↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
得意技は殴打、必殺技も殴打  作者: 加賀月こんや
PART5 Extra

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/98

孵化





「マジか……」


 ウルの音色により、黒い鏡の呪縛が打ち破られていく。その様子を見ていたフィルバードは、呆然と呟くことしかできなかった。


 ウルの音色は明らかに常軌を逸していた。

 影響を受けているのは兵士たちだけではない。フィルバードたちもまた、昂揚する精神を理性で無理矢理に押さえつけていた。


 何が起きている。どうしてこうなる。

 ……無論、この状況を期待していた。だが実際にそうなってしまえば、何故か圧倒的な敗北感と理不尽感があった。


「凄いだろう? あの子の音色は」


 そんなフィルバードに、ただ一人だけこの状況を納得をもって受け入れている少女────アルマがしたり顔で声をかけた。


「……君はこうなるって分かってたの?」

「いや」


 アルマは首を振り、けれど懐かしむように囁いた。


「だが、この音色はかつて私を虜にしたあの音色より、なおも鮮烈だ。……ならば、この状況も当然ではないか?」


 フィルバードはしぶしぶ、頷いた。


「確かに凄いよ。……誰にも真似できない」

「ふん」


 無表情を装いながら嬉しそうに尻尾をくねらせるアルマを横目に、フィルバードは気を取り直して声を張り上げた。


「よし……みんな、状況は好転した。今から災厄を打倒するための……ッ!?」


 ────だが、直後に発生した異常がその声を妨げる。


 上空に浮かぶ黒い太陽に、大きな罅割れが発生したのだ。

 一瞬、それを目にした冒険者たちは、ウルの演奏が黒い鏡を越え、本体までもを砕いたのではないかと期待した。


 だが、現実はその期待を裏切った。


 黒い太陽の内部に宿る赫の魔力は一切減衰していない。否、そもそも……黒い太陽は、砕けているのではなかった。

 組(・)み(・)変(・)わ(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のだ。


 砕け、細分化した黒水晶は高く澄んだ音を奏でながら、その貌を球体から変えていく。

 巨大な体躯、背から生えた翼、長く伸びた尾、そして全身を覆う、黒水晶の鱗────。


 その姿を見たフィルバードは呟いた。


「……何が黒い太陽だ。違う、あれは……」


 黒水晶で形成された肉体に、禍々しい魔力のラインが縦横に走る。紫電を纏う赫眼が形成され、開かれた。


「卵(・)殻(・)だったわけか……!」


 誰もが空を見上げ、瞠目した。

 それはこの階層において、最もわかりやすい恐怖の形状(かたち)。



 黒竜が、再びこの空を覆った。



 そして恐慌する暇も無いまま、黒水晶の竜はその顎の中に、眩い極光(ブレス)を蓄え始める。


「……ッ! アルマ、対抗は!?」

「間に合わん!」


 猶予など無かった。対策を打つ暇もないまま、竜の口蓋より放たれた滅びの極光が戦場の全域を呑み込む。

 万象を分解し膨張する光。

 制限も分別もない竜種の息吹が、全てを蹂躙する。


 光が過ぎ去る。


 そして後に残されたのは────何も変わりない世界だった。

 誰も何が起きたのかを判断できないなか、ただ一人、フィルバードは肩で息をする少女に駆け寄った。


「ミュー!」

「……ギリギリ、間に合いましたが」


 ミューの表情には明らかな動揺と警戒が見て取れた。

 そしてそれは、攻撃を凌ぎ切った後にも微塵も薄らいでいない。険しい表情でミューが口を開く。


「今の防御対象の切り替えだけで大量の魔力を消費しました。今後は、この魔力砲だけを対象にして備えるしかありません」


 フィルバードは問いかけた。


「二種類以上の攻撃を同時に防御するのは無理?」

「はい。相乗して魔力の消費が増えます。おそらく……いえ、確実に保ちません」

「じゃあ……」


 フィルバードは空を見上げた。


「……あれは、こっちで何とかするしかないわけだ」


 空に展開するは無尽の槍、黒水晶の雨。

 もはや見慣れた攻撃だが、今度は防ぐ手段がない。


 フィルバードはその時点で思考を切り替えた。

 できないことに悩んでも仕方がない。ならば……攻撃をくらった、そのあとのことを考えるだけだ。


「ユーフェミア」

「なんです?」

「出せる? 本気」


 視線が交差する。

 切羽詰まり、懇願するようなフィルバードの視線。

 桃色の髪の少女は、ため息をついた。


「こういう時はお願いじゃなくて指示でいいです。……やりますよ。でも、みんな覚悟はしてくださいね?」


 頷く仲間たちの表情を確認してから、ユーフェミアは小さく呟いた。


「偽神形成────外殻、接続」





 次の瞬間に降り注いだ攻撃は、卵殻の形態から放たれたものとは段違いの威力となっていた。

 より攻撃性を増したのか、黒い鏡を通して標的をロックオンしていない分、明らかに攻撃の威力と速度に比重が振られている。


 音速を遥かに超える速度で放たれた数万の弾丸。

 無論、対応などできるわけがなかった。


 地上の様相は地獄絵図だった。

 攻撃が直撃した兵士たちは半身を引きちぎられ、そうでなくとも飛散した破片だけで重傷を負っている。


 そしてその惨状は、冒険者たちもまた同様である。無惨にも肉体を貫通されたものたちが、苦痛に表情を歪ませる。

 肉体性能が上がろうと、反射速度には限界がある。災厄の攻撃は明らかに、彼らの対応可能な範疇を逸脱していた。


 だがその惨状に、動揺するものはいない。

 負傷することなど折り込み済みだ。


 ────傷ついた肉体が、瞬時に元の姿を取り戻した。


「……っ!?」


 目の前で起こった、明らかに異常な奇跡。ぎょっとした表情をするミューに、フィルバードが説明する。


「大丈夫。ユーフェミアの奥の手だ」

「し、しかし……これは明らかに異常な……」

「君が言うの、それ? ……まあ濫用するものじゃないよ」


 フィルバードはため息をついた。


「リスクもある。まずは再生のたびに寿命が減少……でもまあ、それは別に気にするほどのことでもない」

「いや、ええ……?」


 ドン引きのミューにフィルバードは平然と言葉を続けた。


「今死ぬよりお得じゃない? でも、もう一個の副作用の方はちょっと深刻でね……繰り返し続けると、ユ(・)ー(・)フ(・)ェ(・)ミ(・)ア(・)に(・)な(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)う(・)」

「……。……?」


 意味不明の発言に首を傾げるミューに、フィルバードはユーフェミアの方に視線を向けながら説明した。


「この魔法は他人の身体をユーフェミア自身の身体に見立ててるんだ。だからこんな速度で回復できるわけだけど、代わりに……寄(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)う(・)んだよね、ユーフェミアに。だからそのうち……」

「……団長」

「おっと。ごめんね」


 ユーフェミアにジト目で睨まれたフィルバードはそこで話を切り上げた。そして振り返り、仲間たちに話しかける。


「まあ何にせよ、短期決戦しかないわけだ」

「方針はどうする?」


 聞き返すザクスにフィルバードは首を振った。


「特に無い。魔力砲はミューが防いでくれるし、物理的な攻撃はユーフェミアが治してくれる。ならもう後は、我慢比べだ。相手を削り切った方が勝つ。それだけだよ」


 その言葉にエウーリアが頷いた。


「ま、それしかないか。……けど、こっちはアルマの限界もあるし、魔力砲での攻撃は連続できないだろ?」

「別にそれにこだわる必要はない。魔法で黒水晶を破壊する威力さえ出せるなら、少しずつでも中の魔力を削れる」


 ザクスが口を挟む。


「急所を狙う、とかじゃないのか?」

「どこだかわかんないし。っていうかあの外見からして、身体全部が魔晶みたいなもんじゃない?」

「ある意味全身が急所か……」

「でもその代わり、少しでも削る速度が落ちれば時間経過で災厄の魔力が供給されて、そのまま回復していくわけだけど」


 そこでフィルバードは言葉を切り、全員の顔を見ながら確かめるように言った。


「無限の魔力とはいっても、供給できる総量が無限なだけだ。時間あたりの供給量を上回る消耗を強いることができれば、最終的には災厄であっても魔力が尽きる。効率は悪いけどやるしかない。……彼(・)ら(・)もいるしね」


 フィルバードの視線の先、地上の様子に目を向けたエウーリアは硬直した。そしてユーフェミアに問いかける。


「おいユフィ……お前、あいつら含めて全員? マジで?」

「……いえ、私もできるとは思ってなくて。ものは試しで」


 ちょっと困ったようなユーフェミアを尻目に、フィルバードは言葉を続けた。


「たぶん、『混乱』を治療する段階で間接的に全員がユーフェミアの治療を受けてるから、とかそういう理由でしょ。でも別にそれは今どうでも良くて、重要なのは彼ら全員に戦力になってもらうことだ。今度はこっちが、数の力で戦う」


 その言葉にエウーリアは頷いた。


「分かった。……えーと、私は氷の魔法を拡声器代わりに声を届ければいいのか? フィルが話すわけだろ?」

「いや、話すのは僕じゃないよ」

「は?」


 フィルバードは苦笑した。


「平時なら僕がやる。でも今はそうじゃない。必要なのは冷静に損得を語ることでも丸め込むことでもなくて、彼らを戦いに駆り立てる煽動者だよ。そういう演説なら僕より適任者がいる」

「そんなやついるか? 誰だよ?」


 無言でフィルバードの視線が……否、その場の全員の視線が一点に集中する。

 その先にいるのは、問いかけた本人だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。