【 EPILOGUE 】
株式会社クレプスクロ。
今日も、その事務所に、吉法の姿はある。
少しずつ、悪党が板につき始めていた。
とはいえ、平時はただの事務員なのだが。
勘璽からまわってきた仕事を、黙々とこなす日々。
今も、受け取った伝票を表計算ソフトに打ち込んでいる最中だった。
「……ただいま」
と、そこへ、制服姿の杏澄が帰ってきた。
「おかえりなさい、杏澄さん」
「おかえり」
仕事をしながら、二人がそう声をかける。
すると、杏澄はスタスタと吉法のデスクまで歩み寄ると、そのすぐ横に座り込んだ。
そのまま、イヤホンを耳に入れると、音楽を聴き始めた。
「……なつかれましたね」
「はは」
吉法は、ちいさく笑うと、書類に目を落とす。
どこか、境遇に似たものを感じた杏澄の気持ちは、ある意味当然なのかもしれない。
ましてやこの少女は、平時に心を開く相手が少ないのだから。
バタン――!
突然、勢いよくドアが開き、その隙間から巨体が姿を現す。
小さな雑居ビルだ、狭い出入り口は、彼の身体にとって窮屈なようだ。
横向きに通過し終えると、壁に押されていたお腹周りの贅肉が、プルンと揺れた。
「ああいうシーン、先日映画で見ました」
「ああ、ベイバックス」
吉法と勘璽は、うんうんとうなずく。
「ベイバックスはヒーローだけど、俺に通ずるものがあるねぇ。デカイし柔らかい」
玄真は、楽しそうに笑顔を浮かべた。
皮肉すら、かの脂肪の壁を前には意味をなさず、二人はやおら肩をすくめる。
「っと、そんなことよりもだ。次の悪事が決まったぞ。すぐに出る」
そう言いながら、玄真はホワイトボードに書類を貼り付けた。
二人は、ホワイトボードに歩み寄る。
「二階堂さんからですか。菫さんはご存知なんですか?」
「薫子が知らないとしたら、直隆はヤバイだろう。安心しろ、直隆経由ってだけだ」
内容は、別の悪の組織が狙う本命を、あえて別働隊として動くクレプスクロが叩くというものだった。
それを見て、吉法はうなずく。
「なるほど、大きな組織があえて囮になる、ということですか」
「そういうことだねぇ。成功率は高いよ」
満足そうに、ニンマリ笑顔を浮かべる玄真。
「対象は、大企業様のトリコロールのメンツを潰した、弱小悪の組織だ。元気がいいねぇ。普通はやらんよ」
「メリットがありませんからね。悪の組織同士でちょっかいかけあうなど、正義協会に都合がいいだけです」
「若造がトップ、下も青二才の有象無象。ヤンチャもしたくなる年頃なんだろうねぇ」
玄真と勘璽の会話に、吉法はなるほどとうなずいた。
「まあ、潰すところまでやる必要はないそうだよ。思い知らせてやって欲しい、と」
そう言いながら、玄真はデスクの上に置きっぱなしだったスナック菓子に手を伸ばす。
「玄真さん、こっちにカロリーオフのお菓子ありますよ」
吉法の言葉に、玄真は信じられないとばかりに眉根を寄せた。
「Hell See!!」
「……え? はい、ヘルシーですけど」
「ヘルシーな食べ物の存在意義がわからん! カロリーこそ旨味! カロリーの高い食べ物こそ、ソーマだ!」
キョトンとする吉法を尻目に、玄真はバンと袋を開き、サクサクとスナック菓子を食べ始めた。
「大タル」
ボソッと、勘璽がつぶやいたのを、吉法は聞き逃さなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すぐに、クレプスクロは出撃した。
いつも通りの配置で、作戦を開始する。
『近隣のヒーローたちは、トリコロールの悪党たちに釣られた模様』
「上々。では、始めようかねぇ」
その言葉を皮切りに、吉法は走りだした。
ややあって、ドンッ! と音をたて、バラ・レイが発射されていく。
わずかな間を置いて、
ガシャァァンッ!!
と、轟音を立てながら、目標にバラ・レイが刺さった。
――が。
『んぬ!?』
バラ・レイの、すっとんきょうな声が、全員の耳に届いた。
「どうしました?」
走りながら、セルピエンテが尋ねる。
即座に、バラ・レイのスーツのカメラ映像が共有された。
そこには、驚いて振り返っている数人の姿。
だがそれは、ヴィランズ・スーツをまとった悪党ではない。
『ヒーロー!?』
そう、指令車の驚愕の声の通り、それはヒーローの一団だった。
「な、なんで!?」
セルピエンテは、そう言いながらもバラ・レイが開けた穴に向けて跳躍した。
着地と同時に、彼は視界に、ヒーローに囲まれたバラ・レイをとらえる。
「どうなってるんだ……?」
その瞬間。
「ぐっ!?」
セルピエンテは、横から何か衝撃を受けて、転がった。
「なんだ……?」
体勢を立て直し、立ち上がりながら、周囲を見渡す。
だが、そこには誰もいなかった。
「なんだ……なにをくらった……?」
『セルピエンテ、右からなにかくる』
突然入った、シカトリス・チカからの通信に、セルピエンテは即座にステップを踏んだ。
わずかに間をおいて、セルピエンテの目の前に、ふっとヒーローの姿が浮かび上がった。
白のピッタリとしたタイトなスーツは、その曲線から女性であることがわかる。
ブルーのラインが、さらにその豊満さを強調していた。
頭全体を覆うマスクは、頭頂部に2本の、さながらウサギの耳のようなパーツを持ち、目の部分はふたつにわかれたバイザーを備えている。
その女ヒーローは、手ににぎったハンドガンをセルピエンテに向けていた。
「驚いた。避けられるなんて思ってなかったわ」
そのヒーローは、そう言ってセルピエンテを見据えている。
「こっちには、優秀な後方支援がいるんでね」
肩をすくめるセルピエンテ。
そこへ、アレルタ・ファロから通信が入る。
『セルピエンテ。そのヒーローは、認知されなくなるというアビリティを持っています』
「認知されなくなる?」
聞き返した言葉を聞いて、女ヒーローはハッとして、すぐにまたその姿を消した。
それを見るや、セルピエンテは素早く腰を落とし、構える。
「……認知されなくなるってのは、認知できないだけか? 関与できなくなるならマズイが……まあ、試してみれば済む話しか」
ヒーローに問いかけながら、セルピエンテは全神経を集中させた。
ヴンと、セルピエンテを中心として円形に、負荷がかかる。
そう、彼のアビリティ――重力である。
すぐに、近くでぐしゃっという音が響いた。
音に視線を向けると、そこにはさっきのヒーローが倒れている。
セルピエンテは、すぐにアビリティを解いた。
「ふぅ……どうやら、認知できないだけで、関与はできるみたいだな。アビリティに集中させなければ、あぶり出せる。やりようはあるわけだ」
自身にものしかかった重力の負荷に、頭を振るセルピエンテ。
ゆっくりと立ち上がるヒーローを見つめていると、突然すぐ近くにバラ・レイが着地した。
「っ!? ビックリした……囲まれてたんじゃなかったんですか?」
「イグニッションで跳んできたんだよ! どうやら我々の攻撃目標は、すでにヒーローたちによって解体されてるようだねぇ! これ以上の戦闘は無意味だ!」
バラ・レイの言葉に、その場の全員がハッとした。
「ここの悪党じゃないのね」
目の前のヒーローが口を開く。
「だからヒーローがいたんだな」
視線を交える、二人のヒーローと悪党。
「私は、レディ・ステルス。あなたは?」
「俺か。俺は、セルピエンテ」
「……覚えておくわ」
「覚えておこう」
言葉を、かわす。
「行くよ、セルピエンテ」
「はい、バラ・レイ」
悪党たちの意図に気づいて、もはや追う気配をみせないヒーローたち。
彼らを一瞥するや、バラ・レイとセルピエンテは、建物に空いた穴から、跳躍した。
「セルピエンテか……」
「レディ・ステルス、ね」
それは、偶然か、必然か。
「ただいまー」
知らぬ者同士、二人。
「おかえりー! 今日はよっちゃんの好きな焼きカレーだよ!」
元の鞘に収まった、悪党とヒーロー。
「お、じゃあビール飲もう」
二人は、再び出会ってしまった。
「そう言うと思って、冷蔵庫に入ってる!」
皮肉にも、敵同士として。
「でかした!」
あの雪の日と、同じように。
「……ね、よっちゃん」
止まってしまった時計は、同じ時間から――
「うん? なんだ、千代」
動き出していた――。
「大好きだよ」




