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精霊宿し

後方から嫌な視線を感じた。

だからといってわたしは振り返らない。

金属質なこの体に五感を感じ取るすべはないのだから、きっと気のせいだ。

振り返ったところで、わたしを見つめる者たちが何者かを知ることもできない。


それなのに……なぜだろうか?

こんなにも、心から溢れんばかりの熱が吐き出されるのは。

どこからともなくふつふつと湧き出す、荒々しい衝動は。


心の叫び声はこうしているうちにもどんどん大きくなる。

催促しているだけではなく怨嗟を吐き出し熱を増していく。

急いで国の中心に行かないと奴らに邪魔をされてしまう!

全てを奪っていった奴らをここで滅ぼしてしまいたい!

早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く!!

憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い!!

苦痛を迸らせるように叫ぶ。


わたしはどうするべきなのだろう。

急く心に従って、早く国の中心に行くべきか。

憎む心に従って、許せない奴らを倒すべきか。


……進もう。

わたしには邪魔者を排除する腕がない。

敵と呼べる者たちの

だけど、目的地へと進むための足はある。

思考することだって問題なくできる。

だったら、今は目的地へと進み続ける事だけを考えればいい。

たとえ何者かに邪魔をされたとしても、この歩みを止めてたまるものか。

「それで、ゴーレムの所までどうやって行くんだよ? 乗り物なんて大層なもんはねぇぞ?」

「大丈夫、()()()いくから」

「……は?」

「まあ、見ていたら分かるって」


 目を白黒させているブロウへ見向きもせず、目を閉じ何もない虚空へ何かを捧げるように両手を伸ばす。

 そして、口調を隠すことなくゆっくりと口を開いた。


「あなたたちの住まう国が未曽有の危機に晒されています。どうか、力を貸してください」

「……? 何やって―――。むぐっ!?」

「(静かにせい! 集中しているのが見て分からんか!)」


 バリューへと声を掛けようとするも、老人に口を塞がれ小声で叱責される。

 口を塞がれジタバタしているブロウを傍目に、ライトはその場から微動だにしない。

 少し離れた場所で瓦礫に寄りかかり、腕を組んで静かに見守っていた。


「……っ!」


 何かを感じたのか、バリューは前へと伸ばしていた両手をゆっくりと下ろし、静かに目を開く。

 腕を伸ばしていた先、今しがたまで何もなかった空中に誰かが浮かんでいた。


「……来てくれましたか」

「そりゃ、呼ばれることなんて滅多に無いからね。興味本位で覗きに来ちゃったのよ」

「わ、わたしは、ただの付き添いです……」


 現れたのは二人の女性。

 一人は純白の和装を着こなし、扇子を口元に当てているアルビノの女性。

 一人はシースルーの上着を身にまとう、全身が透明に近い水色の体色をしている女性。

 両者とも、この世のものとは思えないほど、息を呑んでしまうような美貌の持ち主だった。

 一見しただけでは人間としか見えないが、彼女らはれっきとした精霊だ。

 この見た目も認知しやすいように人型に変化しているだけであり、本当の姿ではない。

 悪魔と同様に、精霊も超自然的生命体の一種にあたる概念的な存在なのだから。


「それにしても結構若いのね。呼び出しなんてしてくるから、お歳を召していると思っていたのだけれど」

「それで……わたしたちはあなたたちに何をすればいいの……?」

「ま、人間がどうなろうと知らないけど、久々のお願い事だし、ちょっとばかり力を貸してあげてもいいわよ?」


 アルビノの精霊は強気な振る舞いであったが、水色の精霊は臆病な言動で語り掛けてくる。

 見た目の色が似通っている割にはえらく対照的な性格である二体だった。


「あのゴーレムを止めるため、この国を守るために、私と横の彼へ属性付与をお願いします」


 そう言いながらゴーレムへと指を指すが……。


「……どれよ?」

「あれです」

「どれだろう……全然見えない……」


 二体の精霊はきょろきょろと辺りを見渡したり目を細めたりしていたが、少しして無言で振り返る。

 どうやら、ゴーレムの姿を見つけられなかったようだ。


「と、とにかく、あたしたちを呼び出す理由としては属性付与ぐらいよね。さっさと武器に与えちゃえばいいんでしょ?」


 問いかけてくるアルビノの精霊へ、バリューは兜を外し目を合わせる。

 そのまま、さも当然のように答えた。


「いえ、()()()()()お願いします」


 ほんの一瞬だけ場が静まり返った。

 言葉の意味を理解して言っていることぐらい、精霊たちでも把握している。

 それでも、二体は驚きと困惑を隠せない。


「……ふうん、正気とは思えない考えね」

「せ、精霊の属性付与を生身に使うなんて……力を使うたびに体力をごっそり持っていかれるのと同じなんだよ……!?」

「知ってますよ。だからこそ、頼んでいるんです」


 勿論、肉体に及ぶ影響は相当の物だろう。

 ……そう見越したうえで、バリューは肉体への属性付与を頼んでいた。

 ゴーレムを破壊するにはそれ相応の強大な力が必要となる。

 武器に付与することも一考だったが、ゴーレムを破壊するまでに武器が壊れてしまっては元も子もない。

 彼女らはここで武器を失うわけにはいかないのだ。

 主から受けた命令を、道半ばで諦めるなど、自分たちを許さない二人に出来るわけがない。


「私たち体力には自信があるので、その点は大丈夫です。ですが、ゴーレムを止めるにはこの手段しかありません」


 渋る精霊たちへ言葉を続ける。

 賢明な訴えではあるのだが、相変わらず二体は苦い顔をしたままだった。

 それに、苦々しげな顔をしている者がもう一人。


(体力がある……? んなわけねぇ。あいつらはこれで三連戦目だ、体力なんて搾りカス程度しかねぇだろ……!?)


 訴えにも似た喧嘩腰の訴えは、未だ老人に口を塞がれているせいで言葉にすらならない。

 それでもブロウの声に反応したのか、精霊たちを見据えていたバリューは背後を振り向く。


(なあ、アンタらがそこまで頑張る必要なんてねぇだろ……!?)


 塞がれている口から洩れるのは、聞き取れるはずもない言葉。

 それでも彼女は理解したのだろう。

 ゆっくりと乾いた血が取れていない口を動かした。


(……っ!)


 ()()()()()と、安心させるかのように優しく。


「……まあ、あたしたちを呼び出せるぐらいの実力者だし、それが一番いいというなら止めやしないさ」

「あ、ありがとうございます!」

「でも、無理はしないこと。人間ば死ぬ分はホントどうだっていいけど、あなたに死なれるのは流石に目覚めが悪いのよね」

「き、肝に銘じます……」


 やれやれとアルビノの精霊は首を竦め、体を元の位置に戻し目の前でへこへこ頭を下げる彼女を見つめる。

 困ったようなその笑みは、どうしようもないわがままな娘を許す母のような慈しみを感じられた。


「……どうやら、交渉は成立したみたいだな」

「うん。話が分かってくれる方々で助かったよ」


 いつの間にやら彼女の付近まで近づいていたライトが口を開く。

『大丈夫、精霊を呼び出せる者の願いは基本的に叶えてくれるから』

 耳打ちされた時はにわかに信じてはいなかったようだが、取引が目の前で成立したのを確認し、ようやく安堵していた。


「勝手に話が決まっちゃったけど……、君の方はそれでいいの……?」

「はい。元はと言えば俺が原因と言える部分もあるので、何の問題もありませんよ」


 水色の精霊は心配そうにライトを見つめていたが、当の本人は至って普通の事のように彼女へと返答する。

 勿論、異常な考えだということくらい、彼だって理解している。

 それでも、二人に選択肢は無かった。

 この場にあるだけの知恵と力を総動員したところで、ゴーレムを破壊する手段などほぼ存在しないのだから。


「はぁ……まあ、いいけど無駄遣いしないでよね。自殺なんてされたらあなたの知り合い全員を呪ってあげでもいいんだから」

「あ、ありがとうございます!」

「あたしは呼び出したあんたへ、こいつはあんたの隣のやつに属性付与すればいいんでしょう?」

「はい、お願いします」

「あいよ」

「では、いきますね……」


 アルビノの精霊はバリューの左頬に、水色の精霊はライトの右頬に触れる。

 途端、彼女らの姿はまるで靄が掛かったかのように薄くぼやけていき、ゆっくりと姿が消えていった。


「……もういいかの?」

「はい、大丈夫ですよ」


 兜を被り直し、バリューは後ろを振り向く。

 老人の手が緩み、ブロウの口の拘束が漸く解かれた。


「ぶはっ! じじい! 力強すぎだってーの! てか、さっきまでいたやつら誰だよ?」

「精霊だって言ってただろ? 色や地域的に呼び出したのは氷と水の精といったところか」

「正解。もうそろそろ属性付与が()()と思うけどね」


 そう言うや否や、頭上を立ち込めていた暗雲がほのかに青白く光る。

 と、同時に雨雲から(みぞれ)が一斉に降り出した。


「な、なんだこれ!?」

「ほう、これはこれは……!」


 驚きと感嘆の声が上がる中、ライトたちはその場を動かない。

 大量の(みぞれ)は次第に雨と(ひょう)に分裂していき、それぞれが一か所へと集まりだす。

 そして、そのまま二人の頭上へと降り注いだ。

 バリューは雹に触れた途端、その箇所が凍り付いていく。

 ―――そして、ライトはバケツをひっくり返したような雨に打たれた。


「っ―――!!!」

「ぶふぅっ!!!」

「こ、こりゃあ、酷いもんじゃな……」


 ちなみに、この時大笑いしていた三人の顔をライトはずっと覚えているという。


 霙が降りやんだ頃には上空の暗雲が消え去り、この地方では珍しい太陽が顔を覗かせた。

 ずっと空を見上げていたバリューは、あまりの眩しさに右手で(ひさし)を作る。

 一方ライトはというと……。


「……おいバリュー、()()()()()()()()()()()()?」

「だ、大丈夫だって! ちゃんと属性付与されているから!」


 水浸しにされて不満なのか、同じように氷漬けになっているバリューへとあたっていた。

 立腹しているライトだが、彼女の言った通り属性が付与されていることは、しっかりと理解している。

 凍り付いたはずのバリューはしっかりと体を動かせているし、ライトの方も分かり辛いが、体を水でコーティングされている……ように見えなくはない。

 その程度ならまだ

 ただ、そのやり方だけは気に喰わなかったようだが。


「そんな睨まなくてもいいじゃん! それに、あの……あれだよ、あれ!」

「なあじじい、こういう時って……あれだ、あの言葉を使うんだよな?」

「そうじゃな、まさに身を以て表しとるな」


 一拍置いて三人は一斉に―――。


「「「よっ! 水も滴るいい男!」」」

「よし、お前ら全員水浸しにしてやる……!」


 あまりの理不尽さゆえか、珍しくライトがキレた。

 とはいえ、感情が爆発してしまう理由を彼はしっかりと認識できている。


 内心がコントロールできないほど、自分の限界が近いということに。


 *



 ふと何かを感じたかのように窓の外へと目を向けると、そこには嘘のような光景が広がっていた。


「……何か、嫌な予感がするんだけど。そもそも今の天気ってどうなってるわけ?」


 この国で前例のない晴天の空を見上げ、茶髪の女性がぼやく。


「そうだな……確かに変ではあるが、今のところ何も感知していない。杞憂ではないか?」


 辛口だが心配性な相方に軽口を返す白髪の女性は、愛読書である風刺小説のページを捲った。


 ここは《クラッドレイン・ホーム》、その中心に位置する枢機者の城の上層、玉座から少し離れた仮眠・休憩室である。

 ブロウの先輩にあたる彼女らは、現在、休憩時間に入っており休憩室でしばしの休息をとっていた。

 茶髪の騎士はやることが無いのか、外を眺めながら白髪の騎士へずっと小言を呟き、小説を読んでいた白髪の騎士は、茶髪の騎士の小言に空返事をしていた。

 そんなタイミングで唐突に嫌な予感がすると言われたら、誰だって空返事を返してしまうだろう。


「だって、雲が一瞬で消えたのよ!? 幻か何かを見た気分なんだけど!」

「それは流石に誇張すぎる。君が幻を見たっていうのは相当な―――」

「……? ねえ、どうかしたわけ?」


 ちらりと窓の外を見た白髪の騎士が急に黙り込んだ。

 何かを感じ取ったのか、そのまま本に栞を挟み茶髪の女性がいる窓へと近づく。


「ち、ちょっと……?」

「なんだ、()()は?」

「……え?」


 白髪の騎士の呟きに茶髪の騎士は再度、窓の外を食い入るように見つめる。

 違和感を見逃さないように凝らされた空のように青い瞳は『それ』を漸く視界にとらえる。


「……()()ね?」


 騎士だとは到底言えそうにない見た目や言動の持ち主で、出来がよろしいとは言えない新入りの故郷であり、姿をくらました場所である《カッパー》。

 そのホーム寄りの位置に『それ』はいつの間にか存在していた。

 暗雲によって一時姿が見えなかったのだろう『それ』は、常に蒸気を発生させているのか、陽炎を周囲に揺らめかせている。

 カッパーのどの建物よりも高く……かといって、建造物にしては歪な形でバランスも悪そうだった。

 だが、何よりも―――。


()()って、こっちに近づいてきている……?」

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