第〇一八八話 「最初からなかったらよかったのに」
「もちろんよ。付け加えると、魔法使いが個人的に、持っているものがあるでしょう? あれなんか、意図的に龍脈から切り離された個脈よ」
「そうだ。魔法使いって、個人的に魔脈を持ってるよね」
これは今日のお昼にギェーモン探しに使ったので、ラーゴはすでに知っている。それはもともと、ラゴンが備えた ── データライブラリから得た知識だ。
「ご存じなのね。ペスペクティーバも自前の脈を保持してるわ。そして自分の中にもそのサブセットを持っているっていう理由」
「そうなんだ。それで龍脈に繋いじゃった魔王の脈はどうなるの」
「魔王の脈じゃなくなるのよ、おそらくずっと龍脈のまま。中身は同じよ、あーただ魔族は、龍脈に忌避効果があるからその脈が利用できなくなるし、住み着くどころか、近寄ることすら難しくなってしまうわね」
よし、思った通り。ラーゴはそれを期待しているのである。
「ていうと、ここが魔王の脈でなくなるってこと?」
「そうよね、昔それに似た処置を行なって、地上の魔王の脈すべてをなくそうとがんばった歴史があったらしくて。だけど、あまりにも多かったから途中で諦めた、という話が伝わってるわ」
そんな努力が行なわれたのか。だがそれで魔王退治ができるなら、人間にはいいことづくめだ。
「だれがなくそうとしたの?」
「もちろん真龍よ、この世界を統べていた龍の神様」
「それって、神話の話?」
「本当の話よ。 ── で、御用はそれだけ?」
「いやそうじゃないんだ。もし魔王の脈をなくしてしまえるなら、今ボクの目の前にある魔脈を、龍脈に繋いでほしいと思ってて。わりと急いで欲しいんだけど難しい? でもやっぱり、今晩中とかって無理かな?」
「すぐにできると思うわよ。ルールはいろいろと難しいけれど、条件さえそろえば ── 言い方は悪いかもしれないけど、龍脈を制御し、新しく脈の流れを作りつなげる、それがあたしの取り柄ですもの。まれだけど国王陛下からも、王国内の脈の新設は仰せつかるわ。だから、そういう思いつきみたいな脈のつなげ方は ── まあ、ドミニオンマスターさまのご命令ならいいわよ」
なにか引っかかる言い方だが、とにかくなにやらもらった忠誠のおかげらしい。
「そうだったんだ。ところでボクがいる ── この場所、わかるかな」
自分からでも連絡は取れるが、方角や位置までは分からない。そんな不安を含んでの質問だったが、これには即答で返ってきた。
「細かい位置はわからないけど、ドミニオンマスターさまの鱗をたよりにすると、 ── 大体ガニメデの泉から北のほうへ向かったあたり ── つまり最近滅んだ、魔王ガレノスの魔脈ね。近くの脈だまりまで転移して、それからどっちへ行ったらいいか探すので、ドミニオンマスターさまはそのままそこにいてちょうだい」
そう言った後、あたかも無線通信が切れるように、パルスゴーストの声が途切れる。
「だれと話をしていたの?」
クラサビが聞いてきた。
「クロスを預けている聖霊さんの一人だよ。あの人は聖霊っていうよりも、どちらかというと妖精みたいな感じだけどね。小さくて羽が生えてて飛んでるの」
「妖精?」
そんな話をするうちにまた、今度はパルスゴーストのほうから連絡が入ってくる。パルスゴーストからは、どうやって連絡がとれたのだろうか?
クラサビたちだと、ついナオコ経由の感応通信に頼ってしまうので分からないが、彼女は鱗を身に着けているはずだから、それと何か関係するのかも知れない。
「はい、近くまで来ました。この辺りは土の聖霊ノームの管轄じゃない場所ね」
「君たちの管轄じゃないの」
「シルフの管轄って別に決まってるわけじゃないのでいいわよ、ウンディーネに何か言われるかも知れないけれど。聖霊同士で話を付けてもらえるかしら ── じゃあ、今からそっちへつなぐわよ」
そう言われて初めて結界を、クラサビに張らなければいけないと気がついたが、対聖泉結界は腕輪をつけさせたときから、クラサビ自身に張らせたままだ。
次の瞬間、目の前の静かだった魔王の聖泉 ── この場合魔泉というのか ── から、いきなり噴水が上がった。
魔脈の場所に吹き上がった噴水は、外から力のある龍脈が、流れ込んできた証しだろう。
「あー驚いた」
あまりにいきなりの展開だったので、クラサビはびっくりしたようだ。そして聖泉の中からパルスゴーストが飛び出してきた。
「はい大成功」
「あれ? よく結界を越えて入って来れましたね」
「マスターの張られた結界だったからよ。聖脈を引き込むのに問題はなかったわ。これが魔脈由来の結界だったら入れなかったわね」
「そういうものなんですか。クロスも聖泉からエネルギーをもらえるって言ってたのは……」
「え、クロスが?」
「いえ、こっちの話です。でもありがとう急な話だったのに」
「どういたしまして。これでここから魔王が、また誕生するということは永久になくなったわ」
話を隣で聞いていたクラサビは、少し複雑そうだ。ラーゴは気を遣う。
「ごめんね」
「ううん、そんなことない。ちょっとびっくりしただけ。それほど簡単になくなるんだったら、最初からなかったらよかったのに」
パルスゴーストが思わず、『そんな簡単な話じゃない』といった独り言を漏らす。たしかにさきほど、ルールとか条件がかなり厳しいと聞いた。クロスの魅了の力によって、手に入れた官職の権力で、その無理を通したと思うと少し気が引ける。
(─ 民主主義国家なら、職権乱用で後日国会で糾弾されそうだな)
だがクラサビが漏らしたのは、いささか感慨深い言葉だ。人間と深くかかわるようになって、いまや人間の役に立ち、頼りにされている親衛隊たちである。かつて人間から忌み嫌われる魔族であったことを、否定するようなクラサビの発言は意味深だった。