愚者の栄光
目覚めてから八日後、王宮内にある練習場でついに決闘が行われた。観客席にはクラスの連中と王国の貴族達が座っている。
「へへっ、無様な姿を晒してやるよ」
「お前、本当に山城か?」
決闘を申し込まれた時は気付かなかったが、山城は元々柔道部であったため、がたいの良い体形だったが、この世界に来て不摂生が祟ったのだろうか見事な肥満体形、いやデブになっていた。
「では、始め!!」
審判役を務めるアリサの号令とともに決闘が始まった。
「高木、お前の能力は自身を無能の存在へと変える〈愚者〉、つまり最も使えないハズレ能力といってもいい。それに対して俺の能力は〈節制〉その力しかと目に焼き付けろ。さあ、来い天使よ!」
節制?デブのお前が節制とは、女神もユモーアに溢れるいい仕事をするではないか。俺は心の中で初めて女神を褒めた。しかし、悠長に構えている暇はなかった。山城が叫ぶと、彼の魔力が徐々に上昇していくのが感じられたからだ。
「驚いたか。俺のアルカナ能力〈節制〉は天界にいるという天使をランダムで自分に憑依させて力を増大させる能力だ」
気付くと、黒い学生服を着ていた山城の服装が白いローブのようなものに変化していた。また背中からは大きな一対の白い翼が生えている。その姿は、まさに天使になったと言ってもいい。しかし素材が最悪だった。美少女やイケメンだったらカッコイイと思うが、デブの山城が白い服を着て翼を生やしてもお世辞にもビジュアルがいいとは言えなかった。
「服に着られるとはこのことだな」
あまりの姿に、つい口を溢してしまった。しかし、今の発言を聞こえていたのか、観戦していた者達からも笑い声がこぼれた。
「ふざけるなよ無能の分際で、キイーー!!」
当然、当の本人である山城は怒り心頭だ。どうやら簡単に挑発に乗ったようだ。
「くらえー」
山城は翼を羽ばたかせて一気にこちらに突撃をし、蹴りやパンチを繰り出す。しかし、
「何故だ!! 何故当たらない!」
俺は軽々と山城の攻撃を躱してみせた。今までの俺ならば、山城のスピードについて行けず、とっくの昔に一撃を入れられてノックアウトだっただろう。
山城の攻撃が全く当たらないのを見て、観客席から動揺の声が聞こえてきた。
「何故、山城君の攻撃は当たらないの?」
「高木の奴の魔力は、精々Bランク冒険者レベルだ。それに対して山城の魔力は俺達の二倍近くはあるのに何故当たらないのだ」
「まるで、予知能力でもあるかのような動きだ」
「まさか、高木の能力の〈愚者〉にそんな力はないはずだ」
こちらの攻撃をすべて躱された山城が怒り狂いながら叫んだ。
「何故!当たらない。お前一体何をしたんだ!」
山城も観客達も答えを知りたそうだった。では、種明かしをしようか。
「俺が連れていかれた魔界は恐ろしい世界だった。俺を含め魔界に住む者は肉体がないので飲食も睡眠も不要で、どれだけ体を動かしても疲労することもない。手足を切られても一種の精神体であるため傷つけられる瞬間こそ痛みを感じるが、それも一瞬で治まり傷もなくなるのだ」
あの辛い地獄を思いだすように語った。
「緑も草木もない荒れ果てた荒野のみが延々と続く世界だ。娯楽などないに等しい。あるのはただひたすら戦いのみだ。魔界に住む悪魔達はお互いに傷つかない不死の肉体を武器に延々と戦いに明け暮れる日々を送っていた」
「当然、俺もすぐに戦いに身を投じることになった。魔法で土を剣に変え武器とし、休む暇もなく悪魔達と戦い続けた。ともかく戦って戦い続けた」
ふと、脳裏にもっとも長く戦った相手の顔が浮かぶ。皮膚が青くて鬼のような外見の奴だ。奴に何度首を刎ねられ、手足を斬りおとされたか。数える気にもならない。しかし、何度、死に至る攻撃を受けても死ぬことはない。死と言う終わりのない環境で永遠に戦い続けるのだ。
「俺は色々な事を学んだ。この攻撃回避術もその一つ。二か月のもの間、朝、昼、晩と休む間もなく戦い、大抵の攻撃は予測し躱せるようになった。次に学んだのは」
俺は足に魔力を込め、一気に走りだし、山城の懐に飛び込んだ。突然、瞬間移動のように移動した俺の動きに驚いたのか、山城は一歩後ろに引く。
「その者が持つ総魔力量と一度に出せる魔力の量は別のものだ。総魔力量が多くても一度に出せる魔力が少なければ何も意味がないからな。どうやら魔力量は山城の方が多いが、一度に使える魔力は俺の方が多いらしいな」
魔界では、魔力が尽きた瞬間に即座に自動的に回復される。誰もが無限の魔力を手に入れていたので、悪魔達は気にもとめていなかったが、俺は折角の環境だったのでこの機会に魔力を効率良く運用する修行をしていたのだ。
後先、考えずにこの一瞬にすべてを込め、効率良く、魔力を体に漲らせ肉体を強化する。魔力が少ない俺では精々十分もすれば魔力が尽きるだろう。しかしその十分の間ならどんな奴が相手でも戦える自信がある。魔界と違い魔力に限りがあるこの世界では長期戦は不利だが、短期戦であれば少ない魔力を持つ俺でも勝機がある。
「くっ、ふざけるな。無能な奴のくせに~!!」
体を仰け反らせる山城だが、このままでは俺に押されると焦ったのか、俺に向かって剣を振り下ろす。
だが、懐に入られた時点でお前の負けだ。俺は魔界での修行で得た最大の力を見せてやることにした。
「お前の負けだよ。山城!」
俺は素早く動き、振り下ろされる剣を持つ手首を掴んだ。手首を抑えられて剣先は俺の眼前で止まった。当然、そのことに驚いたではあろうが、山城と観客が驚いたの掴んだ時に起きた現象であった。
「えっ?!」
そう、俺が山城の手首を掴んだ瞬間、ガラスが割れるような音と共に、天使のような姿をしていた山城の服装と体が元に戻ったのだ。
「これはどういうことだ?何故、俺の中から天使の力が消えるんだぁー!!」
突然、天使の力がなくなり絶叫する山城、すぐに天使を纏おうと再度アルカナ能力を発動を試みたようだが変化がない。
「くそ、くそ、なんでだぁー何故アルカナ能力が使えなくなったぁー!!」
山城の絶叫が練習場を包んだ。観客も先ほど以上にこの現象に動揺したようで、立ち上がっている者も見受けられた。
「お前、何をした?」
俺は凄まじい剣幕でこちらを睨む山城の姿に満足感を覚えた。だから教えてやった。
「お前ら、以前言っていたな。無能が移るからどこかへ行けと」
それは俺を見放したクラスメイト達が言っていた悪口の一つだ。しかしそれが現実になったらどうする?
「そう、俺は自身のアルカナ能力〈愚者〉を鍛え上げ、俺と体が触れている奴限定だが、俺以外の奴らにも俺のこの疫病神の能力の影響下に置くことに成功した」
俺が言っていることを理解したのか。ごくりと唾を飲む音と共に山城が口を開いた。
「お前に触れている間はアルカナ能力は使えなくなる。つまり能力の無効化か!」
今の山城の発言を聞き、今までにない動揺の声が観客席から聞こえてくる。だがその言葉は大きく二つに分かれた。
「まあ、これだけ色んな能力があるんだ。能力の無効化があっても不思議ではないよな」
「むしろ無効化が今までなかったのが不思議なくらいだ」
「前回の〈愚者〉の勇者は津田の〈塔〉と同じく速攻でやられてしまったらしいから、高木のような使い方は知らなかったかもな」
王国側の貴族からは動揺の声が聞こえるが、日本で漫画やアニメを見てきたクラスの連中からは驚きよりも納得したという言葉の方が多く聞き取れた。クラスの連中からあまり驚きの声がないので、さらなる能力を教えてやり驚かせてやろう。
「アルカナ能力だけじゃない。俺の方が精神的に上回っていれば一度に出せる魔力まで封じられる。流石に地獄の大悪魔クラスが相手ではほとんど減少させられなかたったがな」
貴族級と言われる大悪魔とは何度か戦闘をした。普通に戦えば、直接接触など不可能なほど強い相手だが、幸いなことにお互いに不死の体だ。自爆特攻の覚悟で近づき体に触れ、僅かだが力を減少させてやった。
だが、今戦っている山城では戦闘力も精神力も大悪魔には遠く及ばない。故に今、山城は全力時の半分も魔力が出せないだろう。しかしそれすら理解できていない山城は吠えた。
「それがなんだ。まだ負けてないぞ!!」
山城には一度蔑んだ奴を見直してやる器量がないようだ。とは言え、こちらもそろそろ魔力が限界だ。蹴りをつけよう。
「ふん!」
俺は喚く山城の鳩尾に一発パンチを入れてやった。全魔力を込めた一撃に山城は耐えられず意識を失い、崩れ落ちた。俺は唖然とする観客、いやクラスの連中を見据えて宣言する。ここからが本当の勝負だ。
「俺は一度全てを失い、這い上がってきた。お前達は今の試合を見て俺の〈愚者〉を手のひらを返したように見直したと思う。それはいい。無能と蔑まれた能力にもメリットがあると分かってくれて俺も嬉しい。だが、俺がお前達に伝えたいのは役立つようになった〈愚者〉の能力ではない。俺がお前達に伝えたいのは、どのくらい強くなったかではなく、どうやって強くなったかだ。そのことを俺は一人魔界に行って理解した」
次の一言が俺が最もクラスの連中に伝えた言葉だ。力強く言った。
「苦痛伴わずに手に入れた力に本当の強さなど宿らない!」
観客席にいる全ての者が真剣な眼差しで聞いてくれている。
「俺の〈愚者〉の力による無力化は知っての通り相手に接近しなければ発動できない。だが、〈愚者〉には相手に接近する能力等は一切ない。だから俺は戦い方を考え、魔力の操作技術を極限まで高めた。二か月という短期間でそれを身に着けられたのは、戦いしかない魔界という過酷な環境のおかげだが、逆を言えばあの過酷な環境でなければこの力は身に着けられなかっただろう」
津田、お前も苦労して力を得て魔王を倒したんだろう?俺はしばらくの間、津田が拠点としている謎の塔がある東の方角に顔を向き、再び観客席を見据えた。
「お前達は、今、堕落しきっている。はっきり言って王国のお荷物だ。そしてそれが許されているのは俺達が勇者でアルカナ能力を持っているからだ。つまりアルカナ能力がなければ俺達に価値などない。にも関わらずお前達は自身の能力に即した戦い方はおろか、自分のアルカナ能力の事を知りもしないでただ毎日ダラダラと過ごしている。これでいいのか。いいわけないだろう。堕落した生活を送りたいならせめて自分の能力ぐらいきちんと把握しとけ。俺から以上だ。最後に今の話を聞いて少しでもみんなが変わってくれることを祈るよ」
一応俺の演説が終わったところで、審判役のアリサが試合終了を告げるも歓声の声一つなかった。ブーイングもない。静寂が場を支配していた。みんな思う所はあるだろう。でも今は、俺が強くなって帰ってきたのは理解してくれればそれでいい。
そして俺は、明日からはいじめがなくなるといいなと期待しながら練習場を後にした。




