リリア王女
「ここはどこだ?」
目を覚ますと、見知らぬ部屋のベット上で寝かされていた。
最初はベットで寝ながら、ここはどこかと思ったが、疑問はすぐに、何故見知らぬ場所で寝ているに切り替わる。
「確か、俺は……」
しばらくの間、寝たままこれまでの事を振り返る。やがて全てを思い出した。
「そうか、黒川にダンジョンを奪われ、そのまま意識を失ったんだったな……」
状況を把握した俺は起き上がり、次にここがどこか知るために窓の外を見る。窓の外には見渡す限りの大都市が広がっていた。
とは言っても、建築技術はローレンス王国の王都トランシルバと大差ない。しかし、トランシルバとは比べものにならないほどに人に溢れかえりと地平線の先まで建物が続いている。
その光景を見て、ここがどこかはすぐに分かった。何故ならセレンを出て戦場へと赴く際に一度来ているからだ。
「なるほど、ここはエスカドラ帝国の帝都アーウィンか……」
落ち目とは言え世界最大最強の国家であるエスカドラ帝国、そしてその帝都アーウィンは世界の中心と言われるほどの大都市である。
詳しくは分からんが、どうやらアルミで意識を失った俺は何者かにこの帝都まで運び出されたようだ。
状況をそこまで把握した時、突然、部屋のドアを開けメイド服を着たおばさんが入ってきて、目覚めた俺の姿を見て大声を上げた。
「ああああああ!!! 起きている! どうしましょう?! そうだ!早く姫様にお知らせしなければ!!」
おばさんは悲鳴にも似た絶叫を上げると、部屋を出てどこかへ行ってしまった。数分後、慌てた様子で二人の女性が部屋に戻ってくる。一人は先程のおばさんでもう一人はこの世界に転移直後に一度だけ姿を見たローレンス王国のリリア王女であった。
どうやら俺は一か月近く眠っていたようだ。それだけ長い間、寝ていた人間が突然目を覚ませば確かに驚いても仕方ない。
おばさんは俺の体の健康状態を確認すると、何も言わずに退室した。そのため、狭い室内には俺と王女の二人だけとなった。昔の俺なら女の子と二人になればドキドキしてしまうだろうが、つい最近まで女をやっていたので、もはや何も感じない。なので、王女の顔を観察することにした。
転移直後に逃げ出したため、リリア王女の姿は一瞬しか見なかったが、改めて見ると凄い美少女だ。今はまだ少し幼く見えるが将来的にはガブリエルやエリザベスに匹敵する美女となるだろう。
俺に見つめられて少し照れたのか、リリア王女は顔を少し赤らめながら、話掛けてきた。
「えっと……津田健也様でよろしいですね?」
リリア王女のその一言で、俺は自分が男に戻ることができていた事を改めて実感する。
「ええ、そうです。俺の名前は津田健也です。それでここはどこなのでしょう?」
俺の返答にリリア王女は少しだけ笑みを含みながら答えた。
「ここは、エスカドラ帝国の帝都にある在ローレンス大使館です。それにしても目を覚まされて本当に良かった。あなたが私達の最後の希望なのですから」
最後の希望どういうことだ?
「順を追ってお話しますが、その前にお尋ねします。あなたはセレンでバベルという偽名で冒険者登録をしていましたね?」
ギクッ!? それがわかっているという事は俺が女だっだということがバレているということである。
「吉村様からあなたが大天使様の魔法で少女の姿になっていると伺っていました。ですが、吉村様から放っておいてあげてとお願いされていたため、今まで接触を控えていましたが、陰ながら監視させて頂いていました」
そう言うと、リリア王女は頭を下げて内密に監視していたことを謝罪したが、俺は今まで監視に気づかなかったことでびっくりした。
「全く気づかなかった」
「ふふふ、そちらの世界ではスパイとか忍者とかおっしゃるようですが、王国にも密かに情報を集める集団がいるのですよ。それであなたが戦争、世間ではルキフグス戦役と呼ばれていますが、この戦争に連合軍第三軍として参加し、三公爵の一人であるベリアルを倒し、お一人で魔王の元へ向かったのまでは把握していますが、その後何があったのかは掴めておりません。あそこで一体何があったのですか?」
リリア王女に尋ねられた俺は、見たこと事や起きた事を全て話した。俺の話を聞き終わるとリリア王女はしばらく無言を貫いたが、やがて理解したのかゆっくりと口を開く。
「…そうですか、亡くなられたホンゴウ様の正体が大天使ミカエル様だったとは正直驚きです。それにあの塔の支配権が黒川華凛いや魔王のリーダーであるルシファーの手にあるとは最悪な状況ですね」
理解が早くて本当に助かる。今度は俺が王女に知っている事を尋ねた。
「分かりました。ではあの戦争の結末から順にお話ししましょう」
リリア王女の説明を要約すると、ルキフグス戦役は多大な犠牲を払いつつも勝利を収めたらしい。だが、世間の一部からは敗北だと言う声も大きいそうだ。
「帝国主体の第一軍は半数近くの兵力を失い。共和国主体の第二軍はほぼ全滅、冒険者主体の第三軍も三割近い犠牲を出し、何より各国からの重鎮が集まっていた連合軍本部も敵によって破壊させられました。これでは敗北したと言う声があっても仕方ないでしょう」
まあこれだけの被害が出れば普通は負け戦だ。だが、
「ですが、敵の拠点であるアルミが壊滅し、魔王ルキフグスが戦死した事で状況は一変しました。残ったアザゼルとガアプは残存する魔物の群れと共にどこかに身を隠したため、結果的にブルゼ地方は魔王の手から解放されたのです」
まさに肉を切らせて骨を断つ。多くの人命と引き換えに魔王という敵の心臓を討てたことで人類は辛勝した。
リリア王女が言うには、その後、先遣隊がアルミでギルド本部長ホンゴウと魔王ルキフグスの遺体と意識を失っていた俺を発見したことから、世間では魔王と相打ちしたと思われるホンゴウと勇者である俺を英雄として崇めているそうだ。
「英雄か、少し照れるな!」
「勇者が着ている黒い服を着たまま外出すれば、町中からチヤホヤされますよ。それだけの偉業をあなたは果たしたのです。ですが……」
リリア王女の雰囲気が一気に暗くなった。そして幼さが残る顔には似合わない真剣な表情となる。
「落ち着いて聞いてください。我々が把握している情報を精査した結果、現在この世界で生き残っている勇者はあなた一人です」
一人? 他はどうした。状況がいまいち飲み込めない俺に対し、リリア王女ははっきりと告げた。
「魔王ベルゼブブ討伐のため、カナン大森林に赴いた吉村様を含め七人の勇者の遺体をつい先日回収致しました。大天使ラファエル様とウリエル様も天に召されたようです。そして、二か月前から一切居所がつかめていない朝倉様達四人がすでに亡くなられているとした場合、寝返った黒川・高木の両名を除けば、生き残っている勇者は津田様、あなたのみです」
う、嘘だろう。あいつらが死んだ?
俺はショックの余り、しばらくの間、声が出せなかった。
朝倉さんや吉村さん達に対してそこまで仲間意識はないと思っていたが、彼女らが全員死んだと聞き、俺は悲しみと孤独感を感じた。やはり、同郷という事が大きいのだろうか。どちらにせよ、日本の思い出を語れるのは敵である高木と黒川だけになってしまったようだ。
「そ、そうか、本当に俺は一人ぼっちになってしまったのか……」
クラスメイト達だけではない。今の俺はこれまで支えてくれたダンジョンモンスター達も失っている。
「うっううううう……」
孤独を感じ、自然と涙がこぼれる。リリア王女も心中を察してか、何も言わずに僕を見守ってくれた。
引きこもりだった俺には失うものはないと今まで思っていたが、気づかぬうちに多くの大切なもの得ていたようだ。
人は失って初めて大切さに気づく、その言葉の重さを俺は初めて知ったのであった。
しばらくの間、泣いていたが、ふいに大切なことに思い出し、泣くのを止めた。
「そう言えば、俺のパーティーメンバーだったサクラとクーアンは?」
サクラとクーアン、ベリアル戦後に力尽きた二人を、俺は第三軍の司令官であるカリヤに預けていた。その行方が気になったのだ。
リリア王女は再び残念そうな顔をして答える。その顔を見て最悪の事態を想像してしまったが、少し違った。
「本当に申し訳ありません。第三軍が保護したその二人なのですが、一か月前に突然光の粒となって消えてしまったそうです。その光景を見ていた者達も理解できない状況だったそうで……」
リリア王女は、その後ずっと謝罪の言葉を口にしていたが、その言葉は俺の耳にはほとんど入って来なかった。何故なら、光の粒子になって消えたという現象が気になったからだ。
体が光の粒子になるという現象が見られるのは、ダンジョンモンスターがダンジョン内で死亡した場合のみ。そして、死んだモンスターは一時間後に復活する。ただしそのルールはダンジョンの外では適応されない。現に王都奪還戦で死んだモンスター達は光の粒子にならずに、死体となった。
つまり、ダンジョン外で光の粒子になるという現象は本来はあり得ないのだ。
死んだわけではない。なら生きているのか?だが、そうなるとどこに消えた?しばらくの間二人の行方を考えたが答えは一つしか思い当たらなかった。
「やはりあの塔しか考えられない」
理由は分からないが、二人がいるのは黒川に奪われた俺の引きこもり部屋であったダンジョンの可能性が一番高い。
そして、同時に俺は思い出す。黒川と高木があの塔の中で待っていることを。ここまで至れば今後するべき事は明白だった。
俺は、リリア王女の顔を改めて見つめ宣言した。
「リリア王女、俺はこれから塔に戻ります。そして、失ったものを取り戻します!!」
〈貪欲〉を使えば、黒川から〈塔〉を奪い返せる。しかし、黒川の正体は堕天使の長ルシファー倒すのは容易ではない。
しかも敵はルシファー一人ではない。因縁の相手とも呼べる高木や大天使ガブリエルもいるし、何より俺がガチャで生み出した延べ三千体ものダンジョンモンスター達も今回は敵である。敵の数は膨大かつ強大、それに対してこちらの戦力は俺一人である。
つまりこれから俺は、たった一人で自分が作ったダンジョンを攻略するわけだ。
辛く厳しい戦いが待っているのは明白、しかし、負けるわけにはいかない。何故なら俺は失った仲間と居場所を取り戻せなければならないからだ。
必ず勝つ! そして全てを取り戻す。
塔から遠く離れた帝都で、俺はそう強く決意するのであった。
そして、この戦いは千年続いた魔王と勇者、ルシファーとメタトロンの争いにおける最後の戦いとなるのだが、この時の俺は、まだ知る由もなかった。




