第40話 もともとはアメリアのことが
王子の私室で私は考えていた。私の無実が証明されれば、この国から逃げて暮らす必要もなくなるのに⋯⋯。アメリアが、王妃の食事に毒を混ぜた犯人でないと証明できれば……。
私は一縷の望みを託して、王子に事件の話をしてみることにした。一歩間違えば、私の正体が判明してしまう危険極まりない行為なのだが、最後の最後、お別れの前にどうしても話したかったのだ。
「アレクシオ王子、アメリア様の事件について、お話しさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「今、誰と言いましたか?」
アメリアという名前を聞いたからだろう、アレクシオ王子の顔が途端に曇った。目を細め、歯を噛み締めている。よほど聞きたくなかった名前のようだ⋯⋯。
王子の顔を見て、逆にこれだけ誤解されているなら話さずにはいられないと感じた私は、危険を承知で構わず続けた。
「アメリア様は無実だと思います!」
「アリアさん、いったい何を言っているのですか」
王子は下唇をかみ、明らかに不快な顔をしている。
「アメリアが無実だなんてありえません。あの女は、アリアさんとはまったく似ても似つかない性根の腐った女です。アリアさんとは真逆な性格の酷い女なのです」
この言葉の様子だと、何を言っても無駄かもしれない⋯⋯。女性にチヤホヤされながら育ってきた王子に、女を見る目などまったく持ち合わせていないのだろうか。けれど、言うべきことは言っておかないと⋯⋯。
「アメリア様は犯人ではありません。毒を入れた犯人の履いていた靴の色が違うのです。それにアメリア様のドレスも、同じものが二着作られていたのです」
王子は首を傾げた。じっと黙りながら私を見つめている。もしかして⋯⋯、私の正体に気付いたのだろうか⋯⋯。ヒヤヒヤしながら王子の次の言葉を待った。
「もし、それが本当なら……」
王子の口から出てきた言葉は、私の想像を良い意味で裏切ってくれた。
「もし、万が一、それが本当なら⋯⋯、アメリアは犯人でないのかもしれない⋯⋯」
「本当のことです。もう一度しっかり調べてください」
「……」
「アメリア様は王子のことが大好きだったのですよ。ご存知でしたか?」
「はい……」
「その大好きな王子との婚約話をまとめてくれたのがミランダ王妃です。そんな自分の味方である王妃を殺そうとするなど、どう考えてもおかしな話だと思いませんか?」
「……わかりました。アリアさんがそこまで言うのでしたら、事件についてもう一度調べてみます」
王子の言葉にホッとしたが、話しはじめるとまだまだ言い足りない気持ちになってしまった。
「どうして王子は、アメリア様が犯人だと決めつけてしまわれたのですか? どうして彼女のことを信じてあげられなかったのですか?」
すると王子はこんな言葉を口にした。
「もともと私も、アメリアのことは好きだったのです」
「え?」
アレクシオ王子が私のことを好きだった? そんな態度、今まで一切見せなかったのに。
「だから私は、王妃からの婚約話を承諾したのです。もし嫌いな相手であれば、王妃がなんと言おうが婚約などしません」
「でしたら、どうして婚約破棄などしたのですか?」
「アメリアと婚約した後、私のもとに多くの情報が入ってきました。そのほとんどが⋯⋯、いや、すべてがアメリアについての悪い情報でした」
「……」
「アメリアには裏の顔があり、気に入らない女性にはひどいいじめを繰り返していたのです」
「例えば誰をいじめていたのでしょうか?」
「一番ひどいいじめを受けたのは、聖女セレナです。おかげでセレナは、心に深い傷を負ってしまいました」
「本当にセレナ様は、いじめを受けていたのでしょうか?」
「はい、聞くに堪えない陰湿ないじめの証言がたくさんあります」
「でしたらその証言も、もう一度お調べになってください」
「⋯⋯証言が嘘だというのですか?」
「はい」
「そんなはずありません」
「そんなはず、あるのです! ご自分の目で、しっかりと調べてみてください!」
アレクシオ王子は私の勢いに押されたのか、目を見開き口を半開きにしながらこちらを見つめていた。私はもう一度言葉を畳み掛けようとしたが、その前に王子の口が開いた。
「⋯⋯分かりました。アリアさんがそこまで言うのなら、これについてもしっかりと調べてみましょう」
そして王子は、私を見つめながらこんなことを言ってきた。
「……もうあのネックレスは、つけてくれていないのですね」
王家秘宝のネックレスは、レイに渡してしまった……。もちろんそんなことを言えるはずがない。それにしても、あのルビーはどこにいってしまったのだろう。まだ、レイの殺害現場から発見されていないようだ。もしかすると、犯人が持ち去ったのだろうか……。
私がそう考えている間も、王子はじっと私を見続けている。こんな話をしたので、やはり私がアメリアだと気づいたのでは……。逃げられるようにと周囲を確認したが、ここは王子の私室。ドアは王子の背にあり、そこまで辿り着くにはかなりの幸運が必要そうに思える。
王子がまっすぐ前に進み、私に近づいてきた。捕らえられるのを覚悟して、目をつぶり体を硬直させていると、そっと私の身体に腕が触れてきた。王子の腕が私を引き寄せ、私は抱きしめられている⋯⋯。
王子に抱きしめられているときでも、私の頭にロマンティックな感情は一つも湧いてこなかった。おそらく王子は私がアメリアだと気付いていない⋯⋯。ただただ私はそれだけを安堵していたのだ。けれど、王子にじっと見つめられていると気持ちも変わってきた。あんなにアメリアのことが嫌いだった王子は、アリアのことが大好きなのだから⋯⋯。また私にキスをするつもりなの……。抱きしめられた私は、王子の顔を見つめ返した。けれど、結局それ以上のことは何も起きなかった。王子は何もせず、そっと私の身体を引き離したのだった。
「会えて嬉しかった。でも、もうこれ以上アリアさんを私の呪いに巻き込むわけにはいかない……。もう、これでさよならしなければ⋯⋯」
私の命を危険にさらさないために、王子は私との関係を絶とうとしている。正体がアメリアの私は、王子と結ばれる道などはじめから無かったのだから、王子の希望通りここで別れる道が正解に違いない⋯⋯。だったら、明るくお別れしよう……。そう思った私は、敢えて笑顔を見せながら軽い調子でこう言った。
「では王子……、万が一今日のおまじないが効いたなら、またお会いしましょうね」
そう言って私は、王子の横をすり抜け、出口のドアへと向かった。後ろを振り向かずドアノブに手をかけた。
それにしても……。王子の、先ほどの言葉が頭から離れない。
『もともと私も、アメリアのことは好きだったのです』
だったら、どうしてこんなことになってしまったの……。死刑を免れるため、好きな人とも一緒になれず、ただ逃げ回るだけの人生だなんて……。
部屋を出ると、不覚にも涙が溢れてきた。けれど、涙は必死でこらえるしかなかった。
老けメイクを落とすわけにはいかなかったから……。




