再会の二人
「さて、国王。最後に言い残すことはあるかな?」
勝利を確信したかのような表情で言う黒川に対し、国王ガイウスは恐怖のあまり言葉が出せなかった。代わりに玉座の近くに参列していた吉村アリサが問いかけた。
「黒川さん、説明してこれはどういうことなの?」
自分に問う吉村の姿を見て黒川は笑った。
「流石は勇者、大した精神力だ。リリスの能力は時間が経つほど効果が薄れるとはいえ、もう喋れるようになるとはな」
自分の質問に答えない黒川を吉村は睨みつけた。
「そう、怖い顔するな吉村さん。順に説明してあげよう。まず私のアルカナ能力〈悪魔〉は知っているな?人間一人を生贄に魔界から悪魔を呼び出し支配する能力。無能の象徴である高木の〈愚者〉よりもたちが悪い能力だ。だから王国側は私にこの力を使うなと警告した。その代わりに私が王都で商売を始めたいと言ったら多大の支援をしてくれた。ここまで君を知っているだろう?」
吉村に限らず、事情を知っている他の勇者と王国の関係者が無言で頷く。
「ハンバーガー店から始まり、飲食店、洋服屋、雑貨店、短期間で幅広く経営したが本当の目的は密かに奴隷商人を手中に収めることにあった」
「まさか、最近多数の奴隷が失踪しているという情報は?」
声が出せるようになった大臣は黒川が何をしていたのか察した。
「そう、奴隷を生贄に魔界から悪魔を呼び出すことにあった。その数約千体、いま王都で暴れている連中だ」
大臣は一つの事に納得したが、もう一つ分からないことがあった。その疑問には勇者山城が問いただす。
「それで、悪魔を召喚したからお前は勇者を裏切り魔王側についたのかよ!」
クラスメイトの裏切りに山城は怒りを露わにし叫ぶ。
「違うな、山城。こいつら魔王は私のしもべなのだ」
言っている意味が分かっていない一同に対して、黒川は優しく教えた。
「私は自分のアルカナ能力〈悪魔〉を極限まで高めて新たな可能性を掴んだ。そう、魔王を召喚し支配するという事をだ!」
勇者の敵、魔王を支配することに成功した事実に愕然とする一同、だが重要なのはそこではない、魔王を支配して黒川が何を企んでいるのかだ。
「それで、何が目的だ!」
自分達の運命が決まるかもしれないのだ。大広間にいるすべての視線が黒川に向けられる。
「ふっ、目的か、しいて言えば復讐ということになるかな。そのための第一段階として君達には死んでもらう」
次の瞬間、大広間いや王国にすべての人間が、何かが消えるような感覚を覚えた。
「ようやく制御できたか。さて諸君、この王都は天界と繋がっている。分かりやすく言うとパイプのようなもので天界から直接力が入りこんでいて、それが魔の者の力を減少させる結界の正体だ。勇者がこの地に召喚されるのもこのパイプのおかげなのだが、それを一時的に閉じた。つまりもう王国を魔の者から守る結界はないということだ」
「何故?!それを知っている!」
勇者にすら伝えていない事実を黒川が知っていることに驚く大臣、他の者は女神の加護が消えたという事実を知り絶望する。
「まだよ!まだ終わってないわ」
リリスの能力の影響が少しばかり消えたといえ、まだ体が重く感じていたメイル・セレンが国王を守るように黒川の前に立ち塞がった。
「勇者でない癖に頑張るな、だが無理に動かしたからか、体が震えているぞ!」
健気に立ち塞がるメイルを笑う黒川だが、動けるようになったリサ、リリア王女、騎士団長、そして勇者達が自分の前に立ったことで少しばかり苛立ちを覚えた。
「いつも、いつも貴様ら人間は、もう良い殺せ魔王共よ」
主の命令を受けた魔王達が凄まじい魔力を放ちながら、勇者達に迫る。だが、皆式に参加していていため、武器を所持していなかった。
故に丸腰の状態で使えるアルカナ能力、勇者の出番だ。
タイミングを見計らって能力を発動しようと身構える勇者の集団の隅の方にいた吉村は心の中で祈る。
(高木君や黒川さんのように能力を鍛えずに自堕落な生活をしていたことに心から謝ります。だから女神様この状況を打開する力をお与えください!)
吉村アリサは、元の世界ではとある宗教の信者だった。とは言え両親が教徒だったから彼女も教徒になっただけで心の底から神に祈ったことはなかった。だが、この絶望的な状況においてできることは神に祈ることだけだろう。
自分が所属する宗教の神とこの世界の神はきっと違う存在だろう。それでも同じ神様なら助けて欲しいと吉村は縋った。
吉村は自身アルカナ能力〈法王〉を発動した。この能力は黒川の悪魔とは対をなす能力、つまり天界から天使を召喚する能力だ。〈悪魔〉対価に要求されるのは生贄ではなく、信仰心と能力者の全魔力、つまり一日一回しか引けないくじのようなものである。
この状況を打破できるほど天使を召喚するのは、宝くじで一等を引くよりも確率が低い。だが、虚空の遥か果ての奇跡を吉村はこのタイミングで引き当てた。
「むっ!これは!」
「まさか?!」
「は~めんどくせえ」
「…」
見知った力の波動を感じ、魔王達は足を止めた。魔力が尽きて倒れる吉村の頭上に、六枚の翼とすべてを包み込むような豊満な胸を持つ二十代後半くらいの年齢の美女が姿を現す。
「あら、あら、これはとんでもないところに召喚されましたわね~」
突如眩い光を放って登場した天使の姿を見て無意識でひれ伏す参列者達、その姿を見て満足したのか、美女は名乗りを上げた。
「ワタクシの名前は大天使ラファエルですわ!!」
日本にいても聞いたことのある名前の天使に驚く勇者達、最上級の女神の使いの降臨にただただひれ伏すこの世界の住人達、そして憎き仇敵を睨みつける魔王。
「ふん、大天使のお出ましか、やはり、とっと大天使を呼べる可能性がある奴は暗殺すべきだったか。失敗したな」
黒川は初めて苦そうな顔をした。
「天界から見ていましたよ、裏切りの勇者、黒川華凛。あなたの復讐のよりどころは存じあげませんが、これだけのことをしたあなたに救済はありません。速やかに滅してあげましょう。ですが!」
ここまで言って、苦悶の表情を浮かべるラファエル、対する黒川は落ち着きを取り戻した。
「そう、いくら大天使といえど、この数の魔王を一度に相手にするのは不可能。仮に勝てたとしても戦いの余波で、勇者を含めこの王都から人がいなくなるぞ」
多勢に無勢。何より、ここで勇者の半数が死ぬのは得策ではないと判断したラファエルは苦渋の決断をする。
「仕方ありません。子らよ許し給え、これも勝利のためです。〈聖絶〉!!」
ラファエルの周囲からドーム状の光の結界が展開されると、大広間にいた全ての者を包んでいく、魔の者を除いて。黒川を始め魔王と城内にいた悪魔達は光に弾かれ場外へと追いやられた。
ラファエルが放ったドーム状の結界はやがて王宮全体を包みこむとそこで停止した。
「やられたな!」
城外への撤退を余儀なくされた黒川は城壁の上で忌々しそうに呟く。
「ええ、ラファエルの持つ神の権能〈神の癒し〉、本来はいかなる傷さえも治癒する能力ですが、防御魔法と組み合わせることで、あらゆる魔を弾く結界となります」
ラファエルとの交戦経験があるアスモデウスが答えた。
「破るのは不可能か?」
「ルキフグス以上の魔王なら可能かもしれませんが、我々では不可能です。ですが、天界との繋がりが切れた以上いつまでも張り続けるのは不可能でしょう。もって二週間くらいでしょうか?」
アスモデウスの推測を聞いた黒川は城壁の上から王都を見渡した。結界が守っているのは王宮のみ、王都そのものは守護していなかった。
「そうか、ではその二週間の間にこの王都を魔都へと変えよう。魔王よ、モンスタースポットを設置し、各々の眷属を召喚せよ。そして悪魔達よ、人間を捕らえろ。我が能力の糧にする!」
命令を下した黒川に対し御意を答える魔王達、それぞれが行動に移そうとする前にリリスが黒川に声を掛けた。
「王宮から脱出する際に捕らえたこの娘はいかがいたしますか?」
何かを抱きかかえるリリスの腕の中には、意識を失っていた二条白雪がいた。
俺は悪魔に埋め尽くされる王都から逃げる避難民と共に王都から離れた。突然の王都への襲来で誰もがパニック状態だった。しかしこの状態は俺とって幸運だった。道が人でごった返していたため、走って逃げたと判断した商人が、沿道に捨てた馬車から武器と食料を拝借できた。少し遠回りになったが、俺は馬に乗り東の方角を目指す。
そして約一週間後、俺はついに問題の塔に着いた。
「噂通り、森が消えてるな」
ここに来る道中で聞いたように、塔があった土地はヒィスの森という広大な森林地帯だったそうだ。しかし、二か月前に空から隕石を落ちてきて全てを焼き尽くした。しかし、塔だけは無傷で残った。以来周辺に住む人達はその塔のことを神の塔と呼んでいるらしい。
隕石が落ちた影響か、巨大なクレータ―ができていた。そのクレーターの中央には雨水が溜まったのか、それとも地下水が溢れ出てきたのか、ともかく湖みたいになっていた。そしてその湖の中央小さな島があり、その島の上に白亜の巨大な塔がそびえていた。
連絡用と思われる無人のボートが岸にあったので、俺はそれに乗って湖を渡り島に上陸した。
塔には入口と思われる扉が一つだけついており、他は窓一つなかった。
「よし、行くか!」
時間が惜しい、普段なら落ち着いて休息をとる所であったが、状況が差し迫っている。幸いにも塔に着いた時点で、俺を縛っていた〈恋人〉の効果は消えていた。道中ことある事に行動を制限してきた力だが、白雪と繋がっている気がして不思議と安心感があった。しかしもうない。ここからは俺自身で歩むのだ。
扉を開けて中に入る。そこで目にしたのは巨大な闘技場の中だった。
観客席には人、一人いない。噂では人ではなく魔物の住処ということだが、その魔物の気配すら感じられなかった。
さて、どうするか?と思案した時、俺の正面に見慣れた人物が突然現れた。
「まさか、一人で来るとは、会いたかったよ、高木ぃ」
瞬間移動のように俺の前に現れた人物の名前は津田健也、かつて俺がいじめた相手であり、王都を奪還するために、今、最も協力が必要な相手だった。




