第27話 王子の気持ち
次の日の朝。
いつものように、さっと目玉焼きを作り、黒パンと牛乳を小さなテーブルに並べた。そして、普段と変わらないまま、ゼノンと私は向かい合って座り、朝食をとった。ただ、夜中の出来事があったおかげで、どことなく気まずい空気が流れていた。
昨日のゼノンの言葉が頭から離れない。
『あんな王子のことは忘れて、僕と一緒に逃げましょう』
確かにあんなバカ王子とは、一刻も早く縁を切りたかった。それにもう私は、逃げることしかできないのだし。このままネリ公国で、ゼノンと一緒に暮らすのもいいかもしれない。そんな気もした。
けれど……、ゼノンはまだ十七歳……。これって日本なら、犯罪だよね……。
ふと見ると、ゼノンが普段よりもゆっくり食べている。あれ程の早食いなのに……。
「どうしたの、魔法学校に遅れるわよ」
「もう学校へは行きません」
ゼノンは、しっかりとした声で答えた。
「昨日の夜に話したことは、本気ですので」
「……分かったわ。でも、今日は学校へ行って」
「どうしてですか?」
「今日中に返事をするから。ゼノンと二人でネリ公国に行くかどうか、あなたが魔法学校から帰ってきたら返事をします。一人でちゃんと考えて答えを出すので、今日は学校へ行ってほしい」
「……わかりました」
そう言うと、ゼノンは渋々ながらに魔法学校へと出かけていった。
ゼノンには今から考えるなんて言ったけれど、実はもう、私の中で答えは出ていた。昨日寝ずに考えた結論はこうだった。
魔法学校を首席で卒業したなら、魔法界ではかなりの地位が約束されることになる。そんな将来有望なゼノンの人生を狂わすわけにはいかない。しかも彼はまだ十七歳。これからいろいろな女性を好きになっていくはず……。
ゼノンが学校へ行っている間に、私は一人でネリ公国へ逃げる……。母の友人であるミレーヌ聖女なら、私を助けてくれるかもしれない。お金なら、アレクシオ王子からもらったルビーを売れば当分の間は困らないはずだ。いや、一生困らない額で売れるだろう……。
あんなネックレス、一刻も早く手放したいし……。そんなことを考えながら、荷物を整理し始めた時だった。玄関の呼び鈴が鳴った。
窓からそっと外を覗くと、家の前には思いもよらない人物が立っていた。そこにいたのは、宮廷料理人の白いコック服を着たイザベラだった。
あんな女、無視しようかと思った。けれど、わざわざ仕事を抜け出して来ているようなので、何か余程のことなのかもしれない。
玄関のドアを開け、私は顔だけを出した。
「どうしたの?」
「アリア様に謝りたかったのです」
「そんなこと、いいわよ」
「いえ、アリア様は誤解されているのです」
「どういうこと?」
「昨日の話は、すべてウソなのです。すべて作り話なのです」
「ウソ?」
「私は王子に見初められてなどおりません。昨日のことは、お願いされて話を合わせただけなのです」
なんだか簡単な話ではないようだったので、私はイザベラを家の中へ招き入れた。先ほどゼノンと一緒に朝食をとった小さなテーブルにイザベラと向かい合って座ると、彼女は思いもよらないことを告白してきた。
彼女の話によると、昨日アレクシオ王子が私に言ったこと、夜の部屋で王子とイザベラが二人きりで過ごしたことや、その結果、王子がイザベラを好きになったことなど、すべてが嘘だと言うのだ。
「そんなこと……、どうして……」
私の頭は混乱し、何が何だかわからなくなってしまった。一昨日までは、私の作っただし巻き卵をあんなに美味しいと喜んでくれた王子が、一日経った昨日、態度を急変させ、作り話をしてまで私と別れたいと言い出した。よほど私と別れたい何かがあったのか。もしかして私の正体を知ってしまったのだろうか? でも、私がアメリアだと分かったのなら、その場で捕らえられていたはずだ。
「けれど結局のところ王子は、私と縁を切るために、わざわざイザベラさんまで利用したってことなのね」
「その通りですが……」
イザベラは話を続けた。
「これにはきっと、何か深い事情があります。王子はアリア様と別れたくないのに、とんでもない事情で無理に別れようとしているのです」
「どうしてそう思うの?」
「一昨日の夜、私は確かにアレクシオ王子の部屋に呼ばれました。ただ、その部屋には王子だけではなく、ミランダ王妃までおられたのです」
「……」
「そんな席で王子は、私に恋人のふりをしてほしいと話を持ちかけてきたのです」
一瞬、イザベラこそが全くデタラメな話をしているのかと思ったが、彼女の真剣な顔つきを見ていると、真実を話しているに違いないと思えた。
「あの夜、王子の横ではミランダ王妃が涙を流しながら私にこう言いました。『イザベラさん、あなたに迷惑をかけることは一切ないようにします。ですので勝手なお願いなのですが私たちに協力してください』と」
王妃がアレクシオ王子の部屋にいたのは、イザベラと王子が二人きりにならないようにとの配慮もあったのだろう。けれど、それならわざわざ王妃でなくても、補佐官のシビルを同席させればいい。それができなかったというのは、よほどこの話が極秘だということなのだろうか。
イザベラは、王妃とアレクシオ王子のヒソヒソ話が、漏れ聞こえたと言う。その会話は、こんな内容だったらしい。
『アレクシオ、どうにもならないことなのね』
『はい。私のために、アリアさんを死なすわけにはいきませんから』
私を死なすわけにはいかない?
私が死ぬということは、アメリアとして死刑になるということなのだろうか……。でもそれなら……。
王妃は、毒を盛られた本人だ。もし私がアメリアだと知ったのなら、王妃は私を見逃すはずなどない。それに、アレクシオ王子は『私のために、死なすわけにはいかない』と言ってる。私が死ぬとしたら、王子に何らかの原因があるということ? よくわからない……。
答えが出ないままでいると、イザベラが申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「すみません、もう調理場に戻らないといけません」
「そうだったわね。それにしてもよく私の住んでいる場所が分かったわね」
「はい、補佐官のシビルさんに教えてもらいました」
「シビル?」
「あの人、私に気があるみたいで、まとわりついて迷惑していたのですが、今日はそれが役立ちました」
あの男……。私以外にイザベラにも……。
「シビルには、気をつけたほうがいいわよ」
私はため息をついた。
「あの人、私にも言い寄ってきたのよ」
「承知しています」
イザベラはそう言って笑顔を見せると、慌てて玄関へと向かった。そんな彼女に、私はもう一度声をかけた。
「どうして秘密にしなければならない話を、私に話してくれたの?」
イザベラは振り向いてこう答えた。
「友だちですから」
そう言い残し、彼女は慌てて王宮へと戻って行った。




