21.平和な日々が戻って来た(プロポーズ)
その日の夜は昨晩に続いて宴会――昨晩と違うのはそこに俺が存在している事だった。
食材は食いきれそうにもないし、日持ちもしないのも多かったので
百姓の方々にも食い方を知っている食材を配る事にした。やはりこう言ったのは独り占めしてもいけないしな。
鈴音親子は『鮭は絶対にやらない』と確保していたが……。こう言う時は結託するようだ。
それでも結構な数の食材が余ったのだからどれだけ量が来ていたのかと驚かされる。
まぁこの村の人口少ないのもあるけどね……現代で言えば限界集落間近な感じだし。
そのせいで厨房から女中達は大忙しだった。
鈴音とにびも調理法の説明で付きっきりで右往左往、まだかまだかと覗き込みに行く食う側の男どもの後が絶えない。
俺もその中の一人だったが、鈴音に気づかれて作りかけの料理を一口口に放り込まれた。
あちらでも時々やっていた事だが『それだけでもお腹いっぱいになります』と女中達に冷やかされてしまったが……。
そして日が暮れ皆が集まった中での宴会が始まった――
名目上では、鈴音の家臣の皆への紹介と俺からの振る舞いの宴となっている。
目の前に置かれた料理の殆どは鈴音が音頭を取って用意した物――難しいのはないけれど
唐揚げや餃子、天ぷらなど鈴音が作り方を覚えている酒の肴になりそうな食べ物がどっさりと並べられ、皆が見たことない料理に目を見開いていた。
「初めは驚いたがこの麦の酒は美味ですな。
それに食うたことのない料理、特にこの唐揚げと申すのは麦の酒とよく合う」
「鈴音様がお作りになられたそうだ、いやはや……あの鈴音様がううぅっ」
「鈴音様、真に我ら女子共も召し上がっても良いのでしょうか……?」
「うむ、構わぬ。此度の宴はこの弘嗣が主としておる、弘嗣が申すのであらばその意向を汲もうぞ」
何やら鈴音の時代では女性が宴会に同席する事は滅多にないようで、女性は女性で別の場所でやっているらしい。
『食べないの?』と聞いたのを『俺の皿にあるのを食ってもいいぞ』と受け取ったようで、物凄く恐縮されてしまった。
俺の皿の物を食う事にそこまで有難がられる物でもない気がするけど……ああそうか、鈴音と同じでもあるからそれでか。
なるほどなるほど――。
「そなたも私と同じ立場であるのだぞ?」
「え、そうなの……?」
「それはそうであろう。お主はそっその……近い将来私のてっ亭主となるのだぞ?」
「あっ……ああ、そっそうか……」
今までぺーぺーで使役される側だったから全く実感なかったけど、そうかこっちだと逆玉で立場的にナンバー2か3に、
鈴音の親父さんは認めていないものの、周囲の人達はそう受け取っているとすると……
向こうと違って俺が接待される側になるのか。
肩書きや形式上はそうなるだけで実際大した事ないし、
頭下げられるような男でもないが……今も昔もそんなのに頭下げなきゃいけないんだよな。
ただ今までみたいにフニャフニャしてたら鈴音自身の評価も落としかねない。
支配階級と言うのだろうか、人の上に立つのって意外と大変そうだ。
「なーんか実感ないな」
「ふふっ、じきに慣れるであろう」
「んー……そう言えば俺が主だって言ってたよな?」
「うむ、形はどうであれ食材らは全てお主が用意したのでな。此度の宴席はお主からのもてなしとの事にしておる」
「よし、じゃあ今日ぐらい大丈夫だな」
「えっ、な何を――」
やっぱりね、ふんぞり返るような立場は俺には合わないわ。どれだけ奴隷根性が染みついてんだと思うが……。
過去にやって来た特別な人間だからって、人はそんな簡単に変われないんだもん。なら本来の自分で生きて行こう。
こうやって色んな人にお酌して回るのが一番合ってる。社畜万歳、平社員万歳。
「た、確かに構わぬのだが……」
「良いではないですか、弘嗣殿は自分なりに己を知って貰おうとしておるのです。
家臣の者たちにも気を配る――よき殿方を選びましたね、鈴音」
「は、母上――」
「この"えびふらい"と申すのが美味でありまして、作り方を伺いに参ったのです」
うーん、何か更に恐縮されている気がする……まぁ距離開けたままでいるよりマシだとは思うが。
これで全員だよな、何か一人忘れてるような……あ、親父さん――
『わざとかこの野郎』って目しないでっ本当に忘れてたんだからっ!!
「覚えておれよ?」
「忘れます」
覚えてたら絶対ろくでもない事になるから、こんな時は酔って覚えていない事にするのが一番だ
とりあえず一番良い酒を用意してましたって事でワインを提供する事にしておこう。
それならば後回しにしていても恰好がつく。
「ほう、これがかの信長公も飲まれたと言う葡萄酒――ふぅむ何と芳醇な……」
「わ、私も欲しいのだが……」
「お前はいかぬ」
「うっ……父上だけずるいでございます……」
これまでの事、昨晩の事があるし当然だろう。
特に鈴音の酒の第一被害者はこの父親のはずだ、どんな目にあわされたか分からないけど
昨晩のように嬉々として締めあげる姿を見れば何となく分かるし、こうなるも必至。
あちらではビールを口にしても特に何の変化もなかったし、恐らくは一部がダメなのだろうと踏んでいる。
だから俺としてもワインぐらいなら大丈夫な気がするし飲ませてもとは思うが、
楽しくやっている場で結果が見えない酒を飲ませるのは非常にリスキーだ。
ま、このまま見るだけと言うのも可哀相だし、後でこっそり持って行って部屋で一口ぐらい飲ませてやるか――。
皆が酔いつぶれて宴もたけなわになって来た頃には、余るだろうと踏んでいた料理が綺麗に平らげられていた。
鈴音の『武士は食う時は食う』の言葉通り、凄い食べっぷり飲みっぷりだ……酒もほとんどない。
親父さんも飲みに飲んで(鈴音が飲ませた)大いびきかいているが……。
「ヤマタノオロチはいかにして討伐されたか知っておるか?」
「何だっけ……どっかで聞いたことあるんだけど」
「酒を浴びるほど飲んで酔いつぶれたのだ。これで朝までは起きぬ、飲み足りぬし――その部屋で……」
「そ、そうだな――」
そりゃ唯一何も起こらないビールでもあまり飲まされなかったからな……
酒好きなのに酒癖悪くて人前で飲めないってのも辛いもんだ。
それに鈴音と一緒にいる時間って中々とれなかったから……同じこと考えてたんだな。
宴席では男は男、女は女とそれぞれ分かれて行っており
鈴音は元から男側の中にいたので問題ないようだが、時折こうやって女性側の方にも顔を出しているらしい。
男はワイワイガヤガヤのドンチャン騒ぎ好きなのは万国共通なのかと思うぐらいだったが、
女性の方はハメを外すことなく琴などの音楽を奏で何とも華やかな物だった。
ただ酒瓶の数からして相当飲んでる……男より強いだろこれ……。
「ふぅ……ようやく一息つける」
「朝から仕込みに大忙しだったからな、お疲れ様……ってくっつきすぎっ」
「良いではないか。ここでは咎める者は誰もおらぬし、人前でかのような事は出来ぬしな……」
「十分やってた気がするんですが……」
本人は気づいてないと思っているのだろうが、周囲の人間は普通に気づいてるんだぞ。
食べさせてやる、食べさせてくれとか……いわゆる「あ~ん」を。
皆それを見ては『おい、あれ見ろ』的な目で微笑ましく見守られてたんだぞ。
まぁ、悪い気はしなかったけどさ。
「よ、良いではないか――し、してその瓶は葡萄酒か?」
「ああ、ほらグラスも持って来てやったぞ」
「ふむ――おおっこれは良い香り……それに美味だな。
酒であるが葡萄の"じゅうす"に近いか、何とも飲みやすい。ふむ、酒として飲むなれば"びいる"であるな」
「確かにワインはジュースって言う人も多いな。俺もどっちかと言うとビール派だし」
これなら大丈夫かと思ったけど、それ撤回――宴会の席で飲まさなくて良かったと本当に思う。
何を飲ませたらどうなるのか、一度きっちり調べないといけない。レポートにまとめたら何かの賞が貰えそうだ。
昨晩みたいに暴れはしない、暴れはしないけどそれよりも厄介かもしれない。
こいつにワイン飲ませると――
「んー、もっと……んーっちゅっ……」
「ちょっ、鈴音っんんーーっ……」
キス魔になる。
最初は甘えてごろ猫になってるのかと思ったら違った。一度ちゅっちゅするともうそこから止まらない。
まぁ俺もそこまで抵抗はしなかったんだけどね……一線を越えてしまわないかだけ注意してたけど。
今すぐにでも鈴音を抱きたいと思うし、その時が来ればするつもりだったけど……
鈴音の結婚の儀式を見るとあんな形式に則るのもいいかなと思っていた。
ええと確か、自分の家で両親とその親族とのお別れの儀式から翌日のお迎えにえぇっと……
「んー、何を考えておるのだ?」
「いや、この時代の結婚でどんな流れだったっけと思ってな……」
「おいとま請い、ご出立、ご休息、固め、床入りであるな……
昨晩の父上との酒を酌み交わし、本来なれば朝にご出立であったのだが」
「一気に端折ったよね?」
「うむ……陽が高くなるぐらいまで出ぬのが習わしなのだ。娘を送り出すのを渋っておるとする為にな……
それをあの父上は追い出すようにしおって――ええい、思い出しただけでも腹が立つ!!」
あれだけ殴っておいてまだ殴り足りないようだ……。
恐らく俺と狐が邪魔しに来ると聞かされていて、今すぐにでも初夜まで済ませたかったのだろう……
それでも今すぐ連れて行けな態度は許されないのは当然だ。
けど、間に合って本当に良かったな……ってあれ、最後床入りって言ってなかったっけ?
「ね、ねぇ……その鈴音を止めた休息なんだけど、そこでその初夜になっちゃうの?」
「いや、そこでは顔を合わせるだけであるな。
順序を変えそこでさせるつもりであったのであろう……お主に止められて本当に良かった。んっ」
「――てことはどの道あそこで止めなきゃいけなかったのか。初夜迎えられたら終わりって言ってたけど」
「固めの儀に入ればそれこそ手に負えぬぞ、両家揃っておる中で嫁御を連れ去るなぞそれこそ戦の火種となる、
ふふっ、嫉妬せずとも私はもう誰の物にはならぬぞ……」
「あぁ本当に止められてよかった……。でも結婚の形式としてはこちらの時代の方がいいな、ワクワクする」
「そうであろうか……? 私はただただ面倒であると思うのだが」
現代の結婚式は当日式場に行って半日で終わりだし、結婚するって厳かな空気を味わうにはこっちの方がいい。
そりゃ女性からしたら政略・人質・従順さを示すのに差し出され、
結婚したら家にも帰れず子供を産むだけの存在であるから女性の印象はよくないだろうけど。
男からしたら嫁がやってくるワクワク感があるだろう。
言うなれば……デリ――じゃないっそんな不純な物じゃないっ、そうっサンタさんだ! 子供の頃のクリスマスの気分だ!
でもちょっと違うな――義理の妹がいるのが分かり、家にやって来る……違うな、うーん……。
もたれかかってくる鈴音の肩をそっと抱き寄せながらそんな事を考えていると……
「……して、正式に申し出を聞いておらぬ気がするのだが――いつ言うてくれるのだ?」
「え――言ったじゃない」
「さあ、なにぶんあの時の記憶がなくてのう」
覚えてますよね? 絶対に覚えてますよね?
いや確かに両親の前で『娘さんをください』は言ったけど、鈴音には面と向かって言ってない気がする……。
七姉さんにも『曖昧じゃのう』と呆れられたし、ここは俺の意志を固める為にもバシッと決めておかないとな。
よしっ、鈴音もそれを汲み取ってくれたのか目の前できっちりと正座をしてくれた。うう緊張する……。
「す、鈴音――まだ裕福に生活させられるような稼ぎもないし、
風が吹けば飛ばされてしまうような立場だけど……身分の違いはあるけれど、お、俺は鈴音と一緒にいたい。
幾多にもいる女の中でも、鈴音に似た人でもない、俺は鈴音でないと駄目だっ。
だ、だからその……俺とけっ結婚してくれ――っ!!」
「はい――その言葉、謹んでお受けいたします……私の方こそ不束者ですが、何卒よろしくお願いいたします……」
「……」
「……ぶっ……くくっ……」
「……わ、笑うなっ俺だってこらえてるんだから…くくっ……」
「い、いや……己で言うてあまりに合わぬと思うてな……あははははっ」
全くだ。こんな畏まったセリフに手を添えて深々と頭を下げるなんて違和感ありまくりだった。
いや俺もそうだな、よくもまぁあんな恥ずかしいセリフを言えたものだと思う。もう一度言えと言われても御免こうむりたい。
鈴音も同じなのだろう、どちらからともなく床に転がって何度目か分からないキスをして誤魔化しあった。
でもまあこれでようやく正式に将来を誓い合った仲になれたのだ。
次に乗り越えるべきハードルは……あの親父だな……。
昨日なんか甲冑着て徘徊する頭のイカれたオッサンになってたし、攻略するのは難しそうだ……。
うちの親であれは、『ヒア、ユー、アー』で即答なのに――。
まぁ、男サイドの親なんてそんなもんか。逆にしがみ付かれる方が怖いし。
「考えたのだが、父上と母上を弘嗣の世に招いては如何であろう?
いささか不安ではあるが、我らの暮らしぶりを見れば納得するのではないか、と」
「確かに想像を絶する世界に娘をやる不安もあるだろうしな……こんな世の中なのだと安心させるのも手だな」
にびの社の所で皆集まって夕方からどんちゃん騒ぎをしている狐共の協力を仰いで連れて行ってもらおうか。
「であるが……あれが"ぷろぽおず"と申すものか。今でも胸が高鳴っておる――」
「も、もう言わないからなっ」
「では私の事をどう思っておるか……言ってくれ……」
「う、うぅ……す、好きだ――」
「……う、うむっ………………んんーっ」
自分で言わせておいて悶えるんじゃないよっ、この酔っ払い!!




