悪魔のなり方 その②
1994年 12月24日
父が自殺した。
バブル崩壊後の経営が立ち行かず、実家のある長崎の大瀬崎海岸で身を投げた。
遺書はメモ程度のもので、ひたすらごめん、と描き綴られていた。
保険金は、父の莫大な借金が原因で降りなかった。
母は昼夜と休まず働き、私を育ててくれた。
そのせいで母は、私を殴るようになった。
明るい性格だった私はどんどん根暗になり、食べ物も吐くようになった。
2001年 6月11日
いじめが始まった。
休み明けの月曜日、私の靴が隠されていた。
最初はそんな可愛いいじめ。家庭でのストレスを発散できず、友達の声が耳にも届かないくらい憔悴しきった私を、無視してると捉えられてしまった結果、私はクラスの"いやなやつ"になってしまった。
高校に上がったらこんな下らないことは終わると思っていたが、小さな町に私の噂は簡単に広まった。
ネクラのキヨカ。私のあだ名だ。
私のことをキヨカと呼んだのは小学生の時の親友の由美。苗字と名前の最初をつなげたシンプルなあだ名。そんな思い出を、ヤツらは簡単に汚す。
「おい!キヨカ!聞こえてんだろ!なんで無視すんだよ!」
机を倒されて母から買って貰ったお守りがちぎれてしまった。遠くで幼なじみの由美が笑っている。
私の人生は誰が狂わせたのだろうか。私たちを置いていった父か、変わり果ててしまった母か、それとも私か。毎日どうしたら楽に死ねるかを考えていた。
「キヨカ、私今欲しいバッグあってさ?」
由美だ、2週間ぶりに目を合わせた。
「あんたのママ、風俗で働いてるんでしょ?お金持ちだよね?ね!おねがい!お金貸してくんない!?」
「うん、いくら欲しいの、、?」
「50万!お小遣いとか前借りしまくれば行けるっしょ!」
2003年 7月16日16時10分
「いいかげんにしろよごらぁ!」
母に腹部を殴られた。お金を下さいと頼んだからだ。もし由美にお金を渡せなかったら私はどうなってしまうのだろう。思春期の悪魔の行列に焼かれ続ける方が、肉親に殴られるよりずっと恐ろしかった。
「なんでてめえのためにそんな大金渡さなきゃなんねえんだよ!」
母の口癖、"なんで"
「てめえが働けるようになりゃあいいだろうがよ!」
吐き捨てるように私の部屋の戸を勢いよく閉めて、母は仕事へ行った。
「ううっ、うぅ、」
私は毎晩泣いていた。目がどんなに腫れるかなんて気にしたことは無かった。
2003年7月17日 1時18分
私の部屋の戸が静かに開いた。
「遥香、、ごめんね、、」
母が泣いている。この人のことはよく分からなかったが、どんなことがあっても家族なんだと思った。優しい母は必ず戻ってくる。私が働いて、母を幸せにするんだ。
夏休みに入り、私はアルバイトを始めた。ポスティングの仕事は人と会わなくて済むし、日当はその日に貰えるとあって、私にあっていた。
学校に行って嫌な思いをすることもないし、この夏休みが永遠に続けばいいと思った。
「お母さん!今日のお金だよ!」
「遥香は偉いね、ありがとうね。」
全てのバイト代を母に渡した。私はろくにご飯も食べず、髪も自分で切っていた。
母はお金を渡してくれる私には優しかった。頭を撫でてくれて、父が死ぬ前の時みたいな優しいお母さんがそこにはいた。
恐ろしいのは、この夏休みが終わったらどうなるかだ。私の学校は、夏休みの間のみバイトが許されている。由美にも50万円なんて渡していないし、学校にも家にも居場所がなくなってしまう。
それは死よりも恐ろしいと思った。
2003年 8月31日
「遥香?あんた明日からどうすんの?あんたのお金があったから少しはいいもの買えたりしたけど、お金稼げなくなったら何ができるの?」
母の期待があったから、生きていられた。明日からの生きる自信が無くなっていく。
私は母に遺書を書いた。
お母さんへ、
私をここまで育ててくれてありがとう
私のために体に無理をしてくれてありがとう
ごめんなさい、私はお父さんと同じにはなりたくなかったけれど だめでした お母さんの子供に生まれてこれてよかったよ
遥香
母が仕事に出かけたので、母のドレッサーの引き出しに遺書を入れ、最後の睡眠をとった。
2003年 9月1日 10時57分
私の叶えた願いは、クラスメイト全員を、私の死と同時刻に同じ方法で自殺させることだ。
悪魔の少年イオリは、私の願いを糧に真の悪魔へと昇格したらしく、過去へ干渉できる悪魔になった。
イオリは時間を巻き戻し、男女含めた2年3組の生徒38名全員を何らかの方法で自殺へ追い込んだのだ。
「きみの願いはかなった。だが過去へもどるエネルギーと殺した人間の数が多すぎる。君にはそれなりの代償を払ってもらわなきゃいけない。君が願いを告げた9月2日深夜2時3分から逆算して、1分ごとに1人、殺した人間につき5人、悪魔としての契約をハルカ自信が交わさなきゃならない。」
「それって、何人?」
「1245人だよ。簡単だろ?最近だと70万人近い人間を悪魔と契約させなきゃ行けないやつも出てきたくらいなんだしさ、それくらい余裕だろ?」
「ちょっとまって、契約させるって、私が?なんにも分からないのに?どうやって」
「ハルカ!あんたはなんの心配をしてるんだよ!?あんたのしたことはもう取り返しのつかない固定した事実だ!この世界を動かすだけの力を悪魔に払わせたんだ!それに見合う働きをするのは17歳のあんたでもわかるだろ?」
「人を、、殺したの?ほんとに?」
「一人一人確認しに行ってみろよ、テレビでやってる報道も嘘かもしれないしな?」
「いや、いいよ。」
確認する必要は無い。事実があればいい。
私は死んだ。あの忌々しいゴミ捨て場みたいな所にいたヤツらと一緒に。その事実だけがあればいい。
私の体は、悪魔に会う前に迎えるはずだった運命のまま自室にある。私自身は魂となり、清瀬遥香は哀れな被害者の1人として、人々の記憶に少し傷をつけたのだ。清瀬遥香はもうこの世に居ないのだ。
母親が泣いている。情緒の不安定な女だ。
「遥香、、ごめんね、、」
昨日見た映像はまるで嘘だったかのように、悲劇のヒロインを演じるこいつをもう一度殺めたくなった。
「もう殺すことは出来ないよ。」
母の首に手をかけようとした私に、イオリは続けた。
「悪魔は直接人の生き死にに干渉できない。生きている人間を媒介に、この世に力を流せた時のみ命を奪うことが出来るんだよ。もう君は立派な悪魔だよ。」
「そうなんだ。」
なんだか寂しくなった。
この女はこの後どうなるのだろう。たった一人残された女の安否を、悪魔は惨めったらしく憂患した。




