第〇一九三話 元弟子と物怨じの魔女
これまで見てきたところ、ギェーモン自身悪意のある魔法使いではなさそうだ。だいたい、魔族に肩入れする所業にイチャモンを付けるのは、魔族の自分がすることでもないだろう。
「何ぞ迷惑をかけたんか? 実は今日も一日、その困った原因を探しにあちこち聞きまわっとったねん。そやから遅くなってなあ」
「どうされたんですか?」
「いやいや、まずユーの話を聞かしてえな」
「そうですね。実はディーキチさんという人が、あちこちで死人の蘇生ショーみたいなことをやってるんです。それはご存じでしたか」
「そりゃもう知っとるもなにも、ミーの言うてんのもその話や。それのことを気にしとるんやがな」
「やっぱり。少なくとも二体のオートマトンを持ち出しているんじゃないかと、それを確認しに来たんです」
「そうやで。ミーの作った参号と四号をあいつは連れ出した。一年ほど前、魔法使いの弟子になりたいと言って、この家の扉を叩いたアイツ、ディーキチを、ミーにしては珍しく弟子にとって育ててやったんや。それやのに、恩を仇で返すようなまねまでしさらして、出て行きおって。しかも二体のオートマトンまで連れ出しよった。たしかにあの二体なんぞ、別段たいしたことができるわけやないんやけど、そないなことに使われたらなんぼなんでもかわいそうや」
「そうですよね。噂では、というか見た人に聞いたんですが、人間の死体と称したものを水の中に長い間つけておいて、確認させてから呪文を唱え、生き返らせたように動かしているらしいです」
「アイツは手先が器用でな、人型とか作るときに細かいところをいろいろ、上手に作れたんで重宝してた。実は拾弐号、いやラゴンの顔もアイツの作品や」
「えー、そうなんですか」
そんな、評判の悪いやつに作られていた顔だったというのは、知りたくなかったかも知れない。
「この拾四号もそうや。こういうセンスはあったんやけど、魔法のほうはさっぱりでな、だいたい性根が曲がっとった。ミーに悪い相談を持ちかけて来よる、他の魔法使いとつるみよってな。しかも悪事に手を貸そうとし ── 、いや見事働いたから破門したんや」
「そうだったんですか、それなら今はどこにいるかわからないか。 ── まあそれはどっちでもいいんですが。じゃあやはり、元弟子だったディーキチが披露した術は、蘇生なんかじゃなかった、ということなんでしょうね」
「そのオートマトン二体が使われとる限りは、ただの操り人形を用いたに過ぎないやろうな。元々生きていないもんやから、止めておいて動かしただけということやないか。実はディーキチにはとんでもない能力があんねや。生来固有能力というやつやな、あれは。あいつは人をペテンにかける、生来固有能力を持って生まれたんや」
久々に聞く『生来固有能力』であるが、つくづくたちの悪いというか、人生に役に立たない能力を、授けられた身の不幸といえるだろう。
「その能力もフル活用して、あんな大道芸をやっているわけですね」
「そうやねん。あの能力も使いようで、自信が持てへんやつをその気にさせたり、精神的な病気の治療。それに替え玉を作るときに心底からならせたりするんやとか、いろいろ有効な使い道があるんやが ── 。あんなしょうもないことばっかりに血道を上げよって」
ギェーモンは、自分の作品が心ない使われ方をされていたと聞いて、いたたまれなさそうな顔になる。
「わかりました。それともう一つなんですが、燃料圧縮瓶ってご存じですか?」
「気体を圧縮して詰め込むための装置や。それを流用したいと、初期タイプのオートマトンで利用してた肺の技術を欲しがり、よからぬ輩が接触してきよった。持って行かれた二体のエネルギーは、ユーたちと違って肺の部分に取り付けられた燃料圧縮瓶から、魔力を作って供給されとるタイプやねん。比較的入手しやすいエネルギー、メタンというガスを高度に圧縮して貯蔵する、その技術をミーが開発したんや」
あの素晴らしい技術もここで生まれたのかと、この世界の燃料圧縮瓶のルーツに触れて、軽く感動を覚えるラーゴ。
「圧搾瓶の中、まるで紙でも巻き取るように、気体の分子を整列させる技術ですね?」
「気体の『ブンシ』というのがようわからへん。そやけど、いうたらあれが一番、燃焼性ガスを小さく保存できる方法やったんや。しかし、よう調べたなあ」
「たしかに素晴らしい技術です。あんなに小さな圧力で、あれだけの量を保存できるのは、すごいと思いました」
「まあ、そないいうてもせいぜい、千から千五百倍というとこやけどな」
「そんなに! ボクが見たのは、およそ六百から八百倍だったですけれど」
「それはよそで模倣された量産品やろう。ミーが作ったのはその倍近いガスが収められるものや。なかなかまねはできんやろ」
「それでも、何よりも危険が少ないのが最高です。あれを普通に圧力だけで圧縮すれば、大気圧の何百倍から数千倍もの圧力の危険に、常にさらされるわけですもんね」
「なかなか詳しいな。せやけど、あれでも熱がかかるとあの状態が開放される。そうしたら、一気に千倍近い圧力になって危ないもんやけどな」
「そうなんですか」
なるほど量産品の燃料圧縮瓶と言われるものが、弾力のある軽い陶器の入れ物であった意味も、ようやくわかったラーゴ。破裂してもあれであれば大きな被害がない。
というより少しの圧力で簡単に破損し、低い圧力のまま漏れてしまうだろう。メタンの比重は軽いので、プロパンなどと違って外に設置すれば、滞留したガスに引火するような被害も少ないはずだ。
「一応、古いオートマトンの体内の設備類は、断熱材で包んである。そやからどいつもガタイが大きいやろう? この世に断熱できる結界があればええんやけど、そういったものがない以上、ずっと高熱にさらされれば破裂してしまうんや」
結界を張っていても、温泉の温度が感じられたように、やはり結界では、熱の移動が妨げられないということか。