↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我は第三勢力なり  作者: 松永髑髏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/3

第2話 ハゲ物語

 グランゼル方面へ向かう街道は、クロスベルを出て半日もすると露骨に人通りが減った。普段なら商人の馬車や旅人、冒険者の一団でそれなりに賑わっているはずだが、今は逆方向へ進む者の方が圧倒的に多い。


 荷車へ家財を積んだ家族、包帯を巻いた兵士、疲れ切った顔で歩く商人。皆、一様にグランゼルから離れようとしている。


「……やっぱり帰りません?」


 俺の横を歩いていた商人が、今日に入って何度目か分からない言葉を口にした。


「依頼主がそれ言うのかよ」


「だって九禍将ですよ!? 出発するときより情報が増えてるんです! 昨日だけで周辺の村から大量に避難してきた人が押し寄せて来たとか!」


 商人は今にも泣きそうな顔で捲し立てる。俺は肩をすくめた。


「じゃあ帰るか?」


「荷物を届けないと違約金が……」


 でしょうね。そうでないならこんな依頼は即取り下げにするわな。


「なら行くしかないだろ」


「ですよねぇ……」


 商人が肩を落とす。今回の依頼はグランゼル王国西部の都市までの商隊護衛。本来なら難しい仕事ではない。問題は、その先で九禍将が暴れていることくらいだ。


「エドさんは怖くないんですか?」


「怖いぞ」


「全然見えませんけど」


 そりゃ見せてないからな。怖いに決まってる。


 俺はそこそこ強い。冒険者としてなら相当上の方だろうし、大抵の魔獣なら一人でなんとかなる。だが、九禍将は別だ。魔人族の中でも選りすぐりの九人。そいつら相手に、


『俺ならいける』


 なんて思えるほど、自分を過大評価してはいない。


 見るだけ。今回はあくまで見るだけだ。遠くから戦いを観察して、噂通り面白い奴なら少し情報を集める。それだけであり、決して戦わない。俺は心の中で何度も繰り返した。


 ***


「――止まれ!」


 先頭を歩いていた護衛の男が手を上げた。馬車が止まる。街道脇の茂みが揺れた。


 現れたのは、犬に似た魔獣が五体。狼と言った方が近いか。だが普通の狼より1回り大きく、背中から黒い棘が伸びている。


「推定――ブラックハウンド! 数は五!」


「囲ませるな!」


 他の護衛たちが武器を抜く。俺も腰の剣へ手をかけた。


 一体がこちらへ駆けてくる。速い……だが。


「遅いな」


 半歩ずれる。牙が俺の肩を掠める直前、剣を抜いた。首元へ一閃。それだけで魔獣は地面へ転がった。


「……相変わらず雑に強いなお前」


 少し離れたところで、大きな戦斧を構えていた男が呆れたように言う。


「どうやら俺もまだまだ捨てたもんじゃないらしい」


「そういうのはもっと年期が入ってから言いやがれ」


 男が乾いた声で突っ込む。俺は肩をすくめた。


「ふっ……俺はベテラン冒険者だが?」


「紫(ムラクモ)が何を偉そうに言ってやがる」


「ランクと経験年数は別だろ」


 軽口を叩き合っていると、男はさらに呆れ顔を深くした。


「ならそのベテラン様は、いい加減昇級しろ」


「これ以上はパーティー組まなきゃいけないじゃん。俺無理」


「そこだけ子供みたいなこと言うな」


 そう言いながら、男――マルケスは迫ってきたブラックハウンドへ戦斧を振り抜いた。鈍い音。大型の魔獣が地面から浮き、そのまま街道脇まで吹き飛んでいく。


「……おっちゃんも相変わらずだな」


「誰がおっちゃんだ」


 黄金(コガネ)の冒険者、マルケス。クロスベルを拠点に活動するベテランで、自分のパーティーを率いている。実力も経験共に申し分なし。今回の護衛の中では間違いなく一番の古株だ。


 そして見事なハゲである。


(さすがハゲのおやっさん)


「……今なんか失礼なこと考えなかったか?」


「気のせいだろ」


「お前、昔からその顔するとき碌なこと考えてねえんだよ」


 ……失敬だなマルケスの旦那。俺がそんな失礼なことを思うわけないだろう。


 そして残り三体。そのうち一体へ護衛の剣士二人が対応し、魔法使いなどが後方に控えている。もう一体はおっちゃんが引き受けた。


 最後の一体が馬車へ回り込もうとする。


「エド!」


「分かってる」


 地面を蹴る。ブラックハウンドより先に回り込んで、その鼻先へ剣を突きつけた。急停止。一瞬怯んだところを、下から斬り上げる。


 我ながら素晴らしい腕前だ。そうだ俺は強いんだ。こういう依頼を受けると、一部の馬鹿どもがおかしいだけで俺は上澄みであることを再確認できる。


 ほどなく残りも片付いた。


「怪我人は?」


「なし!」


「馬も無事だ!」


 仲間からの報告に、おっちゃんが小さく頷く。


「ならさっさと離れるぞ。血の匂いで別の魔獣が寄ってくる」


 おっちゃんの一言で、皆が動き始める。さすがパーティーリーダー。こういう時の判断が早い。


 俺は剣についた血を拭いながら、ふと思い出した。


「そういえばおっちゃん。パーティーはどうしたんだ? 見当たらないが……」


「あいつらは今回来てねえよ」


「珍しいな。おっちゃん一人で仕事なんて」


 おっちゃんのパーティーは黄金であり、本来であればもっと格のある依頼を受けるはずなんだが。


「……あの馬鹿どもは酒で潰れてんだよ」


 ……道理でこんな依頼受けるわけだ。おっちゃんも休めばいいのに真面目だねー。


「いいか、エド」


 おっちゃん――マルケスの表情が少しだけ真面目になる。


「依頼が終わったら、妙なこと考えずにクロスベルへ戻れよ」


「何で?」


「何でって……お前な」


 マルケスが盛大にため息を吐いた。


「九禍将がいるからに決まってんだろ」


「分かってるって」


「本当か?」


「本当だって。俺も命は惜しいんだよ」


 適当に片手を振って誤魔化す。マルケスはまだ疑わしげな顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。


 ***


 それからは、大きな問題も起きなかった。魔獣が遠くに見えることはあったが、こちらへ近づいてくることはない。


 ただし、グランゼルへ近づくにつれて街道の空気は明らかに変わっていった。王国軍の兵士、物資を積んだ馬車、負傷者を運ぶ荷車、避難民。皆が慌ただしく行き交っている。


 途中、王国軍による検問も二度受けた。


「目的は?」


「商隊護衛です」


「荷物を確認する」


 商人が慌てて書類を差し出す。兵士たちも疲れていた。目の下には濃い隈、鎧には泥。中には包帯を巻いたまま立っている者までいる。


「ひどいな」


 俺が呟く。隣のおっちゃんもいつもの軽い表情を消していた。


「ああ」


「そんなに押されてるのか?」


「2つ砦を落とされたって話は聞いただろ」


「一応」


「九禍将が一人出てくるだけでこれだ。魔王軍が本気で動いたらどうなるんだろうな」


「考えたくないね」


 ……魔王ねぇ。あれが暴れたら、多分人類は滅びるぞ。本当に。


「どうした?」


「いや、世界って大変だなって」


「急にでけえ話し始めたな」


 ***


 日が傾き始めた頃、ようやく目的地へ到着した。都市を囲う城壁の前には長い列ができている。商人、冒険者、避難民、王国軍。普段なら活気がある都市なのだろう。だが今は、門を潜った瞬間から空気が重かった。


 街角には兵士、広場には簡易的な治療所、宿屋の前には避難民が並んでいる。


 俺たちの商隊も指定された倉庫へ向かった。


「本当にありがとうございました!」


 荷物を引き渡し終えた商人が、何度も頭を下げる。


「いやぁ、一時はどうなるかと……」


「まだ帰りが残ってるぞ」


「言わないでください!」


 顔を青くする商人。


「冗談だよ」


「今それ洒落にならないんですよ!」


 報酬の受領に必要な証明書を受け取る。これで仕事は終わりだ。


「さて」


 俺は背伸びした。


「酒だな」


 真顔で何か真剣なことでも言うのかと思ったら……


「おっちゃんはそれしかないのか」


「仕事終わりの一杯を馬鹿にする奴は冒険者失格だ」


 もっともらしい顔で言うので、俺は思わず笑った。


「さっき俺にすぐ帰れって言ってなかったけ?」


「うるせぇ。流石に1日そこらで落とされるほど王国も甘くねぇよ」


 おっちゃんが笑いながらそう話す。


「俺はギルド寄って、そのまま飲む。お前は?」


「俺もとりあえずギルドかな」


「用事が終わったらそのまま帰れよ」


 急に真剣な顔に戻るな。

 

「分かってるって」


「……本当か?」


「しつこいな、おっちゃん」

 

 俺たちは並んで歩き出した。街の中央へ近づくにつれて、冒険者の姿が増えていく。だが妙だった。これだけ大きな都市、しかも王国が危機に陥っているというのに、前線へ向かうような冒険者はほとんど見当たらない。


「おっちゃん」


「あ?」


「冒険者はリゼルカ討伐に出ないのか?」

 

「依頼なら出てるぞ」


 興味なさそうにおっちゃんが答える。

 

「へえ」


「馬鹿みてえな報酬額でな」


「じゃあ結構集まってる?」


 おっちゅんが俺を見る。何言ってんだこいつ、という顔だった。


「行くわけねえだろ」


「そんな即答する?」


「相手は九禍将だぞ」


「でも報酬高いんだろ?」


 そう俺が答えると地面に唾でも吐きそうな顔をし始めた。

 

「死んだら使えねえ」


「ごもっとも」


「大半は後方支援だ。避難民の護衛、物資輸送、負傷兵の搬送。そういう仕事ならいくらでも人手がいる」


「討伐は?」

 

 はい、また出ました。何言ってんだこいつ、という顔である。

 

「ほとんどいねえよ」


「黄金でも?」


「俺を何だと思ってる」


「ハゲ」


「ぶん殴るぞ」


 危ない。心の中だけにしていた呼び名が口から出た。


「違う違う。黄金」


「今絶対ハゲって言ったよな?」


「空耳だ」


 クロードは真剣な表情をした!効果はいまいちなようだ!

 

「俺の頭見ながら言っただろ!」


「気にしすぎると余計に抜けるぞ」


「これは剃ってんだよ!」


 周囲の冒険者が笑う。マルケスが俺の頭を小突いた。


「ったく……」


 そして、少しだけ声を落とす。


「黄金だろうが何だろうが、九禍将と正面からやる奴なんてそうはいねえよ」


「そんなもんか」


「そんなもんだ」


 マルケスが前を見る。


「自分がどこまでやれるか分かってる奴ほど、ああいうのには近づかねえ」


「……ふむ」


 なるほどな。やっぱり九禍将というのは、俺が想像していたより一段上に見ておいた方がいいかもしれない。まあいい。実物を見れば分かる。


「……お前」


「ん?」


「やっぱり何か考えてるだろ」


「何も?」


「嘘つけ」


 冒険者ギルドが見えてきた。その入口にも冒険者たちが何人か集まり、中からは酒と情報交換の声が漏れ聞こえてくる。


 ***


 冒険者ギルドへ入った瞬間、妙な静けさを感じた。人が少ないわけではない。むしろ多い。仕事を探している冒険者、酒を飲んでいる者、受付へ並んでいる者。普段と大して変わらない。


 違うのは依頼板だった。中央、1番目立つ場所に、巨大な依頼書が貼られている。俺も近づいてみる。


 討伐対象、九禍将第七席――リゼルカ。


「……おお」


 思わず声が出た。


「何だ?」


「いや」


 報酬額を見る。もう一度見る。確かに馬鹿みたいな報酬だ。ただ問題もあった。


 問題は――。


「誰も取ってねえな」


 参加者がほとんどいなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。