片鱗の目覚め
「くそっ、だったらなおの事失敗した! あの時どうにかしてでも核を壊しておけば……!」
ライトは忌々しげに歯噛みする。
あの場では両腕を落とすので精一杯だった。
もう少しだけ粘ったらと考えているようだが、あの短時間で両腕を壊すだけでも普通におかしい。
「核を壊せば動きは止まるの!?」
「止まる! 原理としてはゴーレムとあまり変わりない。違いがあるとすれば人工的なものなのか、自然に生まれたのかくらいの差だ!」
「じゃあ、ガラクタの核さえ壊しちゃえばいいってわけでしょ!?」
「裏を返せば核を破壊しないと止まらない。あんなに遠くにいるっていうのに、どうすれば……!」
接近する手段がないわけではないが、猶予はあまり残されていない。
いまこうしている間にもゴーレムは《ハーツ》へと進み続けている。
考えることだけにあまり時間は割けなかった。
かと言って、考えなしに近づいたところで何かできるというわけでもない。
さて、どうすべきか……。
と、ライトは進み続けるゴーレムへと目を向ける。
そんなさなか、視界の端にとらえたブロウの顔は、なぜか段々と強張っていた。
「……? どうかしたか?」
「どうしたか? じゃねぇよ! そりゃあ、オレだってどうにかしてぇけどさぁ……! あんたらが俺の足壊してから、移動すらままならねぇんだぞ!」
「何!? またその話!? さっき謝ったじゃん! 散々暴れてたくせに私たちのせいっていうの!?」
「ああそうだよ! 元はと言えば、アンタらが怪しい格好してたのが悪ぃ!」
「はあああああああ!?」
喧嘩をする暇はないというのにぎゃあぎゃあと罵り合いが始まってしまう。
その傍ら、ライトは二人を無視して考え込んでいた。
とにかくすぐそばまで接近しないかぎり、ゴーレムを解体する手段すら思考出来ない。
だとすれば、一番効率よい方法はただ一つ……。
やはりこうするしかないかと、少しばかり自虐的に嗤った。
これが自分のさだめと言わんばかりに。
いつの間にか口喧嘩を止め、深刻そうに話し合っていた二人の方へと向き合った。
そのまま、思いついた考えを口にする。
「なあ、バリュー。どうにか俺をあいつのところまで―――」
「絶対に嫌!」
「おい……」
彼の話を全て聞いたわけではない。
だというのに、バリューは即座に拒絶する。
それは嫌な予感から来たものなのか、はたまた長年の付き合いだからこそ察したのか。
彼女にはライトが何をやろうとしているのかはっきりと理解できていた。
「あんなに遠くまでは流石に飛ばせないし、一人だけ先に行かせると思う!?」
「だとしても、嫌とか言っている場合じゃないだろ!」
「わかってる! けど、まだ傷も癒えていないのにライトは一人で戦う気でしょ!? そんな無謀すぎること許すわけないじゃん!」
「そうも、言っていられないだろ!」
「大丈夫! それよりもいい手段はもう思いついてるから! ……二人とも決死の方法にはなっちゃうけどね」
そう言って足早に近づいたバリューは、ひそひそと耳打ちする。
確かに、精霊術師である彼女にしか出来ず、それ以外の選択肢を選ぶよりかは比較的成功率が高い手段だ。
ーーーそして、それ相応の覚悟も必要だった
「これなら、一人でやるよりもいいでしょ?」
「……わかった、それでいこう」
少し考えたのち、落ち着きを取り戻したのか、ライトはバリューの意見を呑んだ。
しかし、その様子を見て黙っていられない者が一人だけいる。
「おい、ちょっと待て! アレを止めるってのか!」
「ああ、作られた原因は俺にあるしな」
「それに私たちが止めなきゃ、多くの犠牲者が出るかもしれないんでしょ?」
「そうだとして、その怪我で行かなくてもいいだろうが!」
『大地の祝福』のおかげで二人の体から、表面上は怪我が無くなったのは事実だ。
だが、受けた痛みや失った体力と血液はそのままで、体内部の傷が残っているかもしれない。
そんな状態で行かせまいとブロウは二人の前に立ちふさがろうとする。
「「じゃあ、誰があの怪物の動きを止める?」」
「―――っ!」
目の前から消えた二人は立ちふさがるブロウよりも先に前へと進んでいた。
そのまま、有無を言われないように忠告する。
丁寧な物言いで、口調も先程と何一つ変わっていない。
だというのに向けられている背へ、これ以上言葉を投げかけたところで何の意味もなさないと直感的に思ってしまう。
二人がはっきりと伝えたわけではない。
だが、その後ろ姿だけで何が言いたいのかブロウでも容易に想像できた。
―――俺たちの邪魔をするな、と。
「おい、待てよ……!」
二人の内心に少し前まで芽生えかけていた安心感はとうの昔に失われている。
代わりというわけではないが、その瞳は一点をしっかと見つめ、口元を固く結びなおす。
そこに立っていたのはまぎれもなく、自らの定めを果たそうとする二人の騎士だった。
「待てって言ってんだグヘッ!!」
先へ先へと歩く二人に対し、足を引きずりこけながらも必死に後を追う。
一向に足を止める気配が無いからか、ブロウはそのまま言葉を続けた。
「こ、ここには俺と同じぐらい強ぇ奴が何人もいる! ソイツらがきっと……!」
「それは無いな」
「な、なんでわかんだよ!」
「俺たちが戦っているときに、そいつらは出てこなかった?」
「そんなの、関わりたくないからに決まっているだろ!」
「じゃあ、なんで私たちと関わりたくないと思っていたの?」
「自分たちの利益にならないからだろ!」
「ああそうだ。利益よりも不利益になりそうなことしかないからな」
「不利益……?」
あの二人組は欠けた体の代わりとなるものを探しつつ、略奪と虐殺を繰り返していた。
虐殺の噂を聞いた者は、よっぽどの命知らずでない限り、彼らに関わりたがらないだろう。
そして、自らの実力に自信があった実力者でさえも、彼らに敵わず返り討ちにされていた。
ことを、ブロウは思い出した。
「自分の命を懸けるほどの利益が無いから、あいつらはさっきからこの件に関わってこない……? ああそうか! だからこそゴーレムに至っては、奴らにとって大喜びの代物だってことだな畜生め!」
ライト達が罰としてカッパーへ更迭されたように、罪を犯してカッパーへ更迭された者は少なくない。
当たり前だが、そういった者たちは中央を憎んでおり、いつか滅ぼしたいと思っている者も多々いるだろう。
ならば、ゴーレムを破壊しようとするライトたちの邪魔しに来ると考えた方がおかしくない。
「まあ、十中八九、俺たちを殺しに来るだろうな」
「だから、余計な事をされないようなやり方で止めるしかないよね」
目の前にいる二人組は、すでに戦闘態勢に入っていた。
いつ会敵しても問題ないように。
「―――なあ、なんでだよ」
その場に座り込んだブロウはボソッと尋ねる。
目の前に立つ二人は逃げるような素振りを一切見せない。
先ほどの戦いでも、ブロウから受けた傷を引きずった状態での戦闘だったにも関わらず、二人は一度も撤退しなかった。
それが、ブロウにはどうしても理解できなかった。
「どうして、あんたらは故郷でもない国の為に戦えるんだ?」
「―――どうして……か」
行先へと急いでいた足が止まる。
それは未練がましく訴えてきたブロウに不憫さを感じたからではない。
ブロウの発したその言葉が、彼らの心のうちに引っかかったからだった。
「どうしてだろうな。あまり意識してなかったが……」
「明確な目的はなんて無いよ。でも……」
口を濁らせる。
きっと二人もよくわかっていないのだ。
なぜ無関係な自分たちが《クラッドレイン》の危機に立ち向かおうとしているのかを。
それでもーーー。
「自分の本心に常に忠実でいたい。それだけだ」
「何があろうと、絶対に諦めたくないからかな」
……それでも、二人ははっきりと告げる。
自らの誇りを当たり前のように口にする。
それこそが自分たちそのものなのだと言わんばかりに。
ハッとして顔を挙げたブロウは驚く。
さっきまで死にかけだった二人の姿は、その様子を見せることなく、眩い光のように輝いて見えた。
まるで、憧れていたヒーローのように。
「……そうか、だから『十忠』なんだよな」
『十忠』の本懐、それは所有者の心の持ちようなのだろう。
『誠実』のライト・ディジョンは、何に対しても誠実であろうとしている。
『不屈』のバリュー・ヴァルハルトは、どのような障害であっても諦めようとはしない。
その強い意志が二人を形作り、『十忠』としての立ち位置までも決めていた。
それなら、『信念』であるブロウ・ガルディンの誇りは、一体何だろう。
抱いているはずの意志はどこに向けられているのか。
何一つ持っちゃいねぇオレには、一体何ができんだ……?
そう自らに問いかけるほど、己の事を見つめてこなかったことを今になって後悔していた。
ブロウには、何もない。
戦うための手足は二度も奪われた。
……正確に言えば、二回目は自業自得の結果なのだが、それでも奪われたことには変わりない。
それに、ゴーレムを倒すための武力を現状持ち合わせていない。
ゴーレムへと近づく手段も無ければ、それらのデメリットを改善・超越できるような思考も持っていない。
―――だから、ブロウは何もできない。
「いや……違ぇ……! 違ぇだろ……!!」
(何もできない……んなわけがあるか! 絶対、オレにだって何かやれることが……!)
無い知恵を絞りあげながら、必死の形相で頭をフル回転させる。
『誠実』のように、偽らない心など持ち合わせていない。
『不屈』のように、何物にも屈しないことなど出来ない。
それでも、ブロウにだって負けられない『信念』がある。
(ああ、そうだ。オレもあの時大声で宣言してたじゃねーか)
頭の中にふっと湧き出したのは、ゴーレムを倒す手段などではなく、あの頃の記憶。
あの日、幼いころに心に誓った決意を……自分が叫んだ誓いを久しぶりに思い出していた。
それは、何も得られず、得る事を拒んだ自分が、それでもこれだけは持っていると抗ったもの。
(なんだ、この国で生きてきたのに、少し離れただけでこのザマか。笑えねぇな)
……きっと、なんだかんだで、昔を忘れたかったのだ。
暗い路地、乱雑に積み上げられた廃材、身の凍えるような寒さ、錆びた銅の匂い、怒号、悲鳴、嘲笑、暴言、悪意、怨嗟、復讐心、道端で無造作に転がっている死体死体死体死体死体……。
全部全部嫌だった。
早くこんな場所から逃げ出したかった。
残酷で理不尽で救いようがないこの国から出ていきたかった。
だから、《ホーム》へと、枢機者の城へと住む場所が変わって、きっと浮かれていたのだろう。
厭世的だったあの頃のブロウでも、国をよりよくしない枢機者への反発心を持っていた状態でも、《ホーム》への憧れは確かに心にあった。
……それが、自分を甘やかす、一番の原因となった。
あの世界へと戻りたくない。
今の幸せを噛み締めていたい。
そういった我儘な心が、昔のオレを否定し、心の奥底に仕舞い込んでいたのだろう。
あの頃に誓った決意と共に。
(……それじゃ、ダメだ)
今、こんな状況に立たされているのは、ただ自分の弱さから目を逸らしていた結末だ。
救ってくれた仄暗い世界で強く生きる“暗部”の人々を、無意識に愚弄していたと言っても過言ではない。
自分の事を救い、守り、育ててくれた故郷を否定するなんて、どれほど愚かな考えなのかブロウには理解できる。
それこそ、自分が一番嫌っている者たちと同類にまで堕ちてしまっていたのだから。
だとしたら……弱くて守られてばかりだったブロウには何ができる?
何のために、そして誰のために戦う?
その心は、一体どうあるべきだ?
(……そんなの、はなっから決まってんだろ!!)
ミシリと音を立てるぐらいに両拳を強く、強く握りしめ、決意を表すかのように壊れかけた足を使って大地を蹴る。
―――そこに、先ほどまでのブロウの姿は無い。
代わりに立っていたのはまぎれもなく、『信念』を誇る『十忠』、『炎熱のガルーダ』の姿だった。




