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梟は決して救われない 〜手を伸ばした男たちが皆、勝手に曇っていく〜  作者: 雉子鳥幸太郎


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歓楽街の王 ギルバート

王都の裏社会――歓楽街のすべてを仕切る男、ギルバートは葉巻の煙を吐いた。

執務机の向こうで、静かに扉が開く。


「ボス、ご依頼の件、終わりましたよ」


聞き慣れた声だった。

セレナが部屋に入ってくる。


外套の裾には乾きかけた泥。

いつもの乾いた笑み。


その後ろで、縄で縛られた男が転がされた。


「彼がガッシュです」

「ほう、こいつが『灰狼(グレイウルフ)』か……」


ギルバートは目を細める。

ガッシュは青ざめていた。


「孤児院への支援金を横領。土地を狙っていた商人と結託していました」


机の上に帳簿が置かれる。

ギルバートが目を通すまでもない。

セレナが持ってきた証拠に間違いがあったことは一度もなかった。


「ま……待ってくれ! ギルバートの旦那ぁ!」


床に転がったままガッシュが叫ぶ。


「俺には家族がいるんだ!」


セレナは振り返らない。


「妻も娘もいる! あいつらを食わせなきゃ――」

「そうですか。家族を養うために、孤児を売るつもりだったんですね」


背を向けたままセレナが言う。

ガッシュは言葉を失った。


セレナはそれ以上何も言わない。

ただ、部下たちへ視線を向けた。


「連れて行ってください」

「や……やめ……」


部下たちがガッシュを持ち上げる。


「た、助けてくれ! 頼む、お願いだ! ギルバー……!」


男は引きずられていった。

扉が閉まり、悲鳴が遠ざかっていく。


部屋に静寂が落ちた。


「ご苦労だったな」

「いえ、仕事ですから」


いつもの調子だった。

それ以上、ギルバートは何も聞かなかった。


    *  *  *


――数日後。

横領された金を孤児院へ返還するため、ギルバートは孤児院を訪れていた。


中庭を子供たちが走り回っている。

今回助かった子供たちも混ざっていた。


「お姉ちゃん!」


一人の少女がセレナへ飛びつく。


「ありがとう!」

「いいえ、どういたしまして」

セレナはしゃがんで目線を合わせた。


「お姉ちゃんすっごく強かった!」

「そうでしょうそうでしょう」


セレナは頷きながら大げさに胸を張った。

少女が笑い、セレナも笑う。

周囲もつられて笑った。

そんな空気の中だった。


「あのね――」

少女が首を傾げる。


「お姉ちゃんには家族いるの?」


ギルバートの指が止まる。


中庭の喧騒は変わらない。

子供たちは遊び続けている。


――だが。


セレナは答えなかった。

少女を見たまま、何も言わない。


ほんの数秒。

そのわずかな沈黙が幾年にも感じられる。


「……いいえ」


やがて彼女は笑った。


「残念だけど、そういう縁はなくてね」

「そっかぁ」


少女は残念そうな顔をした。

そして、ぱっと笑う。


「じゃあ私が大人になったら守ってあげる!」

「ありがとう。それは頼もしいですね」


セレナは少女の頭を撫でた。

いつも通りだった。

本当に……いつも通りだった。


帰りの馬車の中。

窓の外を流れる灯りを眺めながら、セレナは欠伸をした。


「はぁ……疲れました」

「お前が言うな」


「えーひどい」

くすくすと笑う。


それを見て、ギルバートは葉巻を口に運ぶ。

火はつけなかった。


孤児院での数秒が頭から離れない。

だが、それを口にする気もなかった。


昔、一度だけ家族について聞いたことがある。

まだこの女が『梟』になる前、拾ったばかりの頃だった。

それ以来、ギルバートは二度と口にしない。

触れてはいけないと知ったからだ。


「……ボス?」

「なんだ」


「なんか、怖い顔してますよ?」

セレナが覗き込む。


ギルバートは鼻を鳴らした。


「お前は相変わらず働きすぎだな……少しは休め」

「褒め言葉ですね」

「何も褒めてねぇぞ?」


セレナが笑う。

馬車の窓にも、その笑顔が映っていた。

ぽつり、ぽつりと雨粒がその笑顔を覆い隠していく。


ギルバートは視線を外す。

それ以上は何も言わなかった。

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