ブロウの『信念』
「あああああああ!! クソッタレ!! アンタらに何を言おうが無駄だって漸く理解したぜ! もう止めねぇからな!」
あまりの意地の強さに観念したのか、ブロウは罵倒の言葉を投げかけ右手でガシガシと頭を掻く。
それに対し、立ち止まり見つめていた二人は申し訳なさそうな苦笑を浮かべていた。
「まぁ、なるべく生きて帰れるように戦うさ。俺たちにもまだやることがあるからな」
「心配してくれてありがとう。ヤバいと思ったらすぐ撤退するから、そんなに心配しなくていいよ」
嘘か本当か分からない返事を返し、再びゴーレムへと目を向ける。
そして一旦地面に降りようと歩みを進め―――。
「……その代わりオレも行くからな、ゴーレム退治」
「「 ……は?」」
前へと踏み出そうとしていた二人の足は、その場で硬直する。
何しろ、つい先ほどまで疲れ切った顔をしていた子供がその言葉を語ったのだ。
本当にそう言ったのか、自分の耳を疑うのも無理はない。
「おいおい、何を言ってるんだ。冗談に付き合っている暇は―――」
「そうそう、ブロウは手足がうまく動かせない状態なんだから、どこかに隠れて―――」
投げかけられた言葉の意味を問いただそうと、発した言葉は途中で途切れる。
振り向いた二人の目線の先には、今まで罵声ばかり吐いていた口の悪い子供の姿はない。
そこにいるのは、半身が壊れている様子を見せることなく立ち上がり、精悍な顔つきで爛々と輝く橙の瞳に強い意志を宿している者。
まぎれもなく騎士だと言えるような人物だった。
「決死の覚悟をしているアンタらに、ふざけてそんなこと言うわけねぇだろ」
「あ、ああ。悪かった」
「核っつーのは蒸気人形と同じようなものなんだろ?」
「厳密には違うが、造りとしてはほぼ同じだな」
「で、大体中心にあるんだよな?」
「まぁ、そうだと思うけど……」
戸惑う二人を気にも留めず、ブロウは言葉を続ける。
ゴーレムを破壊する別の方法が思い浮かんでいるように。
いや、既に考えついているのだろう。
そうでもない限り、大人二人に対して堂々としていられるはずがない。
ブロウは普段、迷いなく語れるような人ではないのだから。
「あんたらはただゴーレムを足止めしてくれたらいい。オレがヤツの心臓部を狙撃する。できりゃ、コアの場所に分かりやすい目印をつけてくれたら、オレとしては大助かりだがワガママなんて言ってられねぇしな」
「ちょっと待て、狙撃するといったがそんな銃では―――」
「んなことは知ってるっつーの!」
この場にあるのは、先の戦いで弾丸を殆ど使い果たした蒸機拳銃と、貫通弾が装填されている蒸機ライフルのみ。
たとえ、その全てが万全の状態で使用できたところで、巨大なゴーレムの核を打ち抜く威力がある物など一つとして無い。
……だが、そのために必要な材料ならいくらでも転がっている。
「《カッパー》の至る所に廃材が散らばってんのは知ってんだよな? それをかき集めて一発撃ちきりの特製蒸機砲を作って奴をぶち抜く。これなら大丈夫だろ?」
「……それで確実に止められるという証明はあるのか?」
「し、証明……?」
困惑するような言葉が返ってくるなり、ライトは大きく溜息を吐いて無表情ともとれる顔になる。
ブロウの言う通り、いくつかの条件を満たすならば、狙撃するという手段が効率良いのは明白だ。
位置が離れていようとも、射程内で照準がずれない限り安定して目的の箇所へとダメージを与えられる。
たとえ核が外側に露出しておらず体の奥深くに紛れていようとも、貫通力やそれ相応の衝撃を生み出せる威力さえあれば問題ない。
―――それが即席で作られたものでなければ、だが。
試し打ちも出来ない代物を適当に作り上げたとして、それまでの時間は全て無駄になる。
その時間のうちに可能性のある戦略が成功する確率の方がはるかに高い。
危機的状況だからこそ即席ではなく安定性を求めた方がよいのだと、二人は身をもって経験している。
最適解であろうが、正確さが無ければいくらなんでも荒唐無稽。
後先を考えていない破天荒な計画。
だからこそ、ライトはその考えを否定しにかかる。
「簡単そうに言っているが、そんな事が可能か不可能かぐらい分かっているだろ? お前の狙撃の腕は知っているが、即席で作った砲を使って一発で心臓部を射抜くなんてこと、到底出来そうに思えない」
……それでも、ブロウの瞳は揺るがない。
「出来る出来ないの問題じゃねぇだろ! やるんだ! それこそ先回りする手段さえあるなら至近距離でぶっ放しちまえばいい! アンタらがさっき言ってたいい方法ってのは何のことだかさっぱりだが、アンタらのその武器で体内の中心にあるゴーレムの核を壊すなんて、到底出来そうに思えねぇ!」
「……なるほど、つまり俺たちが考えなしに突っ込んでいると言いたいのか?」
意見を否定されたのが癪に障ったのか、憎らしげに言葉を返す。
それが本心なのか、本心でないのか定かではない。
だが、彼の顔色は一切変わっていなかった。
「ちげーよ! 馬鹿にしてる暇があったら、オレ一人だけでさっき言ったことを実行してるっつーの!」
ブロウは荒くなった口調を抑えるために一度言葉を区切り、ゆっくりと口を開く。
「オレが言いたいのは、あんたらの作戦にオレの作戦を引っ包めろってことだ。そっちの方があの鉄塊を止められる確率が高いだろ?」
「だとして、お前にはこの状況で何が出来る」
「銃を作ることが出来るぜ」
「あのねぇ、ブロウ……!」
「ああ、もう、分からねぇヤツだなぁ! 今のオレはそれしか出来ねぇが、何も出来ないわけじゃねぇんだ! 抗うすべがあるってのならやらないよりもやった方が百倍マシだろ!」
「その策が失敗して誰も守れないとしても、自分の命が無くなるとしても、それ相応の覚悟はあるのか?」
「覚悟なんてねぇよ! そんな難しいことなんて後で考えりゃいいだろ! オレが考えてることなんて今は何が出来るか出来ねぇか程度だ! 出来るならその通りに動きゃあいいし、出来ねぇなら出来ねぇなりの働きをすりゃあいいんだよ! とにかく、動かない限り何も出来やしねぇだろうが!!」
「―――! ……そうか、ああ、それは」
「……ライト?」
「何が出来るか出来ないか、何よりも動かない限り何も出来やしない、か……」
ライトは目を閉じ、右手を額に当てて空を仰ぐ。
そして、ブロウの言葉を反芻しながら数秒の間思考する。
ゴーレムの倒し方ではなく、ブロウと自分たちの在り方を。
恐れていたのは、一体どちらの方だったのかということを。
「なるほど、可能性があるのなら全て確かめる、か。まあ、正確には『今のオレにはこれぐらいしか出来ねぇが、何もしないのは恥だ! 自分を許せねぇ!』っていうのが本心だろ?」
「う……っ!?」
あまりにも唐突に語られた言葉にブロウは顔を赤くして怯む。
仰いでいた頭を戻したライトから無表情は消えてなくなり、代わりに微笑が浮かんでいた。
「いちいち余計なことを言うんじゃねぇよ! こっ恥ずかしくなるだろうが……!」
「恥ずかしいことなんてないよ。とにかく動き続けるってそう簡単にできることじゃないから」
「……っ! アンタらも、『暗部』のヤツらなみにお人好しだよな……!」
そっぽを向いてぼそぼそとブロウは語る。
恥ずかしさのせいか声が小さくなっていた。
「本当に覚悟はあるんだよな?」
「あ、当たり前だろうが!」
小さくなっていた声量をどうにか引き戻すように口調を荒げる。
ブロウにだって自分の言っていることがどれほど馬鹿げたものなのか理解できている。
それでも決して逃げることなく、自分に出来ることを選択したのだ。
いつまでも甘えているわけにはいかないとばかりに、ブロウは吠える。
「オレが出来損ないだってのはハナから理解してんだよ。けどよ、オレだって『十忠』の一員なんだ! だったらただ指くわえて待ってるわけにはいかねぇだろ……!」
やっと思い出したのだ。
自分が何のために騎士になったのかを。
その思いを、まぎれもない信念を二度と忘れぬように
「誰に何を言われようが、どんな体になっちまおうが、一切気にしねぇ! オレはオレが思ったままに行動してやる! たとえそれが困難な事だろうが、心に抱いた『信念』は必ず貫き通す! それが、『炎熱のガルーダ』の在り方だ!!」
ブロウの背後から熱風がぶわりと吹きあがる。
周囲の空気がビリビリと揺れるほど、言葉には強い意志が込められていた。
そして、その言葉を待ちわびていたかのように、三人は笑う。
「よくぞ言った! それでこそ、わしの手で生かした甲斐があるもんじゃ!」
「……え?」「……ん?」「……は?」
ブロウの真後ろ、先ほど熱風が吹きあがった蒸気機関の瓦礫の陰から、ぬっと人影が現れる。
その人物は白髪に白髭を蓄え、金色の左目と金属質の右目で呆然としている三人を見つめつつ、ニヤリと笑った。
「なんじゃ、しがない老人を見て、そこまで困惑する必要ないじゃろ?」
「じ、じじい! 生きていたの、か……って、なんだその背中の煙突?」
「あ、貴方は……!」
「ブロウが言っていた老人ってのは、あの蒸気機関を売っていた人だったのか……!」
感動の再開と言わんばかりに泣きかけていたブロウは、老人の背から生える煙突を見るや否や、涙を引っ込め、興味深げに観察し始める。
よくよく見ると、それ以外にも蒸気機関化している箇所が、裂けた服の節々から見え隠れしており、顔の右半分は完全に鋼鉄に覆われていた。
対するライトたちは苦々しい表情でその様子を眺める。
何しろ投獄される原因を作った人物だ、印象としてはあまりよろしくない。
……実際はバリューの雑さが招いた悲劇であるのだが、彼女にとっては忌むべき相手ともとれるような形相をしていた。
「ええい、おぬしら細かいことを気にしすぎじゃ! わしのことなど今はどうだってよかろう!」
鬱陶しげに老人はしっしっと手を振る。
けれども、その顔は心なしか嬉しそうに見えた。
「ブロウよ、その心意気こそ良しとするがな、お前さんの技術力では、精々表面を削る程度の物しか作れないと思うのじゃがなぁ?」
「つ、作ってみないとわからねぇだろ!」
焦り気味にブロウは告げるが、その目はそこらをうろうろと泳いでおり、体もふにゃふにゃと目に合わせるかのように揺れていた。
作ることが出来たとしても、実用性はたかが知れている。
それを自ら認めてしまう形となっていた。
「……まあよい。わしが手伝ってやるわ。ちょいと済まんがおぬしら、奴をなるべく長く足止めしといてくれんか? その間に廃材を使って蒸気砲を作るんでの」
「分かりました。俺たちに任せてください」
先ほどブロウに向けていた態度とは打って変わり、如何にも誠実そうな態度で言葉を返す。
気に障る事でも聞こえたのか、彼の真横から不服そうな声が漏れだす。
「おい、ライト! さっきまでのオレとぽっと出のじじいで態度が全然違うじゃねーか!」
「そりゃあ、お前の製造力と融合師の製造力だったら、明らかに後者の方が期待できるからな」
「ちぇっ。何だよ、ちっとは信頼してくれたっていいだろうが……」
「…こればかりは年の功を優先的に考えるものだ、そう僻むな」
老人の言葉を無視するかのようにブロウはそっぽを向く。
諌める声をかけようかとした老人は、その後ろに立っていた鎧の騎士が己をじっと見つめてきている事に気が付いた。
「―――何か言いたいことがあるんじゃろ?」
「…《ホーム》での一見、忘れたわけじゃないからな」
「あれはどう考えてもおぬしが悪いじゃろ……」
「…冗談ですよ、冗談。……貴方を信頼してお願いがあります。どうか、今から見ることは他言無用にしてもらえませんか?」
「あいわかった。派手に暴れてやりんしゃい」
老人は呆れたようにカラカラと笑う。
激励の言葉に大きく頷いた彼女は、老人の代わりにブロウを諌めていたライトへ告げる。
「…じゃあ、いくよ?」
「ああ、俺たちでゴーレムを止めるぞ!」
ライトの宣言と共に、彼女らは歩みを進めるゴーレムを見据える。
こうして、たった四人のゴーレム進行阻止作戦が静かに幕を開けた。




