじゃないですか」

「アブダビージェ」

「はい?」

「ここは、正式にはアブダビージェという世界だ。ミリがリノにどう説明したのかは分からないが、地球とはまた違う世界で……。そう、異世界とでも言うべきかな」


 異世界――。


 ザケスが発したその言葉を、一体どう処理したものかわからず、理乃はフリーズしてしまった。

 呑気なもので、母は理乃の横で平然としている。


「異世界、そうね! そう言えば良かったんだわ。私、なんと説明したらいいかわからなくて、異国って言っていたの」

「いいんだよ、ミリ。それだって間違いではないからね」


(違うだろう! 大きく違うだろう!)


 異国だなんて言うから、てっきり海外だと思っていた。ごくごく真面目に暮らしてきた学生が、親の再婚で異世界に来るって、そんなこと誰が思うだろう。

 確かにザケスの恰好は、これまで見たことのない民族衣装だった。でも、それは誤差の範囲内というか、そんな民族衣装もあるんだろうな、と思えるものだったから、スルーしていた。

 明らかにおかしいと思ったのは、ワイバーンの登場だ。あんな生き物、大作映画の中でしか見たことがない。それが生きて目の前に現れるなど、あるはずがないのだ。


「じゃ、じゃあ。あの時見せてくれた学校のパンフレットは? ちゃんと日本語での説明もあったし、写真に写っていた子も、普通の学生だった!」

「あれはそちらの世界に行った時に雇った運転手兼世話係が用意したものだからねぇ。僕はちゃんと言ったんだよ。『アブダビで裕福な子達が通う学校を調べて、資料を取り寄せてくれ』って」

「それは、地球のアブダビですから!」

「ええ~? リノたちの世界にもアブダビっていう場所があるのかい? それは偶然だなぁ」


 ザケスは大げさに驚いて見せるけれど、すべて知っていたとしか思えない。

 ザケスは、現地で雇った世話係も、そして理乃も勘違いするとわかっていて、わざとそう説明したのだ。第一、自分で見たらその資料が間違っていることは、気づいたはずなのだから。


「こんなんで連れて来られて、しかも無色で能力無しって……。もう嫌だぁ……、帰りたい……!」


 自分だけが、なんの加護も受けていない役立たずなのだと思い知らされ、理乃は緊張の糸が切れたようにボロボロと涙を流した。

 母のように、新しい世界に飛び込めるほど愛した人がいるわけでもなく、来たくて来たわけでもなく、しかも皆が当然のように持っているものすら持っていない――。この世界は、理乃にとっては厳しすぎた。


「もう、ひとりで暮らしながら高校通うから、帰りたいよぉ……!」


 ボロボロボロボロと涙が零れ、理乃は両手で顔を覆う。その手を見たザケスが、にっこりと微笑み、理乃の方に優しく手を置いた。


「――この世界は、リノを歓迎しているよ」

「嘘だぁぁぁぁ」


 理乃の指にはめられた透明の宝石が、青に変色していたのだ。


「これは……!」


 指輪の変化に気づいた者が声を上げたと同時に、ザァァァァァ――と雨が降り出した。


 


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