言い出すことなき秘密
「よ、ようやく自由の身になれた……」
「…確かに、ここに来て自由だった時間の方が少ないな」
報酬を受け取り、病院からどうにか抜け出すことに成功した二人は、疲れ切った顔で繁華街を歩いていた。
とはいえ、そうなってしまうのは無理もない。
―――この国に来てから様々なことがあった。
バリューが買ったばかりの蒸気機関を壊したことから始まり、
そのせいで捕まって《カッパー》の“暗部”に置き去りにされたかと思ったら、すぐに助けられて歓迎を受けることになったり、
“暗部”の外に出た途端にブロウから襲われ、誤解を解いたのちブロウの手足を奪った悪魔と戦うこととなり、
どうにか倒した後は勝手に動き出したゴーレムを止めるため精霊の力を借りて意識を失い、
目を覚ませばハーツの病院内ですぐさま枢機者へと会いに行かなければならなくなり、今の今まで長い会話を続けていたのだ。
……これがひと月以内で起こった出来事だと、誰が信じるだろうか。
どんなに信じやすい人であろうとも、到底信じてもらえないだろう。
「…そういえば、聞いてなかったな。あの時、私が狙われていると分かった理由について」
ブロウに襲われた時のことをふと思い出し、唐突に問いかけた。
あまりの突然さに一切驚く事なくライトは答える。
「ああ……それなら、特に理由はないぞ」
「え」
「強いて言えばあの場所は開けていたから狙撃されやすい事と、俺を狙うよりはバリューを狙った方が、鎧を貫通する威力の銃を持っていると見せつけることもできるから、ぐらいだな」
疲れているから喋りかけないでほしいと言いたそうな表情で、ざっと大まかに説明する。
話の筋は通っていて、疑問に思う点もあまりない。
それでも、どうも彼女は腑に落ちなかったらしい。
「それ、絶対嘘だ」
「嘘は言ってないぞ?」
「そうじゃなくて、絶対何か隠してるでしょ!」
「ちょっ……! 落ち着け、そこまで怒ることでもないだろ?」
口調を変える事なく語気が荒くなってきたのを見かね、慌てた様子でライトは宥めた。
捻くれたバリューの機嫌を治すのはなかなかに骨の折れる。
そうならないように細心の注意を払ったつもりだったが、やはりこうなってしまったかと内心で少しばかり落ち込んだ。
彼女は直感で、ライトは隠し事をしていると考えていた。
それは半分ほど的を射ている。
正確には、彼は言えずにいた。
深部から出た直後、バリューが背後から狙撃銃で狙われる可能性を。
シャワー小屋の地面に転がっていた銅屑は薬莢。
壁に空いていた円形の穴は銃痕。
人気がないシャワー室付近で狙撃練習を行い、一汗かいたらシャワーで汗を洗い流すスタイルをとっていたのだろう。
彼が確認した限り、“暗部”に暮らす人で銃を扱える者は見当たらなかった。
だが、“暗部”の出入口は開けた土地で、狙撃にはもってこいな場所でもある。
これらの情報からライトは『深部には銃を扱う用心棒がいて、今は出払っている。だが、俺たちが深部から出るタイミングで用心棒に見つかった場合、間違いなく開けたあの土地を通るタイミングで、バリューの頭を狙撃するだろう』と推測していた。
―――そう推測できていたにもかかわらず、言い淀んでしまった。
だから、弾丸を鋒で受け止めるといった咄嗟の行動を取っていた。
距離は歩幅から計測し、弾速は概算だが使われている弾丸と銃の種類は前もって知っていたことで、どうにか防ぐことに成功したものの、一歩間違えれば二人ともあの世行きだっただろう。
推測が脳内で組み上がった時に前もって伝えていれば、このような事態から避けされたかもしれない。
だが、全ての理由を言うには多大なる時間、そして、自らの全てを話さなければならない必要性があった。
それをライトは絶対に良しとしない。
そもそも、彼は自らについて話すことが殆ど無かった。
それは、自分のようなくだらない者の事を話すだけ無駄だと結論付けているから。
故に、相手のことを理解する価値など自分には無いと錯覚している。
バリューがエルフだと知っても、本来人里に住まうような生物ではないと知っていても、詳しく聞くことはなかった。
だからこそ、これからもライトは自分の事を話すことはないし、バリューの事を自分から知ろうとすることはないだろう。
―――本人の意思が変わらない限り、永遠に。
「何も隠してない。本当だ」
嘘を吐くのが得意なのも理由の一つといえる。
彼の人生はその殆どが嘘で塗り固められた偽りのものである。
偽りでできた人生なのだから、偽り続けることに慣れているし、罪悪感を感じることも一切ない。
……だが、何故か主とレイジ、そしてバリューに嘘を吐くときは、まるで心が締め付けられるほど苦しくて辛かった。
その度に気のせいだと言い聞かせて、無理矢理にでも納得させている。
「……わかった」
そう言ってバリューは黙り込む。
きっと、内心は納得などしていない。
毎回何かあったらはぐらかされて、嘘を吐かれて、ライトへと言いようがない不安や疑心感を抱いてもおかしくはないのに、彼女はそういった様子を一切見せない。
―――彼はそんなバリューに救われ、それに縋り付いていた。
「それにしても、人生で三番目ぐらいに大変だったよ……」
「……奇遇だな、俺もちょうどそれぐらいだ」
気を遣っているのか、はたまた空気が悪くなることを嫌ったのか、彼女は話題を切り替える。
ライトはありがたくそれに乗っかることにした。
「ブロウとの戦いはまだしも、そこから悪魔と戦って、殆ど休めないままゴーレムと……戦って……」
あの光景を思い出したのか、バリューの声がどんどん小さくなっていく。
「ねぇ、ライト。あのゴーレムに宿っていた魂って―――」
「バリューにもあれが見えていたか。……まあ、間違いなくそうだろうな」
それはゴーレムを止めようとしているさなかの出来事だった。
ブロウが核を撃ち抜いた瞬間、ライトたちは失いかけている意識の中、ゴーレムに宿る魂が無事に家族と会う姿を目にしていた。
そして、たった一人、取り残されてしまう少女の名前を確かに耳にした。
「皮肉なものだよな、国を巻き込むほどの家族喧嘩をやっていたことになるわけだから」
「……ブロウは、知っているのかな?」
「さあな。どちらにしろ俺たちが言い出すことじゃない」
「そう、だよね」
自分には何も出来ないことに悲しんでいるのか、足取りが重くなり俯きがちになっている。
いくら鎧を着ていても、その態度のせいであまり姿を隠している意味がない。
その様子からか、ライトは少し前から気になっていたことを問いかけた。
「そういえば、どうして女として扱われてあんなに焦っていたんだ? バレているんだから別にいいだろ」
「いや、良くないからね!?」
「どう良くないんだよ?」
「そ、それは……」
無論、バリューにも人に言えない秘密がある。
だが、そのベクトルはライトとは真逆と言ってもいいだろう。
そもそも、彼女は人に流されにくく、一度でも芯がぶれることは決してない。
それは『不屈』というよりは『不動』というべきだが、それらを一色単に考えている部分はある。
要するに単純で純粋なのだが、自らに……『不屈』の称号に恥じないようにと、強情ともとれる自尊心を持ちあわせていた。
女性だからといった理由で、守られる立場にならないように。
―――そして、『不屈』でいなければ、誰かを守らねばといった強迫観念に苛まれ続けるほどに。
もし秘密を打ち明けたなら、きっと、ライトは理解してくれる。
それだけでなく、解決策を共に考えてくれるに違いない。
でも、それだけはして欲しくないと、バリューは思ってしまう。
手助けして貰っても、自分が強くない限り、何もできないことに変わりはない。
誰かを守るために自分がいるのだから、誰かに助けられるようでは駄目だと、いつまでも自分の未熟さを恥じている。
だからこそ彼女は自らの秘密を誰にも明かさない。
―――話したところで迷惑をかけてしまうだけだから。
「そう! 乗船できるだけじゃなくて、謝礼金も貰えたんだし、服以外にも色々と買い物してからこの町を出てもいいよね」
どうしても話したくないため、バリューは別の話題を振って話を逸らそうとする。
だがそれは、むしろライトの怒りに触れるものだった。
「それは却下だ」
「え! 何で!?」
「お前、あれを忘れたとは言わせないからな?」
そう、ライトの脳裏に浮かんだのは暴走した蒸気機関と牢屋の中だった。
次に同じようなことが起きてしまったら、それこそ意図的だと思われてしまってもおかしくはない。
偶発的だったのは確かだが、あんな目には二度と遭いたくないとばかりに声色を強くしていた。
「あ、あれは不慮の事故だし……」
「おい、視線を逸らすな。服を買って、一日体の様子を見てから直ぐにこの国を出るぞ」
「えええええええええ!?」
如何にも不服そうなバリューの声が、だんだんと夕闇に包まれていく街中に響き渡った。
……こうしてまた秘密を隠し、歪な繫がりを持つ二人は旅を続ける。
終わりの先が決して見えることのない、自らの滅亡へと向かう旅を。




