請願
切り落とされた肩口からは
黒い闇が覗くばかりで、
血が流れる様子もない。
令嬢が多少の驚きを以てつぶやいた。
「生ける鎧――」
黒騎士の鎧の中には
何も存在していなかった。
兜の奥に光る赤い眼が
少年を見つめている。
「兜の内側に
呪印が刻まれているはず。
そこを破壊すれば
滅ぼすことができます」
令嬢が呼びかけるように告げる。
少年は刃を突きつけたまま
動けずにいた。
黒騎士は静かに
少年に言った。
「敵を討つに何を躊躇う?
数多の敵を
その手に掛けてきたはずだ」
「黙れっ!」
少年がその顔に
激しい怒りと憤りを浮かべる。
剣を持つ手はかすかに震えていた。
動かぬ少年を目にした令嬢が
黒騎士に手をかざす。
詐欺師は鋭く令嬢を見据え、
その動きを制した。
わずかな逡巡の後、
令嬢は手を降ろす。
両者の様子を見ていた踊り子が
安堵に胸をなでおろした。
少年は奥歯を噛み締め、
剣を振りかぶる。
大きく唸り声を上げ、
剣を振り下ろそうとした、
そのとき――
「お待ちください!」
苦しげな壮年の男の声が
少年の動きを止めた。
壮年の男は黒騎士に駆け寄り、
少年との間に割って入る。
少年は慌てて後ろに下がった。
壮年の男は床に膝をつき
少年を見上げる。
「どうかご慈悲を!
この方の命を
奪わないでください!」
床に額づく男を
少年たちは戸惑いと共に見つめた。
「どうして魔物をかばう?
あなたは人間だろう!?」
少年の怒声に
男は身を震わせる。
「確かに私は人間で
この方は魔物でございます。
しかし我々は、
この方に救われたのです!」
地に伏したまま
男はこの町に起きた出来事を
切々と語り始めた。




