第〇一九一話 「何とかしました」
「すいません、ボク魔法述師じゃないもんで。ただ呪文がかけるだけなんですよ」
「 ── 見よう見まねでそう簡単にできるもんやあらへんで」
やや憮然としてギェーモンは言う。自分はいつも、かなり苦労をしてやっているという感が、ラーゴにありあり伝わってきた。
「しかもまあ、この術式はわかりやすいわ。なんと、説明がコメント行に書かれとるんやな。いやそうと思うたら、まあこのなんや、大量のわけのわからん細かい呪文の数は。これほどの膨大な量の術式を、ユーはいったい何年かかって書いたんや。人間らしい細かい思考や動きが、すべて設定されとるんか。思考のパターンもこれほどの数を作ろうと思えば、いやー二年や三年ではとてもやないが、書けたもんや無かったやろな」
たしかにこんなものをすべて呪文記述していたのでは、トカゲの寿命がすぐに来てしまいそうだ。これもしっかり言い訳させていただいておこう。
「あすいません。これ ── そのあたりの細かしいのは書いたんじゃない。コピペです」
「コピペっちゅうのは?」
「人間の心の中にも、呪文って書かれてあるってご存じですよね」
「そんなことではないかとは薄々考えてたのはたしかやけど、実際に見たわけやない。そやけど、それがどないしたねん」
(─ えっ、オートマトンシステムは、人間の生態系を模したもんじゃなかったの?)
たしかにギェーモンも、それを分かって作ったわけではなかった。過去にそうなっていることを知る者との交友があり、そういうつくりだと教えてもらっていた。以後交信が途絶えている ── ハッキリとは言わなかったものの、おそらく亡くなった ── ため、自分で勝手にイメージして作り上げたのが、現在のオートマトンのシステムだそうだ。
いわゆる呪文金属が世に出てから、そのシステムは飛躍的に、人間のそれに近づけることができたという。いかんせん呪文暗号の呪文記述と検証はかなりたいへんだったらしい。拾四号をここまでに作るのには、アルゴリズムの組み上げから呪文記述、机上検証を繰り返すこと、拾弐号の完成より数年間。ようやくこの十か月ほどの間に、今のレベルまで仕上げられたそうだ。
しかし、記憶部分をデータライブラリーとして、従来の呪文金属に装備しようとするとバカでかい設備になった。結果そのままでは、この家から出せないらしい。
それならそれで、かなりの説明がいりそうだが、できれば今夜のうち ── 明るくなるまでにモーイツへ帰り付きたいラゴンは、できるだけ簡単に話をまとめる。
「それを、 ── ボクの、あるいは他の人の心にある、呪文暗号をコピーしたんですよ。そのおかげで、無詠唱の複雑な発言や動作が、可能になっているんだと思います」
「自分と言っても、人の心にかかれてたものを遷してきたっちゅうんかいな?」
自分イコール『人の心』というフレーズが引っかかるのだが、今更トカゲですとも言えないので肯定しておこう。
「そういうことです」
なぜ自分で記述しなかったかを聞かれるかと思ったが、そんな質問は出なかった。ラーゴの相続者知識から、『作ればバグも作り込む。すでに完動するものが利用できそうなら探して使え。バグを作るのは罪悪である』と教えられた記憶から来る言い訳はあるものの、単にそのほうが手早かった、という事情が勝っている。
そんなことから、あまり難しい経緯は説明しないで納得させられたようだ。年寄りといえども、さすが第一線の研究者である。
「具体的には、そんな大それたことをどなして実現できたんや?」
「ペイストボウドってご存じですか」
「はあ、そっちは聞いたことがあるわ。きわめて高度な魔法道具を複製する場合、呪文をまるごとコピーするのに利用するもんや。そうそうあのときに使ってたその言葉。コピーやらペーストやら」
ギェーモンは、ペイストボウドを知ってはいたが、ラゴンの持つ世代のものは、持ちあわせないようだ。つまり基本動作とはいえバックアップがないため、ラゴンと同じシステムを複製できなかったのではないだろうか。新たに作った拾四号へ、同程度の動き回る能力が与えられないのも、そのあたりに起因しているのかも知れない。
「そうですね。それでやったんです」
「大量の魔力がいると聞いとるで」
「何とかしました」
この答えはナイスだ。問題ない限り、多用したい。
「しかしそれだけでは動かへんやろ。これらの思考や動きについての経験的な知識、それはどなしたんや? この中にはそんなものが、どこのタブを見ても書かれてないように思うんやけど」
やはり、簡単に話は終わらないようだ。
「はいそれも苦労しました。でも記憶鉱物という魔法道具がありまして」
「それや。帝国の魔法使いが、奇跡的に一つ手に入れてた試作品というものを借り受けて、この拾四号に使っとる。そやけど、これがまあ、家具みたいにでかいもんでな……」
そのせいで、拾四号が機能するためには、この家から出ていけないと云う。
「いえ、実はあるんですけど、ここに首から提げてるやつ」
「ほう、たしかにそれはこの試作品とは違う。コンパクトになったもんや。しかもペイストボウドと同じ金属でできてる」
「そうなんです。それをデータライブラリー専用に作り変えたドワーフがいまして」
それを教えると、メソポタと知り合いというのがばれてしまうかもと心配がよぎるが、どうもギェーモン自身メソポタをよく知っているわけではないようだ。
「ほう、そんで?」
「それに記憶や知識をコピーできるんですよ。本や資料も複写可能です」
「それはどうやって?」
「ペイストボウドと同じような感じです。それ専用の道具があるんですが、上に載せてポンで……」
その言葉を聞くなり、ぽかんと口を開けたままになるギェーモン。
「上に載せてポンで複写ができてしまえば苦労もあらへんけど」
「いえ、ほんとうに苦労がないんです。昨日も、お預かりした分厚い本を一冊丸暗記しちゃいまして、驚かれたところで」
「なるほど、オートマトンならではの技というわけだな」
「そうですね。たしかに生き物だと、こうはいかないでしょう」
そう言いながらも、もともと人間のシステムからコピーしてきた機構であるので、どうにかがんばると、人間の外部記憶にも利用できそうな気がした。データライブラリ側のインターフェースも重要だが、ようは受け取るほうの人間の頭の柔軟性ではないだろうかと。こういうことは時間のあるときに、自分で試してみたいと思うラーゴ。
なにしろ初期段階の記憶鉱物は、多層化される前の試作品だったため、装備しようとすると、かなりバカでかいものになったらしい。当時ギェーモンは、仲間内で偏執的研究者と言われるドワーフが、記憶鉱物の記憶容量を飛躍的に向上させる研究中、という噂が聞こえてくる。だが完成品を目にするのは、今日が初めてのようだ。たしかにレオルド卿の話によれば、流通品の記憶鉱物を手に入れたのは最近のことだといっていた。持ち歩けないものなら、常に脳との親和性を取るなどというのは不可能だろう。しかしある意味、コピペ時のエネルギー大量消費を解決しなければ、いくら小さくなったと言っても、完成品とは言えないかも知れない。
(─ あーでも、そういうふうに云われてるんだ、メソポタって。まあ手繰っていくと、ボクの正体もわかってしまうから、ここでは彼と知り合い、とは言わないでおこう)
「素晴らしいで! これほど完成されたもんは、オートマトンちゅうよりもはやホムンクルスや。拾弐号は一度手放したもんやが、オーナーは結局何の役にも立てられなんだ。ユーに使ってもらって何よりやったと思うわ」
そこへ話がたどたどしい幼女、拾四号が口をはさんだ。
「アタシも ちょっと 聞いて いいですか?」
「はい、何でしょう?」
「その拾弐号の 持ち主さんは、どうされましたか。どうやって ラーゴさんは拾弐号を?」
自分で考えてしゃべるシステムは、すなわち疑問も持つという能力も備えるらしい。それすべてをコピペではなく、一からロジックで組み上げたギェーモンこそ賞賛されるべきであろう。
「あ、そうですね。このオートマトンは、先日あった魔王討伐のときに死体と間違われ、王都まで連れてこられたみたいなんですよ。それで墓場へ埋められるところを、その前に助けたというか、動かして逃がしたと言うべきか、そんなことでそれから勝手に使ってます。すいません」
「謝ることはないですよ。助けてもらったなら、ギェーモンさまも、感謝されるでしょう」
「そうですか」
「そらあ、そうや。エネルギーが枯渇したまま墓場に埋められてしもうたら、探しても見つからんかったかも知れん。ミーもユーを拾弐号の正式な所有者として認めるで。前の持ち主は、戦の中で手放した時点でアウトや。 ── ただ、その代わりと言ってはなんやけど、そんな方法、もう少し詳しく教えてもらえへんかな」
「結構ですよ。オートマトン自体が、もともとあなたのものですから」
「もちろん何かお返しはさせてもらうで」
「いいですよ。ラゴンをいただいただけで十分ですから」
「いいや、そんなわけにはいかへん。またそのコピペっちゅうのを頼むかも知れんし。いやぜひお願いしたい。仲良うしようや」
「もちろん仲良くなんておこがましい。このオートマトン ラゴンからすればあなたは産みの親ですからね。これからもよろしくお願いします」