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Past:ある男の懺悔と誓い(前)

「ライト、バリュー、少し話さないか。……ここにいる三人だけで」


 その日……最後の作戦を実行する十数刻ほど前。

 来るべき時に備え、各々の装備点検を行っていた二人に声が掛けられた。


「……わかった」

「スギとヒノキは?」

「あいつらには見張りを頼んでいる。何かあったらすぐに知らせてくれる筈だ」


 スギとヒノキ、そして作戦中突如姿をくらましたケヤキ。

 彼らは『絡繰人形』……この地方では『傀儡』と呼ばれる、魔術や呪術、『忌器』を核として高度な活動を行う生命体。

 言わば、思考を持つゴーレムのような存在だ。

 特長としては、その名の通り絡繰で動いているといった点だろう。

『絡繰人形』は西方の『傀儡』とは違い、体の大部分が精密に測定された木材を組立てたものとなっており、ゴーレム種とは思えない柔軟で俊敏な動きができる。

 おまけにレイジが連れてきた三人組は、東方地域の生命にのみ宿る妖気を用いた忍術をも用いる事ができる強者だった。


 だからこそ、ライトは少しだけ疑問に思う。

 疲れ知らずのスギ、ヒノキに見張りを頼むのは得策だ。

 五人で行動していた際は、何度も助けられた覚えがある。

 それでも違和感を覚えてしまう。

 付近から立ち去ってしまったのか、一切の気配が感じられないことに。


「わざわざ見張りを立てて話し合うのか」

「ああ、今後のために必要な話だからな。耳かっぽじってよーく聞けよ?」


 夜の森はレイジの声を遮ることなく、少しばかり厳かに響かせる。

 困惑する二人を座らせた後、少し離れた位置に立った。


「っと、その前に。ここに一振りの小刀があるよな?」


 取り出したのは、レイジの得物である小刀……ではなく、容易に購入出来そうなほどよく見かけるナイフ。

 カファル軍の一般兵が携帯しているものだった。


「いいか、目をそらすなよー」


 月光に照らされたナイフは、使い古されているのか随分と傷だらけだった。

 軽く握っている手元を翻すと、舞い落ちる木の葉のようにゆらりと揺らめき――。


「しッ――!」

「――――!?」


 咄嗟に壁剣を立てかけようとするも、一瞬にして伸びてきた刃は動脈のすぐ側にぴたりと添えられていた。

 何が起こったのかわからないと言った表情で固まる彼女を、襲撃者は冷酷な目で見つめる。

 勿論そのナイフを振るえる者は、この場に一人しかいない。


「おー、流石は『十忠』ってとこだな。少しでも動きを見せようとするなら、容赦なく右腕を潰せるように構えたのは想定外だぜ」

「レイジ……! どうして……!!」

「ふむ、とはいえ冷静に現状分析せずに困惑してるのか。こいつは減点だな」


 駄目なことがあったら言う口癖を語りながらも、その声色も顔も全く笑ってはいなかった。

 冗談とは思えない苛立ちと殺意を察知し、ライトは慌てて破剣を構えてはいたが、いきなり襲い掛かって来たという事実に、どうしようもなく理解が追いついていない。


「どうしてだ……! 答えろよ、レイジ!」

「おいおい忘れたのか? おれはお前たちの敵だろ。多重スパイを装って、我が国の敵を減らそうと模索している、な」


 確かに、二人が始めて出会った場所で行った会談にて、レイジは多重スパイだと告白している。

 三つ巴の戦いになるより最も被害が出ないと思われる選択肢として、水面下の停戦協定と共闘体制を結び、カファル国を無力化するという体裁で。


「あいつらも今頃付近の兵士へと声をかけている筈だ。諦めて投降するなら、命だけは助けてやるよ」

「スギとヒノキを見張りに立たせたのも、それが狙いだったの……?」

「当たり前だ。勘違いしているようだから言わせてもらうが、お前らのことなんて、ただの駒としか思っていないぜ?」


 ナイフを握る右腕には破剣を突きつけられているが、焦りを感じさせない余裕の口ぶりで宣う。

 やれるものならやってみろ、とばかりの行為だが、事実、ライトはその腕を砕くことが出来なかった。


「おれの信仰している主人は、御国で今もなお戦い続けているあのお方だけだ。それに、何を犠牲にしても、自分の命を優先すると決めていた。……だから、いつだってお前たちを利用し、次はどうするか算段を練っていた」


 物分かりの悪い子供を諭すかのようにゆっくりと語っているのは、おそらく時間稼ぎも兼ねているのだろう。

 多少の手傷を負うことになったとして、敵陣のど真ん中に位置するこの地でライトたちの姿を目撃されるのは致命的だ。

 だが、この場を切り抜けるには、恩人を無力化させなければならない状態へと陥っている。

 心に弱さを潜めている二人に漬け込んだ、覆しようのない完璧な作戦。

 ――少なくとも、レイジはそう思っていた。


「で、頃合いを見計らって、お前たちを殺そうと考えたってわけだ。理解したか?」

「悪いが理解できない」

「おいおい、物分かりが悪いな。だから、おれはお前たちの敵だとーー」

「さっきから嘘ばかり吐いていて、何がしたいのかさっぱりわからなかった」

「は……?」


 そう、ライトからはっきりと虚偽を見破られ、余裕のあった笑みが凍りつくまでは。


「あのなぁ……認めたくないのはわかるがーー」

「敵なら減点する必要ないだろ。欠点は徹底的に漬け込むのか日出の忍びだと知ってるぞ?」

「な……何のことだ?」

「このナイフ、よく見たら鋒だけ鋭くて、あとは物も切れないなまくらだよね? どうやって私の首を切るつもり?」

「それは、だな……」

「極め付けに、目が泳ぎまくっていたぞ」

「う……っ!」


 当人にとっては完璧だと思っていても、傍から見たら馬鹿馬鹿しいほどに破綻していることなどよくある話であって。

 少なくとも、騙されやすいバリューでさえも気付いてしまったのだから、あまりにも滑稽極まりない。


「――いやはや、汚れ役は慣れていたつもりだったんだがなぁ」


 降参と言わんばかりに両手を上にあげて首を垂れる。


「なんでわざわざこんなことをするんだ?」

「おれが操られたりしたら咄嗟に対処できるか確かめた……っていうのもあるが、つい最近まで殺そうと目論んでいたのは事実だぜ。お前らを敵に回したらとてもじゃないが生きた心地がしないしな、早いうちに手を打つ必要があった」

「……だとしても、いつだって私たちを殺せたよね? 忍びなんだから殺気も発しないと思うんだけど?」

「あー、バリューにまで核心を突かれるとは、やっぱ駄目だな」


 草臥れた表情を浮かべ、夜空を仰ぐ。

 淡々とした口調だが、どこか哀愁を感じられた。


「いや、実行に移そうとは幾度も思ったが……なんだかんだで手を出せなかった。燃える屋敷のそばでぶっ倒れてたお前たちを見殺しにするのも考えたが、それもできなかった」


 彼らを利用するために、レイジは二人に関する情報をあらゆる角度から調べ尽くした。

 得意分野に苦手意識、得物の特徴と持っている能力。

 そして、彼らの深層心理と歩んできた生の道のりを。


「その結果が今日この時だ。いやはや、他人事のように笑えてくるぜ……」

「レイジ……」


 そう、レイジはあまりにも知りすぎてしまった。

 自分が利用しようとしている二人の若人のことについて。

 そして何よりも、二人が歩むこれからの生を変えたいと本気で思ってしまった。

 身分や立場、故郷に年齢、敵同士という関係にも関わらず。


「いつだって肝心な時に限ってとことん失敗する役立たずの忍。何でこんな大戦の渦中にいるのかわからないほど、平凡で特出した取り柄を持たない男。それがこのおれ、阿倍零士という人間だ。平凡ゆえに当然のことだが、お前たちに語った過去も全部嘘だぞ」


 感情の波を感じられない、淡々とした口調。

 他人を騙すことにおいて、最も適さない無気力な言葉使い。

 今度こそ、レイジは二人と真剣に向き合うことにしたらしい。

 尤も、それ自体が目的だったのだろうが。


「随分と罪深い人間になってしまったもんだ。一生のうちに吐ける嘘の数倍は違う使ってる気がするな。このナイフだって、少なくとも五十を超えるカファル兵士たちの胸を貫いてきた。仲間と思ってくれている奴も中にはいた。だが、容赦するわけにはいかなかった。何より、おれ自身が生きるために」


 敢えて刃こぼれしたナイフを使用した理由も、二人を殺めようとして殺められなかったことの証明だろう。

 現に、切れ味などない無骨なそれを、肌に当てることすらしなかったのだから。


「はあ……。お前らを利用し尽くしてやろうと散々嘘をついてきたってのに、いつからか罪悪感に苛まれ始めて、自然と本音ばかりになってしまった。……失望しただろ? 自分たちのことを理解してくれていると思っていた相手が実は自己中心的で、祖国のためなら誰だって利用しようとしていたんだからな」


 などと宣うが、レイジはそれほどまで弱くはない。

 ただ、対人関係に関しては全くと言ってもいいほどに不器用だった。

 そのせいでここに追いやられたという点は少なからずある。

 器用に生きられないという点において、三人はとても似通っていた。


「知ってたよ、そんなことぐらい。いつまでたっても胡散臭いんだよレイジは」

「……全部言っちゃったらダメだよ。言わなかったら私は絶対に気付かなかったのに」


 だから、二人は許容する。

 命を奪われそうになっていたことすら、些細なことのように。


「参ったな。気付いているうえで無視されていたのと、気付かなかったが何をされても構わないという受け取り方をされていたとは……」


 右手で頭をガシガシと掻き、呆れたと言わんばかりの苦笑いを浮かべる。

 頭を掻く癖は初めて会った時と比べて、だんだんと見る頻度が確実に増えていた。


「お前ら、本当に馬鹿だな。馬鹿すぎて笑いすら出ないぞ」

「バカでいいよ。たとえレイジが敵だったとしても、私は救われたんだから」

「それ以上に俺たちは迷惑をかけてきたからな。……今だってそうだ、レイジがいなかったら、とうの昔に死んでいただろうし」


 レイジとの思い出を、彼らは今でもすぐに思い出せる。


『辛気臭い顔してんなぁ、せっかくの美貌が台無しだぜ?』


 珍しく武装を解いて訓練していたときに塀の上からそう声を掛けられたのが、バリューにとっての出会いだった。


『おいおい、もっと我がままで行こうぜ? そっちの方が絶対楽しいぞ!』


 ライトが思い悩んでいるときは、いつだってそんな声を掛けてくれた。


「だから……いいんだ。それが最善だというなら」

「私たちは充分に助けられたんだから、レイジになら()()()()()()()()()


 嘘偽りのない本心で告げる。

 仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべて。


「――何が最善、何が充分だ」


 レイジは向けられた感情を嘆き、唸るように呻いた。

 二人が受けた心の傷は、己の想像を絶するものだと理解しているつもりだった。

 だが、それすらも程度が軽かった。自らを否定し続けている彼らには。

 引き裂かれ、焼き爛れ、致死毒を埋め込まれた二人の魂は、決して癒えることがないのかもしれない。

 彼らの在り方は、覆しようのない悪意に殺され、亡霊としてこの世にとどまっているかのようだった。


(それが大衆にとっての大正義だとしても、お前らが救われることなんて一切たりとも存在しないだろうが……!)


 彼らは未だ苦しんでいる。自らの在り方を、善とできないが故に。

 だとすれば、自分はまだーー舞台から降りるわけにはいかない。

 そう気が付いて、胸の内から湧き上がってきた炎へと身を任せた。


「……座れ」

「え?」

「正座しろこのクソガキども! いっぺんぶん殴られたいか!? ああ!?」

「れ、レイジ……? そんな大声出したら――」

「なーにが「どうなってもいい」だ! もう一度言っておかないと気が済まないみたいだな! おい!」

「お、おおおちつけって!」

「いいからそこに座れ! その性根を一回叩き直してやるしてやる! わかったか!」

「「……はい」」


 突如激昂したレイジに気圧され、二人は武装を解いたまま、渋々とその場に腰を下ろす。

 言われた通り、東方の座り方である正座で。

 と、同時に、二人の頭へとげんこつが振り下ろされた。


「うっ!?」「いっっったぁ!?」

「何度も同じことを言ってるってのに、全く学ぶ気が無いからその仕置きだ。ほんと、お前らの自己犠牲欲ってのには、ほとほと呆れるぞ?」

「だ、だって……!」

「言い訳は無用!」

「あ痛っ! い、痛いよぅ……!」


 騎士ではあるが一応女の子でもあるバリューに対しても、全く容赦せずに頭を叩く。

 一体どのような力加減をしているのかわからないが、石頭のライトにも同様に鈍い痛みが伝わってくる以上、本気で怒っているのだと悟る。


「罪の告白でもするかと思っていたが……気が変わった。お前らには今から朝までみっちり説教だ」

「え!? い、いや、夜も遅いし、翌日には作戦が――」

「そんな状態で作戦を決行できるか! もう一度お前らの捻くれた考えをここで叩き直してやる!!」


 ……そうして、いきなり始まった説教は、夜が明けるまで……とはならなかったが、二人の足が痺れて立ち上がれなくなるまで続くこととなった。


「さんざっぱら説教したあとに言うのはあれだが、勿論、おれのことを心の底から慕ってくれているのは感謝してるぜ。なによりも、ここまでこれたのはお前らのおかげなんだからな。……だが、それとこれとは話が別だ。何だその体たらくは! 『信念』? 『不屈』? 聞いて呆れてくるぞ!」

「いや、そもそも『十忠』になる予定なんてなかったんだが」

「現になっているだろ。立場が上になるほど、自らのことを蔑ろにしがちになるのはわからなくもない。それでも、己のことを大切にしろよ。お前らが壊れる姿なんてこれっぽっちも見たくはないぞ」

「……」

「それと、自己犠牲はやめろとあれほど言ったよな? そんなことで喜ぶ奴はろくでなしだぞ」

「いや、あの、私の昔を知ってるなら、尚更――」

「そんなの関係ねぇ! お前らが居ないとおれが困るんだって言ってんだよ!」

「り、理不尽じゃない……?」


 痺れてうまく動かせない足を伸ばしたまま、ライトたちは腕を組むレイジを見上げる。

 真後ろに位置している月の逆光で、表情は影に隠されていた。


「お前らが自分をどう思っているのかは理解している、どうせ、使い捨てできる強い兵士か何かだと思ってるんだろ」


 バツの悪い表情を浮かべて、二人は顔を背ける。

 きっとまた怒られる、と説教に怯える子供のように。


「まあ、そう考えるのも無理はないと思うぞ。おれがお前らの立場だったら、自殺の道を選んでいてもおかしくはないしな」


 けれども、掛けられた言葉は怒鳴り声ではなく、とても優しい慈しみの声で。


「それでも、お前らは生きている。夢や理由、目標なんてないとしても、生きておれの前にいる。それだけでいいと思うぜ? 少なくとも、おれはこうやってお前らに会えて良かったと思っているしな」


 歩む道が定まっていない彼らの背を押すように。

 何よりも、悔やみ続ける彼らを支えるために。


「だから、何度でも言ってやる。たとえ自分の事を愛せなくても、恨みつらみが山ほどあったとしても、幸せになれる道を選択しろ。()()()()()()()()()()()()()()()


 他所へと追いやられたかのような扱いを受けたレイジは、結果さえ出せば認めてもらえると、当初は躍起になっていた。

 ……だが、二人を知り、その考えを覆すこととなる。

 彼らがレイジから多くのことを教わったように、レイジも彼らと関わることで、多くを学んだ。

 だから、彼は迷うことなく二人を先導し、助けの手を差し伸べる。

 今は、それこそが自らの目的となっていた。


「ず、ズルいよ……っ! そんなこと言われたら断れないじゃん……っ!」

「けど、やっぱりレイジは口下手だな。もっと言い方があっただろ。そんな告白したところで、誰も振り向いてくれないんじゃないか?」


 ぽろぽろと涙をこぼし始めたバリューをよそ目に、内心はどう思っているのかわからないが、皮肉げな声色でライトは問いかける。


「ところがどっこい、見事に振り向いてくれた奴だっているんだぜ? ……まあ、おれの女房だけどな」

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