第〇一九〇話 シーヴァ裏の錬金術師(アルケミスト)
ラーゴは魔王城から戻った後、海岸でちょっとしたできごとがあった。それはさておき、すでに約束どおりの深夜、再び海を越えて、ギェーモンのところまで飛んできていたラゴンに意識を移す。
「遅くからすいません。お昼お邪魔したラゴンです」
「いらっしゃいませ、ラゴンさん」
「ありがとうございます」
「じゃあ、どうぞ中へ。もう、ギェーモンさん、お帰りですから、お姉さんも、ご一緒に」
「お邪魔します」
周りにはたくさんの人形の部品。腕やら顔やら足やら指やらあって、なかなか気持ち悪いものだ。
とはいっても、そんなふうに感じているラゴン自身、この世界のどこかにおいて、似たような形で作られたのだろう。そう思うと、あまり大きなことは言えようもない。
「ギェーモンさん、拾弐号、いえ、ラゴンさんが、いらっしゃいました」
(─ 拾弐号? え? それは ───)
「あーー、待ちかねたでえ拾弐号、ほんま久しぶりやー」
この世界では、貴族でもなければお目にかかったことがない背広姿、いやタキシードっぽい正装に身を包んだおじいさんだ。そんな男声が、聞き覚えのあるような変ななまりでそう言うと、いきなり抱きついてハグしてきた。
「はい? あなたは? もしかするとギェーモンさんですか? でもボクたち、初めましてですよね」
「そうか、そりゃわからんわな。ミーはユーの生みの親や。そしてこの子は拾四号、ユーの妹分やで」
「ええっ!」
なんと、オートマトンづくりの錬金術師とは聞いていたが、たまたまラゴンの生みの親だったようだ。たしかに、ラゴンのスクリプトの署名であった、『ギ』のイニシャルとも一致する。魔法の横行する世界だから、そこでオートマトンを作る魔法使いなど、珍しくもないのかと考えが及ばなかった自分が情けない。
ここに来るまで、ディーキチの元師匠にはマフィアとつながりのある、怪しい魔法使い ── 錬金術師という先入観があった。それが自分の分身とする逸品とは、同じオートマトンでもきっと関係ない、と高をくくっていたのだ。だがそんな予想は希望的観測にすぎない。結局ラーゴ自身も、自分に都合のいい ── 信じたいものだけを正しいと、考えてしまう知性体に過ぎない、と反省する。
となれば、先ほどラーゴが直視したばかりのレヴィアタンも、この紳士 ── ギェーモンの作品ということにほぼ間違いない。あるいはサタンに脅されて、しぶしぶ作らされたとでも言うのだろうか?
とにかくギェーモン本人からは、まったく悪意のオーラを感じ取れない。しかも目の前の、幼い子どもと思った女児も、実は同じ制作者によるオートマトンという。
後ろにいたミツも、かなりびっくりした様子だ。まあ当のラゴン自身が、これほど驚く話なのだから無理もない。
「そう、アタシは、拾四号。お昼に、来られたときから、あなたが拾弐号だって、分かってたわ。ギェーモンさまが、帰って来られて、あなたのことを、お話したら、ずっと楽しみに、していらしたのよ」
「あなたが拾四号。じゃあボクより新型、つまり高性能機種というわけなんですね?」
「それは 違うわ。ギェーモンさまは、動きに関していうと、あなたのほうが、絶対アタシより、いいできだったって。あなたをひとに、あげたのを、いつも後悔、していたわ」
なにやら事情があって、もう一つ同じものを作ることはできないようだ。
「ええ、そうかな? あなたもちゃんと動いているじゃないですか」
「アタシはまだ歩くしか できないですもの。階段も上れません。ギェーモンさまが四年もかかって、ようやくおしゃべりだけは、ちゃんとできるようになったんですよ。これでも自分で考えて、しゃべってるんです。すごいでしょ」
「しかも見た目は変わらんが、中身はなんとも立派になったなあ、なんやらそのしゃべり方やら、軽やかな動きは自分の作品とは思えんできや。これは自立モードなんか? それとも……」
若干迷うところだがこの際だ、本当のことを言っておこう。すでに千里眼によるオーラの確認で、目の前の魔法使いは悪い一味とは、ほぼ関係ないと確信した。ミツも同意見のようだ。
「いや、今はすいません、ボクは本当はラーゴと言いまして、ラーゴが会話させています。このオートマトンには、自分の名前にちなんでラゴンと名前を付けました。呼ばれたときに違和感がないように」
「なるほど、ようわかった。ほな今、操作モードでしゃべっているのはラーゴくんということやな」
たしかに意志はしっかりラーゴのものだが、ミリンの枕元にいるラーゴは、発声できる状況ではない。
「いえボク ── ラーゴの、しゃべったのを復誦してるんじゃありません。ボクが考えると、このオートマトンがラーゴの考えに合わせて話せるよう、連動させているんです」
「ほんまかいな? 半自立モードというわけか。そんなことが、ホンマにできるんや」
「まあ、なんとか」
論理思考のため記憶をコピーし、血液を媒介に自分と同じ思考ができるから、すべて無詠唱でやってきている。魔法というシステムの上で考える限り、これは不可能でないにしても、たしかにすごいことかも知れない。
ギェーモンは、何やらメガネを取り出して装着した。見覚えのあるようなメガネの形である。
「これは知り合いの魔法使いに、作ってもろうた一里眼鏡という魔法道具や。ここには一応呪文を見れる魔法がかけてあるんやけど、もちろんユーも魔法述師なら、読めんように独自の暗号化してるはずやから、あんまり意味ないやろうけどな。自分のテスト用のために持ってるっちゅうわけや。 ── いやおい全部平文かいな?」
そう言うギェーモンであっても、そのメガネ無しには読めないのだから、この上隠し立てする意味が分からないが。
(─ 教会勢力からも敬遠されている、呪文暗号が一般に広まる方向性を問題視されてるからかなあ)