最終話:Confession
1:文化祭開幕
【聖百合園女学院・第67回文化祭 当日 10:00開幕】
校庭にファンファーレが響いた。
2年A組の教室全体がピンクと白のフリルで飾られ、「メイド喫茶 リリィ・ガーデン」の看板が掲げられている。
入り口には巨大な「ようこそ ご主人様♡」の垂れ幕。
その入口に、完璧なメイド姿の天峰莉子(飛鳥凛太朗)が立っていた。
黒と白のクラシックメイド服。
フリルたっぷりのミニスカート。
頭には大きなリボンのヘッドドレス。
胸元は……さすがに控えめだが、自然な形。
名札には「メイド長 RIKO」と金文字。
(……もう戻れない。今日は逃げないって、決めたから)
開場と同時に、客が殺到した。
「きゃー!!」
「莉子ちゃん天使!!」
「写真撮らせてー!」
莉子は深呼吸して、完璧な女声を響かせた。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡ 本日はリリィ・ガーデンへ、ようこそいらっしゃいました」
瞬間、歓声が爆発した。
その歓声の向こうから、ゆっくりと歩いてくる影。
氷川璃々花。
まるで本物の令嬢のように優雅に。
瞳は、完全に莉子だけを捉えている。
客たちがざわつく。
「え、生徒会長まで来た!?」
「あの璃々花さまがメイド喫茶に!?」
璃々花は莉子の前で立ち止まり、そっと手を差し出した。
小声で、莉子にだけ聞こえる声で。
「今日は……逃げないで、くれる?」
莉子は、震える手でその手を取った。
「……逃げない」
教室の空気が、まるで時間が止まったように静かになった。
二人の指が絡まる。
【回想:これまでの日々】
生徒会室での最初の対峙。
「完璧すぎるものには、必ず”秘密”があるものよ」
誕生日のケーキ。
「あなたは……本当に、優しいのね」
都心でのデート。
「凛太朗だろうと莉子ちゃんだろうと、関係ないよ。……私が好きなのは、あなたそのものだから」
花火大会でのキス。
「……急に、ごめん。なんか、花火見てたら……我慢できなくなって……」
実家での夕食。
「凛太朗を、よろしく頼みます」
「お任せください」
そして、深夜のメモ。
『ごめん、俺まだ心の準備が……でも、絶対次は逃げないから』
(……これで、最後だ)
メイド姿の凛太朗と、氷雪女王・璃々花の、最後の物語が始まった。
2:二人きりの空間
【2年A組メイド喫茶・奥の個室「VIPルーム」 10:27】
「ご案内いたします、ご主人様♡」
メイド姿の莉子は、璃々花を奥の個室へ連れて行く。
カーテンを引くと、小さな丸テーブルと、ふたり掛けのソファだけ。
外の喧騒が嘘のように静寂が落ちる。
莉子は、メイド服のスカートを軽く摘んで優雅に一礼した。
「ご主人様、お席へどうぞ♡」
璃々花は静かに腰を下ろし、莉子を真っ直ぐ見つめたまま動かない。
カーテンが完全に閉まる。
莉子は、そっとドアに鍵をかけた。
カチャリという小さな音が響く。
莉子は振り返って、本当の声で言った。
「……もう、逃げない」
一歩、また一歩と近づいて、璃々花の膝の前に跪くように座る。
震える手で、璃々花の手を取った。
「俺……飛鳥凛太朗は、今日、ここで全部あげる」
メイド服のフリルが小刻みに震えている。
「正体が男だってことも、童貞だってことも、逃げ続けてたヘタレなことも……全部受け止めてくれた、璃々花に」
璃々花の瞳が、涙で揺れた。
「……凛太朗……」
凛太朗は、ゆっくりと立ち上がり、璃々花の頬にそっと手を添える。
「だから……俺の初めて、全部もらってくれ」
カーテンの向こうで、文化祭の歓声が遠く聞こえる。
ここだけが、二人の世界。
氷雪女王の心は、もう氷ではない。
完全に溶けて、熱い涙を零していた。
「……ありがとう。……大好き、凛太朗」
メイド服のフリルが、二人の新しい始まりを優しく包み込んだ。
凛太朗の童貞は、氷雪女王に、優しく、確かに、溶かされた。
【おしまい】
【VIPルーム 10:32】
「──凛太朗の童貞は、氷雪女王に、優しく、確かに、溶かされた……」
璃々花が、うっとりと目を細め、ナレーションをしている。
凛太朗は即座にツッコミを入れた。
「おい! 勝手に終わらせるな!! ったく、油断も隙もない……!」
ガバッと立ち上がり、メイド服のフリルをバサッと払う。
凛太朗は真剣な目で告げる。
「俺の全部あげるって言ったけど、それは文化祭が完全に終わった後に考えるって話だ」
璃々花の頭に「?」が浮かぶ。
凛太朗はニヤリと笑った。
「その前に……一つだけ、俺の願いを聞いてくれ」
一歩踏み出し、窓から見える特設ステージを指差す。
「今日13時からの『第12回ミス聖百合園女学院コンテスト』。……あれで、俺が頂点に立つための手助けをしてくれ」
璃々花が完全にフリーズした。
「…………は?」
「女子校のミスコンで男が優勝する……それこそが俺が女装してまでこの学園に潜入した、最大の目的であり、最高の証明だ!! 全校生徒は俺の美貌の前にひれ伏す!! フハハハハハハ!!!」
両手を広げて高笑いする凛太朗。
窓の外で、朝陽がキラリと輝く。
璃々花は3秒固まってから——突然、瞳に新たな炎を灯した。
「……わかった。やるなら徹底的にやってあげる」
立ち上がって、凛太朗の肩に手を置いた。
「ミスコン優勝のために、生徒会長の権限フル活用してあげる♡ 審査員への根回し、投票操作……必要なら去年の優勝者も“急病”にできるわ」
凛太朗は少し引き気味に呟く。
「お前、怖ぇよ……。それに、これは俺のチャレンジだから、正々堂々と競いたいんだ」
璃々花は、凛太朗の顔を覗き込みながら囁く。
「わかった。でも条件が一つ。……優勝したら、ステージ上で『俺は男です』ってカミングアウトして?」
「ちょ、ちょっと待て!?」
悪魔の笑顔を浮かべる璃々花。
「だって、それでこそ最高の伝説になるでしょ? 私の彼氏が、全校の頂点に立って、最後に正体を明かす瞬間……私、死ぬほど興奮しちゃう♡」
凛太朗の顔がみるみる青ざめる。
「俺の人生終了じゃねぇか!!」
璃々花は凛太朗に抱きつき、耳元で囁く。
「大丈夫。退学になったら、私が一生養ってあげるから♡」
文化祭当日、最大の修羅場が——まさかのミスコンで爆発することになった。
3:ミスコン前の準備
【VIPルーム 10:42】
「ただ、ひとつだけ厄介な点があってだな……」
凛太朗は、言いにくそうに続けた。
「審査項目に水着審査があるんだ……。ハイレグだし、さすがの俺でも胸はなんとかできても、股間の膨らみまではどうしようもねぇ……」
璃々花はフッと笑みを浮かべた。
「なんだ、そんなこと? それくらい、私の力でどうとでもなるわ!」
「おお! じゃあ股間を隠せるような特殊なボディスーツとかあるのか?」
「そんなものはないわ。それに、今からじゃ時間もないし、何か使えるものは……」
璃々花は辺りを見回した。
部屋の隅に、メイド喫茶の内装作りで使われた瞬間接着剤とテープが転がっているのを見ると——ふっと微笑んだ。
「なら、対策すればいいだけよ」
「いや、その”対策”ってのが怖いんだが」
「少し我慢すれば終わるわ」
「そのセリフ、信用できねぇんだよな……」
凛太朗は、部屋の隅に置かれていた道具に気づいた瞬間、嫌な予感しかしなかった。
「……ちょっと待て。それ、何に使う気だ?」
璃々花は、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。少し”整える”だけだから♡」
「整えるって何をだよ!!」
「怖がらないで……。優しくしてあげるから……」
璃々花は一歩ずつ、じりじりと近寄ってくる。
「……なぁ、ひとつ聞いていいか」
「何かしら?」
「それ、説明できる処理か?」
璃々花は一瞬だけ考え、悪戯っぽく笑った。
「コンプライアンス的に、説明できない処理ね♡」
「アウトじゃねぇか!!」
その後——ここではとても文章にできない何かが行われた。
VIPルームから、数分おきにくぐもった悲鳴が聞こえたが、文化祭の喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
そして、その間の出来事について、凛太朗は最後まで詳細を語ろうとはしなかった。
ただ一つ確かなのは、「……人生で一番長い30分だった……」ということだけである。
※本作品は健全なラブコメです。
【VIPルーム 11:12】
「……終わったわ」
璃々花が満足げに頷く。
凛太朗は、魂が抜けたような顔で呟いた。
「……俺、何か大事なものを失った気がする……」
「代わりに”完璧なシルエット”を手に入れたでしょ?」
「等価交換として釣り合ってねぇんだよ!!」
璃々花はくすりと笑いながら、凛太朗の水着姿を一瞥した。
「でも、その水着姿……完璧よ♡」
凛太朗は震える手で自分の状態を確認し——そして、固まった。
「……マジで、何も言うな」
「ええ、言わないわ。だって——」
璃々花は耳元で囁く。
「ちゃんと“女の子”になってるもの」
「やめろぉぉぉぉ!!」
凛太朗は天井を仰いだ。
「……俺の尊厳が犠牲になってる気がする」
璃々花は満足げに手を叩く。
「さぁ、ミスコン優勝、いきましょ?」
「……俺の人生、もう戻れねぇ……」
凛太朗は涙目で震えながら呟いた。
4:嵐を呼ぶコンテスト
【特設ステージ 13:00】
ミス聖百合園女学院コンテスト開幕。
水着姿の凛太朗(莉子)は、璃々花の対策(物理)のおかげで、完全に無敵の美少女としてステージに立つ。
全校生徒が、総立ちし歓声を上げる。
「天使……!!」
「完璧すぎる……!!」
そして、優勝の瞬間が近づく……!
(……これで、俺は伝説になる)
【特設ステージ 13:48】
「ミス聖百合園女学院コンテスト、優勝は……天峰莉子さん!!」
ワアアアアアアアア!!!
歓声と拍手が校庭を揺らした。
スポットライトが凛太朗を直撃する。
水着姿の凛太朗は、トロフィーを掲げて満面の笑みを浮かべた。
(やった……!! ついに、俺の美貌が頂点に……!! 女装潜入大成功!! そして伝説へ……)
その時、舞台袖から——感極まった璃々花がダダダッと駆け寄った!
「よくがんばったね!! さすがは私の凛太朗!!」
ガバッ!!
凛太朗を力の限り抱きしめる!!
「バ、バカ……!! 正体が……!!」
言葉の途中で、璃々花の豊かな胸に顔をぐいっと埋められ——
「むぐっ……!!」
声が完全に塞がれる。
観客席がざわつき始めた。
「え……?」
「凛太朗って誰?」
「璃々花さま、莉子ちゃんとそういう関係……?」
その瞬間。
璃々花が凛太朗に施した物理的対策が、時間の限界を迎えた。
さらに、璃々花の全力ハグが最後の一押しとなった。
水着には——誰が見ても女の子のものではない膨らみが現れていた。
「きゃああああああああ!!」
「な、何あれ!? 水着が……!?」
「男!? 男なの!?」
校庭が一瞬でパニックに陥った!!
(ぎゃああああああ!! 俺の人生終わったぁぁぁぁ!!)
すると——
璃々花が司会からマイクをサッと奪い、ステージ中央で凛太朗を抱えたまま仁王立ちになった。
「皆さん、驚かせてごめんなさい! ここにいる天峰莉子さん……いいえ、飛鳥凛太朗くんは——」
深呼吸して、はっきりと宣言した。
「私の婚約者です!!」
シーン……。
校庭に、死の静寂が落ちた。
次の瞬間。
「えええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
地鳴りのような絶叫が聖百合園女学院を揺らした!!
凛太朗が虚な目で、放心状態のまま呟く。
「……婚約者……?」
璃々花が耳元で囁く。
「もう逃げられないように、全部バラしちゃった♡」
凛太朗は顔面蒼白のまま、その場にへたり込んだ。
「……勝手に婚約するな……。ってか俺、社会的に死んだ……」
観客は大混乱、教師陣は卒倒寸前、写真部はシャッター切りまくり——
聖百合園女学院史上最大の伝説が、ここに爆誕した!!
5:氷川家の権力
【ステージ裏 13:58】
ミスコン終了後、凛太朗は教員たちに連れられてステージを降ろされた。
凛太朗は、絶望のどん底で独白した。
(もう終わりだ……。これで俺は女子校に潜入した変態露出狂男として、一生笑いものになるんだ……)
だが、その前に——璃々花が立ちはだかった。
「待ちなさい。彼を解放するのよ。私の命令よ」
凛太朗は虚な目のまま内心で呟いた。
(バカだなアイツ……。そんなこと言ったって、大の大人が従うわけが……)
しかし——教員たちが一斉に頭を下げた。
「仰せのままに! 氷川様、失礼いたしました!」
教員たちは、そそくさと去っていった。
凛太朗が呆然としていると、璃々花が近寄って、にっこりと笑う。
「あら、知らなかったの? 私のお祖父様はこの学園の理事長。そして、私のお父様は内閣官房参与で経営者。私に歯向かうことが、何を意味するか、分かるでしょ?」
凛太朗は膝から崩れ落ちた。
「ハハ……腰抜けた……」
璃々花が屈み込んで凛太朗と目線を合わせた。
「あなたが女装して女子校に潜入していたことは、私のお付きの者が口止めして無かったことにするから安心して? でも、私と婚約するのは、無かったことにはできないわよ?」
凛太朗は、しばらく黙っていた。
そして——フッと笑った。
「もう煮るなり焼くなり好きにしろよ。でも……俺はまだこの学園に通いたい。璃々花やみんなとバカなことやって、学園で追いかけ回される日常も……俺にとっては大事なものだから」
璃々花は、目を潤ませながら——笑った。
「わかったわ。……私と結婚してくれたら、一生お屋敷で養ってあげるのに……。でも、そんな凛太朗だからこそ好きになったのよ」
璃々花が手を差し伸べた。
「これからもよろしくね、凛太朗」
凛太朗は微笑みながら、その手を握った。
「こちらこそ……璃々花」
6:臨時全校集会
【聖百合園女学院・正門前 翌日】
文化祭の伝説のステージ後、凛太朗(莉子)の正体と、璃々花との婚約宣言は校内の話題を席巻した。
だが、璃々花の手回しによって学園の外への影響は抑えられ、凛太朗は「ただ一人の男子学生」として学園に通い続けることになった。
そして——
朝の光が、銀杏並木を金色に染める。
男子用の制服にブレザーを羽織った凛太朗は、「男子生徒」として——堂々と正門をくぐった。
(……まさか本当に通い続けられるなんてな。氷川家の権力、恐るべし……)
すると、背後からダダダッ!
「おはよう、凛太朗♡」
璃々花が腕をガシッと絡めて、ぎゅーっと密着してきた。
「今日こそ、私に全部くれる約束よね?」
凛太朗は顔を赤くしながら、横を向く。
「そんな約束したっけ? 俺の記憶では”文化祭が終わったら考える”って言っただけだぞ」
璃々花は頬を膨らませながら……
「絶対に私のこと好きって言わせてみせるから!」
凛太朗はドキッとして、一瞬立ち止まった。
「その時は俺が死ぬ時だな」
口ではそうおどけながらも——凛太朗の胸中では、複雑な思いが渦巻いていた。
(璃々花はみんなの前で俺に告白してくれたのに……俺がはっきりと返事しなくていいのか?)
二人は並んだまま、校舎へ向かう。
凛太朗は照れ臭そうに璃々花の手を握りながら——決心した。
(俺の気持ちを、絶対に璃々花に伝える……!)
【体育館】
生徒たちのざわめきが続く。
「婚約者宣言」の余波が残っている。
司会の教師がマイクを手に説明した。
「ということで、我が校に特別招待枠として、飛鳥凛太朗くんが編入することになりました。飛鳥くん、一言お願いします」
教師に促され、壇上に立つ凛太朗。
全校生徒の視線が集まった。
「この前の件で、色々と騒がせてすみません」
少しの間を開けて続けた。
「……あの人の言ったこと、全部が間違いだとは思ってません」
生徒たちの間で再びざわめきが起き、口々にひそひそと話し始めた。
「ただ——ちゃんとした返事は、まだしてなくて……」
凛太朗は、璃々花の方を見た。
「逃げずに、返事します」
壇上からでも、璃々花の顔がぼんっと蒸気が出そうなほど、真っ赤になっているのがわかった。
生徒たちの騒ぎ声はさらに大きくなった。
教師たちが制止しようとするが——なかなか収まらなかった。
【廊下】
全校集会後の休み時間。
白鳥紗耶が凛太朗に駆け寄った。
「ねぇ! 凛太朗くん! めっちゃカッコよかったよ!」
凛太朗は少しきまり悪そうに微笑んで、頭を下げた。
「紗耶ちゃん……。ずっと騙しててごめん」
紗耶はキョトンとした後、ケラケラと笑い始めた。
「別に気にしてないよー! 莉子ちゃんでも、凛太朗くんでも、同じ友達じゃん! 男とか女とか関係なくない?」
凛太朗は紗耶の底抜けの明るさに——苦笑いしつつも、心の中で温かいものを感じた。
「いや関係あるだろ普通……。でも、そう言ってくれると助かるよ」
紗耶は微笑みながら、凛太朗に近づくと耳打ちする。
「で、璃々花ちゃんに返事はもうしたの? あの子、ずっと待ってる顔してるよ?」
「まだ……。でも、今日中にはちゃんと伝えようと思ってる」
紗耶がフッと柔らかい笑みを浮かべた。
「そっか……。がんばってね、凛太朗くん!」
紗耶は凛太朗の背中をバンっと叩いて、教室へと駆けて行った。
凛太朗は少し顔を赤らめながら、心の中で決意を新たにした。
7:屋上への約束
【生徒会室】
昼休み、凛太朗は幾度となく通った、生徒会室へ向かった。
ドアを開けると、璃々花が椅子に座って書類を整理していた。
「あら、凛太朗」
璃々花が顔を上げ、微かな笑みを浮かべた。
凛太朗は黙ったまま、拳を握りしめ、意を決したように口を開いた。
「璃々花……今日の放課後に、屋上に来て欲しい。伝えたい大事なことがあるんだ」
璃々花は一瞬固まった後——耳まで赤くなった。
「わ、わかった……。ちゃんと待ってるから……。もう逃げないでね?」
凛太朗は真っ直ぐに璃々花を見据えて、はっきりと言った。
「うん。もう逃げない。ちゃんと俺の気持ちを伝えるから」
凛太朗と璃々花は、しばらく見つめ合っていた。
その光景を、一人の女子生徒がドアの隙間から眺めていた。
生徒会副会長——高瀬真理。
手には璃々花に渡すはずだった報告書が握られていた。
(会長……。それに凛太朗さんの、あの様子は……)
真理はそっとドアを閉め、音を立てずに廊下を歩き始めた。
8:真理の言葉
【階段踊り場】
放課後、凛太朗は屋上へと続く階段を登っていく。
すると、階段の踊り場に——真理が待っていた。
「真理さん……」
「会長は、もう既に屋上にいます」
真理はそれだけ言うと、凛太朗の横を通り過ぎて降りようとした。
そして、すれ違いざまに呟いた。
「会長は、強い人です……。でも、限界もあります。……あの人を選ぶなら、幸せにしないと許しませんよ」
凛太朗は頷きながら、一言だけ返した。
「……わかってる」
真理は少しだけ立ち止まって屋上の方を眺めていたが——そのまま、静かに階段を降りていった。
【回想:真理の心情】
花火大会の夜、真理は二人のキスシーンを遠くから見ていた。
あの時……真理の胸が、チクリと痛んだ。
でも——
(会長が、あんなに柔らかく笑うのを……初めて見た)
真理は、璃々花の笑顔を思い出した。
(それなら……いい。璃々花が幸せなら、それでいい)
9:告白
【屋上 夕方】
璃々花はひとりで、屋上のフェンスにもたれかかって夕陽を眺めていた。
秋の風が髪を揺らし、夕焼けが赤く照らしている。
璃々花は手すりに触れながら、心の中で呟いた。
(……もし、凛太朗に断られたら、私は……どうするのかしら)
手すりを握る手が白くなるくらい、ギュッと握りしめている。
(……待つのは慣れてるはずなのに……どうしてこんなに苦しいの)
【回想:璃々花——孤独の誕生日】
夜の生徒会室で、璃々花は一人、小さなケーキを前にしていた。
「……私、いつまでこんな仮面つけてるんだろう」
璃々花は、ケーキのロウソクを一本立てて火をつけた。
「誰か……私の本当の顔、見てくれないかな」
璃々花は、涙を流しながら——火を吹き消した。
『次に私の仮面を剥がしてくれる人が現れたら……もう全部、預けてもいい』
キィー……
屋上の扉が開く音が響いた。
璃々花が振り向くと、凛太朗が立っていた。
凛太朗は璃々花に近づき、少し距離を置いて立ち止まった。
璃々花は平静を装いながら、呟く。
「……返事、聞かせてくれるの?」
凛太朗は一歩近づいて、口を開いた。
「その前に言わせてほしい」
凛太朗はポツリと呟いた。
「俺、ずっと逃げてた。
莉子としても、凛太朗としても……どっちも中途半端で——
璃々花と正面から向き合うのが怖かった」
璃々花は黙って、凛太朗の瞳を見つめていた。
「でも——」
凛太朗は続けた。
「それでも隣にいたいと思ったのは、俺の本心だから」
璃々花の瞳が大きく見開かれる。
凛太朗がさらに一歩、間合いを詰めた。
軽く息を吸って——言った。
「俺は飛鳥凛太朗として、璃々花が好きだ。
俺と付き合ってください」
夕日の屋上に、一瞬の静寂が流れた。
柔らかな風が、二人を包んだ。
璃々花は凛太朗を見つめたまま固まっていたが——やがて、満面の笑みを浮かべた。
その目尻から、一筋の涙が溢れた。
「……遅いわよ。ずっと待ってたんだから」
璃々花は一歩近づいて、凛太朗の手を取った。
「でも、逃げなかったから許してあげる。
私の方こそ、よろしくお願いします」
凛太朗はフッと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、璃々花」
そして——璃々花の頬に手を添え、自分から唇を重ねた。
柔らかくて、少し震える——でも確かに”本当の”キス。
二人が顔を離すと、小さく笑い合った。
「これで本当に、私のものね」
「最初からそうだった気もするけどな」
二人に、秋の陽光が優しく降り注いだ。
エピローグ:新しい朝
【聖百合園女学院・正門前 数週間後】
凛太朗と璃々花は、二人で並んだまま、校舎へ向かう。
「それじゃ、来週の土曜日に私の家で、お父様・お母様と一緒に食事会ね? それと、婚約発表の会見の手配を……」
「お、おい! まだ、付き合い始めたばっかりだし……! それに、学生だし結婚はまだ……」
「あら? 私に全部くれるって約束したのは、誰だったかしら?」
すれ違いざまに、後輩たちが手を振った。
「璃々花さま!」
「凛太朗先輩!」
「お似合い〜!」
凛太朗は手を繋いだまま、璃々花を見た。
璃々花は照れながら笑っていた。
凛太朗も、小さく微笑んだ。
(璃々花……俺、きっと幸せにするから)
聖百合園女学院に、新しい伝説が生まれた。
——女装美少年と氷雪女王は、これからもずっと、追いかけっこを続けるだろう。
【完】
【おまけ】
【氷川家別邸・最上階スイートルーム 23:42】
──桜の花びらが窓の外を舞い、満月が部屋を淡く照らす。
部屋に入った瞬間、扉が閉まる音と同時に璃々花がウェディングドレス姿のまま、凛太朗を壁に押し付ける。
「……やっと、二人きり」
凛太朗はタキシード姿のまま、顔が真っ赤。
「お、おい……いきなり……!」
璃々花は涙目で微笑みながら、指で凛太朗の唇をなぞる。
「あれから5年待ったんだよ? ……もう、待てない」
凛太朗は震える手で、璃々花の頬に触れる。
「……俺も、待ってた」
凛太朗の方からキスをする。
5年前の屋上とは違う、大人の、深くて長いキス。
ドレスのファスナーを下ろす音。
タキシードのボタンが外れる音。
月明かりに照らされた二人の影が、ゆっくりと一つに重なる。
ベッドに倒れ込む瞬間、凛太朗が耳元で囁く。
「……今夜は、離さない」
璃々花が涙をこぼしながら、笑う。
「逃がさないって、約束したでしょ?」
そして、追いかけ続けた氷雪女王は、ついに、逃げない美少年を、完全に自分のものにした。
月明かりの下、二人の吐息と、桜の花びらが舞い落ちる音だけが、静かに部屋に満ちていた。
──朝まで、誰にも邪魔されなかった。
【おわり】




