甘いもののあとは
「うーん…」
「どうしたのひうり」
チョコバナナを食べ終えて、適当に歩き回っていると、ひうりが屋台を見て唸っている。その目線の先には焼きそば屋が。
もしかして、食べたいのだろうか。
「一樹くんといると、どうしても自制ができなくなるのよね。なんか、今ならいいかなって思っちゃうの」
「頑張って自制してね」
夢の中では、何の制限もなく好きなものを食べているからこその現象だろう。
しかし、現実で夢の中と同じような暴飲暴食をすると、健康にも体型にも悪いのは明白だ。ひうりが体型維持に気を使っているのは知っているので、きちんと理性を働かせてほしい。
「でもほら、甘いものを食べたあとって、しょっぱいものを食べたくなるじゃない」
「それ、しょっぱいものを食べたあとに甘いものが食べたいって言いだすよ多分。そんなこと言ってたら、永遠に食べ続けることになるよ」
「でも食べたいんだから仕方ないじゃない!」
少し大きな声を出すひうり。その声に反応して、周囲の視線が僕たちに集まる。
残念ながら、現実だとその欲求を承認することはできない。あとで絶対に後悔することになるだろうし、ひうりに大食いキャラを定着させるわけにはいかないのだ。
こんな視線が集まっている状態で、ひうりにいっぱい食べさせるのは難しいのだ。
こう考えると、夢の中はちゃんと夢らしいことできてるんだなと実感する。
「それにほら、今って昼食時じゃない?フランクフルトだけじゃ、昼食には足りないわよ」
「それはそうだけど…」
それならチョコバナナを食べる前に、焼きそばを食べてほしかった。
僕は、普通の食事の中で甘いものを途中で食べることに、疑念を抱くタイプである。食事とデザートは分けて食べたい。
「ほら、買いに行くわよ」
「えぇ…」
ひうりの自制心、敗北。勝負にすらなってなかった模様。
……
「うん、まあちょうどいいくらいね」
焼きそばを食べ、更には追加でもう一本チョコを食べたひうりは、一息ついてそう言った。
僕はひうりの追加チョコバナナを止めることができなかった。しかも、買って結構すぐに戻ってきたから、チョコバナナの店の人も驚いていた。
あまりひうりに変なキャラ付けをしたくないんだけど…自分から行動してるので、僕にひうりは止められない。
「えっと、満足した?」
「ええ。やっぱりこういう時は食べないといけないわよね」
ひうりが楽しいならいいんだよ…あとで正気に戻ったあとに、後悔しないでね。僕は一応止める努力はしたからね。
「さ、じゃあ展示とかも見て回りましょ」
食事のためだけに回っていたので、展示とか企画は全く見ていない。
一応僕に用事があるときは、誰かが呼びに来てくれることになっているので、まだ大丈夫のはずだ。ひうりは午後も宣伝大使として必要だろうけど、特に時間について言及していないのでまだいいと思う。
この文化祭では、食べ物屋をしていないところは総じて企画をしている。
一応授業の中で作ったポスターなどを貼るスペースはあるのだけど、とても不人気なエリアとなっている。やはり、劇などの企画を見ているほうが楽しいということだろう。
ひうりのクラスのゲームルームも、分類的には企画ということになる。
「一樹くんは、私達のクラスにも来てないのよね」
「うん。時間がなかったからね」
行こうと思ってたのに、忠に拘束されたからね。
ひうりのメイド服姿を見れたのはよかったけど、先にクラス企画を見に行きたかった。
「じゃあまずはそこから行きましょ」
ひうりのクラス企画は、教室の中だけで完結しているので、元々の教室で行われている。
「あれ、ひうおかえり〜」
教室の入口には、林さんが立っていた。
ひうりに気がついたあとに、すぐ僕の方に視線が移った。
「おおー!彼氏くん、やっほ〜」
「こんにちは、林さん」
「ひうのおかげで盛況だよ〜」
中には、子供のほかに男子生徒も多い。
ゲームルームという響きが男子生徒に刺さったのもあるだろうし、ひうりが宣伝した効果も大きいだろう。
「ひうは今日は終日休憩ね〜」
「え、流石に悪いわよ。ずっと彼といられるわけじゃないし」
「いいのいいの〜一人の時間も必要ってこと」
林は笑いながら、ひうりを説得している。
僕の方は、流石に午後の途中で戻らないといけないから、ずっとひうりといられるわけではないけど…林さんの言う通り、ひうりにもある程度の一人の時間が必要だと思う。
「彼氏くんは、しっかりひうのことをエスコートしてね」
「えっと、うん」
笑いながら肩を叩かれる僕。
林さんは本当に気さくな人だなぁ…僕にこのテンションということは、クラスのほかの人にも同じように対応しているようだ。
「さあ、入って入って!」
ひうりが来たことで、遊んでいた人たちもこちらに視線を向ける。
特に、男子生徒たちはひうりの影響で来た人も多いのか、ひうりへの視線が多い。隣の僕への視線はやたらと厳しいのだが、それも仕方ないことだ。
取り敢えず、ここではひうりのことは小声で呼ぶことにしよう。
「輪投げとか射的みたいな一般的なやつと、風船シャトルってやつがあるよ」
一般的なゲームには、他にも穴にボールを投げ入れるゲームなどがある。
そちらには子供たちが多く集まっているので、僕たちは風船シャトルってやつをした方がいいだろうか。
「彼氏くん、風船シャトル気になるー?」
「子供たちがやってるから…」
「それもそうだね。じゃあ風船シャトルねー。参加料は百円でーす。ひうもちゃんと払ってね」
どのゲームも参加料は百円。よいスコアを取ればどのゲームにも景品があるらしいけど、見た感じ景品を獲得できるほどのスコアを取っている人はいないようだ。
「景品のことかな?実は難しく作りすぎちゃってさー…」
林さんとひうり曰く、今のところ景品を獲得できた人物は両手で数えられる程度だという。おかげで薄利多売方式で稼いでいるらしいのだけど、稼ぐことは目的ではなかったので複雑な気持ちらしい。
「えっと…うん、まあ彼氏くんは気にしない!えっとね、風船シャトルっていうのは二人以上でやるゲームで、落とさないようにひたすら上げ続けるゲームだよ。もちろん、持つのは禁止だよ!」
さらに、途中からは妨害として扇風機が起動するらしい。
景品が獲得できるのは参加人数×三十回だという。僕とひうりの二人でやるので、ゴールは六十回だ。
「んじゃ〜スタートー!」
ひうりのパスからラリーを開始。
最初は特に慌てることもなく、順調に回数を重ねていく。
「おー。やっぱり息ピッタリ!じゃあちょっと早いけど、扇風機、ゴー!」
「え、ズルくない!?」
「気にしなーい気にしなーい」
扇風機といっても、一般的な首を振るタイプの扇風機だ。それに風だってそんなに強くはない。
しかし、そんな風にも煽られるのが風船だ。風のせいであらぬ方向に飛んでいってしまい、一気に難易度が上がる。
「これっ!こんなに、きついのねっ!」
「試さなかったの?!」
「私の担当じゃないもの!」
それでも必死に回数を重ねる。
そして…残り十回というところまできた。
「おお!因みに、風船シャトルは景品獲得者いないからねー」
「それここで言う!?」
「ほらほら彼氏くん、ちゃんと拾ってねー!」
正直、あまり運動しない僕にとっては、運動会以上に重労働だ。
動き回る上に、集中力も必要になるので、見た目以上に疲労が激しい。
「あっ」
風船を上げるとき、手に当たる寸前で風によって動いてしまい、ちゃんと上げることができなかった。
そのせいで、ほぼ真横に風船が飛んでいく。
「一樹くん取って!」
「うっ」
ひうりは辛うじて触ることができたが、返球もほぼ真横。僕は拾うことができずに、成功まであと数回というところで途切れてしまった。
「う〜ん、残念!またチャレンジしてね〜」
風船シャトルは、それなりに場所を取るため、終わったあとはすぐに退場させられる。
ニコニコの林さんを尻目に、僕たちは教室を出た。
「ごめんひうり…僕のせいで」
「一樹くんのせいじゃないわ。あれは風が悪いのよ」
優しくフォローしてくれるひうり。
それはそれとして、やはり申し訳ない僕。もう少し体力があれば、景品を獲得できたかもしれないのに…
「まあ景品も大したものじゃないから、気にしないでちょうだい?」
「因みに何だったの?」
「お菓子よ。そこらへんで売ってるやつ」
それにしては難易度高くないかな。あれ。
僕はなんとも言えない気持ちのまま、ひうりのクラスを後にしたのだった。
ひうり「多分景品誰も取れないわよあれ」
一樹「努力と見返りが釣り合ってなくないかな?」
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