第十四話 蛇の嫁と玉垣神社
大きな鳥居の前に、左足にギプスをはめ松葉杖をついた少女が立っていた。ゆかりよりも少し年下くらい、高校生だろうか。セーラー服に薄手のカーディガンを羽織り、白い動物キャラクターと思われる小さなぬいぐるみと――お守りが、肩に掛けられたバッグに付いている。
少女はこちらに気付くと手を振った。
「ふぶっちー、お陽菜ー、おかえりー」
表情がぱっと明るくなった陽菜はゆかりの手を離し駆け寄った。
「コハル! かえったか!」
そのまま飛びつくか、と思われたが、寸前でぴたりと止まり、ゆっくりしがみつく。いつもなら勢いよく飛びついているだろうことは想像に難くない。
少女は尻尾が嬉しそうに揺れる陽菜の頭を撫でていたが、吹雪丸に連れられたゆかりとの距離が近くなると、
「あっ、初めまして、こんなところでこんなカッコですみません」
会釈した。
「玉垣小春です。この、玉垣神社の宮司の孫で」
「え、と、梛木、ゆかりと申します」
軽く頭を下げながら、ゆかりは少し安心した。玉垣と名乗られ、一瞬狐ではないかと思ってしまったのである。小春が整った顔立ちをしている――そういえば、吹雪丸に目元が少し似ている――せいもあるし、吹雪丸や陽菜が現代の人間のようななりをしているので、同類なのではないかとつい疑ってしまったが、ちゃんと(?)人間のようだ。
進み出た吹雪丸が小春からバッグを受け取る。
「おかえり小春。どのくらい待ってた? 無理すると治りが遅くなるって言われたばかりだろう」
「全然待ってないよ、ほんと、ちょうどバス着いたとこ。こっち来るの見えたからさ、一番最初に御礼が言いたくて。梛木さん、でしたっけ。お祭り、手伝ってもらえるんですよね。ありがとうございます、ほんっと助かります!」
「いえ、そんな、たいしたことはできないと思いますけど」
「だいじょぶです袴着て冷やし甘酒出すだけなんで! 舞台で歌ったり踊ったりとかは、うちの母と姉たちといとこがやるんで!」
吹雪丸が、呆れた顔になった。
「今回は怪我してるから仕方がないけど、いい加減ちゃんと舞えるようになりなよ小春。何年玉垣の娘をやっているんだ」
「しょうがないじゃん向き不向きがあるんだからさぁ。どうせ神社だって後継ぐのお兄ちゃんじゃん。ねー?」
いきなり同意を求められたが、ゆかりは曖昧な返事をしながらぎこちなく愛想笑いするしかない。人懐こい明るい性格のようだ。
「あっ、そうだ。ねぇ、梛木さん」
「はい?」
松葉杖を器用に操りながら、小春はずいっと詰め寄る。
「これからうちに行くけどさぁ。お兄ちゃんに気を付けて!」
「は?」
「我が兄のことながらちょっとこう言うのアレなんだけど、ふぶっちに負けないくらいタラシだから!」
ゆかりは――眉をひそめて、隣のふぶっちを見た。
「大丈夫なの? 玉垣神社」
「言っておくけどうちの子たちは神に仕える者としては優秀だよ。小春は舞が下手だけど」
視線をどこか遠くに向けている。小春の暴露のダメージが入っているらしい。しかし今更だ。
「いやそもそも吹雪さんがさぁ」
小春が愉快そうに笑った。
「あっはははは、そっか、神様のふぶっちに落ちてないならだいじょぶそうだ! 頼もしいなぁ~!」
吹雪丸も笑ってはいるが苦笑いだ。
「さて、こんなところで立ち話している場合じゃない。陽菜、おいで、小春の杖の邪魔になる」
陽菜を軽々抱き上げゆっくり歩き始める後ろ姿を見ながら、ゆかりは意外と真面目だな、などと思っていた。もっとも、責任感がないと土地神なんて務まらないのだろうが。
それが顔に出ていたか、
「あれでもわりとちゃんとしてる神様だよ、玉垣狐の吹雪丸様は」
小春が並んでにんまりする。
「玉垣の人たちも護られてはいる――ふぶっちの加護を受けてはいるから基本影響出ないはずらしいんだけどさ、たま~にガチ恋勢が出てきちゃうんだよねぇ。ふぶっちってほら、化けるとあのツラだし、玉垣のみんなには等しく優しいから」
もう何度もエンに会いに来ているのを見ているし、そのたびにナチュラルに口説かれているので玉垣吹雪丸とはこういう存在なのだとゆかりは慣れてしまったが、確かに初対面のときは「美しい」と感じた。そんなのに優しくされれば、コロッといってしまう者も出るだろう。
「あぁ~、なるほど~」
「梛木さんにお手伝い頼もうって言い出したのふぶっちなんだよ。よその神様のお嫁さんだから、そういう影響は受けないだろうって」
「……へぇ」
エンのいない場で粉をかけやすくするためではなかったのか。ゆかりは少し、本当にほんの少しだけ、感心した。同時に、先ほど吹雪丸が言っていた「うちの子たちは優秀」と言っていた意味にも納得する。この小春という少女も、跡取りではないようだが祭神・玉垣吹雪丸を祀る社の者という自覚がちゃんとある。
(やっぱり、うちと全然違うや)
だからこそ玉垣神社は大きいし、玉垣市も栄えているのだろう、と思う。
自分は、エンとミナギを祀る者として、やっていけるのだろうか?
スタートが遅すぎたとしても。
「梛木さん、どしたの?」
呼び掛けられて、はっとする。
「あ、や、なんでも、ないです」
「何かあったら言ってね。あたしの代わりに甘酒出しやってくれるんだから、サポートはちゃんとするよ!」
小春はやる気に満ちていた。明るく元気で可愛い。きっと玉垣神社の看板娘のような立ち位置なのだろう――そんな彼女の代わりを自分が?
「だいじょぶ! ほんとに冷たい甘酒配るだけだから! ただ午前中結構多いだけで! でも三時前には終わるから!」
「はあ」
スーパーのレジ打ちのアルバイトという接客を長くやってきたから、正直そっち方面の不安はあまりない。
「ちょっと! ちょっっっと、人多いけどね!」
「が、がんばります」
いや、やっぱり不安だ。接客自体は慣れてはいるが、人が多いのは慣れていても大変なのだ。
大きな神社だから、というわけでもなさそうだが、玉垣神社の社務所もなかなか大きい。広い部屋の片隅に低い長机が二つ等号のように並べられ、そこには浅葱色の袴を穿いた若い男女が四人、一生懸命何かを筆で書いており、その横の大きな紫檀のテーブルを囲むのは、恐らく小春の父・姉・姉・母・兄・姉そして祖父母と、姉の夫とおぼしき男が二人、それぞれ色は違うがやっぱり袴姿で座って書類を前に話し合いを繰り広げており、その周囲を幼稚園から小学校低学年ほどと思われる子どもが四人、はしゃいで走り回っている。
大所帯だ、とゆかりは思った。
「えーと、こっちのテーブルの、あれがおじいちゃん、ここの宮司で、その隣が父、あれが母で、お姉ちゃんたちと…………家族です! あとあっちの絶賛作業中なのはふぶっちの一族!」
「小春、うちの一族はいいからせめて自分の家族くらいは諦めないでちゃんと紹介してあげなさい。ケイ、ただいま。連れてきたよ」
吹雪丸が声をかけると白髪混じりの髪をラフに後ろへ流したしゃっきりとした背の高そうな年配の男が振り返った。
「おかえり吹雪丸、陽菜。ああ、そちらが巳埜谷の」
立ち上がり、ゆかりに向かってゆっくり、頭を下げる。
「初めまして。玉垣神社宮司の玉垣桂と申します」
「梛木ゆかりです、よろしくお願いします」
「ミドリ様の斎主なのによその神の祭りなんて手伝わせてしまって申し訳ない」
「いえ、私も興味があったんで…………エ……うちの神様、知ってるんですか?」
「この道楽息子が幼い頃から世話になっていると聞いていますからね。ご挨拶に伺ったことが」
にこ、と笑うその笑顔はやわらかな印象だが、言葉に遠慮がない。永縄の那木束早といい、相手が神とはいえ距離が近いとこうなるものなのだろうか。ゆかりもエンやミナギに対して気安く接してしまっているが。
「まあまあまあまあ座って座って! 喉渇いたでしょ! 今冷たいもの持ってきますからね! あ、小春の母ですどうぞよろしくお願いしますねぇ!」
小柄な女性が席を立つと、自分が座っていたスペースへゆかりを誘導していく。勢いのよさに困惑しながら、ゆかりは持っていた紙袋を差し出した、
「あ、あの、これ、よかったら、皆さんで」
「あら! わざわざどうも~! あらあら! 松実堂の! あら~嬉しい! おいしいのよねぇここのお菓子! あっ、心配しないで下さいね、バイトといっても本っ当に簡単なことですからね!」
「あっ、はい、小春さんからちょっと聞いてます」
「あら! そうなの~? じゃあだいじょぶそうかな! お兄ちゃん、しっかり詳しく説明してあげてね!」
小春の母が座っていただろうスペースの横の青年が、はぁい、と返事をして振り返り、立っているゆかりを見上げた。
「どうぞ」
顔立ちが、人間に化けている吹雪丸によく似ている。小春も似ているが、それ以上だ。
思わず言葉も返せぬまま吹雪丸と交互に見ると、青年があはは、と笑った。
「似てるとはよく言われるけど、双子じゃないから。俺のが背ぇ高いし」
よく喋るが笑うときは静かな吹雪丸とは違い、顔にも声にもはっきり出るタイプのようだ。
「似ていて当たり前だよ。私たち玉垣狐はこの家の者を模して化けているんだから」
抱っこしていた陽菜を下ろすと吹雪丸の姿が純白の浄衣に変わった。神様らしく、やわらかな光に包まれているように見える。
「シュウはここ何代かの中で一番初代に近いそうだよ。私が生まれる何百年も昔の話だから私にはわからないけれど、父上も伯母上も言っているから本当なんだろうね」
「兄上何やってるんですか早くこっち手伝って下さい!」
長机ゾーンからとんできた怒声に、吹雪丸は気まずそうな顔をして、袴にしがみついていた陽菜の頭を撫でた。
「仕事してくるからゆかりと一緒にいなさい。ゆかり、ちょっと陽菜を頼むよ。小春は制服皺になるから着替えてきなさい」
「えっ、ちょっ……私もこれからやること説明してもらうんですけど!?」
シュウと呼ばれていた青年は、また声を上げて笑う。
「ま、とりあえず座って。陽菜、おいで」
「シューイチローよりゆかりがいい」
陽菜がゆかりに駆け寄り両手でゆかりの左手を握る。本当に、かなり、気に入られているな――ゆかりはちょっと嬉しくなる。知らない人だらけの空間でよく慣れた陽菜が傍にいてくれるというのもありがたい。
「じゃあ、陽菜ちゃんに一緒にいてもらおうかな」
「うん!」
「失礼します」
腰を下ろすと、さっそく隣の青年はテーブルの上にあった書類を数枚、手元に寄せた。
「俺は、玉垣柊一郎。玉垣神社の禰宜です。一応甘酒配布所の責任者。よろしくお願いします」
「ネギ」
「あ、えぇとね、神職の階位ね、野菜じゃなくて。まぁこれは覚えなくてもいいから気にしないで。うちではお祭りのときと年末年始で甘酒配っててさ。冬はあったかいので今の時期は冷たいのなんだ。後で味見させたげるね滅茶苦茶うめーから」
「年末年始」
「初詣に来た人たちにね。真夜中に寒い中来てくれてるから」
「へぇ……寒くないこんな時期にも出すんですね。しかも冷たいの」
柊一郎の表情が変わった。よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりの輝きを放つ。
「参道通ってきたんだよね? 通りの裏手に、晴峰酒造っていういつもお酒を奉納してくれてる長~い付き合いの古い酒蔵があんの。昔からそこの酒粕とか麹使った甘酒を配ってたらしいんだけど、五年くらい前に玉垣神社とのコラボ商品作りたいねって話が出て、期間限定商品で出してるんだ。ほら、甘酒って不定期にSNSでちょっと話題になったりするっしょ、飲む点滴とかいって。麹のやつなら子どもも飲めるし」
「あー」
察するに、その商品開発に関わったのだろう。事情を説明するようでいて、プレゼンしているようにも聞こえる。
「だからその宣伝も兼ねてね。……ってのもあるけど、これから暑くなるからさ、みんな健やかでいてくれますようにっていうのと、『来てくれてありがとう』って意味もある」
ゆかりは唸った。さすがはそこそこの町のそこそこ大きな神社。しかもこのようにデキる跡取り息子がいる。これなら少なくとも数十年は安定して存続できるだろう。
「やっぱ、全然違うなぁ……うちじゃそんなの全然できない……」
「俺は行ったことないけど、巳埜谷のお社ってそんなに小さいの?」
「ちっちゃくてショボいですね。きれいにはしてあるけど」
「ショボい、て」
柊一郎はけらけら笑う。小春と兄妹だけある。明るい。
「事実そうかもしんないけどミドリ様に失礼だよ」
「あ、えぇと…………うん、はい」
そういえば、彼の祖父もエンのことは『ミドリ様』と呼んでいた。本当は巳埜谷町の土地神はアオでもミドリでもエンでもなくミナギヒメなのだが、代理とはいえ約二百年もそういう扱いになっているのだから、今いる外の人間からしてみれば巳埜谷の土地神は『ミドリ様』なのだ。しかしよそからしてみればそんな内々の事情は関係ないのだし、説明する必要もないかと思い直す。
「まぁそれは置いといて」
切り替えて、トートバッグから電車に乗る前に駅前のコンビニで買った小さなサイズのノートとボールペンを取り出す。
「本題を」
「あ、そうね。んじゃ、当日やること説明してくね」
打ち合わせが終わったのは、日が落ちた頃だった。実際のところ、ゆかりが当日やるべきことの説明はさほど長くはなかったのだが、話し好きの玉垣家の面々の雑談に付き合っているうちにどんどん時間が過ぎていたのである。
帰る前に少しだけ境内を見て回りたいとゆかりが言うと、柊一郎が案内を申し出てきた。小春がタラシと言っていたので少し警戒していたものの、暇を持て余した陽菜が一緒に行きたがったのでそうしてもらうことにした。これなら安心だろう。
「理解が早くて助かりましたわ」
柊一郎はほっとしていたようだった。
朝七時に社務所前に集合。その後イベントテントを組み立て、冷ました甘酒の入った大鍋や氷、長机、紙コップ等必要な道具をテント下に運んでから、社務所に戻って緋袴に着替え、配布所に戻って最終確認と準備をし、十時から配布開始。甘酒がなくなったら、もしくは十五時に終了、片付けをして、十七時に解散。お昼休憩と昼食の弁当有、日給一万円。
本当に、手伝い内容自体は難しくない。
ゆかりは、はぁ、まぁ、と答えた。
「スーパーのバイトでも似たようなことやってたんで。福引きイベントとか、店の入り口近くにテント立てたりして」
「そっか、そういうのやってたなら慣れてるか。じゃあ頼りにしちゃお」
「いや多少は勝手が違うと思うんでそんなに頼られても」
「冗談だよ。逆に何かあったら頼って下さいな。現場じゃ使えないけど一応小春も居させとくし、祝詞上げ終わったら俺もやるから」
柊一郎は気さくで優しい。しかも吹雪丸そっくりの整った目鼻立ちである。いや、吹雪丸曰く「この家の者を模して化けている」そうだから、この場合は吹雪丸が柊一郎に似ているのか。
モテるんだろうな、とゆかりは思う。土地神である吹雪丸に「ガチ恋勢」ができてしまうくらいなのだから、「神様」よりももっと親しみやすい「神主さん」なら尚のことだろう――それが、タラシと言われている理由になっているのではないだろうか。
などと、考えていると、陽菜がゆかりの手を引いた。池を指さす。
「このいけのぬしはなー、アケミってなまえでなー、ヒナととしがいっしょ! ほら! あのでっかいの!」
「へぇ~……わっ、マジだでっか。きれいな赤だね」
「ほめるとつけあがるからいわないほうがいい」
「仲いいの?」
「アケミはおしゃべりがながい。あとなー、あのきんいろのやつはなー、カナコ。アケミのらいばる。おたがいびをきそってるってサラサがゆってた。サラサはタマミのしんゆう。タマミはカゲチカのつまだけどカゲチカはうわきしてる」
「この池そんなドラマチックなの」
鮮やかな錦鯉たちがゆったり泳ぐ大きなひょうたん型の池に、朱色の美しい欄干の橋。ほとりには柳の木。奥には本殿の脇が見え、灯りがついていてきらきらしている。
「きれいですね、ここ」
柊一郎の小さく笑う声が聞こえた。見ていないが、この声色はきっと苦笑いだ。
「維持管理費かけてるからねぇ~。玉垣狐のみんなも掃除とか手伝ってくれてるけど」
「あぁ~。でしょうねぇ~」
「寄進や奉賛――あ、寄付みたいなものね――そういうの、あるし、本殿や神楽殿も市の文化財だから補助受けられるっていっても、やっぱりこれだけ大きいとそれだけじゃきつくてさ。だから町のみんなと協力してんの。観光地化して、売れそうなもの考えて、作って、SNSで発信して。神様を商売のダシにしてる、なんて言う人もいるけど、実際死活問題だからね、神社も町も」
意外な話に、返す言葉を失う。
大きい社は大きいなりに、やっていくのは大変なのだ。
ゆかりは、陽菜に並んでしゃがみ、池の水面を見つめた。柊一郎も隣にしゃがむ。
「じいちゃんに興味あるって言ってたの、こういう話っしょ?」
「……何で、」
「御利益とか狐のこととか、食いつかなかったから。普通興味っつったら大体そっちなんだよね、神社っていうとパワースポットみたいな感じで言われること多いし」
「ちなみにどんな御利益あるんですかここ」
「商売と健康、あと厄払い…………っていわれてるけど、吹雪丸あんまりこだわりないみたい。御前様もそんな感じだったって言ってた」
「雑ゥ~!」
「でしょ? ま、元々は土地神だからね。玉垣のみんなが元気で幸せでいるのが一番、って。土地神にとってはそういうもんなんだろうね」
笑いながら、考える。そういえば、山姫社の主は――ミナギヒメは、そしてその代理のエンは、どんな神様なのだろう? 帰ったら訊いてみようか。
「年齢ちょっとしか違わないけど俺は斎主の先輩だから、わかんないことあったら何でも訊きなね。……さてさて、暗くなっちゃう、旦那さんが心配するからそろそろお帰りよ後輩」
「はいセンパイ」
揃って立ち上がると、陽菜が再びゆかりの手を取った。
「えきまでおくる! ヒナはできるぞ!」
大丈夫なのか、と柊一郎に目で訴える。柊一郎は頷いた。
「陽菜はただの狐じゃないから」
「あぁ、そう、そうでした」
「じゃあ、またね。気を付けて」
「ありがとうございました、当日よろしくお願いします!」
ゆかりと陽菜を見送りながら、
「かわいい、し、結構しっかりしてるな」
柊一郎が小さく一人ごちたところに、ふわりと真っ白な衣の男が現れる。
「ダメだよシュウ、あれはよその神の妻なんだから」
「あの子八乙女だろ。欲しくないの吹雪」
「気付くとはさすがだね柊一郎。でもね、」
己よりもほんの少しだけ高い場所にある頭を、そっと撫でる。
「私ばかりが力を付けたところで、町が栄えるわけじゃあない。私の力は玉垣の民を護るもの。欲をかけば玉垣狐も町も共倒れになってしまう。大丈夫、きみだけでも充分だ」
むっとした顔で、柊一郎は吹雪丸を見下ろす。
「ほんとに!? 俺だけで足りてる!?」
吹雪丸は、やわらかく笑んだ。
この子は、小さな頃から社の未来を心配してくれている――だから、同じように、友のことを憂えてくれているあの娘と引き合わせたかったのだ。互いにいい刺激になってくれれば、と。
「ああ、もちろん。私の八乙女は優秀だからね。さ、もう一仕事だよ、きみ直筆の御朱印を待っているお嬢さんたちが一体何人いると思っているんだい?」
「やだーもう書きたくなーいー!」




