二十三階層 ゴール
「ぐす……こんなの酷い」
俺の目の前で朝倉さんは泣き崩れていた。当然だ。信じていた女神に裏切られたのだから。女神は俺達を使うだけ使い、用が済んだのでゴミのように投げ捨てた。
もう終わりだ。誰もがそう思うだろう。しかし、俺にはまだ一つだけ分からないことがあった。その謎を解明するために、最後まで進まなくてはいけない。
「朝倉さん、君は直接ここに来たから知らないだろうけど、この塔は二十三階建てなんだ。そしてここは二十二層、つまりここはゴールではないんだ」
「ぐすっ、それで最上階へ行ってどうするの? この塔の支配者であったルシファーはいないのよ?」
朝倉さんの意見は最もだ。最上階の一歩手前でラスボスを倒してしまった以上、最上階で俺達を待っているものはいないと普通は考える。だが、元ダンジョンマスターである俺は知っている。この塔の最上階にはまだ得体の知れない奴がいることを。
「ここでいつまでも泣いていても何も始まらない。だから先へ進もう!」
俺が最上階へ行くことを促すと朝倉さんもついて来た。最上階への扉はすぐに見つかった。二十二階層のすみに蹲るように一匹のゴブリンがおり、そいつが最上階への入口だった。
二十三階層花畑
この階層は黒川の手による改造は一切なかった。フィールドは花畑、そして、花畑の中央に拠点としてる白い城がある。だが、目的地は城ではなく城の後ろに設置されている巨大なガチャポンだ。
『おやおや。これこれは、元マスター随分お懐かしいですね」
相も変わらずに陽気な声で俺達を迎えたのは、ガチャポンに宿っているガチャの精だ。
『先のマスターである黒川様は私のキャラがお気に召さなかったようで、一度しかここに来ませんでしたから、退屈でしたよ』
黒川に対しての愚痴を吐くガチャの精、何となくだが、黒川とこいつは相性は良くないことは想像できた。
「ねえ? 津田君、こいつは一体何?」
朝倉さんの疑問は最もである。この巨大なガチャポンは何だと?初対面の奴なら誰でも思うだろう。しかし、多くの勇者や魔王を戦ってきた俺が言う場合その意味は違うものとなる。
「ガチャの精、いやナビ子、お前一体何だ?」
ガチャの精は初登場時にボロを出して、転移直後に王都から逃げ出した俺の心の中に語り掛け、ダンジョンのルールを教えてくれたナビ子と自分は同一人物だとばらしてしまったことがあった。あの時はスルーしたが今回は逃さない。
『何者ですか? 最初に言いましたよ~、私はガチャの精、アルカナ能力〈塔〉のガイドにして、マスターのガチャ欲を刺激する存在ですと』
どうやら、自分の正体が最初に俺に語りかけてきたナビ子だったのは認めたようだ。ならここが勝負所だ。
「ナビ子、俺は多くの勇者や魔王と戦い、様々なアルカナ能力やクリフォト能力を知り、またいくつかの能力を奪ってきた。どの能力をチートと呼べる反則さを秘めていたが、それらの能力にはなくて俺が最初から持っていた〈塔〉だけにあったものが一つだけある」
俺は大きく息を吸い、ガチャポンを指差し、腹の底から大声を上げる。
「それはお前だ!!」
それはお前だという声が辺り一帯に響いていく。ガチャの精は無言であったが、朝倉さんは理解が追いついていないようだ。
「ん? 津田君どういうこと、話を聞いている限り、これはダンジョンのサポートシステムのようなものなのよね?」
流石は朝倉さん、理解が早い、そこまで分かっているなら、俺が言いたいことはすぐに分かるだろう。
「ナビ子は確かにダンジョンのサポートシステムのようなものだ。まあ確かに最初は、多数のモンスターや広大なダンジョンを管理するための装置かと思って今まで気にしていなかったんだが、こいつは他のアルカナ能力ではありえないことを最初に喋った。ダンジョンルールつまりこのアルカナ能力〈塔〉ができることをルールと称して最初に全て俺に教えたんだ!!」
「?!」
この発言には朝倉さんもビックリしていた。当然である。全てのアルカナ能力は持ち主と共に進化するため、ある意味で色々な可能性を持つ。能力者は戦いを通じて自らの手で自分の能力の可能性を掴むのだ。
「アルカナ能力は持ち主と共に進化する。私の〈審判〉も最初は死ぬと勝手に蘇るだけだった。騎士団長との地獄の特訓で死後にパワーアップという能力が追加されたけど、それを実感するまでは、そんなことができるなんて知らなかったわ! 魔王ルキフグスは前回の勇者のおかげで知っていたけど」
朝倉さんの言うように全てのアルカナ能力は最初から何ができるかは分からない。にも関わらず、ナビ子は〈塔〉ができる全てをダンジョン作成時に俺に伝えた。そして、ナビ子が俺に教えた以上の事を俺は見つけられていない。なので、ナビ子に対してある仮説が生まれる。
最初から全てを知っていたナビ子の正体分からないがこれだけは言える。アルカナ能力〈塔〉とナビ子は全く別の存在である可能性があるのだ。
「もう一度聞く、ナビ子、お前は誰だ?」
俺の問いを聞き、しばらくの間、ナビ子は沈黙を貫く。そして、
「フォフォフォ、どうやらバレてしまったようじゃの」
今までの若い女性の声からうって変わって、老人のような声と共にポンッという音と響き、巨大なガチャポンは姿を変え、いかにも神様という感じの白いローブを着たおじいさんの姿になる。
「あ、あなたは?」
あの陽気な女性の声の正体がこんなおじいさんだったとは流石にビックリである。
「儂の名は、ケルビム、メタトロンの前に神をやっていたものじゃ」
「やるな、津田健也とやら、儂が〈塔〉に宿っていたことはメタトロンやルシファーですら見抜けなかったのじゃが」
「つまり、あなたは先代の神ということですか?」
朝倉さんの問いに対してケルビムと名乗る老人は頷く。
「そうじゃ、儂がメタトロンを後継者に指名した。その後はこうして隠居しているのじゃ」
「では何故、その隠居した先代の神が俺のアルカナ能力にいたのですか?」
これこそが、俺が最も聞きたいことだった。
「そうじゃな、理由は簡単じゃ。儂にはサンダルフォンという友がおってな、魔王と勇者どっちが勝つかという賭けをしておる。儂は勇者であ奴は魔王じゃ。とは言え、ただ賭けをするだけでは退屈なのでな。お互いに一人だけ選んで、そいつの頭の中で色々とレクチャーしてやることにしたのじゃ。ちなみに儂は少年の中に、サンダルフォンはナヘマーという魔王の中におる」
まさかあの女神よりも高位の存在が魔王と勇者の戦いで賭けをしていたとは、かなり驚いた。だが、同時に少しだけ嬉しかった。あの女神が頂点ではないことに。朝倉さんも同じようで少しだけ笑みをこぼしていた。
「二十一人いた勇者の中から、俺を選んだ理由は?」
「それは、お主が持っていた〈塔〉が最強のアルカナだからじゃ、軍団を作れる。天使を召喚できる。相手の力を奪える。これを最強と言わずして何を最強と言うのじゃ? じゃが、ダンジョンマスター不在時に、侵入者に最上階へと侵入されると能力を奪われるリスクもあるがな」
なるほど、改めて考えてみると、確かに最強だ。しかし、その強さに見合ったデメリットも存在する。
「儂がいなければ、お主はダンジョンのルールの全てを把握しないまま、中途半端に能力を使いこなしていたじゃろう」
ケルビムの言うことは最もである。自分の能力の謎が判明し、すっきりした俺はこのご老人に「ありがとうございました」と感謝の言葉を伝えた。
「うむ、素直なことは良いことじゃ。さて、お前さん達、メタトロンとルシファーの戦い、即ち魔王と勇者の戦いは終わった。それに、お主達は儂の存在にも気付いた。よって二人に褒美をやろう。さあ、願いを言うのじゃ」
突然報酬をやると言われ俺の心が躍った。朝倉さんも同じようで、目を輝かせている。そんな俺達を見て、ケルビムは少しだけ困った顔をした。
「あ~すまんのお、言葉が足りなかった。メタトロンと違って儂の場合は、願いを叶える人間の運命力によって叶えられる願いの大きさが変わるというのを言い忘れていた」
「?……どういうことです?」
「人間には生まれながら運命力というものがある。これは世界に対してどれだけ影響力を行使できるかという力なのじゃが、例えば、朝倉という少女の運命力は非常に高い、何だってできるだろう。だが、申し訳ないが、津田という少年の運命力は凡人程度なので、大したことはできない。とは言え、どちらも人間ではできないレベルの事は叶えられるがのお」
ここに来て、元のスペックの差を思い知らされるとは、確かに完璧超人の朝倉さんは総理大臣になっても不思議ではないという雰囲気を常に漂わせている。それに対して俺は凡人レベルだろう。
「う~ん、どうしようか」
先程まで神宮司達を生き返らせてと叫んでいた朝倉さんだが、何でも願いが叶えられると聞き、考えを変えたのか、凄く悩み出した。しばらくすると願いが決まったのか、意を決したかのように言う。
「では、私の願いを言います。私の願いは、やり直すことです。時間を三年生進級時まで戻し、かつ、私達三年三組を勇者候補から外してください」
「「なっ!」」
この願いには俺もビビったが、ケルビムも驚いたようで、口を大きく開けている。
「私の運命力なら何でもできると言いましたよね?」
間抜け面を晒しているケルビムに自分の願いを叶えるように迫る朝倉さん。俺は少し怖かく感じたが、流石は元神であるケルビム、すぐに我に返り毅然としたした態度で尋ねる。
「確かにメチャクチャな願いではあるが、ギリギリで叶えられる。じゃがいいのか、朝倉とやら? お主の願いは、これまでのお主の戦いの全てを否定するのじゃぞ!」
「構いません。私はこの世界では輝けない。 文化も民度も低いこの世界など糞食らえです! 私は子供の頃から描いていた人生勝ち組の道を文明が成熟した日本で突き進みます!」
よっぽど辛いことがあったのだろう。朝倉さんの言葉からは、この世界に対する愛着は一切感じられなかった。だが、この願いをケルビムに叶えさせていけない。俺だってもろに影響を受けるからだ。その事が分かっているのか、ケルビムは白髪の掻きながら困った顔をする。
「う~む、これは困ったぞ。一部の人間は時間を戻せばパラレルワールドというものが発生し、世界が枝分かれすると思っているが、そんなものはない。時間を戻せば、儂などの超高位の存在と特異点となる朝倉を除いて、あらゆる世界の全ての知的生命体の頭の中から戻した分の記憶と記録が失われるのじゃ。そして起こった全てが無に帰す」
「つまり、どういうことですか?」
「この願いを叶えた場合、津田君、お主はこの世界で暮らした全ての記憶を忘れ、いじめっ子に逆戻り。この世界でお主が生み出したダンジョンモンスターも存在しないことになる。さらに異世界転移もしないわけだから、クラスメイト達からいじめられたお主は、家で引きこもり、そのまま留年の可能性もあるのお」
引きこもりの頃の俺に逆戻りだと! 冗談ではない。朝倉さんの願いは想像以上に俺に影響を与えていた。
「大丈夫よ。私は記憶を引き継ぐから津田君がいじめられないように責任を持ってクラスの仲を取り持つわ」
心配しなくてもちゃんと面倒を持つという朝倉さんの言葉に恐怖を感じた。高木や俺は自分の行動がみんなの迷惑になることを少なからず恐れていたのに、この女は、自分以外の全ての人間の人生の一部を否定しても自分には一切関係のないことのようである。
「朝倉さん、君の願いは叶えさせない!」
「では、あなたの願いは何?」
暴君と化した朝倉さんに立ち向かってみたが、反対に自分の願いを尋ねられて勢いが衰えてしまう。
「津田君、あなたのような格下の存在は黙って私の言う事を聞いていればいいのよ。そうすれば幸せになれるわ」
俺が最上階へ連れてこなければ二十二階層でいつまでも泣いていた癖に、調子を乗った朝倉さんはとうとう俺の事を格下と呼び捨てた。こうなれば、もう腹をくくるしかない。俺もこの暴君に立ち向かうために、自らの願いを言う。
「俺の願いも朝倉さんと同じでやり直すことだ! でも朝倉さんのように過去からやり直しはしない。今からやり直す。よって、俺の願いは死んでいった三年三組の全員の復活だ! それくらいならできるでしょう神様?」
「うむ、ルシファーである黒川と悪魔になった高木という少年以外なら、生き返らせることはできる。しかし、朝倉と津田、二人の願いは同時には叶えられん。どちらの願いを叶えるのかお主ら二人で決めるのじゃ!」
幸いにも俺の願いは聞き届けられた。だが、ケルビムが言うように二つの願いは同時には叶えられない。お互いに譲れない以上、力で決着をつけるしかない。
「剣を抜きなさい津田君、最後の勝負よ!」
「望むところだ朝倉さん!」
お互いに鞘から剣を抜き向き合う。こうして塔における最後の戦いの幕が切って落とされた。
全ての能力を無効化する朝倉さんの〈無神論〉が二十三階層を包む。しかし、この場に満ちる力は〈無神論〉だけではない。俺も全神経を研ぎ澄まして高木から託された〈愚者〉の力に全ての精神力を乗せた結果、朝倉さんの〈無神論〉と同様に触れなくても周囲に影響を与えるようになった。
「まさか、あなたも能力の無効化ができるとはね」
「ああ、どうやら土壇場で進化したみたいだ」
朝倉さんの願いが叶えば、俺のこれまでの全てが無に帰す。サクラ達の存在も消える。そう思うと不思議と体の底から力が沸いて来た。
「しかし、お互いの無効化能力が激し過ぎて魔法も使えないとはね」
朝倉さんが言うように、〈愚者〉と〈無神論〉は能力だけではなく魔力や魔法の威力までも減少させる。そして、今二つの無効化能力が万全の状態で機能しているため、この階層では能力はおろか魔法すら使えなくなっていた。
「剣のみで勝負ということね」
「その通りだ」
こうして始まった最後の戦いは、お互い剣のみで勝負という寂しいものとなった。
あれから、何回打ち合ったか分からないくらいに剣と剣がぶつかり合う。剣術において俺と朝倉さんの腕前は互角であった。そのため、いつまで経っても決着がつかない。そのことに苛立った朝倉さんが吠えた。
「何故!? 何故っ、津田君、あなたはこの世界に固執するの! 民度も低くて技術力も低い、民主化もされていない。こんな野蛮世界は私達日本人にはふさわしくない。生きていくのだって難しいわ! それが分からないの?」
どうやら朝倉さんは中世ヨーロッパレベルのこの異世界そのものが御嫌いのようである。
「津田君、思い出しなさい! あなたはずっと引きこもっていたのよ、日本では狭い部屋に引きこもっていても生きていける法制度が整っているわ。さらに部屋にいながらネットで世界中と繋がっていられるのよ。それに対して、この世界では部屋に引きこもって養ってもらうなんて不可能なのよ!」
朝倉さんの言葉と共に彼女の剣の重さが増す。
彼女の言っていることは間違ってはいない。今の日本ほど引きこもりに優しい国はないだろう。だが、彼女に言いたいことがある。
「朝倉さん、俺はね、引きこもりを卒業したんだ! そして、俺を引きこもりから救ってくれたのはこの世界だ。この異世界に来なければ俺はいつまでも引きこもっていたままだったよ!」
そう俺は変わったのだ。女神の思惑はどうであれ、俺は確かに変わり、前に進んだ。
「それに、日本だって昔は君が嫌っている民度が低い国だった時期がある。社会が成長した分、生きるのが楽になっただけだ。俺はそれに甘えてしまい、いじめから逃げ出して引きこもりなった。それは事実だ。でも!」
俺は残った力を振り絞り剣を振るう。
「朝倉さん、君がこの世界を否定して快適な暮らしが送れる日本のみを選択するというのなら、君こそ閉ざされた快適な環境に甘んじる引きこもりではないのか!」
「なっ?!」
流石に引きこもりと言われてショックを受けたのだろう。動揺した朝倉さんの手が一瞬だけ止まった。そして俺はその隙を見逃さなかった。
「ここだ!!」
俺の剣は一瞬で、朝倉さんの両手を斬りおとす、さらに止めを刺すために、そのまま彼女右肩から反対の方の脇へかけて剣を斬り下げた。
「ぐはっ!」
鮮血が辺り一面に飛び散り朝倉さんの体は崩れ落ちた。勝負はついた。勝利者となった俺は血まみれ横たわる彼女の方を見る。
「俺の勝ちだ」
「そ、そのようね。あなたの能力のせいで〈審判〉の機能が停止しているのが分かる。私は死ぬのね」
死を覚悟した朝倉さんには水を差すようで悪いが、俺は彼女が忘れてるであろうことを告げた。
「俺の願いが叶えば君は蘇る」
「ああ、そう言えばそうね。この戦いは命ではなく、互いの未来の賭けていたわね」
朝倉さんの顔から急速に生気が失われていく。もう長くは持たないだろう。
「ハァハァハァ、あ、あなたが言うように私は日本のような甘い世界でしか生きられない。日本に帰還できないなら、この世界を日本のように甘い世界にするわ。争いもなく物に溢れて情報が発達した世界に、引きこもりにも優しい世界にね……」
その言葉を最後に朝倉さんはこと切れた。俺はまだ彼女に言いたかったことがあったが、生き返った後に言うのにあれなので、この場で言うことにした。
「朝倉さん、君は引きこもりではないよ。他人を拒絶しないんだからね」
あの時は隙を作るために、朝倉さんにお前は引きこもりだと言ったが本当は違う。俺を含めて世の中の引きこもりの原因の大半は人間関係だ。なので、人間関係が円滑だった朝倉さんの事を引きこもりという枠に入れるのは何だか申し訳なかった。
そして、それが分かっているからこそ、俺はクラスメイト達の復活を願った。彼らとよりを戻すことで、初めて引きこもりを脱却したと思っているからだ。




