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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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60. 塩漬けの戦利品と、Sランクたちの沈黙協定




 目の前には、白銀の山脈がそびえ立っていた。

 雪山ではない。

 俺が勾玉まがたまの力で生み出してしまった、純度100%の「塩」の山だ。

 その中腹には、光となって消滅したナメクジが遺したドロップアイテム――巨大な魔石や、変異部位の結晶などが、墓標のように突き刺さっている。


「師匠ぉぉッ!!」


 ものすごい勢いで駆け寄ってきたのはゼグノスだった。

 彼は膝をついて項垂れる俺の目の前でバッと立ち止まると、感極まった顔で叫んだ。


「ご無事ですか、師匠! あの凄まじい塩の波……まさか神具を用いて地形ごと敵を浄化するとは! やはり師匠は桁が違うぜ!」


「あー、うん。うるさい」


 俺は死んだ魚のような目で適当に返した。今の俺に、ゼグノスのハイテンションは眩しすぎる。

 その横に、剣を納めたアルヴィンドが静かに歩み寄ってきた。


「……おい。大丈夫か」


 アルヴィンドは真剣な表情で俺を見つめている。

 俺は重い体を起こし、砂(塩)を払って立ち上がった。


「ああ、なんとかな。……そっちこそ、怪我はないか?」


「ああ、大丈夫だ。……あんたの、あのデタラメな量の塩に助けられた。」


 アルヴィンドは短く、しかし深い実感を込めて言った。

 自分たちが手も足も出なかった相手を、こうも一方的に処理してみせたことへの、純粋な敬意だった。


「…………」


 そこへ、少し離れた場所で待機していたミリシアとガイル、そして『銀翼』の残りのメンバーたちが、のんびりと歩み寄ってきた。

 不思議なことに、彼らの顔には戦場の緊張感など微塵もなく、むしろどこか「癒やされた」ような恍惚とした表情が浮かんでいる。

 その腕の中や肩には――俺の可愛い家族たちが乗っていた。


「いやぁ〜、凄かったわねぇ。白い波がザッパーンって」


 ミリシアが頬を緩めながら言った。その腕には、真っ白な毛玉――ポムが抱きかかえられている。

 ポムは「みぃ〜」と気持ちよさそうに、ミリシアの豊満な胸に顔を埋めていた。


「魔法耐性が高いって聞いてたから待機してたんだけど……いやー、至福だったな」


 ガイルもデレデレした顔をしている。彼の頭の上にはエメが乗り、肩にはルナが前足を乗せて「撫でろ」と催促していた。

『銀翼』のメンバーたちも、プニプニのシャボンを指で突っつきながら、骨抜きにされている。


「お前ら……俺たちが命がけで戦ってる間に、何してたんだ?」


 ゼグノスがジト目で聞くと、ミリシアは悪びれもせずに答えた。


「だって、あなたたちがいきなり突っ込んでいくんだもの。あんな入り乱れた乱戦じゃ、魔法を撃ち込んでも誤射するでしょ? だから、安全地帯に残っていたこの子たちの護衛(という名の愛でる会)をしてたのよ」


「ルナちゃんの毛並み、最高っす……」


「エメちゃんも凄く可愛い……」


「このスライム(シャボン)、ひんやりして気持ちいい……」


 どうやら彼らは、俺たちが突出して射線が塞がったのをいいことに、「手出し無用」と判断してモフモフ天国を満喫していたようだ。

 唯一、誰にも触らせずに少し離れた場所で座っているクオンだけが、呆れたように鼻を鳴らした。


「(フン。我の高貴な毛並みに触れようなど、100年早いわ)」


 さすが神獣。安売りはしないらしい。


「……ま、見てないならいいや」


 俺はため息をついた。

 目撃者が少ないのは好都合だ。

 ミリシアは周囲の塩原を見回し、「ふぅん」と鼻を鳴らした。


「で、この塩の山。やっぱり貴方の仕業よね? さっき『ナメクジには塩か熱が定石』とか言ってたものね……」


 ミリシアがジト目で俺を見た。


「熱(着火)で森を焼き払った次はこれ? 定石通りにするためなら、環境への配慮もなしに塩をばら撒いてもいいと思ってるんでしょ?」


「……」


 図星ではないが、当たらずとも遠からずだ。

 実際には神具の暴走に近いが、説明するのも面倒くさい。


「……まあ、そんなとこだ。ナメクジには塩だろ?」


「はぁ……。貴方の『家庭の知恵』は、いちいち地形を変えないと気が済まないの?」


 ミリシアはポムを撫でながら、呆れ半分、感心半分といった様子だ。

 どうやら「規格外の魔力を持った生活魔法使い」という認識がさらに強固になってしまったようだが、問い詰められるよりはマシか。


「そりゃどうも。」


 俺が力なく手を振ると、アルヴィンドがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば……あんた、名前はなんて言うんだ?」


「ん?」


「いや、ゼグノスが『師匠』としか呼ばないからな。命の恩人の名も知らんというのは、座りが悪い」


 なるほど、確かに名乗っていなかったな。

 俺はため息混じりに答えた。


「俺はレンジ。ただのトリマーだ」


「……そうか。俺の名はアルヴィンドだ。『銀翼』のリーダーをやっている。……改めてよろしく頼む、レンジ」


 呼び方が「あんた」から「レンジ」に変わった。どうやら認めてくれたらしい。


「おう、よろしくな。アルヴィンド」


 俺は気を取り直して、塩の山に埋もれたドロップアイテムを指差した。


「で、このゴミ、どうする?」

「は……?」


 アルヴィンドだけでなく、『銀翼』のメンバーたちも目を丸くした。


「ゴミ……だと? あんた、本気で言っているのか?」


 彼は塩の中から、人間の頭ほどもある巨大な虹色の結晶を拾い上げた。


「これはSランク変異種の核結晶コアだぞ! しかも『完全浄化状態』だ! 通常、強力な酸に覆われていて加工が困難な素材が、あんたの塩のおかげで不純物が一切ない、最高品質の状態でドロップしている!」


 アルヴィンドが結晶を太陽にかざし、感嘆のため息を漏らす。


「市場に出せば、これ一つで屋敷が建つレベルの値がつく。……それを、ゴミ扱いとはな」


「……へぇ、屋敷が建つんだ」


 俺は気の抜けた声を出した。

 俺が欲しいのは経験値だけ。それが手に入らなかった以上、こいつらは俺にとってただの「駆除した害虫の残骸」でしかない。


「やるよ、それ」


 俺は言った。


「「「……えぇっ!?」」」


『銀翼』のメンバー全員が裏返った声を上げた。ミリシアも口をあんぐりと開けている。


「俺は過程(経験値)が欲しかっただけだ。結果(素材)には興味ない。お前らが最初に見つけた獲物だし、全部持っていけよ」


 俺の言葉に、場が静まり返った。

 ゼグノスとガイルが、尊敬の眼差しで俺を凝視する。


「(……さ、さすが師匠! Sランク素材の山すら、眼中にないというのか……! この無欲さこそが、真の強者の証……!)」


「(……師匠にとって、金や名誉など些末なことか。あるいは、こんな端金には興味がないほどの実力者ということか……)」


 皆の脳内で、勝手に俺の株が上がっていく気配がする。

 違うんだ。俺の資産は既に100億近くある。金には困ってないし、こんなデカい石を背負って街を歩きたくないだけなんだ。


「……断る」


 アルヴィンドがきっぱりと言った。


「命を救われた上に、報酬まで横取りするほど俺たちは落ちぶれていない。これは正当なあんたの戦利品だ」


「いや、それ鞄に入れたくねぇし。邪魔なんだよ」


「なら、俺たちが運んでやる。街まで護衛兼、運搬係をしてやるから、換金した金はあんたが受け取れ」


「リーダーの言う通りです! 我々も命の恩人の荷物持ちくらい、喜んでやらせていただきます!」


 アルヴィンドと部下たちが譲らない。

 プライドが高い分、義理堅い連中らしい。

 ……まあ、勝手に運んでくれるならいいか。処分する手間が省けたと思えば悪くない。


「わかった。じゃあ運搬は頼むわ。……あと、この『塩』もな」


 俺は足元の塩の山を指差した。


「……この塩もか?」


「ああ、ある程度な。ここに全部置いておくわけにもいかないだろ」


 俺が言うと、ゼグノスが不思議そうに足元の塩を摘み上げた。


「しかし師匠、いくらなんでも量が……ん? なんかいい匂いがするな」


 ゼグノスがおっかなびっくり、指についた塩を舐める。


「……ッ!? うおおおおおッ!!」


 突然、ゼグノスが絶叫した。

 それに釣られて、魔導士のミリシアも塩を手に取り、少し舐めて――目を見開いた。


「な、なによこれ……! ただの塩じゃないわ! 雑味がなくて、旨味が凝縮されてる……それに、高濃度の神聖な魔力まで……!」


「ほ、本当だ! これ一摘みで、聖水1本分くらいの浄化作用があるんじゃないか!?」


 他のメンバーたちも次々と塩を舐め始め、驚愕の声を上げ始めた。


「これを料理に使ったら、食べただけで状態異常が回復するレベルだぞ……。まさに『神の塩』だ!」


「持って帰ろう! これは国宝級の調味料だぞ!!」


 全員が目の色を変えて、袋に塩を詰め込み始めた。

 俺が処分を頼んだはずなのに、なぜか奪い合いのような状況になっている。

 ……まあ、ただの塩なんだけどな。


「今日の夕飯、塩焼きにするか」


「「(神の塩を焼き魚に……!?)」」


 全員が戦慄していたが、俺は無視して魔法鞄に少しだけ塩を詰めた。

 残りは『紅蓮』と『銀翼』のメンバー総出で回収作業にあたることになった。


          ◇


 作業が進む中、ゼグノスとアルヴィンドが少し離れた場所で話し込んでいるのが見えた。


「……おい、ゼグノス。あの人は、いったい何者なんだ」


「……俺にもわからん。ただのトリマーだと師匠は言い張っているが、やっていることは神の御業そのものだ」


「塩の生成……いや、物質錬成か。あんなデタラメな力、聞いたことがない。もし公になれば、国どころか世界中の勢力が彼を狙うぞ」


「ああ。……だからこそ、だ」


 ゼグノスが鋭い眼光でアルヴィンドを見た。


「この件は、俺たちだけの秘密にする」


「……口裏を合わせろと言うのか?」


「師匠は、平穏な旅を望んでいる。変異種を倒した手柄も、素材の権利も放棄しようとしたほど無欲な方だ。……俺たちが師匠を矢面に立たせるわけにはいかない」


 アルヴィンドは腕を組み、少し考え込んでから、ふっと息を吐いた。


「……いいだろう。命の恩人を売るような真似は、俺のプライドが許さん。それに、あんなバケモノに恩を売っておくのも悪くないしな」


「よし。では、ギルドへの報告はこうするぞ」


 二人は顔を寄せ合い、何やら悪巧み……いや、協定を結んでいた。


「変異種は『紅蓮』と『銀翼』の合同作戦により討伐。謎の塩の山は……『偶然、地下の岩塩層が露出した』ことにしておく」


「無理がある設定だが……まあ、正直に『一人の男が塩魔法で埋め尽くした』なんて報告したら、国軍が動いてあの人を連行しかねないからな」


「ああ。あの人は平穏を望んでる。俺たちが守るぞ」


 彼らが勝手に口裏を合わせているとは露知らず、俺は塩集めに夢中になっていた。

 これだけあれば、当分調味料には困らないな。

 漬物も作り放題だ。


 作業が一段落した頃、アルヴィンドが声をかけてきた。


「ん? なんだ?」


「改めて礼を言う。」


 彼は真っ直ぐに俺を見て、短く頭を下げた。

 それはSランク冒険者としての矜持を保ちつつも、命の恩人に対する誠実な態度だった。

 後ろに控える『銀翼』のメンバーたちも、深々と頭を下げている。


「おう、こっちも助かったよ。ありがとな、アルヴィンド」


 俺も軽く手を挙げて応える。

 うん、やっぱり変に崇められるより、これくらいの距離感の方が楽でいい。

 俺は大きく伸びをした。


「よし、帰るか」


 結局、レベルは上がらなかった。

 レベルアップへの道は遠い。

 けれどまあ、臨時収入(塩と素材)は入ったし、うるさいナメクジもいなくなった。

 今日のところは、これで良しとしよう。


「……あ、そういえば」


 俺はふと思い出して、アルヴィンドに声をかけた。


「アルヴィンド。あんたの足、完璧に治しておいたけど……ちょっと『綺麗になりすぎてる』かもしれないから、そこんとこ宜しく」


 俺が使ったのは『絶対解毛アブソリュート・アンタングル』。

 対象を「あるべき姿」へと還元するスキルだ。

 だが、トリマーにとっての「あるべき姿」には、少々偏りがある。


「……は? どういうことだ?」


 アルヴィンドが怪訝な顔をする。

 俺は視線を逸らして言った。


「いや、その……ボサボサのすね毛は『不要な物』判定だったから。ついでに除毛して、ツルツルの美脚に仕上げといたぞ」


「……は?」


 アルヴィンドの顔が引きつった。

 彼は慌ててズボンの裾をまくり上げた。

 そこには――歴戦の冒険者の証である傷も、男らしい剛毛も一切ない、まるで生まれたての赤子のようなスベスベの肌が輝いていた。


「なっ……!? お、俺のワイルドなすね毛がぁぁぁッ!?」


「いいだろ別に。清潔感があって」


 俺はニヤッと笑って歩き出した。

 背後でSランク冒険者が自分の美脚を見て絶望している姿を、ガイルやミリシアたちが生温かい目で見守っている。


 こうして、俺たちは大量の塩と戦利品と共に、迷宮都市への帰路についたのだった。


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