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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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61. 幻の塩焼きと、Sランクたちの晩餐

本日は予定していた時間より、かなり遅れての更新となりました。ごめんなさい!m(_ _)m

読みに来てくださり、ありがとうございます!





『大迷宮バベル』での騒動を終え、俺たちが屋敷に帰り着いた頃には、すっかり日が暮れていた。

 俺たちは馬車から荷物を運び込んだ。

 庭には今、白い山脈――ではなく、俺の魔法鞄から吐き出された『塩』が積み上げられている。

 さらに、リビングのテーブルには『銀翼』が運んでくれたSランク変異種のドロップ素材が鎮座していた。


「ふぅ……。運び込み完了だ。ま、これくらいの荷物、Sランクの俺たちには造作もないことだがな」


 アルヴィンドが涼しい顔で言った。額に汗ひとつかいていない。

 ゼグノスたちもケロリとしているが、その表情には別の意味での不満……というか、力が余っている様子が見て取れる。


「ああ。戦闘もほぼしてねぇし、これくらい働かねぇとバチが当たるぜ。……本当はもっと暴れたかったんだがなぁ」


 ゼグノスが腕を回しながらぼやいた。

 無理もない。彼らは気合を入れて迷宮に来たのに、俺が(塩で)全部終わらせてしまったせいで、完全燃焼できていないのだ。


「助かったよ、みんな。おかげでスムーズに撤収できた」


 俺が礼を言うと、彼らは「師匠のためなら!」と胸を張った。

 さて、働いてもらった以上、何か礼をしないとな。

 俺はキッチンの方を振り返った。


「ちょうど腹も減ったし、飯にしていかないか? さっき言ってた『塩』の味見も兼ねてさ」


 その提案に、全員の目がカッ! と輝いた。


「い、いいんですか師匠!? あの神の塩を使った料理を!?」


「実は……さっき少し舐めた時から、その味が忘れられなくて……」


 Sランク冒険者たちが、餌を待つ犬のように尻尾を振っている(幻覚)。

 俺は頷き、キッチンに立った。


「よし。じゃあ早速、さっき言ってた『塩焼き』を……」


 俺は意気揚々と魔法鞄を開き――そして、動きを止めた。


「…………あ」


 鞄の中には、作り置きの弁当や、以前手に入れた魔物の肉はある。

 だが、肝心の『魚』がない。

 そういえば、この街に来てからまだ一度もまともな買い出しに行けていないんだった。


「……師匠? どうしました?」


 ゼグノスが不思議そうに覗き込んでくる。

 俺はバタンと鞄を閉じて、振り返った。


「悪い、みんな。……魚がなかったわ」


「ズコーッ!!」


 Sランク冒険者たちが一斉にずっこけた。


「そ、そんなぁ……! 口の中が完全に焼き魚モードだったのに……!」


「師匠のうっかり屋さん……!」


 ミリシアやガイルが絶望している。すまん。

 だが、ここで諦める俺ではない。


「安心しろ。魚はないが、塩の味を確かめるのに『魚』は不要だ」


 俺はニヤリと笑い、鞄から湯気の立つ『白米』を取り出した。


「究極の塩料理……『塩むすび』にするぞ」


          ◇


 俺はキッチンに立ち、魔法鞄から大量の『白米』を取り出した。

 だいぶ前に立ち寄った『交易都市ベルグ』で米を安く仕入れ、いつか食べるために大量に炊いて保存しておいたものだ。

 魔法鞄の中は時間が停止しているため、数ヶ月経った今でも炊きたてホカホカの状態が保たれている。

 そして、主役の『塩』。

 俺は小皿に塩を盛り、手を水で濡らした。


「(……粒子が細かいな。それに、少し光ってる気がする)」


 さすが神話級アーティファクト産。

 俺は手に塩をまぶし、熱々のご飯をふわりと握る。

 強く握りすぎず、空気を含ませるように、リズミカルに三角形を整えていく。

 具はない。海苔も巻かない。

 ただ、米と塩だけで完成させる、究極のシンプル料理。


「はい、お待ちどう」


 俺は大皿に山盛りの塩むすびを乗せて、リビングへと運んだ。

 最初は「魚じゃないのか……」と残念がっていた彼らだが、湯気と共に漂うお米の香りと、微かな潮の香りを嗅いだ瞬間、その喉がゴクリと鳴った。


「い、いただきますッ!」


 ゼグノスが震える手で最初の一つを掴み、ガブリとかぶりついた。

 その瞬間。

 カッッ!!


「……!?」


 ゼグノスの身体が、一瞬だけ金色のオーラに包まれた気がした。


「う……うまいッ!! なんだこれはぁぁぁッ!!」


 ゼグノスが絶叫し、涙を流して天井を仰いだ。


「ただの塩と米だよな!? なのに、口の中で米の甘みが爆発しやがる! この塩……尖った塩気が一切ない! まろやかで、深くて、噛むたびに生命力が溢れてくる!」


「大げさな……。んぐッ……!」


 疑っていたミリシアも、一口食べた瞬間に頬を染めて崩れ落ちた。


「嘘でしょ……? 身体中の魔力回路が……活性化している! 食べただけで、枯渇しかけてた魔力が全回復していくわ! 最高級のマナポーションをご飯にかけて食べてるみたい!」


「うめぇ! これうめぇぞ!」


「ああっ、足の古傷の痛みが消えていく……!」


 リビングは阿鼻叫喚――ではなく、恍惚の宴となっていた。

 アルヴィンドに至っては、無言で高速咀嚼を繰り返し、すでに三個目に手を伸ばしている。そのスベスベの足取りは軽やかだ。


「……そんなにか?」


 俺も一つ手に取り、パクリと食べた。

 んー、美味い。

 確かにこの塩、ただしょっぱいだけじゃなくて「出汁」のような旨味成分が含まれている。


 足元では、クオンが皿に乗せたおにぎりを上品に食べていた。


「(……悪くない。おかわりだ)」

「みぃ〜!(おいちー!)」

「キュウ!(ほっぺた落ちるー!)」


 ポムやエメたちも大喜びで頬張っている。

 シャボンは塩分が苦手(ナメクジと同じ粘液系だから)かと思ったが、この塩は平気らしく、おにぎりを体内に取り込んでプルプルと金色に発光していた。


「師匠……これ、市場に出したら戦争が起きますよ」


 口の周りをご飯粒だらけにしたゼグノスが、真剣な顔で言った。


「味もそうですが、バフ効果が強すぎます。『状態異常回復』に『魔力完全回復』、さらに『身体能力上昇』までついてる。1個あたり大銀貨1枚(約10万円)でも安い」


「そんな高いおにぎりがあってたまるか」


 俺は苦笑した。

 まあ、効果が強すぎるなら、普段使いは控えたほうがいいかもしれない。

 あくまで「ここぞという時の勝負飯」か、あるいは薄めて使うかだな。


          ◇


 宴も終わり、お腹も膨れた頃。

 アルヴィンドが姿勢を正して切り出した。


「さて、……例の『ブツ』の件だ」


 彼は懐から、革袋を取り出してテーブルに置いた。

 ズシッ、と重い音がする。


「これは?」


「今回倒したナメクジの変異種……その素材の『前金』だ」


「前金?」


「ああ。あの巨大な結晶コアや外皮は、ギルドを通すと換金に時間がかかる。だが、俺たちのクラン『銀翼』の資金を使えば、即座に買い取ることができる」


 アルヴィンドは真剣な眼差しで俺を見た。


「あの素材は、俺たちが責任を持って最高値で売り捌く。だが、あんたをそれまで待たせるのもな…」


 なるほど、気を使ってくれたのか。

 俺は革袋を開けてみた。

 中には、眩いばかりの光を放つ『金貨』が詰まっていた。


「……これで、いくらあるんだ?」


「金貨200枚(約2億円)だ。最終的な買取額は、この5倍はくだらないと思うが、とりあえず手持ちで用意できる限界がこれだった」


 2億。

 俺の感覚が麻痺していなければ、一生遊んで暮らせる額だ。

 まあ、俺の魔法鞄にはすでに100億入ってるんだけど。


「……多いな」


 俺が正直な感想を漏らすと、アルヴィンドは首を横に振った。


「いや、命の値段に比べれば安いものだ。それに、あの素材の価値は計り知れない。これでも安いくらいだ」


 彼は頑として譲らない構えだ。

 これ以上断るのも野暮か。俺はため息をついて、袋を閉じた。


「わかった。ありがたく受け取っておくよ。……家具代には十分すぎるな」


「家具?」


 ミリシアが不思議そうに首を傾げた。

 俺はガランとしたリビングを見渡して肩をすくめる。


「見ての通り、この屋敷には何もないからな。明日あたり、家具を買いに行こうと思ってたんだ」


 それを聞いた瞬間。

 ゼグノスとアルヴィンドが顔を見合わせ――ニヤリと笑った。


「それなら、我々に任せてくれないか? この迷宮都市で、最高の家具職人を知ってる」


「あんたに合う、一級品を紹介してやる」


 どうやら、明日も彼らに付きまとわれ……いや、案内してもらえることになりそうだ。

 俺は苦笑しながら、冷めても美味しい塩むすびをもう一口かじった。

 こうして、塩と素材の騒動は一段落し、俺の迷宮都市生活は順調にスタートしたのだった。


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