ラストステージの幕開け
「うお!? 気付かれた!!」
建物の陰から、ルキフグスと見慣れぬ美女の戦いを見物していた俺だが、ルキフグスがヴァンパイアに憑依していることを知り動揺しバレてしまう。
そして、俺の存在が気に入らないのか、すぐに剣を振り襲いかかるルキフグス。その余りの行動の速さに俺は反応できなかった。突然襲いかかってきたルキフグスの速さは尋常ではない。対して俺は剣を鞘に納められたままであり、戦闘準備ができていない。
これは、やられる!?
と思い、思わず目をつぶってしまった俺。だが、どれだけ待てどルキフグスの刃が俺の体を切り裂くことはなかった。
ん?
不思議に思い、目を開けると世界から色が失われていた。モノクロの世界といった方が分かりやすいか、それと音も聞こえてこない。静寂というレベルではない。聴覚が機能していないかのように、何一つ聞こえないのだ。
そして、俺の前には、剣を構えたまま静止していたルキフグスがいた。
「これは?!」
最初は何が起きたのか理解できなかったが、自然とある言葉が脳裏に蘇り、全てを理解する。
『そのせめてものお詫びとあなたに対する今後の期待から特別に津田君に私のアルカナ能力〈世界〉の一部をお渡ししました。一部なので私のように万能ではありませんが、基本能力である地形変化と後、使いこなせば時間停止と空間転移くらいはできるようになるでしょう』
女神が俺にアルカナ能力〈世界〉を渡した時に言っていた事を思い出し、自身の持つ〈世界〉が進化したことを悟った。
「……そうか、これが停止した時間か…」
初めて経験する時間停止に感動するが、すぐに時間を止めるには大きな代償を伴うことを知り焦る。
「うん?……ヤバッ!! 凄い勢いで魔力が消費されているじゃん!!」
すさまじい勢いで魔力が消費されている。恐らく一分もすれば、ルキフグス並みの魔力量を持つ俺の魔力が完全に底を尽きるだろう。
俺は、慌てて時間を動かそうとするが、その前に折角止まった時間なので何かしようと思い、目の前で停止しているルキフグスを剣で切り裂いてみることにした。
「!? やっぱだめか!」
ルキフグスの体はすごく硬い、最初は〈拒絶〉で弾かれたのかと思ったが、地面にも斬りつけると同様に弾かれてしまった。どうやら、時間停止している物体には干渉できないようで、俺の刃を一切受け付けないみたいだ。
いよいよヤバい、残りの魔力量が三分の一を切った。
これ以上時間を止めるのはまずいとかなり焦ったが、追い詰められて脳が活性化したのか、ふと名案が浮かんだ。
「これ、ルキフグスの胸の前で剣を構えていたら、どうなるんだろう?」
もう少し考える時間が欲しかったが本当にもうヤバい、俺はルキフグスの左胸に剣を突いた状態で、能力を解除する。
そして、世界が動き出す。白と黒の世界に鮮やかな色彩が彩られ、静寂が破られる。
グサリッ
同時に、何かが貫く音が聞こえ、鮮血が飛び散った。そう、時間を停止している間に構えていた剣がルキフグスの心臓を見事に貫いたのだ。
「グハッ」
ルキフグスが口からおびただしいほどの血を吐く。そして、何が起きたのか分からないような顔をしながら崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な、この私が全く反応できなかった……貴様一体何をした?!」
鋭い眼光で俺を睨むルキフグスだが、その顔からはドンドン生気が失われている。どうやら、あの一撃で急所を貫いたようで、虫の息みたいだ。
「え~えっと」
どこから説明しようか悩む俺だが、俺が説明する前にルキフグスは自ら答えを導き出した。
「そ、そうか、貴様……じ、時間を止めたな…流石の私も時間を止められては…は、認識することはおろか反応もできない……」
そう言い残し、ルキフグスは絶命した。その証拠に〈貪欲〉の効果により、俺の中にルキフグスの魔力とクリフォト能力が流れてくる。
「え? か、勝ったのか?」
以前、朝倉とルキフグスが戦っているのを目撃していたため、〈隠者〉を利用した透明化など対ルキフグス用に様々な作戦を考えてきていたが、そのどれも使うことなくあっけなく終わってしまった。
全く勝った気がしないため呆然と立ち竦んでしまう。だが、重大な事を思い出す。
「あああああああああああああああ~!!!! しまった!! 少女化の呪いを解除してもらうの忘れてたあああああああああーーーーーーーーーー!!!!!」
絶叫を上げるもすでに手遅れだった。ルキフグスと一言も会話することなく、文字通り瞬殺してしまった。敵である魔王なので、素直に呪いを解いてくれるかは分からなかったが、それでも聞くことすらなく倒してしまったショックで俺は地面に手をつく。
「ヤ、ヤバい!! どうしよう」
焦る俺に対して、先程までルキフグスと戦っていた美女が声を掛けてきた。
「お、おい、お前、勇者か?」
良く見ると凄く顔色が悪そうな美女だった。さっき聞こえていた会話が本当ならこの美女の正体は大天使ミカエルで、ルキフグスを倒すために猛毒に犯されている。
「あ、はい、勇者です。名前はバベルじゃなくて、津田健也と言います。今はこんな成りですが、御宅のラファエルに呪いを掛けられて男から女に変えられました」
軽く自己紹介をすると、ミカエルは大きなため息を尽き、震えながらも額に手を当てた。
「はあ~~! またあいつか! 全く懲りないな奴だ」
「それで、この呪いが解くためにルキフグスの元を尋ねたのですが……」
俺は地面に横たわるルキフグスの死体の方を見る。
「まあ、奴を倒したのは見事だ。津田健也、お前の事はメタトロン様から聞いている。奴を倒せたのは〈世界〉で時間を止めたからであろう。時間停止は奴の拒絶を突破する極めて有効な手段であるからな」
そう言うと、壁に寄りかかっていたミカエルは糸が切れたように地面に倒れた。
「あ、あの大丈夫……ではないですね」
息を切らしながら苦しむミカエルだが、残念ながら俺は解毒する能力は持ち合わせていない。
「ゴホッゴホッ……気にするな、肉体が滅びて天界へ戻るだけだ。それより最後にいい事を教えてやろう」
いい事って何だ?
「お前の中にはいくつかのアルカナ能力とクリフォト能力が宿っているな……その中一つ〈貪欲〉を使え!あれには容姿を変える能力がある……」
そう言い残し、ミカエルもまた肉体の死を迎え天界へと帰還していった。本当なら、ここでミカエルの最後を看取り涙の一つでも流すべきだろうが、俺の頭の中はミカエルが最後に言った言葉で一杯だった。
そ、そうか! 確かに〈貪欲〉には容姿を変える効果があった。
俺はアドラメレクが〈貪欲〉を使い冒険者に化けていたのを今更ながら思い出す。
うん?! こ、これは!
どういった姿になれるのか、心の中で試そうとするとある懐かしい姿が浮かんできたので、迷うことなくその姿を選択した。そして、水魔法で鏡を用意し己の姿を確認し、喜びの叫び声を上げる。
「も、戻ったああああああーーーーー!!!」
鏡に映されたのは、この世界に転移して直後即ち、制服を着て男子であった頃の自分だ。当然、膨らんでいた胸もなくなり、息子も戻っている。
一体、今までの苦労は何だったんだ。〈貪欲〉を使うだけなら、冒険者になる必要なんてなかったじゃん!
そして、俺はしばらくの間喜びの余り、我を忘れ謎のダンスを踊り一人騒ぐのであった。
だが、完全に浮かれていた俺はこの時まだ気づかなかった。容姿が戻っただけで呪いそのものが解除されたわけではないことを。その事実に俺が気付くのはもう少し先のことである。
「ヤッホイ、ヤッホイ、俺は無敵~~!!」
しばらくの間、俺はその場で溢れるばかりの喜びをさらけ出していた。しかし、その喜びを曇らせるかのように突然体に激痛が走る。
「ううっ! こ、これは!」
最初はミカエルが残した毒に犯されたのかと思ったが、すぐに違うと確信できた。何故ならば、心の中に聞き慣れた声が響いたからである。周囲を見渡しても誰もいない。どうやらテレパシーのようなモノのようだ。
「久しぶりだな、津田、元気にしていたか?」
「お、お前どうして……」
突然心に語りかけてきた声の正体は、女神によって半年間は異空間に封じられているはずの存在、即ち、
「まだ、あれから三か月も経っていないぞ! 黒川、いやルシファー!!」
そう、少なくとも後三か月は異空間に囚われているはずの黒川華凛、いや堕天使ルシファーであった。
「ふふふっ、そう驚くことないだろう。あの程度の空間を抜け出すのに半年もかからん。つい三日前に抜け出して、こうしてガイアに戻ってきたのだ!」
これは大きな誤算だ。想定よりも早くルシファー達が戻って来たからだ。だが、それは一先ず置いておく、今気になるのはこの激痛の正体と何故テレパシーを俺に送ってきたかである。
「何の用だ? それにこれは一体?」
俺の疑問に対して黒川はあの独特な笑い声をあげながら応えた。
「ハッハッハハハハ!! おや、まだ気づいていないのか? 今私とお前は能力で一時的に精神が強制的に繋がっているんだぞ! 能力の支配権が変わる引き継ぎみたいな物さ!」
「!?……何を言っている?……」
痛みで頭が働かないため、すぐに気付くことができなかったが、黒川の発言で自分の中から大切なものが消えていくのに気が付いた。
「ま、まさか、お前!」
「ふふっ、気が付いたか、まあこれに関しては私も想定外だった。エンド・ストーンを解放させる場所を求めてお前のダンジョンを攻略してみたが、まさか特定の条件を満たすだけで、奪い取れるアルカナ能力があったとはな!」
そう、かつてナビ子が説明していたダンジョンルールの一つにして、俺が最も危惧していた事、そして自身のアルカナ能力〈塔〉の最大弱点でもあるあのルール。
俺は絶望に染まりながら黒川は愉悦に満ちた声で、同時にそのルールを読み上げる。
「「マスターのダンジョン不在時に侵入者が最上階に達した場合、〈塔〉の能力は到達した侵入者に移譲される!!」」
つまり、俺がいない間に黒川はダンジョンに残してきた猛者達を倒し最上階まで到達したといことだ。
「馬鹿な! ガブリエルは! ユニークモンスター達はどうした!!」
状況は理解できるが、納得がいかない。だが、無情にも黒川は事実を告げる。
「中々強敵ではあったが、ガブリエルを含め全て倒した!」
そ、そんな馬鹿な。 俺は敗北を知り地面に倒れ込んだが、そんな俺の状況を知ってか黒川は更なる事実を突きつけた。
「津田、礼を言う。おかげでガブリエルを含め、お前のモンスター達はダンジョンごと全て私の物となった!! しかもこのダンジョンはエンド・ストーンを解放するのに適した環境だ!! 本当に感謝するぞ!」
俺の脳裏に、ガブリエルやエリザベスなどダンジョンモンスター達の姿がよぎった。彼らを失ったショックと全身に広がる激痛から俺は大粒の涙を何度も溢した。
「うっうっうううううう……」
「何だ?泣くのか、津田? お前らしいな。では、最後に一ついい事を教えてやろう。今から一か月の間、私はこのダンジョンでエンド・ストーンの解放作業を行う。つまりその間私は完全に無防備の状態だ。私を倒すならその一か月の間しかないぞ! ただし、お前が作ったこのダンジョンとそのモンスター達、そして魔王アスタロトと高木がお前の前に立ちはだかるがな、ハッハッハッハッハハハハーーー!!」
黒川の笑い声を最後に、回線は切れ同時に俺の中にあるアルカナ能力〈塔〉即ちダンジョンマスターとしての権限を、全て黒川に奪われ喪失した。
そして、精神的と肉体的ショックで俺は完全に意識を失い。地面に倒れた。
次に俺が目を覚ましたのは約一か月後、黒川が定めた限界時間の三日前だった。




