行軍
「遅ーい、みんな急いで!」
遠征軍の最後尾を走る三番隊隊長クーアンは焦っている。昨日まではまだ視界に捕らえていたライバルであるサクラが指揮する二番隊の姿が見えなくなったからだ。クーアンは三番隊の先頭で疲労困憊が見られる部下達に発破をかけながら、自分達が王都に着く前に、戦いが終わってしまうのではないかと心配していた。
「無理言わないでください、隊長。塔を出て四日、ここまでずっと走ってきたのです。部下はもう限界です」
三体いる副官の一体であるオークキングが行軍が遅いと喚くクーアンをなだめる。だが、クーアンは聞く耳を持たず、巨体であるオークキングの肩に乗り、その頭部をぽかぽか叩く。
「やだ、やだ、サクラに負けたくない。なんで、みんなこんなに体力ないの!」
クーアンが指揮する二番隊はゴブリン、オーク、ゴブリンから編成されている。対してサクラが指揮する二番隊はスケルトンなどアンデッド系のモンスターで編成されている。行軍速度はどちらも同じくらいだ。しかし、二番隊のモンスターと三番隊のモンスターには明確な違いがあった。
「隊長いくら何でも無茶です。我々と違って二番隊のアンデッド達は飲食も不要の上、疲労も感じないのです。半日ごとに休憩を挟まないといけない我々に対して向こうは昼夜を問わず歩いていられるのです。追いつけるわけがないではないですか」
もう一体の副官である狼顔のコボルトキングもその強面の顔に似合わず、幼女の姿をしているクーアンをなだめた。ちなみに三体目の副官であるゴブリンキングは隊の最後尾にいる。
「そんなの知らない!クーアンだって一日中歩けるもん」
そりゃネームドモンスターであるあんたはそうでしょうと、この会話を聞いていた全ての者は心の中で思った。
副官達が不満そうなクーアンをなだめていると、道端で休憩していると思われる人間の老夫婦を発見した。
「あ、どうも」
オークキングは老夫婦に丁寧に挨拶をした。この街道には王都から逃げ出してきた住民が多数いるため、当然鉢合わせをする。魔物の群れが列をなして王都に向かって歩いているを見て、人間達は皆驚いたが、無力な彼らではどうすることもできない。また魔物の方から挨拶をしてくるので、自然と敵対心が薄れていった。
「もういい、クーアン一人で行くもん」
老夫婦に姿が見えなくなったところでクーアンが唐突に叫んだ。隊長が隊を置いていくのは流石にまずいと感じたのか副官達も慌てる。
「この隊で一番強い隊長が隊を見捨てるのはいくらなんでもまずいです」
「指揮能力でサクラ殿より劣ってると判断されてもいいのですか?」
自分達は貧乏くじを引いたと思いながら、二体の副官達は必死になってクーアンの我儘を抑えた。
「う~ん、確かにサクラに負けるのはいやだ。分かったもうしばらく我慢する」
クーアンがおとなしくなって、ほっとする副官達。だが気分屋のクーアンのことだ。一時間も経たずにまた文句を言うだろう。そしたらまた止めなくてはいけない。
二体の副官達は殿を務めるゴブリンキングが羨ましいと思いながら王都を目指すのだった。
二番隊隊長サクラは得意の絶頂にあった。
(昨日からあの狐の部隊が見えない、これは相当引き離した)
普段から表情が乏しい彼女だが、今この時だけは誰の目から見ても分かるほどの笑みをこぼしていた。
「サクラ隊長、流石に俺疲れたんですが」
二番隊において、アンデッド以外のモンスターはサクラと副官の二体のオーガロードのみである。ネームドモンスターであるサクラのスタミナは無尽蔵だが、副官のオーガロードは他よりはスタミナが多いほうだが、サクラほどではない。なので休息が必要だった。
しかし、クーアンの三番隊を引きはがしたとは言えサクラにも焦りがあった。先駆けの一番隊の姿が随分前から見えないのである。
(一番隊には、マスターや大天使、ネームドが二体とかなりの戦力が揃っている。私達が王都に着いた頃には戦いが終わっている可能性がある以上、ペースを落とすわけにはいかない。もし間に合わなかったらあの狐に何を言われるか)
休息不要な部隊を指揮していながら戦いに間に間に合わなかった場合、周りからどう思われるかと考えたサクラは小さく身震いをした。
「そこらへんのスケルトンにでもおぶってもらいなさい。我が隊はペースを落とさないで進みます)
「「えっ~」」
オーガロード達の不満の声を無視して二番隊も進軍していく。
「マスター、地図によるとあの山の向こうが王都だ」
一つ目の関所を突破した翌日に二つ目の関所もあっさりと突破した僕達一番隊はついに王都まで後僅かという場所までたどり着く。最初の関所を越えてから一度も人間とは遭遇していない。つまり、ここは完全に敵地ということだ。
「道はあの山の右手の方へ続いているが」
僕の質問に参謀であるブラドが答えた。
「ああ、この道を進むとあの山を迂回することになる。そして迂回した先に三つめの最後の関所が存在する。この三つ目の関所を越えると半日もしないで王都に着くはずだ」
僕もこの世界に来てすぐにセレン方面に逃げようとこの街道を使用している。なので、王都が近いことを感じていた。そうか、いよいよ最後の関所かと覚悟を決めた時、僕達の会話に高木が入ってきた。
「その地図にはあの山を貫く洞窟は載ってないのか?関所も通過しなくて済むし、迂回しなくてもいいから時間短縮にもなるはずだ」
「洞窟?」
「ああ、王都から逃げ出す時に俺が使った洞窟だ。知る人ぞ知る洞窟らしいが、あの時は誰もがいち早く王都から離れようと必死だったからな、近道ができるのを知ってかなり多くの人々が使っていたぞ」
ブラドが持っている地図は以前、情報収集の一環でヴァンパイア達がセレンの街で購入したものだ。市販のものなので、洞窟のようなものは載っていないのだろう。
「僕は全く知らないが、入口まで案内できるか?」
「ああ、任せておけ」
時間が短縮でき、かつ関所も通らなくても良い一石二鳥だ。僕達は高木の案を採用し、街道を離れて洞窟を目指した。
かつて人々が行き交った王都最大の繁華街であるグレース通りには今人影一つない。人間の代わり通りを巡回するのは黒川によって召喚された下級悪魔達だ。その姿を黒川はかつて自身が経営していた建物の三階から眺めていた。
「黒川様、ご報告します」
会長室として使っていた部屋のは事務的なものが多く点在し、貴重品なようなものは何一つ置かれていない。この部屋には今、報告に来た悪魔と黒川と魔王リリスと魔王アスモデウスの四人しかいなかった。
「報告を聞こう」
黒川は会長用の椅子の腰かけて報告を聞く。
「はっ、まず王宮に張られた〈聖絶〉ですが、アスタロト様の見立てではもって後二日のようです」
ラファエルが張った結界の中には逃げ遅れた民の他、王国の重鎮や勇者達がいる。ラファエルのおかげでここ二週間弱命拾いしてきたが、それも明後日でお終いだ。黒川は報告を聞き笑みをこぼした。
「次に、地下神殿の方ですが、こちらまだかなりの日数がかかるとベルフェゴール様からの報告が上がっています」
まだベルフェゴールにしか話していない黒川の目的を達成するためには、この世界ガイアと天界を繋ぐパイプを完全に掌握する必要がある。そのパイプの制御装置のようなものは王都の地下に設置された地下神殿に存在しており、黒川の支配する魔王の中で最も魔法に秀でたベルフェゴールがこれに当たっているが余り上手くいってないようだ。
「まあ、この件に関して私は急いでいない。ベルフェゴールには地道にやれと伝えろ」
了解しましたと頭を下げた悪魔は最後の報告事項を話した。
「それと最後になりますが、セレン方面にある三つの関所の内二つが突破されました。近日中に最後の関所に到達すると思われます」
ほ~うと感心した口ぶりで黒川は言葉を溢した。
「流石は魔王と戦い続けた街セレン、腕の良い冒険者がいるな。他の方面から軍は最初の関所すら突破できていないというのに」
黒川の言うように、王都を守るように建設された関所には今、人間に変わって魔王がモンスタースポットで生み出した魔物達は守護についている。この魔物達は魔王から力を与えてもらっているだけあって野生の魔物と比べようもないほど強かった。よって突破するにはかなりの戦力が必要だ。
「後、二日で〈聖絶〉の効果が切れる今、面倒事は起こしたくない。リリス、三つ目の関所に赴き始末して来い」
〈聖絶〉の効果が切れれば、王宮内の勇者やラファエルが何かしらの行動を起こすはずだ。面倒事が増えるのを嫌った黒川はリリスに侵入者の迎撃を出した。
「やれやれ、妾の出番か」
肥満体形の体を起こしながら、リリスは一足先に部屋を出ていった。
その後他愛のない報告が終わり、悪魔と魔王が部屋を出て行くのを見送った黒川は、椅子から立ちあがり、窓の外から見える活気が失われた王都をいつまでも眺めていた。




