質問コーナー
「……よし!」
重い静寂に包まれる中、レプリカは唐突に玉座から立ち上がった。
「さて、どうせならここから質問コーナーといこう。このわたし、レプリカ・クラッドレインについて知りたいことがあったら、何でも聞いてほしいなあ」
先ほどまでの緊迫した雰囲気をさておき、急に気の抜けた声で語り出す。
そこに先程までの厳格な雰囲気はない。
「ええと……?」
「……んん?」
「あ、急にどうしたって言いたいのかな。わかるよ、わかる!」
困惑する二人をよそ目に、なぜか楽しそうな口調でつらつらと語り始める。
「いやさ、形式上だったとしても言いたいことを言ったし、聞きたいことは聞いたじゃない? それなら、わたしも同じような目に合うべきだと思うんだ。だから、君たちがわたしに対して問いただしたいことがあったら、気楽に言及できるような機会を与えるべきだと思ってね」
「そのための『質問コーナー』ですか……」
「そういうことさ!」
レプリカはビシッ! と効果音が出そうな勢いでライトの方へ指を刺した。
あまりにも態度を変貌させていたからか、ブロウは頭を抱え始めている。
どうやらこれが枢機者の素顔らしい。
急なテンションの上がりようと雰囲気の変わりように二人は目を回していたが、何も質問しないのは失礼に値すると思ったのか、ライトは口を開いた。
「それではお言葉に甘えて……貴女は何者ですか? 」
「何者ねぇ……。ライト君、だっけ? いきなり答えにくい質問してくるよね……」
レプリカは立ったまま大げさに項垂れてみせる。
と、思いきやこめかみをトントンと指で叩き、考え込み始めた。
「そうだなぁ……正直なところ、わたしは国王というよりかはいくつか伝説も作っちゃったことだし、『英雄』と名乗った方がいいかもね」
「え、『英雄』ですか……?」
『英雄』……それこそ意味合いとしては救世主と呼ばれる者。
世界を滅ぼさんとした悪竜を打ち倒した者が所以とされているが、事実かどうかは定かではない。
だが、どのような判断であれ彼女は確かに自らのことを『英雄』と称した。
そんな荒唐無稽な言葉に耳を疑い、ライトの思考は止まりかける。
だが聞いた以上最後まで話して貰おうと言葉を捻り出し、バリューはそれが聞きたかったと言いたげに頷く。
「実は、随分と前に家出をしてね、その際にわたしは様々な場所で数々の活躍をしたんだ。『竜殺し』、『魔封じ』、『山砕き』、『再臨者』なんて様々な二つ名も貰ったし、各国の大物の方とも仲がいいし……って、何かなその目は。嘘だと思っているのかな?」
先ほどまで畏怖の目で見られていたはずだったのだが、彼女へと向けられていた目線はいつの間にか白々しいものとなっていた。
饒舌に語っていたレプリカでも、流石に不穏な雰囲気を察したのかほんの少しばかりたじろぐ。
「では、なぜ家出しようと?」
「なに、家出の理由は下らないものでね。親と大喧嘩して家を飛び出したんだ。その後、わたしの両親は流行り病に倒れてそのまま返らぬ人となった。だから帰ってきた途端、兄弟たちから散々怒られたよ。結局、一人でこの城を管理することを条件に、一応許してもらったんだけれどね」
「…まるでおとぎ話のような人生だな」
「少しばかり誇張していませんか?」
余りにも荒唐無稽な話を聞いたせいか、想像していた枢機者のイメージがぼろぼろと崩れていく。
信じられないとばかりに、二人の顔は訝しげになっていった。
「ほ、本当だって。君たちの主たちも名前ぐらいは聞いたことがあるはずだよ。たぶん」
「いや……人づてに聞くならまだ尊敬できるんだが、主様の口から直接言われちまうと流石になあ。あと、家族を大切にしないのもよくねぇよ」
それはブロウも同じだったらしく、少しばかり玉座から身を離すほどに引いていた。
「いやいや、人に心配かけることに至っては君も人のことを言えないんじゃないかな。そうだろう、ブロウちゃん?」
「……おい。その名前でオレを呼ぶな。あと、『ちゃん』もいらねぇから」
「それとも、グレイシャちゃんの方がよかったかな? ああでも、こっちの名前はあまり似合わないんだよねぇ」
「……よし、主かどうかなんて関係無ぇ、一発ぶん殴ってやる―――!」
「ふふっ。ブロウちゃんにはまだそういったプレイは早いよ?」
「プ、プレイなんかじゃねぇっての!!」
語尾が気に食わないらしく、ブロウは食って掛かるような勢いで怒鳴り散らす。
対するレプリカは扱い方に慣れているのか、余裕でおちょくっていた。
「つれないなぁ、お姉ちゃんと主を心配させたのにそんな言いぐさはないんじゃないかな?」
「うっ……!」
「おまけに、帰って来たと思ったら手足が蒸気機関になっているし……。聞いた限りでは、見知らぬ二人組と一人で戦って、助けが入らなかったら死んでいたかも知れなかったらしいってね」
「そ、それは……!」
「悲しいなぁ。わたしはブロウちゃんの命の恩人なのに、全然信頼されてなかったんだねぇ……」
枢機者はめそめそと泣き真似を始め、ブロウは焦てた様子でオロオロとしだす。
唐突に始まったそこまで面白くない喜劇を、ライトたちは呆れたような目で見ていた。
「……あー! もう、分かったよ! オレが悪かったって! いい加減に機嫌を治せよ! オレに出来ることなら何でもしてやるから!」
「あっ―――」「…おい―――」
何でもするって言っちゃダメだろ。
と二人は思うが、口に出す前にレプリカの口に笑みが浮かんだことに気づき、言い出す事が出来なかった。
「……ん? 今何でもするって言ったよね?」
「お、おう。何でもしてやるよ!」
レプリカはしめたとばかりに、いたずらっ子のような満面の笑みを浮かべる。
瞳に映る妖しい光を見た二人は、理由はわからないが無意識に身震いした。
「じゃあ、今日からブロウはわたしの抱き枕ね」
「だ、だだ、抱き枕!? な、なんだそれ!?」
「抱き枕は抱き枕さ。近頃寒くなってきたから、どうにも人肌恋しくなってきてしまってね」
抱き枕と言われた途端、ブロウの顔が熟れたトマトのように真っ赤になり、狼狽え始める。
レプリカは対照的に、まるで大好きな人形を抱きしめるかのような表情で、愛おしげに自らの体を抱いた。
「だ、だったら、あいつらでもいいじゃねーか! オレである必要はないだろ!」
「彼女たちは今夜から遠征に行くんだ。しかも、どちらも一週間で帰ってこれるかわからないんだよね」
「なんだよそれ!? 聞いてねえぞ!」
「だって、ブロウちゃんいなかったじゃん」
「うっ……!」
レプリカがブロウへと手を伸ばす。ブロウはその手から逃れようと必死な形相で体を動かそうとするが、蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなっていた。
そういえば、蛇に見つかった蛙が動かない理由は、一説によれば視力があまりない蛇をやり過ごすためだとも言われているんだったな。
と、目の前で繰り広げられている弱肉強食のような光景を見て、ライトはどうでもいいことを思い出した。
「なあ! お前らからもなんか言ってくれよ!」
ブロウはこのままではマズいと悟ったのか、ライトたちに助けを求め始めた。
……すでに抱き付かれているので、時すでに遅しという感じではあるが。
「騎士は主の命に従わなければならないだろ?」
「…これは私たちの問題ではないからな。口をはさむ理由がない」
二人は辛辣な言葉を返す。
すでにがっちりと捕まえられているのだから、救い出す事は無理だと言わんばかりに。
「はぁ!? そんなこと言うなら……! バリュー! お前の秘密をばらすぞ!」
「いやいや、お前ら二人とも素性が知られているから、秘密なんてないようなものだろ」
「え?」
「え?」
「……は?」
まるで想定してなかったかのように府抜けた言葉を出して、ブロウとバリューはその場で固まった。
あまりにも意外な行動で示しされたからか、ライトの表情も困惑したまま静止する。
「そうそう。バリューちゃんがブロウちゃんと同じ女の子であることなんて、当の昔に知っていたよ」
この場の雰囲気を楽しんでいたのは、ブロウを抱きしめてご満悦な表情を浮かべる枢機者のみだった。




