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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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70. 古代竜の秘密と、輝く執事




 伝説の古代竜ヴォルガラを洗い上げ、ついでに余波でビショビショになったモフモフたちも『天空シャンプー』でピカピカにした後。

 すっかり日も暮れ、天空の島には満天の星空が広がっていた。


 標高が高いこの島は、夜になると急激に冷え込む。

 吐く息が白くなるほどの寒さだ。


「よし、今夜は宴会だ! みんな『銀の箱舟』に入ってくれ!」


 俺は寒さに震えながら、全員に号令をかけた。

 『銀の箱舟(キャンピングカー仕様)』の中は、魔法空調のおかげで常に適温だ。

 キッチンもあるし、みんなで鍋でも囲んで、今日の労働の疲れを癒やそう。


「みゅ〜!(ごはんー!)」

「キュッ!(あったかいの!)」


 シャボン、エメ、ポム、そしてルナが次々と車内へ飛び込んでいく。


「(うむ、腹が減ったな)」


 最後に、洗い立てで少し毛が湿っている狐姿のクオンが、車のステップに前足をかけた。

 その瞬間。


 ポンッ。


 軽い音と共に煙が立ち、次の瞬間には、狐の姿は消えていた。

 代わりにそこに立っていたのは、息を呑むような金髪の美女だった。


「(……なんだ、レンジ。人の顔をジロジロと)」


 人間モードのクオンが、不機嫌そうにこちらを振り返る。

 だが、俺はすぐに返事ができなかった。


 さっきまでワインを飲んでいた時も人の姿だったが、今の破壊力は段違いだ。

 洗い立ての金の髪は、まだ少し湿り気を帯びていて、月の光を反射して神々しいまでに輝いている。『アズール』の効果で、肌も内側から発光しているようだ。

 何より、風に乗って漂ってくる、清涼で甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 湯上がりのような少し上気した頬と、濡れた髪が張り付いた首筋が、妙に艶めかしくて――。


「あ、いや……その。……改めて見ると、綺麗になったなと思って」


 俺は思わず目を逸らし、しどろもどろに答えた。

 見慣れているはずの相棒なのに、湯上がり補正のせいか、不覚にもドキッとしてしまった。


「(フン。当たり前であろう。貴様の腕は悪くないからな)」


 クオンは満更でもなさそうに鼻を鳴らすと、濡れた髪をかき上げながら車内へと入っていった。


(……あれ? これ、通じてないな?)


 俺はポカンとその後ろ姿を見送った。

 どうやら彼女は、俺の言葉を「容姿への褒め言葉ビューティフル」ではなく、単純に「汚れが落ちた(クリーン)」という意味で受け取ったらしい。

 普段なら顔を赤くした俺を見てニヤニヤと煽ってくるはずだが、完全にスルーされた。


(……まあ、変に勘違いされてからかわれるよりはマシか)


 俺はホッと胸を撫で下ろし、熱くなった顔を夜風で冷ました。

 そして、最後に残った巨大な影を見上げた。

 全長数十メートルの、ピカピカに輝く古代竜ヴォルガラだ。


「……悪いな、ヴォルガラ」


 俺は気を取り直して、申し訳なさそうに手を合わせた。


「見ての通り、俺の家(車)はお前が入るには小さすぎるんだ。だから、お前の分のご飯は外に運ぶよ。寒いけど、焚き火でもして待っててくれ」


 流石にこの巨体では、どう足掻いても車内には入れない。

 ホスト役として、ゲストを外で待たせるのは心苦しいが、物理法則には逆らえない。


 しかし。

 ヴォルガラは不思議そうに首を傾げた。


『……む? 何を言っているのだ、レンジ殿?』


「いや、だからサイズ的に無理だろって話で……」


『なぜ無理なのだ? 我も中で共に食卓を囲みたいのだが』


「だから! お前が入ったら車が潰れるだろ!?」


 俺がツッコミを入れた、その時だった。


『ふむ……。ああ、そうか。この姿のままでは不便か』


 ヴォルガラは「あ、そういえばそうだった」みたいな軽いノリで呟くと――。


 ボンッ!!


 と、クオンの時とは比較にならない景気のいい音と共に、全身から青白い煙を噴き上げた。


「うわっ!? なんだ!?」


 俺は煙を手で払いながら後ずさった。

 煙が晴れると、そこには巨大な竜の姿はなく――。


「――お待たせした、レンジ殿。これで問題あるまい?」


 そこには、一人の「ナイスミドルな紳士」が立っていた。


 身長は190センチほど。

 背筋がピンと伸び、白髪混じりの青い髪をオールバックに撫で付け、鼻には片眼鏡モノクル

 服装はなぜか、燕尾服のようなフォーマルなスーツをビシッと着こなしている。

 映画に出てくる「最強の執事」か、あるいは「歴戦の古兵」かといった風貌だ。


「……は?」


 俺は再び思考が停止した。

 さっきのクオンの時とは違う意味でドキッとした。なんだこのイケオジ。


「……えっと、ヴォルガラ……さん?」


「うむ。竜の姿では場所を取るゆえ、人の姿をとらせてもらったぞ」


 渋いバリトンボイスで、彼は事も無げに言った。

 見た目は完璧な英国紳士なのに、口調はいつもの尊大なドラゴンのままだ。


「えっ……お前、人化できたの!?」


「む? 言っていなかったか? クオンも当たり前のように人の姿になっているではないか。我ら高位の竜種にとっても、人化など呼吸をするようなものだが」


「聞いてないよ! 今の今まで一言も!」


「必要ないと思っておったのでな」


 ケロッと言われた。

 俺があんなに「外で待っててくれ」と気を使った時間を返してほしい。


 そこへ、車内からクオンが顔を出した。


「(……何をしておる、レンジ。早く入らぬか。スープが冷めるぞ)」


「あ、おいクオン! こいつ人化できたんだぞ!? 知ってたのか!?」


「(ん? 当たり前であろう。神獣クラスならば、己の肉体を変化させることなど造作もない。……まさか、知らぬまま会話していたのか?)」


 クオンが呆れたようにため息をつく。

 どうやら、このパーティーで常識知らずなのは俺だけだったらしい。


「では、失礼する」


 ヴォルガラ(人型)は、慣れた様子で靴を脱ぎ(どこで覚えたんだ)、『銀の箱舟』の中へと入っていった。

 その所作は洗練されており、どこぞの貴族のようだ。


「……マジかよ」


 俺は頭を抱えながら、後に続いた。


          ◇


 車内では、不思議な光景が広がっていた。

 中央のテーブルを、金髪美女クオン、黒猫、スライム、小動物、デカい毛玉、そして「燕尾服の老紳士」が囲んでいる。


「では、改めて……天空の島への到着と、バカンスの開始を祝って、乾杯!」


「「「かんぱーい!!」」」


 グラスが触れ合う音が響く。

 ヴォルガラは赤ワインの入ったグラスを優雅に傾け、満足げに目を細めた。


「ふむ……。この器で飲む酒もまた格別だな」


「似合いすぎだろ……」


 俺は苦笑しつつ、ヴォルガラの姿を改めて観察した。

 髪の一本一本まで、あの『天青色』の輝きが反映されてるし、肌艶も最高だ。

 ……そこで、ふと俺の中で一つの疑問――いや、不満が爆発した。


「……なぁ、ヴォルガラ」


「なんだ?」


「お前が人化できるなら、あんなに苦労して巨体を洗ったり、鱗を取る必要無かったじゃん!」


 俺はガタンとテーブルを叩いた。

 そうだ。こいつが最初から人の姿になっていれば、俺はあんな「ポリッシャー」なんて重機を作って、数十メートルの背中を走り回る必要なんてなかった。

 このサイズなら、普通のシャワーで10分あれば終わったはずだ。


 だが、ヴォルガラはきょとんとして、それからゆっくりと首を横に振った。


「いや、それは違うぞレンジ殿」


「何が違うんだよ」


「この人の姿で洗われたとしても、元の竜の姿に戻った時、自分の姿がどう輝いているのか想像しづらいではないか」


 ヴォルガラは自分の手を見つめながら、真面目な顔で言った。


「それに、そもそも我にとっては、あの竜の姿こそが『真の姿デフォルト』だ。この人の姿は、あくまで仮初めの衣のようなもの。垢を落とし、身を清めるならば、やはりありのままの姿でなければ自然ではないだろう?」


「……う」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 トリマーとしても、着ぐるみ(人型)だけを洗って「はい、綺麗になりました」と言うのは詐欺くさい。本体を洗ってこそのトリミングだ。

 正論すぎて反論できない。


「(諦めろレンジ。こやつらは、そういう生き物だ)」


 クオンが呆れたように笑う。

 俺は「……まあ、いいか。綺麗になったし」と自分を納得させて、ステーキを頬張った。


「それにしても、レンジ殿。あの『アズール』……あれは、まこと見事な『神薬』であったな」


「え? あ、ああ……(シャンプーのことか)」


「人の姿になっても分かる。体の芯から力が溢れ、魔力の通りがかつてないほどスムーズだ。……正直、若返った気分だぞ」


「そりゃどうも。……なにせ、『万霊花(エリクサー原料)』と『魔力増幅草』を聖水で煮込んでるからな。効かないわけがない」


 俺が小声で呟くと、ヴォルガラは「はっはっは!」と豪快に笑った。


「違いない! だが、あんまり興奮させないでくれよ? またビームを撃ってしまっては大変だからな」


 ヴォルガラが爽やかに笑うと、その背景にキラキラと星が飛んだ気がした。

 くそう、無駄に絵になるなこのドラゴン。


「(しかしレンジよ。これで問題が一つ解決したな)」


 クオンがワインを飲みながら言った。


「(ヴォルガラが人の姿になれるなら、街へ降りる際も目立たずに済む。正体を隠して観光することも可能というわけだ)」


「あ、確かに!」


 ドラゴンに乗って行けば即バレだが、この「執事風のおじさん」と一緒に歩く分には、ただの「金持ちの道楽旅行」に見えるかもしれない。

 これはデカイ。


「……あれ? でもちょっと待てよ」


 俺はふと思い出して、ヴォルガラを見た。


「ヴォルガラ、前にお前、『我はこの島の主ゆえ、常にクオンたちのように付き従うわけにはいかぬ』って言ってなかったか?」


 そうだ。確か、「貴殿が望むなら、いつだろうと馳せ参じよう(ピンチの時は呼んでね)」くらいのスタンスだったはずだ。

 なのに、観光旅行にガッツリついて来る気満々なのはどういうことだ。


 俺の指摘に、ヴォルガラの手がピタリと止まった。

 額に脂汗が浮かぶ。


「……うむ。確かに言ったな。王としての責務があると」


「だよな。じゃあ、やっぱり無理じゃ――」


「――だが!!」


 ヴォルガラはカッと目を見開き、テーブルをドンと叩いた。


「一度知ってしまったのだ! この極上の食事、心地よい寝床、そして何より……あの『神の手』と『アズール』による至高の洗浄を! これを手放して、またあの孤独な岩山で数百年過ごせと言うのか!?」


「い、いや、そこまでは言ってないけど……」


「我慢できん! 我はもっとレンジ殿の世話になりたい!」


 ヴォルガラはそう叫ぶと、虚空に向かってパチンと指を鳴らした。


「――おい、ギルガス! おるな!」


 俺は窓の外を見た。

 だが、そこには星空が広がっているだけで、竜なんていない。


「……え、誰もいないぞ?」


「フッ。奴は優秀な我が側近ゆえ、『隠密』スキルで常に気配を消して傍に控えておるのだ。……姿を見せよ!」


 ヴォルガラが命じると、何もない空間がぐにゃりと歪んだ。


 ジュワッ……。


 蜃気楼のように揺らぐ空間から、一回り小さい(と言っても十分デカイ)風竜が、音もなく姿を現した。


「うわっ!? 本当にいた!?」


 俺は仰天した。

 全く気づかなかった。まさか、俺たちが温泉に入ってる時も、宴会をしてる時も、ずっとそこで透明になって見ていたのか?

 忍者かよ。


『ギョ……(御前に……)』


 現れた風竜ギルガスは、突然呼び出されて困惑しているようだ。


「ギルガスよ! 我はこれから、レンジ殿と共に『視察の旅』に出ることにした! 島の守護と王としての全権限は、副官である貴様に預ける! 好きにするがよい!」


『ギャ、ギャオオオオッ!?(そ、そんな無茶な!? 王よ、正気ですか!?)』


「問答無用! では頼んだぞ!」


 ヴォルガラはバシャンとカーテンを閉めた。

 外からは『ギャオオオーン……(嘘でしょぉぉぉ……)』という悲痛な叫びが遠ざかっていった。


「……お前、すごいな」


 俺はドン引きした。

 部下に国を丸投げしやがった。完全にシャンプーと飯に釣られて育児放棄(国放棄)したダメ親父の図だ。


「フン、ギルガスも優秀な男だ。数百年くらいなら何とかするだろう」


 ヴォルガラはケロッとしてワインを煽った。

 数百年って。スケールが違いすぎる。


「よし、これで憂いもなくなった! レンジ殿、我はどこまでも付いていくぞ!」


「はぁ……。まあ、戦力になるからいいけどさ」


 俺はため息をつきつつも、まあいいかと苦笑した。

 こうして、俺たちのパーティーに、

 「規格外の強さを誇る、ピカピカの老執事(正体は古代竜)」

 という、またしても濃すぎる新メンバーが正式に加わったのだった。


「じゃあ、街に行く時はその姿で頼むよ。設定はどうする?」


 ヴォルガラが悪戯っぽく片眼鏡を光らせた。


「レンジ殿の『執事』ということでよいかな? それとも『祖父』? あるいは『護衛の騎士』か?」


「……執事で頼む。一番しっくりくるわ」


「うむ。御意イエス・マイ・ロード


 最後だけ恭しくお辞儀をしてみせるが、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 完全に面白がっているな、これ。


 ……まあ、戦力的には頼もしいし、何よりこの狭い車内で一緒にご飯が食べられるのは嬉しい誤算だ。

 俺は賑やかな食卓を眺めながら、この先のバカンスが楽しいものになることを確信していた。


 ――窓の外に広がる夜空が、いつもより不気味なほど赤みがかっていたことには、誰も気づかないまま。

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