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あ、もしかして人形になって学校へ一緒に行くってことか!
確認してみるとそういうことらしい。服とかの準備も大変だと思ったけど、今は服を着ている状態なので昨日みたいなことにはならないという。
うーむ、買ってくるだけならシアンに頼んだ方が楽なんだよなぁ。でも面白そうなのは一緒に学校へ行く方。
学校帰りに一緒にスーパー……ふぅふぅ、ドキドキが止まらない……。
「でも一緒に行くってことはカバンの中に入ってるってこと?」
「はい。ですが、やはり買い物だけでしたら僕一人で行ったほうが早く済むとは思います」
そうだなぁ、そこまでして買い物行かなくても食べるものはあるっちゃあるし。
ってそうだ、明日三人で買い物行く話をしてなかった。そのときにお米とか買えばいいじゃん!
「そういえば忘れてたけど、明日三人で駅前とか行ってみない? 買い物。服とか下着とか買わなきゃないからさ」
「明日ですか? しかし、僕たちのためにこれ以上のものを買っていただくわけには……」
「お金の心配はしなくていいよ。っていうか買い物はあたしが楽しいからしたいの。買い物に行かないということはあたしが退屈でつまらない明日を過ごすということなの。シアンは女二人のあたしたちが変な男に声かけられてもいいの?」
責任感の強そうなシアンの心を揺さぶるはずの強引な発言。だってごはんのこととか遠慮するんだもん、気にしなくていいのにさ。あたしに気を遣われて一緒に暮らすなんてそんなの窮屈だし、名前だって友達みたいに呼んで欲しいのに……友達いないけど。
思ったとおりというか困った顔をしているシアンに、ロゼもニヤニヤとその様子を見ている。
「主がこう言ってるのにあんたも偉くなったものよねー」
「ロゼ。そういうわけではありません」
「もういいよ、あたしが言うことより自分の正義の方が正しいんでしょ。っかー、明日は二人で買い物行こうかー!? ナンパとかされないかなー? 怖い顔の人だったらついていくしかないかも……」
あたしとロゼの二人でちょっと意地悪なことを言ってしまうと、彼はちょっとだけ視線を下げ、困ったような焦ったような顔をしている。
ほほ、恥ずかしがらせることはできなかったけど困らせることはできてしまった。と、昨日のことを忘れられないあたしである。
「申し訳ありませんでした、僕が間違っていたようです。明日の買い物にはぜひお供させてください」
「わかればいいのよ。ったくなにを意地になってるんだかわからないわー、街に出るってことはあんたがこの辺の地理を理解できるいいチャンスだって言ったじゃないの」
初めて聞いた!
でもシアンはそのとおりだと納得するばかり。女二人で街に出るっていうのも不安になったんだろうな。なんせロゼとあたしはかわいいからなー、んははは!!
そんなこんなで重たい買い物は明日することになった。今日はスーパーで買える物を買うだけ。
特に落ち込む様子でもないシアンは黙々と食事をしごちそうさまでした、と、きれいに食べ終えた食器を流しで洗っている。あたしはそんな彼を眺めながらごはんを食べてテレビに耳を傾ける。明日は晴れらしい、やったねー。
ロゼも食べ方きれいだなぁ、食べるのが好きだというだけはあるね。あたしみたいにおいしいおみそ汁があったらごはんにかけて食べる、なんてしなそうなおしとやかな様子で静かに箸を口元に運んでいる。
「ごちそうさまー、おいしかった!」
「おそまつさまでした。はい、これね」
ロゼが台所の奥から包みを持ってきてテーブルに置いた。
「これは……」
「お弁当。いるのよね?」
「あ、ああああああ……」
お弁当があるなんて言ってなかったのに。今日は何のパン買おうかなと思ってたのに。
何年ぶりだろう、お弁当箱を受け取るなんて。
お弁当箱の柄さえ覚えていないけど、その包みの中が懐かしくてちょっとだけ目の前がぼやけた。
「ありがとー!!」
「どういたしまして!」
ズシリとした重みを感じるそれを手にして玄関に置いたカバンの中にそっと収め、制服に着替えてから洗面台でもう一度身だしなみを整えた。ついでにうがい。
よーし、あとは行くだけか。置き勉してるしカバンの重さはほとんどお弁当箱の重さだ。出る前にちょっとお手洗いに行ってと……。
ウムー、もういつでも行ける。玄関でシアンが待っていてくれた。
「もう行かれますか?」
「うん。ロゼは?」
「そういえば見当たりませんね。先ほどまで洗いものをしていましたが……」
そっかー。いないものはしょうがない、朝早く起きてごはんを作ってくれたんだし、眠くなったのかもしれない。寝ていたら起こさないようにシアンに伝えたし、あとは電話はあたしの電話番号から以外は出なくていいこと、もし遅くなるようだったら電話をしたらシアンが迎えにきてくれることなどを話すと、あとは準備をするだけだ。
カバンを持って……おっと、ちょっとカバンのファスナー開いてた。閉めてっ……と。
「よし、じゃあ行くね」
「はい。お気を付けて」
シアンがバルコニーまで出てきて送り出してくれるのは嬉しいけど、なんか……もの足りない。
そう、あたしが欲しいのは「お気を付けて」ではないのだ。これから毎朝、退屈な学校へ向かうときには定番のあの言葉でなくては。
三歩進んだ足を止め振り返ると、彼はおや、という顔をする。
「別の言い方がいい。送り出すときの言葉といえば!」
「……えっ」
シアンは言われた意味を把握しようと、ちょっと思案顔。シアンだけに。
そして数秒後、ああ、と得心いったという風に彼が笑った。
「いってらっしゃい。お気を付けて」
「いってきます!」
帰ってきたらきっと「お帰りなさい」が待っている。
今度こそ、彼に見送られてあたしは学校に向かった。