悪魔召喚
「ねえ、高木君ここを開けて私の話を聞いて!」
最初は深夜にも関わらず、いつものように扉を叩いて悪口を言ってくるのかと思ったが、いつも罵詈雑言を吐く連中とは違う、聞き慣れぬ声の主に興味を持ち俺は扉に近づいた。どうやら扉の向こうには謎の声の主以外はいないようだ。
「聞き慣れぬ声だが、お前は誰だ?」
「酷い、いくら影が薄いからって同じクラスメイトに言われると心が傷つくよ」
泣きべそをかきながら、少女は言う。
「私の名前は二条白雪。同じ三年三組の仲間だよ」
ああ、そんな奴いたな。確かテニス部に所属していている女子で、いつも無口で存在が希薄と言われている奴だ。
「それで、こんな夜遅くに何の用だ?」
俺もすっかり人間不信になってしまったようだ。夜遅くにわざわざ訪ねてきた少女に警戒するとは。
「うん、私、こう見えてファンタジー世界に憧れていたの。白馬に乗った王子様とか、ああこの国には王子はいないね。後、魔法とか冒険とかも大好き!」
勝手に異世界のここが素晴らしいと語り出す二条。二条がファンタジー世界に毒されていたのは驚きだが、このままでは朝まで語り出すのでは危惧した俺はさっさと要件を言えと強く言い放つ。
「あ、ごめんね。実は王宮内の図書室みたいな所があって魔法に関する様々な書物があったの。で、その中に悪魔を魔界から呼び起こすいわゆる悪魔召喚というのがあって、どうかな?高木君って今凄く弱いじゃん。だから悪魔を使役してパワーアップみたいなことしてみたいと思わない?」
女の子に面と向かって弱いと言われると心にくるものがあるな。二条の提案を聞き、俺はしばらく思案した。王宮を抜け出すに前に、少しは戦力が欲しいところであったからだ。
俺のアルカナ能力〈愚者〉は役立たずにもほどがある。なので代わりに魔法も少しは勉強したが、Bランク冒険者が愛用するファイアーボールという中級魔法を覚えるので精一杯で、しかも魔力量が少ないため一日三発がやっとであった。
「魔力量こそが、この世界における戦闘力と言ってもいいだろう。そして俺の魔力量は〈愚者〉のせいで、お前達よりも遥かに低いのだぞ。そんな俺が悪魔を召喚できるのか?」
「魔力量は関係ないよ。どういった悪魔を召喚できるかは術者の運だし」
なるほど魔力量は関係ないのか、これは一考の価値があるな。
「一つ聞くが、お前は俺を騙そうとしてないよな」
本当に人間不信になったものだ。だが、心配するに越したことはない。それだけ今の俺の立場は弱いのだ。
「うん、高木君を騙そうなんてしてないよ。だから出てきて。今なら誰にもバレずに書庫に忍び込めるから」
確かに今は深夜だ。この時間帯なら余計な連中と会う可能性は低いだろう。俺は扉を開けた。そこには目元の近くまで前髪を伸ばした少女二条白雪が立っていた。
「じゃ、よろしくね高木君。二条の案内の元、俺達は王宮内にある書庫を目指した。
しばらく歩いて、俺は何度か足を運んだことのある書庫に着いた。書庫の広さは地元の図書館と同じくらいの広さだろうか。この書庫がこの国最大の図書館から見てもこの国のレベルが低いことが伺える。それでもここには貴重な本が収められているため貴族か許可を受けた者しか入室が許されていない。ちなみに勇者は顔パスで入室できる。
とは言え時間が時間だ。守衛がいないので入室できないと思ったが、扉の前に着くと二条が鍵を取り出して扉を開けた。後で話を聞くと勇者ということで王女から鍵を借りたらしい。
こいつ勇者としての特権を最大限利用しているなと思いながら入室すると、驚いたことに、そこにはすでに先客がいた。
「遅い、白雪!」
中にいたのは、神宮司小町、確か朝倉の数少ない友達の一人で〈魔術師〉の能力を持っている女子だ。入口に鍵が掛かっていたということはこいつずっと密室にいたのか。
「ごめん、高木君を引っ張り出すのに手間取っちゃって」
いや、お前の異世界自慢のせいだろと思ったが口に出すのは止めた。代わりになんで神宮司がここにいるかを聞いた。だが、神宮司の代わりに答えたのは二条であった。
「小町ちゃんの能力は〈魔術師〉この世にあるすべての魔法が使えるの、しかも、ここから遥か遠くにいる魔法使いが新たな魔法を開発しても小町ちゃんは生み出された瞬間にその魔法を知り使えるようになるの」
「つまり、私は魔法に関するエキスパート。悪魔召喚もお手の物。だからここにいる」
神宮司も二条も普段はおとなしく無口なキャラだ。しかし、無口な者同士が同じ空間にいるとこんなにしゃべるようになるんだな。
「白雪は私の同志!」
「そう、私達はいわゆる隠れファンタジーマニアなのだ!」
そうか、こいつら趣味が同じなのか。確かに趣味が同じであれば楽しく会話するな。とはいえこのまま二人を放っておくと異世界談義を始めそうだ。俺は二人に本題に入れと促した。
「仕方ない、では、本題に入る」
神宮司曰く、悪魔召喚というのは闇系統の上級魔法に分類され、生贄を用意して、その生贄を依代にした悪魔を使役するというものだそうだ。だが、それは通常の悪魔召喚であって、神宮司達が行いたいのは、一般には知られていない魔神召喚という悪魔召喚よりも上位召喚だそうだ。
「通常の悪魔召喚では雑魚悪魔のみが召喚されるので貴族級の悪魔を召喚するのは極めて困難。でも魔神召喚なら貴族級の悪魔が確実に召喚できる」
「魔神召喚というのは国家レベルの資金と人材を投じて行うらしいけど、その点は小町ちゃんがいれば簡単にクリアできる。問題は生贄なんだよね」
得物を見つけた狩人のように俺を見つめる二人、俺はここに来たのは失敗したなと遅まきながら感じた。
「問題ない。悪魔召喚は体を乗っ取る魔法だけど、魔神召喚は悪魔と取引する魔法だから」
「そう、そう、この世界にある魔剣とかの武器は魔神召喚によって悪魔から与えられた武器なんだって。だから体を失うわけではないよ」
二条達はフォローのつもりなのか必死に言葉を紡ぐ。俺は二人の甘言に耳を傾きながらも心の中で考えた。
今のままではこの世界を生き抜くのは難しい。それなら一か八か悪魔と取引してみる価値はあるだろう。だが、その前にこいつらには聞いておかねばならないことがある。
「大体分かった。だが、聞いておくことがある。何故俺を呼んだ。魔神召喚が容易に行えるなら俺みたいな雑魚を呼ばずに自分達で勝手にやればいいだろう?」
俺の問いに対して冷や汗を浮かべる二人。当然だ、甘い話には裏がある。簡単に乗ってはいけない。俺は強い口調で二人を問い詰め白状させた。
俺を呼んだ理由だが、好奇心から貴族級の悪魔を見てみたいが、自分達は悪魔と取引したいことは特にないため、無理して危ない橋を渡りたくないというのが真相だそうだ。
その点雑魚の俺なら、どうなってもいいと考えたようだ。それに、上手くいけばパワーアップできるので、文句はないでしょうと言い返された。
「分かった。悪魔の生贄にするがいい。でもどうなっても知らんぞ」
俺が了承すると二人は大喜びで抱き合った。そんなに悪魔が見たかったのか。
魔神召喚の準備は簡単であった。本来であれば、数百人規模の魔法使いと街全体を囲むほどの巨大な魔法陣が必要であるが、〈魔術師〉の能力を持つ神宮司がいればそれらの準備を無視して簡単な詠唱と人、一人が入れるほどの小さな魔法陣だけで行えるそうだ。
神宮司の指示に従い、俺はチョークで床に書かれた魔法陣の中央に座る。後は、神宮司の詠唱が終われば魔法が発動する。その様子を楽しそうな目で見る二条。こっちはこれからどうなるか分からないというのに呑気なものだと思った。
詠唱が終わると、魔法陣が光り、凄まじい魔力が放出され、書庫全体に満ちていった。そして黒い靄のような物が俺の全身を包み始め、同時に激しい頭痛が襲った。意識を失うほどの痛みの中、俺は確かに聞いた。
「我が名は、メフィスト・フェレス魔界を治める大悪魔の一人なり」
どうやら召喚は成功したようだ。しかし、残念なことに黒い靄が邪魔で二条達の顔を伺うことができない。
「お、俺にち、か、らをくれ」
激しい痛みに負けないように必死に言葉を紡ぐ。
「よかろう、では対価を、む?貴様女神の使徒だな。しかも疫病神の〈愚者〉の力を持っておる。貧乏神のような奴と取引などできるか!」
〈愚者〉のせいで、まさか大悪魔にさえ取引を断られるとは。俺は心の底からこの力を寄越した女神とやらに災いあれと呪ってやった。
「そ、こを何とか、寿命でもなんでも差し上げ、ますから」
痛みで意識を失いそうだ。だが、ここまで来て何も成果なし引くわけにはいけない。
「分かった、分かった。女神に呪いを掛けられた汝に情けを掛けてやる。対価はいらん。その代わり、汝をこれより魔界に連れていく、ある程度強くなれば自動的に帰還できるようにしておいてやるから、勝手に強くなるがいい。後、魔界で我を見かけても話しかけるな無能が移るからな」
大悪魔までクラスの連中と同じことを言う現実にショックを受けたが、それどころではない。魔界に連れていくだと。
「ま、まて」
静止する間もなく、大悪魔が何かを唱えると、体から精神が引きはがされるような感じがした。そして俺の意識はそこで途切れた。




