22.またご両親がやって来た
※視点の切り替えは「/」で行っています
結婚騒動もひと段落し、俺は仕事があるので鈴音と一緒に帰って来たのだが……。
果たして無事に会社に辿りつけるのかどうかすら怪しくなってきている。
仕方がなかったとは言え無断欠勤してしまったのだ。
それ相応の理由が無ければこれは決して許される事ではない。
その理由も個人的なものだし、人としては正しい選択であったとしても
社会としては事前に一報入れておかねばならなず、それをして初めてそれが認められる。
誰がどう決めてそれが常識となったのか、そこに人情は存在しないのかと思う時があるが社会の駒なんてそんなもの。
恐らく交通事故にあって今際の際であっても、まず頭に浮かぶのは"会社に連絡しなきゃならない"と思う事だろう、
ああ何と素晴らしきソルジャーかな。
片や戦国時代ライフは夢のような生活だった。
全員が正真正銘のソルジャーであるものの、自由でのんびりした日々、傍には心から好きになった女性。
だから現実の仕事を思い出したくなかったんだ……絶対にアホほど怒られるし。
だが、鈴音と将来を誓い合った今はそんな事言ってられない。
余程の事がなきゃ懲戒免職なんて無いだろうけど、まぁ公開処刑(お説教)は覚悟するべきだな……
と思っていると、にびが『私にいい考えある』と言ってきた。
そのセリフは大抵失敗するかロクでもないものだ。
だが他に良い案がないのでそれに乗っかったわけだが……。
「め……めちゃくちゃ痛てぇ……ここぞとばかりにボッコボコに殴りやがって」
「ま、真に大丈夫であるか……?」
「お蔭でよりリアルさが出たから結果オーライじゃ、ほれこっちの事は任せて行ってくるのじゃ」
リアルさと言うかリアルなんだけど……未だに鈴音との間柄は認められてないし。
にびの考案『お嬢さんとの結婚を許されなかった青年の末路』作戦、もう作戦名からして分かるロクでもない内容だった。
作戦名を言い切る前に即答した鈴音の親父さんに殴られ、
顔の形変わってじゃないかと思うぐらい凄惨な姿で帰ってくる事になった……。
だが尤もな理由を作る為だけに耐えたわけではない、鈴音も知らない本当の理由はそこにあったからだ――
「本当に鈴音と共にありたいか?」
「もちろんです」
「ワシは許さぬ――だが、四方八方から責めたてられればそうも言ってられぬ。
お主には分かるか? 家臣一同から嘆願され、夢か幻か人であらぬ者から説教され、妻にも叱られ、
揚句には死んだはずのおっかない父が枕元に立ち、延々と説教と拳骨喰らう者の気持ちを」
「……」
「だが鈴音は儂の大事な一人娘ぞ、そう易々と認められぬ。
であるがもうかのような小便チビりそうな思いは懲り懲りぞ――故に納得いくまで殴らせろ。
耐えきれば考えてやらぬでもない。考えるだけであるがな」
そんな事を言われてしまったらもうやるしかない――と覚悟を決めて、ボッコボコに殴られたのだ。
理不尽でやりようのない怒りが拳にこもってたのは恐らく方々から怒られたせいだろう。
耐えたよ、耐えたさ……人って痛みが強すぎると失神すらしないんだぜ?
しかもあの親父もどこ殴ったら落ちるか知ってるからそこ避けて殴って来るんだぞ。
唯一の救いは鈴音が手当してくれ、その最中に涙を流してくれた事だ――耐えてよかったと心から思う事ができた。
その時、手当に使った傷薬――六姉さんが置いていったのであろう、
竹筒に入った塗り薬や湿布・包帯の包みが軒下に置かれていた。
ただ、特性の薬を使ったからと言ってすぐに治るわけでもない。おかげであちこちが痛いままだ……。
電車の中とか"あの人オヤジ狩りにあったんだ……"的な可哀相な目で見られるぐらい目立つしさ……。
これだけは言いたい――俺は"オヤジ狩りにあった"んじゃないぞ、"オヤジに狩られる目にあった"んだぞ!!
だからそこの顔に湿布貼ったオッサン、『俺も仲間だぜ!!』な目で俺を見ないで。
会社では、七姉さんが昨日『彼女のお父さんがやって来た』『結婚の許しを貰いに行くと行ってから連絡が途絶えた』と、
止むに止まれない事情をそれとなく伝えてくれていたおかげか、
俺を見て色々察してくれた支店長の目は優しく『ちゃんと連絡ぐらいはしようね?』ぐらいの注意で済んだ。
結果を尋ねられ、まだハッキリと認められていない旨を伝えてからの皆の優しさが傷に沁みるよ……。
/
やはりここは落ち着く――住み慣れた生家も百姓仕事に鍛錬も出来て良いのだが……。
初めは何と汚い、何と男くさい小屋と思うておったが今となっては無くてはならぬ場所になってしもうた。住めば都とはこの事か。
風呂の湯が溜まれば早速入ろう。そしてひと眠りしようぞ……ここは何より"べっど"がある。嗚呼やはりこの感触は心地よい……。
「本当は一人で眠るのが寂しいからであろう」
「うっ、ぐ……いや、かのような事は……」
事実であった……父上に私の居室と反対の場所に弘嗣の居室を置かれておる上に、
夜な夜な父上の目を盗んで逢瀬に行こうとも、夜な夜な物々しい恰好で徘徊しておるせいで行けぬじまいであった。
廊下で会うた時はついに呆けられのたかと思うたぞ……
全く、居下の家の事は私も承知しておるがいい加減諦めて欲しいものぞ――。
「あっはっは、やっと帰って来られたぞー」
「帰って来た。さっそく遊びに……Zzz……」
五尾殿と九尾殿もやって来られたようだ。
前触れなくやって来るので突然やって来られると心臓に悪いので、
弘嗣は何か引き出しか扉を用意しておこうかと申しておったが……それで何か変わるのであろうか?
子孫が会いに来そうな気がしてならぬのだが……。
して、何やらその狐共の後ろに何やら見慣れた方々が……。
「ち、父上、母上――っ!?」
「うむ、ちと話があって参った。しばらく世話になるぞ」
「二度目でございますが、やはり何とも不思議な場所でございますな」
な、何ゆえここにっ!?
掃除も何もかもまだ済んでおらぬのに……もしや再び記憶の消去とやらを消して連れ戻す気でありましょう。
ですが、私は二度も同じ手は喰らいませぬぞ。
それに失われた記憶も完全に戻ってはおらぬのですから、お気に入りの髪留めを置いた場所が思い出せぬのに……。
はて、確か戻ってきて着替えた際にいづこかに置いたはずなのであるが……。
「それはただのど忘れじゃ馬鹿者。洗濯機の上に置いてあるじゃろ」
「な、何だと――」
「話は私から致しますので殿は湯にでも浸かって下され」
「うむ、そうであるな。風呂があるとはにわかに信じられぬが……おい狐の娘、案内せいっ」
「どうして童がせねばならぬのじゃ……ほれそこの戸じゃ、勝手に入って勝手に出てくるのじゃ」
「あっはっは、あたしは畑行ってくるぞー」
「じゃあ終わるまで寝てる。Zzz…」
私が一番に入ろうと思うておったのに……やはり話すべきでなかったか。
この世について話しておった際、うっかり口走ってしもうたのに食いついておったしな。
母上が人払いする口実に言うてくれたであろうが、話とは一体何であろうか?
何も失敗はしておらぬはずであるが……。
「して、鈴音――そなたは本当に弘嗣殿と共になる覚悟がおありですか?」
「――も、もちろんでございますっ!!」
「そなたは本来、居下の血・居下の名を残すべき存在――故に女子でありながらも強くありたし武士になると申しましたが、
本心は他の娘御のように嫁がされるのが嫌であった為でありましょう。
そして、力及ばぬと分かれば其れを止め得体の知れぬも者と共になりたいと申しております。
己の意思すら貫き通せぬ、何と我儘、何と身勝手な行いをしておるか存じておりますか」
「そそっそれは……う……うぅ……も、申し訳ありませぬ……」
母上の言葉が嫌と言うほど突き刺さる。
母上に全て見透かされており全く反論できぬ……
武士になったのも誰が為と無く、ただ強くありたく……他の姫君のようなことは性に合わなかった。
であるが、本音はまだ嫁になぞ行きとうなかった――ただ子を産むだけの籠の中の鳥になるのが嫌であったのだ……。
根底から真の武士との差がそこにあった。
武士として嫁に参ればまだ多少は違うであろうとも思うて……故に薄っぺらく、風が吹けば飛ばされてしまうものであった。
いや、初めは覚悟もあった、であるがどこの姫君が嫁いだなどの話を聞いている内に己が取り残されていくと悟り……。
その時にはもう遅く、焦燥感に駆られる日々……いかぬ、涙が出てきてしもうた……。
「ですが、そんな身勝手な娘を選んで下さった殿方がいました。
殿が勝手に取り決めた婚儀に異を唱え、そなたを連れ戻しに参られました。
戦の火種となりかねない我らの世では考えられぬ無謀極まりない行いは許されませぬ。
ですがその者にとっては我々の世の常識を知らぬ。
裏を返せばそれほどそなたを想って故の行動、津々浦々探してもかのような者はおらぬでしょう……。
鈴音、ここで誓いなさい――末まで弘嗣殿と添い遂げ、もう決して逃げ出さぬ。と」
「は、母上っ――」
「どうですか?」
「誓いますっ――必ずっ必ずや弘嗣殿と添い遂げる事を固く誓いますっ!!」
「あい分かりました……なれば殿の用が済み次第参りましょう」
「で、ですが父上は……」
「殿もそなた達の事は認めておりませぬ。ですが、反対しても何の得もないとお認めになろうとしておるのですよ。
ここだけの話でございますが、狐の姉君に『もう知らぬぞ』と説教され、家臣の者からも『お認めに』と詰め寄られ、
夜にはそなたの祖父――実重殿に夢枕に立たれ、それはそれは子供の頃のように大そう叱られたそうでございます。
故に弘嗣殿を殴って憂さを晴らしたかったのでしょうが己で『耐えれば考える』とも申されたので、
強く殴れなかった己に更にやきもきしておるのです」
「そ、それでは……っ」
「ええ、必ず幸せになるのですよ――」
「母上――わ、私は……か……必ずっ…ひぐっ…必ずっ……ぐすっ……」
「ほほっ、泣き虫なのは変わっておらぬようでございますね。いけませぬよ、妻になろうと言う者がかのようにメソメソとしておっては。
……それと、酔ったフリも程々になさいまし、初めの破談は己を見失うほど酔うておらぬでしょう」
う……いつどこでそれを知られたのであろう。
確かに酔うてはおったが、何と言うか……あまり乗り気でなくその……、気も大きくなっておったし、
ちょっとほんの僅かに羽目を外せば考え直してくれるかもしれぬと――。
嗚呼、にびの呆れた視線が痛い。ここは黙ってもう味わえぬであろう母上の膝を味わっておくとしよう。
弘嗣に知れたら楽しめぬし……嗚呼、ついに念願叶ったのか……弘嗣は如何な反応をするであろうか。
『オヤジどの、そこにある白い筒で髪を洗い湯で落とすのじゃ。三分待ってやるのじゃ。』
『うっうう鈴音っ……な、何ぞっ――こ、これか?』
しばらくして『目が、目がァッ』と父上の悲鳴が聞こえてきた。
……はて、どこかでされたようなやり取りである気がする。
/
どうしてこの人が会社に来るのでしょうか。
デカいんだよ? ゴツいんだよ? しかも腕とかに刀傷も多いんだよ?
しかも髑髏マークのニットキャップ被った目つきイカつオッサンだよ?
誰がコーディネートしかのか知らないけど、どう見てもその筋の方が乗り込んで来たと思うじゃん?
男性社員と女子社員(一名除く)は全員ビビり、マジでお巡りさん呼ぶ準備してたんだよ……。
もう人何人も殺してますなオーラ――
いや実際に戦でのし上がってきてるから何人か殺っちゃってるだろうけど、そんなオーラ全開で来るんだもん。
『白川弘嗣はおるか?』とドス効いた声に対応できるのは七姉さんぐらいなもんだし、
そんな人の頭を普通にシバける人ってあの人ぐらいだよなぁ……ホント何者なんだろう。
「……単刀直入に申す。お主は真に鈴音と共にありたいか?」
「も――もちろんですっ!!」
「……よしあい分かった。歯を食いしばられよ」
世界が回り、天変地異が起こったのかと思った――
だが、左顎に走る激痛と地面に叩きつけられて初めてこの親父の右フックを喰らったのだと分かった。
同時に今朝のあの親父のパンチは少し手加減されているのだとも分かったよ。
こんなの二十発三十発も喰らったら死んじゃってる。
死んでない……よな俺? 生きてるよな?
意識だけ生きてて身体逝ってるとかないよな……よし、指が動くし多分生きてる――と思う。
「ぐっ……うぅ……くぉぉ……」
「ふんっこれでも死なぬか――これぐらい丈夫であれば鈴音を任せても良かろう」
な、何だって……今任せても良いって――まさか
「頼んだぞ」
「は、はいっ……!!」
喜びたいけど痛すぎて素直に喜べない……脳みそシェイクされて中学校ぐらいまでの記憶がごっちゃになってしまった気がする。
えーっとクラスの地味娘のパンモロ見たのが……中三だったな。よしっ顎がガクガクしている気がするけど多分大丈夫だろう。
あれ、親父さんに手を差し出され掴もうとしても掴めない……。
これってもしかしらヤバい状態か? パンモロは中一だったかと思ったらこの親父
掴もうとした時に手動かしてやがった……。
「後数発で死ぬやもしれぬが、鈴音に首落とされてしまわぬからな――して、ここの頭はどこにおられる」
「ひっ……わ、私でございますがっ!?」
「この者をひと月ほどお借りしたい、宜しいか?」
「はっはいっいくらでもお好きにどうぞっ――」
人って追い詰められるとその人の本性出るよね。この人は絶対に自分が助かるなら人を見捨てるタイプだ……。
ってかお借りしたいってどこか行くのか? まさかと思うがまさかな、ははは……。
「居下の娘を嫁にするのだ、それに相応しき男でなくてはならぬ。婚儀まで儂が徹底して鍛錬してやろう――覚悟致せ」
「い、嫌ァァァァァァ――!!??」
誰も頑張れよと目をしてるが俺を見てないよっ!! 七姉さん笑い堪えた顔止めてっ!?
止めて、多分本気で死んじゃう――。
/
「は、母上――足が、足が痛うございます……」
「お黙りなさいっ!! 全く弘嗣殿の母君の前で失態を見せたそうではありませぬかっ、花嫁修行として一からやり直されよ!!」
「ど、どうして童まで……」
「とばっちり。寝たい。足痛い……寝られない」
桃色の狐が正座している姿は何とも奇妙な絵面であるな……
この他に、茶に華に書に繕いまであると申される――こ、婚儀まで持つであろうか……。




