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悪魔のなり方 その①

2003年9月1日 8時23分。

私は世界に捕まった。

捕まったと言うより、正しくは吊った。

この醜い世界に自らの手で終止符を打つことは、いとも簡単だった。

お気に入りだった皮のベルトを自室のドアノブに括って、器用に結んで作った輪の中に私の首を潜らせた。この世界で今一番幸せなのは私だと、確信をもった。涙も出なかった。

誕生日に貰ったオルゴールからは、ベートーヴェンのエリーゼの為にが流れていたのを覚えている。キリキリと歯車の音と錆び付いたその音色だけが、耳にへばりついていた。こんな素敵な時間を、私は待ちわびていたのだ。ついに成し遂げたのだ。最後にこの手が行った作業が、オルゴールの歯車を回すことではなく、ベルトを自分の首の形に合わせることであったのは、心残りだった。

バキッ!

自らの体が何故か床にたたきつけられた。

失敗したのである。一瞬無くしかけた意識が徐々に戻っていく時、私はまだ逃げられないのだと絶望した。捕まってしまったのだ、と。

ベルトがちぎれてしまっていたのだ。

「なんで?」

口から最初に出た言葉。自らの困惑や戸惑いという感情を簡単に周囲に知らせる言葉。

母がよく使う、私のいちばん嫌いな言葉。

「なんで!!」

時刻は8時25分。9時からの始業式には間違いなく遅刻する。

そんなどうでもいいことを、死に損なった馬鹿は考えた。

視界がはっきりしてきた。一番最初に目に入った物は、小学生の時に貰った作文の賞状。くだらない。

頭でつぶやく。床に転がった馬鹿は、まだこの世界にいなくちゃいけないみたいだ。



9月1日 9時26分

母は出かけたのだろうか。シャワーから出て、さっき脱ぎ捨てたパジャマをもう一度着る。住んでいる家はいわゆる団地住まいで、トイレとお風呂は別だがバスルームには鏡がついていなかった。

脱衣所でドライヤーのプラグをコンセントに刺す。目を瞑りながら髪を解きほぐしていく。

「うっ、、えっ、」

これからもこの体で生き続けようと動く自分という存在に、心底吐き気を覚えた。涙が溢れて止まらなかった。

ある程度乾いた髪。鏡の自分と目が合う。

「ブサイクだね、なんで生きてんの?」

自分と話す時の合言葉、もう言い慣れた。

「ん?」

目の中にゴミが入っているようだ。痛くはなかった。

近くで見るとそれがゴミではないことがわかった

黒目の縁を少しはみ出るように、青黒い六芒星がはっきりと見えた。

「えっ」

咄嗟に左目を手でおさえた。どうやら左目だけらしい。右目に六芒星は無かった。

「君が僕を呼んだのかい?」

後ろで声がした。

「だれ!?」

がなるように叫んだ。

「嫌だなぁ、主に向かってそんな口の利き方は無いんじゃないのかな?」

振り返ると、金髪の小さな少年が洗濯機に座り、足を組んでいる。恐らくは小学4年か5年くらいの幼い風貌だった。

「名前を聞いてもいいかな?」

「なまえ、」

金髪の少年は右手の人差し指で、くいっと合図して見せた。

とたんに、喉に例えようのないほどの熱さと痛みが走った。

「君はもう死ねないんだ!早く名前を言わないと、次は目玉を焼くよ!」

少年はもう片方の手を私の方に向け、合図を送ろうとする。

「は、、、る、、」

「なんだ?きこえないよ!」

「はる、、か、 、 、き、よせ、、、はる、、、か」

「最初から言えばいいのに。」

少年は腕を下ろし、喉の熱さと痛みは一瞬で消えた。

「もう死ねないって、、、どういうこと、?」

私は喉を抑えながら尋ねた。

「契約が成立してしまったんだ。君は、キヨセハルカは人間としての魂を僕に譲り、僕の下僕として、僕らと同じ悪魔として、この世に居座り続けることになったんだ。」

「私、そんなこと!」

「いいや、間違いなく契約している!」

少年は続けた。

「僕の名前はイオリ、もちろん仮の名前だ。君が先程行った首吊り自殺だが、あれが偶然にもこちらの世界とのトンネルの役割りを果たしてしまう条件を満たしてしまったんだ。」

「そんな、」

「詳しくは言えないがとにかく君のとった自殺の方法、時間や場所、環境などが重なり、僕との契約を完了してしまったんだよ。ベルトが切れたのもそのせいさ。」

「私はどうなるの?」

1度死を覚悟した人間が自分の身の安全を気にかけている。気持ちが悪かった。

「悪魔になったお祝いに、君の願いをひとつだけ叶えてあげるよ。どんな願いだっていいよ?但し、願いが叶ったあとはそれに使われたエネルギー分働いてもらうけどね。」

「どんな願いも?」

「あぁ、」

すぐには浮かばない。全てを終えようとしていた人間が、欲を出せるには時間が必要だった。

「明日までに考えるよ、」

「あぁ、ただ猶予はあまりないんだ。明日の8時23分、今日君が契約完了した日時からきっかり24時間たってしまうと、君は無限地獄に囚われてしまう。そうなると僕は貴重な新人を失うばかりか、魔界での評判が悪くなるんだ。あぁ、魔界ってのは君が創作やアニメとかで見る感じの想像の通りのところだよ。」

「無限地獄?」

「あぁ、君の生きていた時に体験した辛い記憶だけを、この宇宙がなくなっても、永遠に体験し続けるんだ。」

『死ねよ!視界に入ってくるんじゃねえよ!てめえがいるだけでこの部屋の空気が汚れるんだけど?ねぇ?幼虫って食べたことあんだろ?口開けろよ!』

嫌だ

「嫌だ!!それだけは!」

「じゃあ決まったら僕の名前を呼んでよ。すぐ来てあげるよ。」

その声を最後にイオリは姿を消した。

願い。たったひとつだけ叶うとしたら。



9月1日 21時13分

私は脱衣所で眠ってしまっていたみたいだ。どのくらい時間が経ったのかは、硬い床で寝ていた体の痛みで何となく察した。

焦った。時間が無いのだ。

「イオリ!」

咄嗟にあの子の名前を口にした。

あの子は現れなかった。

「なんで、、?」

ガチャ 玄関の鍵が開く音。母親が帰ってきた。

脱衣所で蹲るあたしを見つける母。

「ただいま、なんであんたそんな所にいるのよ。学校は?」

「行ってない、、」

ボスッ!お腹を強く蹴られてえづいた。

「なんでてめえが家で居眠りこいてる間あたしは仕事行かなきゃなんねえんだよ!てめえ誰の金で学校行かせてもらってるかわかんねえのかよ!ちったああたし見習って働くかなんかしたらどうなんだよ!」

「うう、ごめんなさい!ごめんなさい!」

蹴りは何度も続いた。吐くものは胃の中になかったのが幸いだった。

「イオリ!イオリ!助けて!」

「あぁ!?なんだよそいつぁよお!?男の名前かよ!?なんでてめえが男作ってセックスしてる間あたしはじじい共相手にヘコヘコしなくちゃいけねえんだよ!」

とんだ言いがかりだ。ただイオリは来てくれた。母には見えていないみたいだ。母は持っていた買い物袋を、あたしの顔面に投げつけた。

「やぁ!さっきはごめんよ、ちょうどプレイしてたゲームがいいところだったん、」

「お母さんを殺して!おねがい!!」

願い事が見つかった。蹴り続けられている中、必死に声を肺から絞りだした。

「ハルカ?家族を殺す願いは、僕たちには叶えることは出来ないんだ?だってそうだろ!家族ってのは素晴らしい!僕にもパパはいるよ!凄くカッコイイんだよ!」

「あぁ!?あたしを殺せだァ!?誰にたのんでんだよ!てめえが死ねよ!!」

地獄だ。どうやら私は、人間ではなくなってしまったらしい。普通なら死に至るような痛みだと思う。多分。何度も蹴られ続けているのに、死ぬことは愚か気絶すらしない。絶望のような痛みを味わい続けている。

「嫌だ!いたい!痛いよ!お母さん!ごめんなさい!!ごめんなざい!!!」

「るせえんだよ!!今すぐ死ねよ!」

「これが人間の家族か!!すすすす素晴らしい!!!なんと美しい家族愛なのだ!こんな素晴らしい絆を崩すなんて、僕がたとえ天使だったとしても出来ないよ!!」

私は手元にころがっていたハサミを掴んだ。力を込めて思い切り。母の左目に目掛けて振りかざした金属は、いとも簡単に肉を突き破り、母だった肉の塊を、音のなるがらくたに変えた。

その後もそれを何度も刺し続け、その間私はずっと笑っていた。

「あーーあ。ハルカ、君が君のママを殺しちゃうから、せっかくの家族愛のレポートが途中じゃないか。責任は取れるのかい?」

「しらない、、、あたしはどうすればいい、?」

床が汚い。乱雑に散らかったバスタオルに付着した血液の匂いが妙にいい匂いで、その時確信した。

私は悪魔になってしまったんだ。

「君が願いを僕に伝え、それが承認されると同時に君の魂は君の肉体を離れて、完全に僕たちの仲間になるんだよ。」

「そうなんだ」

「願いは決まった?それとも無限地獄の方が良かったりして?」

「イオリ、、きまったよ、、、?」



2003年9月1日 8時23分

この日、とある地域の高校生らが、自室のドアノブにベルトで首を括り死亡するという謎の事件が起きた。

驚くべきことは、亡くなったのは同じ高校の同じクラスの生徒総勢38名であり、皆同じ時刻に亡くなっていたことだ。

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