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「いらっしゃい」


 待っていてくれたのか即座にドアが開けられたので、あたしはササッと部屋に滑り込むように入った。

 洋風のベッドのある部屋ってあたしと同じなんだけど、なんかいい匂いがするんだよね……同じシャンプー使ってるのにさ。慢心、環境の違いってやつ? 小ざっぱりとしているこの部屋も明日にはロゼの個性が出た素敵な部屋になるんだろうな。

 なぜか娘が嫁に行く父親のような感慨深さで部屋を見渡していたけど、なにも聞かずに待っていてくれるロゼの視線に気付き、話を聞いてほしかったんだ! と思い出す。

 ロゼはベッドに座るよう勧めてくれたので、二人でベッドに腰掛けた。


「あのね、あたし今日告白されたじゃん。振っちゃったけど」

「そうだったわね」

「でね……昨日は、あたしが告白したの。振られちゃったけど」

「……あらまあ?」

「あたし、こう見えて彼氏とかいたことなくて……こう見えてっていうか見たとおりだったらごめん。……なんていうか人と付き合うのって一生に一度でいいし、もっと言っちゃったら告白するのも一生に一度って決めてたんだ」


 ロゼは目が真ん丸になった。あたしの貞操観念に驚いたかー!?

 こちとら彼氏なんていたことないし、なんだったら好きな人見つけられなかったときは一生独りでいる気ですし‼


「リンなら引く手数多でしょうに、ずいぶんとしっかりした考えを持ってるのねえ。本人に気がなければ、ってことよねー」


 恋愛経験が豊富に見えるロゼは、やはり恋の経験はある程いいと思ってるのかな。自分の糧となることと思っているだろうし。あの美しさはやはり恋とか愛とか、そういうものからもできてると思う。


「ロゼは恋愛経験豊富?」

「もちろん、と言いたいとこなんだけど……そうでもないのよこれが。なんせ私は人形だもの、生まれてからは長いけど目が覚めるまでもまた長くて。仕えるご主人が男性のときもあれば女性のときもある。美しい人、醜い人、優しい人、憎しみすら覚える人……ぜーんぶ総合すると出会いはそうもないわけなのよ」


 そっか、あまりにも人間らしくて忘れてたけど彼女は人形で、人間と同じような恋愛ができるのかはわからなかった。あたしのときみたく女の人に仕える場合ももちろんあったんだね。そうなると……どうしたら主になる人が代わるんだろうとか目覚めるまでの間ってどれくらいあるんだろうとか、疑問が思い浮かんだ。


「それでリンは、その人のことが諦められないって話かしら?」

「ううん違うの。あたし、なんで告白したんだろう……って後悔してる。ほんとに今でもわからない、好きだったのか。昨日の記憶がすごく曖昧なの。おかしいよね?」


 ロゼの顔がハッとしたように目を見開いたあと、深刻な顔になった。


「そう……うーん。なるほどねぇ……」

「やっぱおかしいと思う? 振られたらあっさり興味失くすとか切り替え早すぎて遊び人みたいじゃん。あたしそういう人嫌いなのにさ、自分がそうなのって思って」

「ハッキリとはわからないことを言って申し訳ないのだけど、リンのせいではないことかもしれない。ほかに原因がある……ということ」

「え、どゆこと? あたしおかしくないってこと?」

「ええ。それに理由がなくてもおかしいことではないわよ。リンは告白するってことに特別な感情を持っていたんでしょう? 一生に一度、それも成功することが前提っていう」

「うん……」

「それが想定外に覆されたんだもの。切り替えが早いんじゃなくて、逆に不測の事態に切り替えられないってことだとしてもおかしくないのよ。想像してた結果が出なかったから、相手のことを思うより自分のこれからのことを考えてしまうとかね」

「そ……っかぁ……」


 それにしたってどこが好きだったとか全く思い出せないんだよね、先輩。優しそーと思ったことはあった気がするけど……印象がないっていうか。でもこれって振られた者の妬みっぽい? 付き合うことになったらどうなってたんだろう……想像してもはわわわー! みたいな気持ちにならない。ほんとにわかんないことばっか。


「でもまあ、原因はほかにあると思うわよ。気になるのはそこねぇ」

「うぅ……原因はほかにあるんかい! あたしはどういう気持ちでいればいいんじゃあ……」

「ふふ、今日は考えることないわよ。明日のお買い物を楽しみにしてればいいの……あとはゆっくりお休みなさいな」

「んー。でも眠くないよー」

「大丈夫……」


 あたしの額にひんやりとしたロゼの指先が当たって、ふわりといい匂いがした気がした。触れた指先からモヤモヤとしたものが頭の中に入ってくるイメージ、は、寝る直前の、意識が……落ちそうなときに似て………………。


「おやすみなさい、楽しい明日になりますように」


 ――――あたしは夢を見た。夢を見ているという実感がある。

 ここは駅前にあるショッピングモールの下着売り場で、あたしの目の前にはシアンがいた。

 下着売り場にシアンって欲望に忠実過ぎる夢やないか! しかもこの場にロゼはいないときた。きっとシアンとのあれこれが頭の中にずっとあって、それをスッキリするための夢なのではないでしょうか……?


 ということはあれだね、接待的な感じを期待していいんだね? 乙女ゲーのようなロマンティックな出来事があたしの釈然としない欲と悩みを解決してくれる。そんな心地よい夢があたしを癒してくれる。

 こう頭の中で繰り返すことによって今まであたしは夢の中で空も飛べたのです。たまーに願ったことはできず思い通りにならないこともあったけど基本的には強く思ったもん勝ちよ。

 シアン 下着 赤面。検索をクリックしそうなワードをあたしはじっと心の中で繰り返していた。


「それで、今日は……凜様がお買いになりたいものというのは」

「んー言いにくいんだけどねぇーん、ブラジャー! なんか……大きくなっちゃったのかなぁ? きついんだよね……」


 まぁ現実では特に胸は大きくなってないんだけど、夢なんだからこう言ってりゃ大きくなんだろおい! なってお願い……せめて夢の中では。


「は。下着……ということで」

「うん」


 ぐへへぇ。シアンは耐えられるのかな、女子高生がブラを胸に当ててる姿とかさ! どういう反応するの? 赤面? 拒絶? もしかして……は・な・ぢ?

 もしかしてセクハラってこういうことを言うのかなぁ。でもシアンは嫌がってないはず……って勘違いがセクハラを生んでいることもありうる? でもこれ夢だからね、よかったー。


「凛様は肌が白いので、こういう色のものが似合うのでは」


 言いながら陳列している中のブラジャーを一つ手に取り、あたしの胸の上にそっと当てるシアンさん。手は胸に触れてないけど……おぉん!? 思ってた反応と違うぅー!


「や、ちょっと……」

「見た限りですがサイズも問題ないようですね」

「見たの? 限ったの?」


 ねーねー、ちょっと思っていた雰囲気の夢ではないですよ……恥じらい美男子微妙に鼻血は? なんで普通に話してるの!

 ここはあたしの胸に触れたことに気付いたシアンが


『す、すみません……! なんということを!(赤面』

『誰にも触られたことなかったのに……シアンのエッチー』

『かくなる上は僕の命に換えまして……』


 そう言ってどこからか出したナイフを手に取って――――って違う違う! どういう展開にしたらいいんだこの夢はー!


 あたしの妄想はマンガやゲームが元になってるはずなんだけど、そういえば攻略キャラの上半身裸な姿を見て恥ずかしがったりするイベントはあっても、主人公の下着を一緒に選ぶキャラはいなかった気がする。ということはあたし的にこのシチュエーションの理想的なお手本はない。

 ……思ったんだけど、一緒に下着売り場に男の人が入って来るのってあたし的に好ましくないかも。となるとこの夢で癒されるどころか、いやいやいやシアンさん……って気持ちになるのか!

 いや、これは夢だからいいけど明日は!?

 シアンを恥ずかしがらせる作戦、これじゃできないじゃん……なぜならあたしが男の人に下着を選んでもらうシチュエーションに萌えることはないと気付いたから!


 どうなる明日の買い物!!

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