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17.ご両親がやって来た

 あれから幾日であろう――。

 やはりおかしい……何やらずっと嫌な予感がしてならぬ。


「あっケバい狐がいます、写メ撮っときましょう」

「鏡に映った己の姿を撮った方が早いぞ?」

「冗談です、いくらお小遣いくれに来たのですか? 苺以下は通報しますよ」


 妾はどこの援交親父じゃこの金の亡者め。

 じゃが此度の事は金に糸目はつけぬと言いたいぐらい……天狐のこやつでないと分からぬ。


 弘嗣と鈴音は互いに想い合う仲となった――これは良いことじゃ、良い事なのじゃがおかしい。

 双方の想い合うとの言葉に意識のズレのせいか、いやそのような些細な事ではない。


「別れる運命を避けたはずなのに――でしょう」

「そなたも分かっておったか」

「ええ、何かおかしな事が起こっておりますね……

 明確に申せば、死を超えてから変わっているようです」

「それがアダとなったのか……?」

「いいえ、最善な選択でした」


 鈴音の死――元々は病によって命を落とす運命じゃった。

 いや病を患うのが運命であり、あの時代の医者・医術では治せぬ故に命を落とすのが正しいかの。

 なので適切な処置を行えば落命せずに済む。


 人には分岐点となる出来事が存在しておるのじゃが、その時に選択した道により先の未来が変わる。

 歴史的な大きな出来事は変わらぬが――。

 その中に"モテ期"や"結婚チャンス到来"などの出来事も含まれるのじゃが、

 そこに鈴音の命を救わねばならぬ理由があった。


 そもそも鈴音に良縁がないのはそれまでに選択しない、誤り続けた結果であり、

 その生涯での少ない絶好のチャンスを全て逃しておるせいじゃ。


 だが病を患った先に、結ばれる正真正銘のラストチャンスがそこに残っておった。

 そのような者もまぁ珍しくもない。あの時代では鈴音は治らぬ、にびは無理難題を押し付けられた事になるのか?

 ――否、死に別れるよりも前に出会い約束を交わしておけば来世で巡り合わせる事は可能じゃ。


 まぁ双方が本気で覚悟しておらねば無理であるがのう……

 心中では無理じゃし、片方が少しでもブレれば出会えぬほどリスキーではあるが、

 そのチャンスに備えて相手をあてがえ――なるものであったのじゃろう。



 じゃが、その前に鈴音をこちらに飛ばしてしまった事で話が変わった。

 身体の相性があるように魂にも相性があり、鈴音はそれに合う最高の者と会うてしまったのじゃ。

 死に別れるまでに契りを結ぶまでの時間があらぬ、各々心に秘めておる枷を解くには時間があまりにも足りぬ……。

 妾には当然にびには荷が重すぎると判断し、六に力を借りて鈴音の病を治し時間を稼いだ……。


「別れの運命――がおかしいのです」


 天の言う通り、何ゆえか別れる運命が残ったままになっておった――

 あのままの弘嗣では"鈴音を手放す"と言う再び誤った道を選ぶ。

 孤独を恐れるが故にスパっと断ち切らずウジウジと悔いておるから前の女の根に苦しめられるのじゃ、全く。

 可能性があると思うのが一番厄介なのじゃぞ……まぁ鈴音の方は気づかぬフリをしていただけまだ楽であった。

 八尾がやって来たのはついておったな。

 鈴音を知った者――鈴音の祖父に打ちのめしてもらうのが一番手っ取り早いしの。


 まぁこれらを断ち切れば最初から惹かれあっておるし、時が経てば自然と二人は無くてはならぬ間柄になる。

 そもそも男と女が同じ屋根の下で暮らしておれば嫌でも気になるものであるしの。


 だが、何ゆえか別れる運命が一向に消えぬのじゃ……

 いや、一度消えたはずであるのにまたそれが蘇ったと天は言う。

 にびの役目が終わっておらぬと聞いた時はわが耳を疑った。

 弘嗣の告白もやや曖昧であったが鈴音には伝わっておったし将来もおぼろげながら考えておる。


「その時の選択として別れる事はありますが、

 その先も運命づけられておるのはおかしいです……何者かがせぬ限り」

「何じゃと――妾らの中にそれを良く思わぬ者が居ると言うか!! 二人を引き裂こうとする者がッ!!」

「落ち着いてください。その者にも意図が分かりませんが、にびの役目も勤め上げられる結果なのは確かです」

「落ち着いてられるか!! 早々の事故とは言え、此度はにびの初仕事なのじゃぞ……

 あの二人を気に入っておるし、これ以上の相手なぞおるものか!!

 にびはよく笑うようになったのじゃ……それを奪って欲しくない」

「――あの子が笑顔でなかった原因は貴女が一番お分かりのはずです」


 そのような事……言われずとも分かっておるわ。

 終われば、すべてが終わればあ奴をうんと褒めてやるつもりだったのじゃ……。

 そしてすべてを……


「ですが、その者が用意した相手もまた魂とは別の条件を満たしております、これは鈴音も同様です」

「別の条件……じゃと?」

「時間を得る為に鈴音を助け、その後二人の問題を解決した――この間にあります。

 なぜ生きる者は異性と交わりたがるのかです。相手はその肉体的な条件を満たしてしまっております」

「そんなもの、子孫繁栄――より良い子孫を残す為であろう」

「そうです、人にせよ先人達の繋がりで命を繋いでおります。

 優れた肉体を持つ者を相手に選ぶのは、次の世を生き抜く事を祈ってのこと」

「ならば鈴音が特に対象から外れるはずじゃ、あ奴は特に――――」

「考えたくありませんが、頭に浮かんだ事が正解です……」


 まさか、まさか……ありえぬっ絶対にありえぬっ、あ奴がそのような事をするはずがないっ

 だがそれが出来る、それをしたのはあ奴だけじゃ……。

 間違いじゃ、何かの間違いに決まっておる……にびも懐き可愛がっておったのに何ゆえ……。


「私と同じで、あの方には姉妹の繋がりはありません。仲間内で考えたくありませんが、十分ありえることです。

 これについては私の方でも調べてみます――ですが、これは避けられるのです。

 彼女がそれを実行するには、にびと鈴音を向こうに返す必要がある。双方が拒否すれば可能です。

 ……彼女の事はあまり考え込まぬよう、そしてくれぐれもお気をつけて」


 そう言って蒸し暑い真っ暗な闇夜の中に消えて行った。

 だが妾には寒く感じる……いや寒いわけではないが震えてしまう……。

 わけが分からぬ……どうしてじゃ、にびが何をしたと言うのじゃ……。

 ああ――気が滅入っておるせいか身体が、おも……いやこれは……まさ、か……しまった……あ奴も……。


「ぐっ……ぐぐっ……」


 こ……こ奴もついておった……まず……い、目をとじ……ては……い、意識が飛ぶ……。

 お…さ……き……ふっ…ふた、りと……にげ――――。


 /


 おいおい、やべーよ……やべーもん見ちまったよ……。

 一部始終見てたけど忍者がおっかない方の狐倒しちまったよ……。

 忍者ってマジで居んのかよ――って俺も忍者か……

 で、あいつは俺の妹で一応仲間だよな? 何で仲間割れしてるんだ?

 痴情のもつれか、いやあいつがそんな事で揉める事がないんだが……。


「――って、そんな事言ってる場合じゃねぇ!? おいっ生きてるかおいっ!!」

「ぐっ……ぐぅっ……に、にげよ……」

「逃げろ――俺もやべぇのかよっ!? え、えぇっと……そうだ、あいつだっ」

『おー、いつぞやの馬鹿忍者かっ元気かーはっはっは。』

『おお元気元気っ――じゃねぇっ

 お前のおっかねぇ姉さんがヤベェんだよっ!! 俺の妹にやられて動けなくなってる!!』

『は――なななな何だとぉっっっ!? 今すぐ行く、今すぐ行くから落ち着けぇっ!!』


 ……

 ……

 ……


 狐って便利だよなぁ、すぐ行くって言ってホントすぐ来れんだもん。


 /


 あぁ、今日も疲れたな……。

 バイトの子が来ないどころか連絡もつかず、その子がする予定だった雑用が全部回ってきた。

 バックれとかホント勘弁してほしい。俺に迷惑かからなきゃ別に何てことはないんだけど、うん。

 あれ、オカンが来たのかな。部屋がすげぇ綺麗になってて明るくなってる――。


 何か変だな……そう言えばこの前にも来てたような来てなかったような……うーん分からん。

 昨日も今日も変わらないような毎日を送ってたら記憶があやふやになるのもしょうがないか……。


「何か足りないんだよなぁ……」


 大事なものが欠けている気がしてならない。今まであったものが失われたように妙に人肌が恋しい――。

 ふとスマホに目を落としてみたが期待はできないな……連絡したとして今更何と言えばいいのだろう?

 もう別れてしまったのだ、あんな別れ方しておいて今更やり直そうなんて言えたものではない


「あれ、何で美紀の写真がない――それにこれは誰だ……」


 見たこともない女の子の画像ばかり入っている……見ていると胸が締め付けられるようだ。

 特別可愛いくもないが綺麗な顔立ちをしている。こんな人と友達になったっけ?

 女の子や他の――おお、この人すげぇ美人じゃん、合コンでもしてその時に撮ったのか

 えぇっと連絡先連絡先……。


「いました~!!」

「うわぁっ――だ、誰だ!? どこから入った!?」

「はぁ? お会いした事――ありませんでしたっけ~? あれ~?」


 間の抜けた喋り方をしているが、見ていると妙にリラックスできるような……。

 先ほどの人よりだが、この人も結構かわいい――。


「んん~……イマイチありがたくないのは気のせいでしょうか~?」

「八っ何してるっ、早く七を寝かせるから場所を空けろぉっ」

「こ、今度は何だよっ!?」


 ふわふわっとした黄色かかった髪の次は赤髪でデカい――しかもよく見れば尻尾に耳っ!?

 何かコスプレイベントでもあったのか……って何で人のベッドに寝かせてるんだよ、

 イベント帰りで調子悪くなったとかなら病院に連絡しろよっ。


「――って、あれこの人……おお、画像の人じゃんっ」

「は~?」

「へ――?」

「お前、何言ってんだ?」


 この覆面ふんどし一丁の男は何だよ、存在感ないから気づかなかったけど邪魔だから帰れよ。

 女性いっぱいでハーレム気分味わいたいんだよ、な?


「俺だって味わいてぇよっ!!」

「おい、もしかして……あたしらの事知らないって言うんじゃないだろうな?」

「そんなコスプレして家に乗り込む奴とか知るわけないだろ!!」

「んん~……? ちょっと失礼しますね~――あ~……残念です~……」


 人の頭掴んで、その『あ~』って何!?

 残念な中身なのは知ってるけど、初対面の人間にそんなの言われる筋合いはないぞっ


「記憶……すっぽり無くしてます~……」

「は、はぁっ!? じゃ、じゃあ――にびは、鈴音はっ!?」

「もしかしたら~……困りました~……」


 お前らは一体何なんだ……一人を除いて大事な人達のような気がするんだけど思い出せない。

 記憶を無くすってどう言うことなんだ、俺ヤバい事にでも巻き込まれてんのか?

 ――って、また空から変なの落ちてきたぞ!? これはピンクの……狐?


「間に合った。けど何これ。すっごいヤバそうな状況。寝よう……Zzz」

「間に合ってもないですし寝ないでください~」

「あっはっは、緊張感ないなー。

 笑ってる状況じゃないけど、役立たずばっかでもう笑うしかない、あっはっは……」

「う~……にびちゃんも鈴音ちゃんもいないです~。

 しかもボン……彼氏さんも記憶消されてて役に立たないです~……」

「ボンの続きはクラ!? ねぇっ目をそらさないで教えてっ!?」

「記憶消せるの七とアイツしかいない。七じゃないならアイツ。戻すの面倒。ファァ……」


 ピンク色の狐が喋っている事に関してはもう触れないでおこう。

 夢だ、これはきっと夢を見ているに違いないんだから――。


 そうそう、こうやって意識が薄れていくよ……目が覚めたら会社行って、

 変わらない仕事して、ミスして怒られて重い気持ちで帰るんだ。

 いつも変わらない毎日なんだ、彼女できたら毎日のようにチュッチュして毎晩ピンキーな事するんだ、

 あぁ仕事辞めて一晩中そんなことできたらいいのになぁ

 夢の中でそんなことできたらいいなあ――。


『九ちゃん~自分の願望混ぜちゃダメです~……』

『あっはっは、相変わらずの淫乱ピンクだ』


 ・

 ・

 ・


『おい、朝ぞ。起きるのだっ』

『な、何ぞこれは――っ』

『よしっ今日の飯は自信作だぞっ』

『お帰り、今日は早かったのだな』

『気を付けてな。今日はその早く帰ってきて欲しい……』


 誰もいなくなった部屋の中に、女の人の声がずっと鳴り響いてる。

 誰だ……一体誰の声なんだ?


「お主の大事な人の声じゃ。すまぬが妾はしばらく動けぬ……。

 さて、時間も無いのでとっとと済ますが、お主妾と初めて会うた時の事を覚えておるか?

 実は面白い事になるかと思うて黙っておったのだが、その時にかけた術は完全には解けておらぬでの――

 あれはもう一人、妾がせねば解けぬのだ。妾の術は下地とそれに上乗せと二段構えなのじゃ

 にびが解いたのは上乗せ分、あの根暗はそれと気づかず重ねて術をかけておるのじゃ。

 ま、お喋りはこの辺りにして、いくぞ……このっ馬鹿者が――ッ!!」


 何を言ってるのかと思った――

 気が付いたらその人の手が思いっきり俺の頬をひっぱ叩いていた。


「っつ……何するんだよ――ってあれ?」

「まさか三尾までついておるとは思わなかったのじゃ……此度の事は妾の手落ちじゃ……。

 五尾・七尾・八尾にはもう話をつけてある、あれらと共に鈴音を助けに行け」

「鈴音を助けに……あぁっ!? そうだっ、鈴音の両親が来てからにびの様子がおかしくなって――」

「やはりあのジジイもか……弘嗣よ聞け、此度の事は六尾が黒幕じゃ。

 あ奴は鈴音と契りを結ばせようとしておる男にも予防接種をし、その世での絶対的な存在にしておる。

 何が目的か分からぬが、明日にでも執り行われるであろう婚儀を阻止するのじゃ。

 にびは妾がどうにかしてやるからの、鈴音を取り戻す事に集中せい。

 それと久野も敵じゃ……くそっあの六の調合品とは言え毒香なぞにっ!!」

「わ、分かったっ!!」

「初夜を迎えられては完全に手遅れじゃ――まぁ、そうなったら妾が最期まで面倒見てやるがの、ほっほ」


 あぁ良かった……いつもの七姉さんだ。

 ベッドの上に苦しそうな顔で眠っている姿ではなく、こうやって高慢だけど何気に優しくて、

 時々本気かどうか分からない誘惑してくる姿のがよく似合う。

 この無駄に多い白い尾っぽ揺らして……あれ……?


「ん……あ奴め余計な事を。まぁよい、こっちが正しいのじゃ」

「え、でも確か――」

「ちとワケありでな……まぁ、その内話してやろう。では目覚め次第行け――」


 ・

 ・

 ・


 次第に記憶が戻ってくる――。

 あぁそうだ、会社に行こうとした時に事件が起こったんだ……。

 うちも人の事言えないが、事前に連絡ぐらいして欲しい――

 いや、サプライズ訪問は構わないがこんな状況で来ないで欲しい。

 目の前にいる威圧感(それと殺気)を放ってるオッサン、優しそうでいて厳しそうなマダム、

 目が泳いで落ち着かない娘、私には関係ないしって顔してる狐、居心地悪い俺。


 朝、準備を終え時間までゆっくりしていた時にこの二人――鈴音の両親がやって来た。

 何も二人べったりな時に来なくたっていいじゃないっ、第一印象最悪だよ!!

 無言で刀に手をかけられた時は本気で『俺逝ったな』と思ったんだ……。


「…………」

「…………」


 話すタイミングを失ったとはこの事だ。

『じゃあ親子水入らずで――』何て言えたらどれほど楽か……。

 状況的には娘を攫って手籠めにした男と言うべきか、行方不明になった娘が、

 どこの馬の骨とも分からぬ男と密な関係になっていた――と言うべきか。

 何にせよ相手からすれば俺の印象はすっっごく悪い。


「あ、あのえーっと……お父様?」

「殺すぞ」


 ダメだ、シャレが分からない人だ。

 ましてや『結婚考えてるから認めてちょ』なんて言えない――

 言ったりなんかしたら即座に縦割りの人体模型が出来てしまう。

 と、とりあえず自己紹介だけでもしておかないといけないのだが、前置きどうすれば良いんだ……。

 あっちの世で『お付き合い』なんて概念があるのか?


「む、娘さんとお――仲よくさせて頂いています白川弘嗣と申します」

「左様か」

「……」

「……」


 や、やんわりと鈴音との関係を話したつもりだが伝わらなかった。

 これは首の骨居られるの覚悟してでも直球で言うべきか?

 いつか来るべき・やるべき事だと思っていたのだけど、問題解決のメドも立ってない、

 心の準備もできてないタイミングで来ないで欲しい。


 まず住居、現状ここでも構わないけど狭すぎる。そして収入、このままではいけない。

 会社、辞めたい――二人で暮らす分には現状維持でもいいが、現状ですら結構ギリギリで余裕がない。

 鈴音は帰らないとは言ったが、鈴音の両親にも全く知らせないままなのも気が引けていた。

 やはり心配せぬようにと一報ぐらい入れておくべきであり、そこでこいつなら大丈夫と思わせておきたかった。


 北海道から沖縄まで、日本からブラジルまでの距離の問題なら構わない。時間がかかるがいつかは辿りつける。

 だが、これは違う。四百年後の得体の知れぬ人間に――それも半端な人間に大事な一人娘を預けるなんてしたくないだろう。

 想い合っているだけでは通用しないとは分かっている。それでも俺は鈴音を手放すつもりはない――。


「いつかご挨拶をと考えておりましたが、このような形になってしまい申し訳ありません。

 今、御嬢さんと真剣なお付き合いをさせて頂いております。

 まだ半人前でありますが、先の事も――結婚も真剣に考えております。

 どうか、二人の関係をお許しくださいっ!!」

「弘嗣――父上、私も同じ気持ちであります。私は刀を捨てこの方と生きとうございます、

 勝手な事を申しておるのは重々承知しておりますが何卒お許しくだされっ」

「ならぬっ!!」

「父上っ――」

「鈴音、お前の嫁ぎ先はもう決まっておる。横井家からまたとない縁談の申し出があった、

 まだ若いが有望な嫡男じゃ。言うておる事はわかるであろう?」

「……」


 今の時代なら『本人の意思は尊重されないのか』と反論できるだろう。

 だが相手は現代の人間ではない、そもそもこちらでも近年まで女性の権利なんてものが無いに等しかった。

 それに鈴音の時代は特に"女は道具"であり、家の繋がり・跡継ぎを産む・信用を得るのに差し出す……

 親に言われればそれに従う。拒否するなど当然許される時代ではなかった。


 鈴音がずっとここに居た場合、残された"家"はどうなるのか――と考えた事があった。

 家臣は? 治める国に住む人は? 跡継ぎがおらぬ、先が見えぬ所に仕え続けるだろうか、残された人はどうなるのか。

 俺一人の為に多くの人を犠牲にしても良いものか……そう考えると不安でたまらず眠れなかった。


 恐らく鈴音も同じことを考えたのだろう、跡を継ぐ者がおらねばと。

 唇を噛む鈴音を見て時代の違いを思い知らされ、それを呪った――。


「父上、母上――

 申し訳ありませぬが、私は戻りも嫁ぎも致しませぬ。鈴音はもう死んだものと思うて下さい」

「何を言うておるのだっ!! お前がおらねば居下はどうなる!!」

「……っ、勝手な事を申しておるとは思うております。

 ですが帰りとうありませぬ、私はここに残りとうございますっ――」

「ぬぬぬっ――そこまで毒されおったか!!」

「あ、あのう……込み入った話の所申し訳ないのじゃが――」


 にびが申し訳なさそうに口を挟んできた――先ほどから妙に様子がおかしい。

 一体どうしたんだ、何かキョロキョロと落ち着かない様子だけど……。


「ここはどこで、その男は一体誰なのじゃ……?」


 にびは、俺を指さしながらそう言った――。


 ・

 ・

 ・


「あ~、復活しました~九ちゃん流石です~」

「Zzz……やった道端にエロ本落ちてる。学校終わったら拾いに行こう。Zzz」

「あっはっは、こりゃ完全に寝てるな。

 おーい、雨でぐちゃぐちゃになってるからちゃんと乾いてから広げろよー?」

「一体何の話をしてるんですか~、今はパソコンとかあるじゃないですか~」


 この人らに任せてもいいのだろうか?

 あ、ヤバい七姉さんがすっごい顔しかめてるよ……鬼の形相ってこう言う事を言うのだろう。

 他の皆もそれに気づいて大慌てで準備に入った。

 ごっちゃんは俺と、四姉さんは爆睡してる九尾のペアになって行くようだ。

 鈴音、絶対助けてやるからな。助けられたらその時は――。


「俺は!?」

「一人で来てください~」

「この荷物だけ持ってく。それのオマケで運んだげる……Zzz」

「荷物のついでかよっ、まぁ妹に話があるからそれでも構わん」


 このポンコツだけすっげぇ不安だ――。


 /


 やれやれ、あ奴らだけで大丈夫かの。

 言うなればハッピーセットな奴らばかりじゃから心配じゃ……。


「いつまでも子供じゃないし大丈夫だろう。

 それよりも人が仕掛けた罠にかかる己の心配をしてはどうだ母よ。年を取りすぎもうろくしたか?」

「化粧がケバくなるのも仕方ないですね、人も年を取ればそうなると言いますし」

「覚えておれよお主ら……」


 我が子、犬神が天狐を連れてやって来おった。

 全くこやつ罠が仕掛けられたのに気づいて我先に逃げおって……しれっと妾の財布まで持って行っておるし。

 まぁ、天がその毒を回収してくれたお蔭でもう一人の子――牛蒡種に解毒剤を作らせる事が出来たのじゃが。

 金はその手間賃として目を瞑ってやろう――。

 嗚呼、それにしても相変わらず飲み手の事を考えておらぬ糞不味い薬じゃ……。


「牛蒡種からの伝言だ、妹を助けてあげて――と。私からも同じ事をお願いする」

「んっ――よし、妾に任せておけ。

 あと牛蒡種に『もう少し美味く作れ』と言っておくのじゃ。あれの薬は不味くてかなわん」

「あれほどゲテモノ食いの母が不味いと言うのか……いやはや、病にはかかりたくないものだ」

「私はお金貰ってでも六尾に調合してもらいましょう」

「……え?」

「……何かおかしい事でも?」

「高位の者の思考はよく分からんと思ったまでだ……」

「んん? あぁそうだ九尾、これ渡しておきます」

「何じゃ、白紙のカードではないか」

「分からぬ事があればそれが示してくれます。ちなみに課金しないと出ませんから」


 こやつ……。しかも恐らく事の顛末まで全て知っておるな?

 妾の力の殆どがにびに行っておるので全てが分からぬのが難儀じゃ。


 三尾の居場所は――よし掴んだ。

 なるほど、鈴音の親父は三尾と繋がっておったか……あの根暗引きこもりが珍しい事じゃ。

 ま、理由は何にせよ少し思い知ってもらう事なるがの。


 のう三尾に六尾に久野――この九尾を敵に回した事を覚悟するがよいぞ。

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