Past:ある男の懺悔と誓い(後)
「へえ、奥さんが……。――え!? レイジって既婚者だったの!?」
「ああ、二児の父親だぜ。そんなに驚くことでもないだろ。……驚かないよな?」
「……」
「おいライト、顔を逸らすな」
「い、いや、俺も知らなかったんだ。まさか婚約者だけでなく子供までいるとは、流石に……」
「流石に傷つくぞ? お前らおれを何だと思ってやがる……」
とはいえ、仰天されるのも無理はないほど、レイジの普段の行いは悪かった。
正確には、子供っぽい、と言うべきか。
自由奔放、考えるよりも先に行動する気分屋。
もちろん、そんな人畜無害さを演じていただけだったのだが、二人の脳裏へと刷り込み過ぎた結果としては当然だろう。
……そう考えると、作戦中のレイジの行動や指南には、とある一貫性があった。
「なるほど、ようやく合点がいった」
「えっ……? 何が?」
「俺たちに関わり続ける理由だ。つまるところ、レイジにとって俺たちはどうしようもなく手のかかる子供だと、そう言っているんだよな」
「そりゃそうだ、お前たち二人は半端じゃないほど拗らせているからな」
「……別にいいじゃん。どっちにしろ自分に返ってくるだけで、周りに迷惑をかけているわけじゃないんだし」
「そうだ。だからこそ良くないんだぜ?」
「……?」
「ほら、また「余計なことを口に出してしまったかな」なんてこと考えているだろ」
「だって……」
「おい、また言い訳しようとしてないか?」
「げ、げんこつはやめてよぅ……」
未だぽろぽろ涙を零していたバリューは振り上げられた拳にビクッと体を震わせ、両手で頭を守りながら恐る恐る見上げる。
成熟した見た目にそぐわない態度に、レイジは思わず苦笑いを浮かべた。
彼らの自己犠牲は、似ているようで全く異なる。
バリューは無自覚のうちに誰かを守ろうと行動を起こし、ライトは自覚した上でそれを最善だと言い張っている。
だからだろう。『誠実』や『不屈』といった足枷を、当然のように受け取っているのは。
「全く……俺の息子らもお前らみたいになっちゃたまんねえぜ……」
やんちゃ盛りの兄妹は、今頃妻の手をますます煩わせているに違いないだろうなぁ、と誰に向けるでもなくぽつりと呟く。
返事は返ってこない。時より吹いていた心地よい夜風でさえ、静けさを漂わせていた。
「レイジは、家族のために戦っているんだよな?」
「いや、それだけじゃないぜ?」
「え、それ以外にもあるの?」
「まあ聞け。おれが主人からこちらへ派遣されたってのは言ったよな」
「追い出された、とも聞き取れたんだが?」
「あー、まあ、被害妄想的な表現だったとは思うんだけどな?」
またもや頭を掻き毟り、くたびれた表情を浮かべる。
「それでも……たとえ島流しみたいな事をされてもな、主人を裏切る事なんて出来ない。お前らだってそうだろ? それにな、おれは祖国が好きなんだよ。災害は多いし最近何かと物騒になってきてはいるが、それでも生まれ故郷が嫌いになったことはないぞ。……まあ、お前らの場合はアレだから何とも言えないけどな」
ありとあらゆる命は、生まれてくる場所を選べない。
それが、竜や精霊などの超自然的生命体や、神々のように命の枠組みから外れかけている存在だとしても。
理不尽と不平等が跋扈するこの世でも、いつだって誕生と死滅は平等で。
「だから、おれは自分なりの覚悟を決めたんだよ、生きて故郷へ帰るってな。自分のため、家族のため、主のため、そしてお国のためなら絶対に死んでたまるかってな。……けどまあ、流石に冷酷にはなれなかったってオチだ」
「だからって――」
「自身のことを話し過ぎだってか? そんなに気にしなくたっていいぜ。おれとお前らの仲だろ」
彼らは知っている。出日の国の者は忠義に篤く、場合によっては仲間にすら己の情報を語らない事を。
つまり、本名を名乗り本心を語る行為そのものが、使命や仲間、そして家族からの信頼はおろか命すら失いかねないものだ。
――――だが、レイジは二人を選んだ。
「いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ。いつまでも教えてあげられるわけじゃないんだぜ?」
いつだって的確な助言を与えてきたレイジは、この時一体何を考えていたのだろう。
「辛い過去を抱えたまま生きるのはやめておけ。そのうち避けようのない不幸に見舞われた時、そんな調子だと押しつぶされて動けなくなるぞ」
「自分に、そして信頼できる他人に正直でいろ。胸の内の苦しみを、心の奥底に感じているわだかまりを吐き出せ。それだけでも随分と楽になれるもんだぜ? ……まあ、おれも今更こうやって自分のことを告白しているんだから、人のことはあまり言えないけどな」
愁いを帯びた顔つきは、一体何を思っているのだろう。
少なくとも二人にはそれを察することは出来なかった。
――どうしようもないほどに、運命から嫌われていた。
「よし、説教も本音の言い合いもこれで終いにしといてやる。次は正念場だしな」
「ま、まだ続けるんだね……?」
「当然だ。ここさえどうにか乗り越えれば、形勢はこちら側へと一気に傾く。だからこそ、今まで以上に失敗は許されないんだからな」
夜もだいぶ更けてきてはいるが、計画が破綻し最悪の事態に陥る可能性を恐れたのか、未だその口が閉じられることはない。
ずっと語り続けている割に声が枯れていないのは、積み重ねてきた鍛錬の賜物なのだろうか。
「だが、目的を達成することよりもずっと大事なことがある」
「作戦の成功よりも大事なことがあるのか?」
「あのなぁ……」
今晩で何度呆れられたか分かったものじゃないが、ライトたちは理解できなかった。
「何遍も口を酸っぱくして言ったんだがなぁ……。仕方がない、今夜だけもう一度言ってやる。――己の命を捨てるような真似をするな、絶対に」
「「…………」」
確かに、これまで幾度も言われてきたことだった。
そして、その度に否定してきた。自分にはその資格は無いのだと。
……だが、どうしてレイジはここまでして言ってきてくれるのだろう。
赤の他人である彼らへと。
「祖国でも命尽きるまで戦う事こそ正義だとか考えるやつが多いが、それは大団円を迎えるためのものであって、軽々しく粗末に扱えばいいってことじゃないんだぜ?」
「「……………」」
返事をするわけでも頷き返すわけでもなく、ただ彼らは首を垂れる。
その表情を悟られたくないかのように。
「いいか、これが最後だ。何が何でも生き延びろ、いざとなったらおれを囮に使ってかまわない」
「な、何を言って――――!」
「お前らには死んでほしくない。おれにとっちゃ、もう家族みたいなもんだからな。勿論、絡繰人形のスギやヒノキ、途中でいなくなっちまったケヤキも、おれの大切な家族だ」
「か、ぞく……?」
「おう、お前らが何者だろうが、どんな過去を持っていようが関係ないぜ。スギやヒノキ、ケヤキがいい例だ。……ん? いや、寧ろ大いに関係あるか。辛い過去なら家族全員で分かち、支え合わないとな。だから、生きろ。他の誰が悲しまなくとも、おれが悲しい。……置いて行かれる気持ちは痛いほどわかるだろ?」
「……わかった」
「約束する、どうしようもない時以外」
「けっ、絶対じゃないのかよ……。まあいい、許す! その代わり、約束、決して破るんじゃないぜ!」
やはり、どこか後ろ向きな発言に苦い笑みを浮かべながら、それがどうしようもなく愛おしいと感じてしまう。
それは忍びとして生きるレイジ・アベとしてではなく、阿部零士という名を持つ、ただ一人の男の本音だった。
「お前らには、おれの言いたいことを全て伝えた。今まで有耶無耶にしてきたあれこれとか、ひた隠しにしてきた嘘とか、包み隠さずな」
――だから、最後までどうしようもなく優しい嘘を吐いた。
「てなわけで、お前らにはおれが編み出した秘儀を覚えてもらうぞ。もちろん拒否権はない」
「相変わらず唐突だな……。まあ、レイジらしいといえばらしいか」
急に話の流れを変えるレイジに困惑するが、二人とも安心しきったような笑みで彼の発言に耳を傾ける。
「いいか、この技は一回だけの使い切りだ。おまけに代償付きで持続時間も短いから、長期戦には一切向かないな」
「え、それって絶対ダメなヤツでしょ」
「まあよく聞け。その代わりに凄まじい力を得られるし、体の傷もたちまち治る優れもんだ。敵地から離脱するには十分すぎるだろ?」
「まぁ、確かに……」
「何かあったらそれを使ってどうにか乗り切れ。なに、それを使うほどにヤバい状況なら、おれは一目散に離脱しているだろうから何の心配もいらないぜ」
「……結局、私たちを囮にしてない!?」
「そりゃそうだ。誰だって得意不得意あるように、おれは裏方専門の働きしか出来ないんだぜ? 集中して狙われることになっちまったら一目散にドロンだ」
「うわ! いやらしい!!」
(……よし、顔から影が無くなった。きっとこいつらは生きて帰れる)
変革を望む心意気は良好。
それに、上向き視線とは言えないが、しっかと前を見つめられている。
決意上々。虹彩明瞭。……決して完璧ではなかろうとも、散々なほど悪くもない。
大地を踏みしめ胸を張っている姿は、誠実な心と不屈の肉体を携えた騎士として恥じること無き出で立ちだった。
(ああ、そうだ――――――)
己の弱さを嘆き続けていた子供たちは、そこにいなかった。
彼の瞳に写る二人の若者は、迷い、苦しみながらも、懸命に前を向こうとしている。
既に自分の背を追うことなく、弱さを背負い自らが選んだ道を歩むことのできる者だ。
(きっと大丈夫だ。おれがいなくなったとしても、お前らはやっていける)
契約時に刻まれた呪いに蝕まれてもなお、レイジは二人の味方でいた。
彼自身が気付いていないだけで、自身の望みはすでに決まっていて。
(それでもおれは、お前たちの未来を守りたい)
ところで、東方では物に魂が宿るのと同時に、言葉にも魂が宿ると言われていた。
そして、魂を宿した言葉は、込められた願いの力に応じて強くなる。
――この言葉は、彼が二人へと自らの魂を賭けるほどに心から望んだもの。
己がこの世から去っても、彼らが幸せに生きていけるように唱えた願いの『言霊』。
転じ生まれ変わる為に我此処に在り。
だが、幸か不幸か――――。
その意味を教えてくれる者は、もう、二人のそばにはいなかった。




