二十二階層 たどり着いた世界
高木の遺言通りに、二十一階層にいたゴブリンを倒した俺の前にラスボスである黒川が控える次の階層への扉が現れた。
「さて、行くぞ!」
必ず黒川を倒す、倒してダンジョンを仲間を取り戻す。俺は改めて決意を固め、扉をくぐった。
「う、これは!?」
二十二階層のフィールドは、リンゴやミカンなどの木が生えている果樹園であった。この光景を見て俺の脳裏に一瞬エデンの園という単語が閃いたが、悠長に感想述べている場合ではなかった。
「何!? この感覚は間違いなく〈愚者〉の無効化を受けた時と同じ感覚。一体何故?」
そう、二十二階層全体から感じるこの重圧感はアルカナ能力〈愚者〉と同じ感覚だ。その証拠に、今の俺はいかなるアルカナ能力も使用できないでいた。それどころか魔力を出すことすら困難であった。
これは、過去最高にマズイ、勢いだけでここまで来たが、それが可能だったのは俺が多数のアルカナ能力を持っていたからに他ならない。そして、その全てをこの階層に侵入しただけで失った。まだ戦いはおろか黒川の顔すら拝んでいないというのに、
「これはヤバいぞ、バレているとは思うが、一応隠れながら探索するか」
姿勢を低くし、リンゴやバナナ、オレンジなどの実のなる木々を隠れみのしながら進んだ。しばらく歩くと俺は梨の木の下であるものを見つける。
「こいつは確か……」
梨の木の下で見つけたそれは、以前王都で見た第四魔王アスタロトの上半身だ。今の俺ほどではないが、魔王だけあってそれなりに強いはずの奴が、腹から下を切られて木に寄りかかるようして絶命していた。
「一体何が起こっている?」
状況が全く理解できない俺であったが、ふいに強い魔力を感じたので、状況を把握すべく魔力の感じた方へと恐る恐る進んだ。全方位に警戒しつつしばらく歩くと広場のような場所に出る。そして、そこには二人の人物がいた。
「あれは……」
一人は瀕死の重傷を負ったのか赤い血を浴び、立つことできずに地面に横たわっていた。そしてもう一人は右手に剣を持ち、地面に倒れた方を見下ろしている。あの二人は誰かと思い木々の間から顔を出すも、ここからでは遠くて顔がよくわからない。
一体誰だと、強い視線を送ったのに気付いたのか、見下ろしている方が大声を上げた。
「そこにいるのは分かっている。出てきなさい!」
バレた以上、いつまでも隠れていては相手を怒らすだけだ。俺は腹をくくって広場に出て二人に近づき、その正体を見て心の底から驚きの声を上げてしまう。
「あ、朝倉さん!?」
「あら、津田君、あなたもいたのね」
見下ろしていた方は何と死んだと思われていたクラス委員長の朝倉楓であった。そして、地面に倒れていた方はなんと、
「黒川……」
黒川いや、魔王達のリーダー、ルシファー、圧倒的強者であるはずの彼女が何と全身に深い傷を負い地面に倒れている。意識はあるようだが、一目見ただけで戦うのは不可能だろうと思えるほどに弱っていた。
「朝倉さん、これはどういうことだ?」
状況がさっぱり分からない俺は、ここで何があったのかを朝倉さんに尋ねる。
「どういうことも何も、全ての元凶である黒川さんに化けたルシファーを倒しただけよ」
朝倉さんのそれがどうしたのという態度に背筋が凍った。てか何で俺より先に最上階にいるの? どうやってあのルシファーをほとんど無傷で倒したの? そもそも今まで何をしていた? 聞きたいことが山ほどある。俺は朝倉さんを問い詰めると彼女は簡単に口を開く。
「じゃあ、最初から話すわね」
長々と語った朝倉の話をまとめるとこうだ。ローレンス王国を出た朝倉さん達は、第七魔王バールを倒し、勢いに乗ったまま僅かな伝承を頼りに、ルシファーの抜け殻であったとされる第一魔王サタンが住むという山脈に赴き、サタンを見つけ戦闘に入る。戦いは熾烈を極めたが、想像を絶するサタンの力の前に敗北、朝倉さん以外の三人は死亡という最悪の結果に終わった。
朝倉さんには、アルカナ能力〈審判〉があるため、何度でも蘇ることができるが、何度復活したところで、サタンには勝てないと感じ絶望したそうだ。だが、そんな朝倉さんに対してサタンがある提案をする。
『主なら、我の憤怒に耐えられるのお、どうじゃ、我の代わりにサタンをやらんか?」
理由は詳しくは分からないが、どうやらサタンは自分の力を引き継げる後継者を探していたみたいで、その後継者に朝倉さんが選ばれたのだ。
朝倉さんは仲間を奪ったサタンの申し出に最初は拒絶したが、サタンの言った『ルシファーを倒せば女神がきっと何でも願いを叶えてくれるぞ、だが、今のお主ではルシファーには勝てない、しかし我の力を継げば余裕で勝てるじゃろう』という発言を聞き考えを改め、渋々サタンの申し出を受け入れた。
引き継いだサタンの力は凄まじく、魔力が大幅に向上し、空間魔法を始めとした多彩な魔法を身に着ける。
そして、朝倉さんは人間の街に戻り、情報を集め、以前訪れたこのダンジョンをルシファーこと黒川が拠点にしていることを知り、一気にルシファーの元へ転移したのだ。
どうして、俺のアルカナ能力〈世界〉ではダンジョン内に転移できなかったのに、朝倉さんはできたかというと彼女がサタンからもらったクリフォト能力〈無神論〉のおかげらしい。
魔王サタンの持っていたクリフォト能力は〈無神論〉、アルカナ能力〈愚者〉と同じく能力を無効化するというものである。そのおかげで、隔絶空間を無視して一気にルシファーの元へたどり着き、〈無神論〉でルシファーを無力化した上でボコボコにし、現在に至る。
いやもう空いた口が塞がらない。朝倉さんの冒険譚も凄いが、それ以上に俺の心を占めたのは深い悲しみであった。
全ての元凶が倒されたというのに、何が悲しいかというと、それは俺がボスと一度も戦えていないということだ。アドラメレクはガブリエルが倒した。王都奪還戦の時は四体の魔王がいたが、一体も倒せずに終わり、ルキフグス戦ではほとんどミカエルが戦って最後の最後に止めをさしたため、未だに実感が沸いてこない。
そして、今回、倒したダンジョンモンスターやガブリエルや高木の思いも背負って、ようやくここまで来たというのに、来てみればもう肝心のルシファーは突然現れた朝倉さんによって虫の息である。
肩透かしを食らったというレベルではない。てか朝倉さんは一体何なんだよ! これまでほとんど出てこなかった癖に人の手柄を取るな!
「お前も何で簡単にやられているんだよ!! あれだけ黒幕オーラ出してて負けんじゃね!!」
俺は八つ当たりとばかりに、大の字で地面に倒れている黒川に向かって吠えた。
「くっ、いくら、私でも、私本来の力を持つサタンの力を受け継いだ奴には勝てない。後少しでエンド・ストーンの解放が成ったというのに実に残念だ」
痛みを堪えながら、黒川は敗北を認める。随分としおらしくなったものだ。以前はあんなに悪者顔していたというのに。俺は情けない黒川の姿を見て、ここまで練り上げていた気力がなくなっていくのを感じた。
もうどうしたらいいのか分からない俺は、今後どうするかと一人考えこんでいると、突然階層中を光が包み込んだ。
「「この光は!!」」
朝倉さんは、初めてだろうが、俺と黒川には見覚えがある光景だ。そう、女神メタトロンの降臨である。
「よく、ルシファーを倒しましたね。褒めてあげましょう」
降臨したメタトロンは開口一番に最大の功労者である朝倉さんを讃えた。それに対し朝倉さんは目を丸くして驚いている。当然だ。彼女は藤原先生が女神であることを知らないのだから。
「えっ? 藤原先生ですか? どうしてこんな所に?」
正直言って、説明するのもめんどくさいが、朝倉さんだけ周回遅れなのはかわいそうなので、俺は王都での女神降臨から簡潔に説明する。幸いなことに朝倉さんは理解が早いのですぐに状況を把握してくれた。
「なるほど、つまり、同僚であるルシファーが倒されたから顔を拝みに来たと」
朝倉さんの見解に女神自身が肯定した。
「その通りです。朝倉さん、やはりあなたは優秀ですね。さてルシファー、時間は十分に与えたつもりです。自分の行いに、神に逆らったことに対して反省しましたか?」
女神の問いを聞くと、ルシファーは傷だらけの体を奮い起こして立ち上がり、女神に対して不敵な笑みをこぼす。
「ふん、今回は負けはしたが、私は諦めない! 何度でも這い上がってやる!」
ボロボロの奴とは思えないくらい威勢のいい声である。しかし、女神はお気に召しなかったようだ。
「最後の警告です。私はあの方に選ばれた真の後継者です。それにあくまで背くと言うのですね。ルシファー?」
「ああ、そうだ! その通りだよメタトロン、私は決して貴様に屈しない!」
「はあ~」とメタトロンは美女には似つかないほど盛大にため息をつくと、右手をルシファーに向けた。
「では、名残り惜しいですが、あなたとはこれで最後です。神だけが使える魂の破壊を受け安らかに逝きなさい。 悪しき魂に救済の光を!!」
メタトロンの光を浴びルシファーの体は音もなく消え失せた。ルシファーも自分の最後だというに悲鳴一つ上げない。この戦いの最後を締めくくるには何ともあっけない光景であった。
「これで、ルシファーの魂は完全に破壊され、二度と転生できないでしょう。この戦いもお仕舞です。私も天界に帰るとしましょう」
ルシファーを滅ぼした女神は一仕事終えたサラリーマンのように天界に帰宅しようとするが、それを朝倉さんが慌てて止める。
「ま、待ってください。先生いや女神様、ルシファーを倒せばあなたが何でも願いを叶えてくれると聞きました。そして、ルシファーを倒したのは私です。どうか私のお願いを聞いて下さい。小町を死んでいった仲間達を生き返らせてください!」
朝倉さんは膝を折り、祈るように女神にお願いする。しかし、朝倉さんの願いを聞いた瞬間に、人間味があった女神の顔から表情が失せ、まるでごみを見るような眼で朝倉さんを見る。
「朝倉さん、あなたは確かによく頑張りました。そこにいる津田君よりもよっぽど頑張ったと言えるでしょう」
「なら……」
「しかし、朝倉さん、あなたは将棋を指して王を取った駒に恩賞を与えますか? 与えないでしょう? ゲーム盤の駒風情に一々褒美をやる人がどこにいますか?」
ルシファーの警告が、高木の懸念が現実のものとなる。女神のあの顔を見れば一目瞭然だ。あの女神は無理矢理異世界に転移させた俺達に褒美の一つも出さないということがすぐに分かった。反対に朝倉さんは今にも泣き崩れそうである。
「そう言うことです。魔王を倒したら願いを叶えるというのは、あなた達が頑張れるように発破を掛けたに過ぎません。では、さようなら。最後にあなた達は前回の勇者よりは使えた駒だったと言っておきましょう」
その言葉を最後に、目を塞ぐほどの閃光が走り、女神メタトロンの体は跡形もなく消え失せた。
「うっうううう、みんな」
後に残ったのは、呆然と佇む俺と、仲間を生き返らせるために、女神を信じてここまで来たのにも関わらず裏切られた少女のすすり泣く声だけであった。
明日更新予定の二話で完結の予定です。
最後まで見てくだされば幸いです。




