第〇一九二話 最初の動かし方
なんとなく、和気藹々となってきた。だが拾四号はまだ、言いたいことがありそうだ。
「ところで あなた、どこで見てるんですか。そっちの女の人、それがラーゴさん?」
そう言われたミツは、あわてて首を振っている。
「 ── じゃあないんです。ボク遠くから見れるんですよ」
「すごいですね。アタシも、操作モードと、自律モードの、二つがありまして、ギェーモンさまの、操作モードで、しゃべることも、できます。けれど自立モードでは、このスピードが、精一杯、なんですよ。あなたは?」
「あー、だいたい今は同じぐらいの速度でおかしくなくしゃべれてます。というか判断して話せるようになりました」
「そりゃ凄いやないか」
「うらやましいわ」
「ボクからも聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「ギェーモンさんによる操作モードのとき、拾四号の発声は、ギェーモンさんの声なんですか?」
「それでは気持ち悪いやろう? 拾弐号には備えておらんが、拾四号には変声装置というものをつけとるねん」
「なるほど」そういうところはさすがに最新機種だ。「それと拾四号は今、自立モードで動いてるんですよね」
「そうや」
「エネルギーはどうやって補給してるんですか」
「あなたも同じでしょう? 食べものを食べて血液にして肺に送ります。ギェーモンさまが人間の体を研究して作った方法らしいですよ。人間の体もこうなってるって」
人間の体の構造は少し違うと思ったが、そこは空気の読めるトカゲであるラーゴは指摘しない。
「そうですか。血液が増えすぎたりして困ることはありません?」
「食べなきゃいいじゃないですか」
たしかにそうだが社会生活をしていると、先日のようなとんでもない据え膳でも、断り切れずに困る場合もある。血液が血液を生むというのは、有り余る魔力を含んだ自分の血液に限られた動作かも知れないので、そのあたりの活用については、後からギェーモンと詰めさせてもらおう。
「それと、一番初めはどうやって食べものを摂れたんです? まったく魔力がないと、食事もいただけないじゃないですか」
「そりゃあ操作モードで食べるに決まっとる。そもそも拾弐号は、自立動作ができるなんぞ、考えて作ってえへん。まあ食べさせて貰うっちゅうたほうがええかな。魔力のある人が食べろっちゅうて」
「もちろん、アタシの場合は、ギェーモンさまが、やって くれましたけどね」
「なるほど」
魔法灯火に魔力圧縮瓶から魔力を充てんするときと同じというわけだ。考えてみれば当然だった。
「そんなやり方を、聞くなんて、あなたは最初、自立モードで動く、ための魔力を、どんなやり方で、手に入れたのかしら」
「それはちょっと詳細な方法は言いにくいんですけど、直接自分のっていうか、ラーゴの血液を肺に入れまして」
「そりゃあすごいことちゅうのか、大胆な発想や。いや、それだけ内部構造を理解できていたのは、たいしたもんか。それでも最初、どうしたらええかわからなんだんやな」
まあ、実際には時間的にせっぱつまっていたのと、身近に効率的に血になる食べものがなかったという状況だったからでもある。しかしその事情はなかなか説明しづらかった。
「はい。なにか食べるようになったの、最近なので」
「そうですか。面白い 動かし方も、あるのですね」
「まったくや」
「でも魔王討伐のときに ── じゃあ、ルシーさんは、もうお亡くなりに、なったのかな」
「さあ、どうでしょう。ボクは前、どんな人がこのオートマトンを、所有されていたのか知らなかったので。やはりルシーさんが、サタンさんなんですか?」
「そやで。サタンはルシーの昔の呼称で、ルシーというのは世を忍ぶ仮の名前や。そもそもあいつが生まれたときの名前もじって取ったもんでな。最近人の女の格好でおるようになってから、ルシーと名乗っとった。ミーもずっとルシーと呼ばされてる」
「やはり、そういうことだったのですか。じゃあボクずっと不思議に思ってたんですが、サタンは世の中で言われるような最強の悪魔なんかじゃなくて……」
「そーや、いつの間にか ── たぶん教会の教えの都合みたいなもんで、勝手に悪魔扱いされてもうてるけど、サタン、つまりルシーは魔法使いや」
聖脈の恩恵でどうにもならないものを、魔法の力でなんとかしようとする考え方は宗旨に反する。それが、サラマンドラ神を全知全能の太陽神としてあがめる、教会の教えのようだ。
そのため、魔法使いも魔族同様に歓迎されていない。神の救い以外に逃げ込む場所がある事実は、教えを説く側から見ると、魔法の存在自体が不都合な真実であった。
教会に属する人間が、同じ仕業を行なっても奇跡と呼ぶ。またラーゴの相続者記憶でいう『科学技術』だけで実行できるとしても、そんな理屈がこちらの世界でオーソライズされてないのだ。しかも魔法使いが行使したものなら、それは魔法と言われてしまうに違いない。
たとえば、魔法使いであるルシーと懇意だったというユスカリオだが、この世界では珍しがられる彼のレシピは、なぜかラーゴにとって親しみ深い料理が多かった。もしあれがルシーとやらが、相続者とかから仕入れて身につけたいわくつきのものとするなら、あるいはそれも魔法料理とでも、呼ぶべき仕業なのかも知れない。
「そういうことだったんですね。きっと生きてらっしゃると思いますよ」
魔王城に潜入したときは、聖泉を引き込めば、手ごわいサタンといえどもいずれ滅びるはず。卵のころ感じた脅威とそんな期待から、起こして戦うのも逃がすのもよろしくないと、あのような手段に出た。だが本当に魔法使いというなら、実害はないだろう。
今の状態からなら、何年あるいは何十年先になるかも知れないが、運が良ければ傷が回復したら、いずれ復活して暴れまわりかねない。あれだけの魔力の持ち主が、じっとしているなど信じられないラーゴ。
「そやけど、そないに驚くところを見ると、ラゴンはここが自分の古巣だと知らんでやって来たっちゅうわけなんやな?」
「はい、まったく存じ上げませんでした」
「ほな、何のために、こんなところまでやってきたんや」
忘れたわけではなかった。切り出すタイミングを待っていたのだ。
「そうなんです。実はちょっとお伺いしたいことがあって来ました」
ギェーモンは乗り出してきてくれる。
「ほう、なんやろう?」
「ギェーモンさんはボク ── いやラゴンのようなオートマトンを、十数体も作られたんですよね」
「そうや。もっと作っとるが、人の形として完成させたのはユーで十二個目、この子で十四個目になる。まあ世界広しというても、こんなすごいことができるのはミーだけや。しかしユー、ラーゴの魔法述師の腕前を見たらそうも言えんようになったな」
「そんなことないですよ、ボクにはこんなオートマトン、とても作れませんし。間に作られた、拾参号の話も聞きたいところなんですが、それより先に……」
質問していいのかどうかわからないが、サタンとの交友関係というか、なぜあんな化けものを、魔族なんかに肩入れする、悪魔とも魔法使いとも知れないやつに与えたのか。一つ二つ文句を言いたいところだったが、もっともラーゴの尋ねたかった重大事項に、ギェーモンのほうから食いついてきてくれた。