想いの許容量を超えたらどうなる
夢の中。未だにひうりは来ていない。
今日の出来事を、ひうりに直接尋ねるつもりだ。なぜあんな、夢の中のひうりみたいな行動を現実のひうりがしたのか。
「キューン」
「あ、夢宇。よしよし」
ひうりが来るまで、春巻きを夢宇に食べさせておく。
夢宇ってなんでも食べるけど、好みとかってあるのだろうか。やはり狐だから、稲荷寿司は好きだったりするのだろうか。
「キャン!」
同意…かな。試しに稲荷寿司をあげてみたらガツガツ食べ始めて…食べてるよう様子は他の食べ物と一緒で、好みなのかどうかは分からないな。
そうやって稲荷寿司を夢宇にあげていると、やっとひうりが来た。そして、既に顔が赤い。
「えっと、ひうり、こんばんは」
「えぇ…こんばんはぁ…」
顔が真っ赤だ。え、あれって現実のひうりが決めたことであり、夢のひうりの望んだことでもあるんじゃないの?
「ふぅ…びっくりしたわ。まさか抱き着くなんて思わなかったの…」
「ひうりが誘導したんじゃないの?」
「私が誘導したのは、もう少し一樹くんと親密な会話ができるようにすることよ」
そうだったのか…まあ、夢の中からできることはあくまで思考誘導なので、思った通りに動かないことは往々にしてあることだ。
とはいえ、僕もびっくりしたし、家にひうりが来たのは初めてだったのでドキドキした。
「夢の中で抱き着いてたのは?」
「あれは単に私が抱き着きたかったのもあるし…ああやって夢の中で私が一樹くんとイチャイチャしたら、現実の私は一樹くんを意識するでしょ?そしたら話したくなるだろうから、そこを周囲に抑制してもらうことで欲求を高めたのよ」
ひうりの欲求を高めるという目的は、多分達成している。
ただし、ひうりが思っていた以上に欲求が高まっていたということだろう。最寄り駅でもないのに、僕の家の近くで降りて家まで来るなんてよっぽどだ。
「ねえ、もう告白してくれてもいいのよ?」
「え?」
「だって今日のあれを見たでしょ。あなたなら絶対に了承するわよ」
確信した声色でそんなことを言うひうり。
たしかに、好きでもないのに抱き着いたりしてこないよなぁ…恋人になった方が現実のひうりとも色々できるし…
「あら、告白しないの?」
「なんか、怖くて」
「夢の中では結構気軽に恋人になったのに?」
夢の中で恋人になったとき、夢のひうりの好感度はとても高かった。友達のように遊んだり、駄弁ったりしていたので、現実のひうりよりも過ごした時間は何倍も長い。
今の現実のひうりの好感度が、そこまで満ちているかはわからない。
「何よ。怖がらなくてもいいじゃない」
「一度こうして恋人になってるから、なおさら怖いんだよ」
フラれたときのダメージは、当時よりも絶対に大きい。
あの時の僕は、ひうりが高嶺の花であり告白しても付き合ってくれるような人ではないことを理解していたのだ。だからこそ、こうして恋人になれる可能性があることを知った今では、フラれたときの衝撃が強くなるのである。
男子なんて、こうしてフラれるときの恐怖と戦っている生き物だ。
「フラれたら私が慰めてあげるわよ」
「なんでフラれた相手に慰められなきゃいけないんだ…」
「だって私くらいしかいないでしょ?」
まあ、そうだけど。
「好きな時でいいからちゃんと呼び出してね」
「うーん…」
「それとも私から告白してもいいのよ?たしか夢の中だと先に話題に出したのは一樹くんだったはずだし」
夢の中で恋人になったとき、恋人の話題を出したのは僕の方からだった。
それは、僕が告白しようと思ったとかそういうわけではなくて、ひうりが何度も告白を断っている理由を聞きたかっただけだ。
返答の内容は、見た目しか見てないからだとか全然知らない相手だからとか、そういったものだったが…
「私が、あなたなら、恋人にしてもいいって言ったのよね」
「うん。流石にびっくりしたよ」
「だって、ここまで長く一緒にいて、お互いに色々なことを知ってるって、私が告白を断っている条件を全部クリアしてるんだもの」
だからこそ、なんとなく恋人になるって言ったのだ。まさか本当にこういう関係になるとは思わなかったが、これもあくまで夢の中での出来事だしということで二人とも受け入れたのである。
「でもリアルの僕はその条件クリアしてなくない?」
「まあそうねぇ。りんりんたちに比べても一緒にいる時間は短いし、まだそこまで私のことは話してないし…」
だめじゃん。その条件って前提条件じゃないの?
「大丈夫よ!」
「どこが!?」
「だって、そうじゃなきゃ抱き着いたりしないわよ。たとえ私が夢の中で何度もハグしているとしても、現実の私がハグをしたくなるのは一樹くんのことが好きだからに決まってるわ」
なぜか知らないが、夢のひうりは現実の自分のことをたまに他人事のように語ることがある。
多分ひうり自身、現実のひうりがどう判断するかは不明なので保険をかけているのだろうけど、それが僕の恐怖心を煽っているのだ。
「まあ焦らなくてもいいわよ」
「う、うん」
優しい声色でそう言うひうり。夢宇も足元で同意するように鳴いている。
僕はなんとか平常心を取り戻して、いつも通りひうりにデザートを渡そうとしたとき、ひうりがボソッと呟いた。
「でも、クリスマスデートとかしてみたいなぁ…」
期限決めるのはズルいでしょ!
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