16.雷雨がやって来た
書いてる途中でマイセンからメビウスに変わってた……
「ほう、これはこれは――鈴音はもう戻らぬのですね」
「はっ……恐らくは――ですが、憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしておりました」
我が娘にとってはまさに憑き物であったでしょう……これからも共にと契りを結んだ男と女子の口吸い――夫婦になり初めて行う事でありますがまあ構わないでしょう。
あちらではかのような慣習であるようですし、郷に入っては郷に従うのは道理、ふしだらかと思えど多少の事は目を瞑ることにします。
「ですが――会わぬままで宜しいので?」
「何やら殿が乗り込む企てをしております、近く共に参る事になりましょう。
"さぷらいず"であるので他言せぬようお願いします」
「……そのような言葉どこで覚えられたのですか?」
何を企んでおるか分かりませぬが、これが娘との今生の別れとなるか決まるでしょうな。
/
弘嗣が勤めに出かけるたのは約十日ぶりであろうか……尤もな理由があるので大丈夫であろうが少し心配であるな。
あの日から……その、間柄が近くになったのだ。未だにあれが夢幻ではなかったのではないかと思うてしまう……。
これまでとはうって変わり、あれほどまで雄々しき姿なぞ初めて見た。嗚呼、思い出すだけで顔が……。
出たばかりであるが、早く帰って来ぬであろうか――。
「あーはいはい、そーですねー……」
逆にこの狐は全くやる気を見せぬときた。
七姉殿も気になる事があると申してから戻らぬままであるし、五尾殿も畑が終われば帰ってしもうたし。
なので昼間はこのにびと共に過ごしておるのだが、ずっとかのように不貞腐れておる。
「だってぇー、こう何の問題もなくぅー、くっつかれたら面白くないしぃー……童何も出来てないしぃー……」
「ぬぬぬっ……」
何が面白くないのやら、それがお主の役目ではないのか。少し口を合わせただけで冷やかしに来おるし……。
こちらの世では挨拶代わりにすると言うのでそれに従ったまでぞ。うむっ、それにしてくるのは弘嗣からであるしなっ。
ふしだらかと思うがしたいと言うなれば致し方ない、全く男と言うものは困ったものだ。
「今朝だって、いってらっしゃいのチューを求めた困った女はどこの誰じゃったかのう。
全く、一緒に暮らそうって言われただけですぐこれじゃ……するなとは言わぬが夫婦になるまで節度を守るのじゃ節度を」
「いいっ一緒に暮らすとは即ちそう言う事であろうっ!!」
「お主からすればそうではあるがの……成り行きで決めたと言われればそれまでじゃし、今の弘嗣の稼ぎのままでどう生計を立てるのじゃ。
愛じゃ何じゃと言っても最終的には金じゃぞ?お主の祖父は"しっかりと!!"奉納しておったのに、今は何じゃあの渋ちんは。
気持ちではなく金をよこせと言うのじゃ金を!!」
わ、私に言うでないっ!!
であるが、父上はケチなのは確かである。ケチと言うよりはせこく、目先の小銭を求めて損をするような人である。
ご利益があるのかどうか分からぬ物に金を渋る父上の気持ちも分からぬではないが……。
「ご利益あったじゃろうが!? ただで弘嗣に会わせてやったのじゃから少しは感謝せよっふんっ」
「なっ……いや、うむ――。であるが、金さえ積んでおれば私にも筋骨隆々で聡明な相手を……」
「お主は一度本気で誰かに殴られろ、な? 顎砕けるぐらいのパンチ貰え、それで再起不能になれ」
「じょ、冗談に決まっておろうっ。いやお主には感謝しておるぞ、始めは何ぞと思うたが今では全てが――くふふっ」
「――冷房の最低温度ってどれぐらいなんじゃろうな」
これから苦楽を共にし、いつしか求め合い……ややこがと伝える時は――。
「別にどこまで妄想してくれても構わぬが、金と言う現実もちゃんと見るのじゃぞ?
とっても現実的で夢をぶち壊す事を言えば、子供なんて作ったら今より三つぐらい生活水準が降格するのじゃ」
「なれば私も稼ぎに出れば良いだけであろうっ、何じゃ金っ金っと!!」
「お主はこの世で何が出来ると言うのじゃ、小作人とかやれるような場所もあらぬのじゃぞ」
「で、では店ぐらいはっ――」
「ならば童とお店屋さんごっこをしようぞ」
こやつは私を馬鹿にしておるのか?
所詮は子供の遊び、ここは一つ私の腕を披露してやろう。
「マイセンの七ミリボックス、カートンでくださーい」
「え、えぇっ……こちらの皿でよろしいか?」
「何ゆえそちらが出てくる……それと"馬鹿にしている"のではなく"馬鹿だと思う"ておるのじゃ」
「ぬぬぬぅっ!!」
「もう一つ良い事を教えてやろう、お主の時代から更に時代が進むとな武家の時代が終わるんじゃがな。
これまでの特権を失ったやつらが商売始め、悉く失敗して消えていったんじゃぞ。分かるか、慣れぬことはせん事じゃ」
戦乱から天下泰平の世、そして武士の世が終わると聞いておったがかのような終わり方であったとは……。
だが私はどうすれば良いのだ、このまま弘嗣に負担をかけ続けるわけにも行かぬし、稼ぎを増やせと言うのも酷であるし……。
このまま細々と二人で生きてゆくしか……であるが、子は欲しい――この世はどうして金がかかるのだ。
そうだっ――
「元の時代で一緒に暮らせばいいじゃん!! とか考えたであろう?」
「い、いかぬか?」
「お主は良いかもしれぬが、衛生面などで弘嗣が死ぬ……ん、噂をすればあ奴からじゃ
なになに…………に゛ゃんじゃとおおおおっ!?」
「な、何があったのだ!! 敵に襲われたかっ怪我でもしたかっ!?」
「な、七姉様が……七姉様がっ……」
「……七殿が?」
「弘嗣の所でバイトしておるらしい……」
……別に騒ぐほどの事でもなかろう。
死ぬなぞ言っておったから、まさかと思うて損した……であるが、無事で何よりだ。
して……"ばいと"って何ぞ?
/
帰って欲しい……頼むから帰って欲しい……。
突然やって来たバイト――七姉さんによって男どもが懐柔され会社が支配されつつあった。
うちの会社の事務員が退職するので、人事がまとまるまで期間限定のバイトを雇うことにしていたらしい。
何でこの人が採用されたのかはすぐに分かった。
着物を着た色気ムンムンな妖艶美女がやって来たら採用されるに決まってる……。
オフィスレデー服を着ると身体のラインがハッキリしてまたスケベ心をくすぐってきていた。
まず会社にやって着たのはいつもの着物姿だ、そのインパクトの強さから誰もが彼女を見る。
その視線は右から左へ……見渡すのと同時に全員の男と目を合わせていった。
男どもは皆『俺を見た!!』と感じただろう。その時にはもうこの人の術にはまっている。
更衣室に案内され向かう時も皆の視線が尻に行った(俺も行った)。
そこからオフィスレデー服だ、絶対小さ目のサイズで言ったな……『少し小さくてお尻が』とか言って尻アピールしてくるのズルい。
それと同時に女の顰蹙を買っている――と言うか逆に売っている。
男の目には艶やかな微笑みしか見えなくても、女どもへ『私に勝てまして?』と言った挑戦的な微笑みを向けていた。
「ななこさん(七姉さん)って、私より"年上"っぽいですけどおいくつんですかぁ?」
「あ、確か勤務経験ないらしいですけど"今まで何を"してきたんですかぁ?」
さっそく先輩・正社員が若いを武器に先制攻撃を仕掛ける女性社員たち――
「三十四になります。ある方と共におりましたが、世間を知らなさすぎたのがアダとなり……少し外の社会を学んだ方が良いと思ってこちらに」
なるほど、三プラス四……年齢はさておき、今フリーかもしれないよアピールに加えて世間知らずなお嬢様アピールだ。
男どもは『俺にもチャンスがある!!』『俺が世間から色々教えてあげる!!』と言う目に変わった、チャンスなんて無いから。
あと妻帯者が一番目をギラつかせたらダメでしょ……特に支店長は浮気バレてると噂されてんのに。
お茶入れでさり気ない仕草に男どもは翻弄されっぱなし、白ブラウスから透けて見える黒いブラとか目に行くに決まってんだろうっ!!
『おや~、どこを見ておるのかの?誰かの耳に入ればどうなるのじゃろうな、ほっほ』と目で伝えてきた。黙っててくださいお願いします。
お昼の時間はもう男からの質問攻めだ。先輩だけどお前ら営業どうした、支店長は今日は取引先と大事な打ち合わせがあったのでは……?
七姉さんが来てから約三時間でうちの男社員は陥落し、不慣れさを見せながらも完璧な仕事をこなされては女性社員ズも手が出せない。
それどころか、オバちゃん社員が七姉さんについているから若いレディ立ちはもうハンカチを噛むしかない状態である。
「あぁ、そうじゃ。シャンプーが無くなっておったので帰りに買うてくるのじゃ」
「ん、了解」
この会話を聞いた皆が『んん?』と思ってるよね、そりゃ初勤務な子が『日用品が無くなってるから帰りに買って来い』なんて会話は変だと思うよね?
七姉さんやらかしたよね? 素でやらかしたよね? 口を一文字に結んで目が泳いでるあたり無意識でやったの分かるよ!!
「し、シアンインクーが無くっているので帰りに買っておいてもらえるですか?」
苦しい、苦しすぎるよっ『これで突き通せ!!』なんて無茶言わないでよっ
皆の懐疑的な目が……『今の記憶を消しておくのじゃ、時間なので帰るのじゃ』って逃げないでぇぇぇッ
しかも記憶を消すって俺に対する疑いの念が消えてない――もしかして、自分がミスした部分だけ消して帰ったなっ!?
何故だか分からないが、皆の彼女への独占欲や羨望が嫉妬へと変わっている――これがどう言うことかと言うと、それ俺がやる仕事じゃないよね?なのが俺に回ってくる。
しかも、少しのミスで小言を言われる始末だ……くっくそうっやられたっ……!!
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「い、いやあ、かくも遅くまで働くとは立派な主じゃのうー」
「誰のせいだ畜生っ!!」
「あれれ~、妾はどうしてか知らぬぞ~?」
「弘嗣よ諦めよ、この人はこう言う人じゃ……まぁお蔭で愛しき人に会えた感動もひとしおじゃろ、にひひっ」
「そのっ遅かったな……も、もう少し早く――なんだ、帰ってきて欲しい……」
くそうこの狐共めっ……!! 馬に蹴られてしまえ!!
結局帰ってきたの十時越えてしまったじゃないか、今日あと鈴音と居られる時間が一時間しかないじゃないか。
「いつもこれぐらいバリバリ仕事をして時間内に収めれば賃金も増えるのじゃ。一年ぐらいかかるが」
「ほっほ、増えた分だけ妾らが食いつぶしてやるがの。せいぜい気張るがよいぞ」
「お前らも何もしないのなら生活費ぐらい入れろよっ!!」
「あれ?姉様、どこか出かけられるのですか?」
「ちと用事があってな――今日はもう戻らぬ。では弘嗣よ、また明日♪じゃ」
「俺の話を聞けっ、五分だけでいいからっ……」
全く人の話を聞かない狐共め――ってあれ、雨降ってきたのか? そういや今晩から朝方にかけて荒れると言ってたな……。
荒れるのはいいけど天気回復するなら出勤前、もっと言えば始発が出る前にしてほしい。運転見合わせからの運行時間変更による激混みの駅構内から始まり。
我先にと義務感に駆られたソルジャーが乗り込んで来る超満員電車――とかもう何の修行かと思う。熱気と湿気で更にイライラするし、体力使うし……雨でスーツが濡れてたらもう倍プッシュだ。
電車がなければ、と思えば次はバスが、タクシーがとなる。どうあっても社畜は逃げられない。こんな時に運行してるバスやタクシー会社なんて潰れてしまえと思うぐらい殺意を抱く。
いや、彼らは悪くない『何であらゆる手段を使わなかったの?』と咎める会社から先に潰れろ。そして、辿りついてしまえばいつも通りの勤務が始まるんだ――帰りも似た状況だったらもう次の日には辞表出したくなる。
「童としては月曜日にそうなって欲しいのじゃ」
「……お前には人の心がないのか」
「狐じゃし」
ただでさえ最強の敵――月曜日は強敵だと言うのに、悪天候と電車遅延まで参戦されたらソルジャーが壊滅してしまう。
「一生に何度かある事じゃ、この先鈴音と共に暮らしていくならこれぐらいでブーブー言ってられぬぞ」
「うぅぅ……」
「童は大雨の音が好きじゃ、強風も好きじゃ、姉様の雷は大っ嫌いじゃ。今晩は雨風に普通の雷が鳴り響くから楽しみじゃのう」
「か、雷……ひ、弘嗣そろそろ寝ようぞ、な?」
そう言えば、にびがチビるぐらい怒られた際も鈴音は布団にすっこんでたよな?
「もしかして雷嫌いなのか……?」
「いいいいやっ、そんなのありえぬぞぞっ!? ちと疲れておるせいかねね眠いのだうむっ……」
「おお、光ったのじゃ」
「ひぃっ……」
「嘘じゃ――いだだだッ尻尾っ、尻尾はやめよっ!?」
なるほど鈴音は雷が怖いのか……ちょっと意外だけど、鈴音の新しい一面が知れたな。
「うー、まったく……まぁ童は風呂に入ってくるのじゃ」
「あぁそうだ、ここんとこ浴槽に毛が浮きすぎだぞ。この前なんか毛だらけだったし」
「童ではなく毛深い鈴音に言え」
「わ、私はさほど濃くないわっ、のう弘嗣!!」
「そ、それはうぅむ……でも、栗毛と白い直毛だからお前じゃないか」
「ま、待てっ!! そうなのか、そうでないのか明確な返事をくれっ」
「それは夏毛に生え変わりの時期じゃし、しょうじゃないじゃろ。
それに白い毛は七姉様じゃ、あの人も毛深いからの」
ど、どこが――と思ったけど聞かない事にしとこう。
たまに見える(見せられる)けどそうだったかな……うーん、意識して見ないから分からん。
ただ言われてみれば確かにそうかと思うんだけど、それ自体あまり見た事がないしどれが普通かの基準が分からないし、見せてくださいと言うわけにもいかないからな。
言ったら後に退けない事になりそうだし。
「お主はそっちのフェチでもあるのか」
「え、何で――?」
「尻尾の毛の事じゃぞ?」
「……」
「にひっ☆」
「わ、私はどうなのだ? のう教えてくれっ」
バリカンってあったかな?
にびは『まぁ濃い事は濃いがの』と言っていたがもう騙されないぞ!!
/
その後すぐにゴロゴロと鳴り始め、鈴音は『一緒に風呂入ろうっな、良いであろう!!』と言ってきたが丁重にお断りさせてもらった。
いや入りたかったけどさ……。
いつかは一線超えちゃうんだろうけど、それは今ではないのは確かだ。
元は戦国時代のお嬢様(?)である事には変わりなく、こちらにずっと居るからと今の当り前を押し付けるわけにもいかない。
いや、今の当り前もおかしいが……やはりこう言った事はちゃんとした形式を経てからだ。鈴音は『親に会えずとも良い』と言ってたけど、それはダメな気もするんだよな……。
未だに他所の御嬢さんって気持ちがどこかにあるのはそのせいだろう、頭が硬いなどと言われそうだが曖昧なままでやってはいけない……いけないんだ。
「も、もう少し近づいても良いのだぞ――」
ベッドの中が熱いのは湯上りのせいか、それとも鈴音の体温も合わさっているせいか――。
一人で眠るのが嫌だと半ば強引に連れ込まれたのだ……刀を置いたと言っても鍛錬は怠っていない、にびと畑仕事を手伝う合間に刀に見立てた棒切れを振るなどはしているらしい。
そのせいか握力は全く衰えていないのだ……この前は林檎握りつぶしたし、そんなので二の腕を思いっきり掴まれたらもう"行きます"と言う他ない。
なので今は鈴音と一緒にベッドの中にいる。このベッドで眠るのは久しぶりだけど、鈴音の匂いがして何とも言えない煽情的なベッドになっていた。
同じシャンプーを使っているはずなのに、鈴音の髪から香ってくる匂いがまた何ともいえない。そう言えば、風呂はにびと入ったけどそこでも濃いとかのやり取りをしてたな……。
俺からしてもイエスかノーかで言うとイエスだが、時代が時代だし仕方ないと思う。本音言うとそっちのが好きだし……うん。
「あ、あまりくっついたら熱いだろ?」
「あっ熱くなぞ――いや熱いな……」
ならどうして更にくっついてくるの!? 襦袢のうす布の下はもうアレなんだよっ、多分つけてもはいてもない上に汗じっとりで密着されたら危険なんだから――あぁ柔らかいってダメッ
目を閉じて『ん』ってしてる事はつまりアレだよね、寝てるんじゃなくてアレをしろって事だよね……。
「んっ――」
『口吸いはふしだらな行為』と非難する割には鈴音の方から求めてくる事が多い……今回は暗闇の中ってのが特に危険だ、止まらなくなる。
互いに不慣れではあるものの、思い思い鳥の啄み合いのように唇を求め合う――鈴音の吐息も時折漏れる声も何もかもが煽情してくるよ……。
「子供が親のセックスを見てしまったせいで性嫌悪を抱く事もあるのじゃぞ?」
「み、見てるんじゃないよぅっ――」
何じと目でじーっと見てるんだよ!! と思ったものの、正直に言うとにびに救われた。
真面目にこのまま続けていたらもう俺の欲望が止められなかっただろう。
それに傍で寝ているのがいる中でそんな事してしまったら、翌日どんな顔して会えばいいか分からない。
音を立てずってな方法もあるが、鈴音は恐らく――だし絶対に無理だ。
いくらそんな仲であったとしても肉欲に溺れてしまうのも良くない、昔のように身体を重ね合わせただけの愛情確認になってしまいそうだし……。
「ふふっ……」
「ど、どうしたの?」
「いや、雷は嫌いであるが弘嗣となら良いと思えてな――」
鈴音の微笑んだ顔は何て可愛いのだろう……真っ暗でぼんやりとしか見えないのに何故だか見える。
そこの狐、無言でピッピッピッピッ――って冷房の設定温度下げてんじゃないよ!!
/
うむ、昨晩は荒れておったのが嘘であるかのような良い天気だ。いや弘嗣が出かける頃にはまだ降っておったか、それからしばらくして嘘のように晴れて来たのだが、にびが言う『持ってない』であるのか?
何を持っておらぬか分からぬが持っておらぬのであろう、私からすれば持っておらぬとも良いと思えるが――むぅ、口が腫れておる気がするが大丈夫であろうか。
昨晩はうむ……困ったものだな。
「結局事あるごとにちゅっちゅしおって……燃え上がるのは構わぬが、その炎が消えた時の反動が大きいからの。あー楽しみ楽しみ」
「き、昨日は特別ぞっ!! おかげで雷は気にならずに済んだが……ふふ。っ」
「あーはいはい……さて、弘嗣の様子でも見るかの」
「見るって"すまほ"と申すのはかのような事も出来るのか?」
「うんにゃ? 動物の目を通して見る――うーん、言わば遠視じゃな」
そう言うとにびの目が変わった……その目はまるでトビやタカの如く肉を喰らう鳥のものであった。
火を扱えるだけとは思うておったが、まさかかのようなことまで出来るとは。
「いやこの間のキャンプの際、遊んでおったら思いついてな。
ベランダで鳩さんに餌やってた際にやってみたら出来ただけじゃ。
うーん、電車は多少遅れておるだけか。トビちゃんありがとうなのじゃ」
こやつは"べらんだ"に出てスズメに餌をやっておる時に分かったのだが、どうやら動物と話す事も出来るようである。妙に行動を把握していたのは鼠を放っておったからとは……。
人が動物と会話出来るのがおかしいのではないな、動物が人の言葉を話せるのがそもそもおかしい――物の怪の類は苦手であるが、害もなくすっかりその事を忘れておった。
うぅむ、鳥の如く空を自由に飛び、地を見下ろしてみたいものだ……"どろん"なる物もあるがまた違う。あれがあらば敵の布陣なぞ手に取るように分かるのだがな……まぁもう必要あらぬが。
「遠視でもないし部分的な憑依になるのかの――まぁ名づけてツー・ビジョン――いや、それだと略したらTVでテレビになってしまうのう。
デュアル・ビジョンじゃとDVでもっとダメじゃしのう……DuVにしておくか、うーむどれも中二くさい。ま、追々考えとするかの」
「まことに人間離れしておるのだな」
「だって人ではあらぬし、それにその人間離れした者のお蔭で愛しくてたまらぬ人が出来たのじゃから感謝せい」
「なっ、うぅぅむ……それはその、感謝しておるが……」
それから弘嗣は僅かに遅れただけで済んだようであった。朝から重い気分であったろうし、晩飯は精のつくものにしよう。
確か先日の猪の肉が熟し美味い頃であるな……牡丹鍋なる物をしてみようか、作り方は分からぬしどのような物か分からぬがにびならば分かるであろう。
「ん? 牡丹鍋は良いが精をつけさせてどうするつもりじゃ? あ奴はちゃんと契りを結んで初めてするつもりであるが」
「ちっ違うっ!! 疲れておるからであってっ……して、先ほどのはまことか?」
「分かっておるわ。まぁあ奴も形式張らずにしたいようにすれば良いのじゃがの。過去の女子は身体だけの繋がりしか残っておらなかったのもあるが、ちゃんとそなたの事を考えておるのじゃ」
そうであったか……う、うぅむ改めて先を考えるとまことに――であるが嬉しい。過去の事は知らぬが同じことにならぬよう気を使ってくれておるのであろう……。
気を使わずとも良いのに――だが、それがあ奴の良い所であるな。されど、形式とはいかようにして決めるのであろうか……時がくれば今一度、正式な申し出をされるのであろうか。
嗚呼、考えただけで心の臓が破れてしまいそうだ――こう面と向かい合うてくふふっ。
「馬に蹴られてしまう方がまだマシじゃと思う時があるのじゃ――ま、童も牡丹鍋食いたいし準備手伝うかの。おーい、帰ってくるのじゃー」
おお、そうであった。あ奴の為に美味い飯を用意しておかねばな、して何が必要ぞ?
ふむ――味噌で炊くのか、具は炊いたら美味いであろうものってまた雑な……もっとこう詳しきものが――むっ
入口がガタガタとしておるがもう帰って来たのか? いやいくら何でも戻るにはすぎる……七姉殿らは入口から入らぬし、考えられるのは賊か?
主の留守を守るが女子の務め――扉の鎖を破られれば手向かえ致そうっ
「ん?何やのチェーンついとるわ。弘嗣おるんかー?」
「は――?」
「あら、誰やの?弘嗣の家と違うたか?」
「い、いえ合うておりまするが――あの?」
「おーっ、弘嗣の彼女かいな! うちはあいつの母親です、よろしゅう」
な、何だとっ!? い、いかぬ無礼な行いをしてしもうた――ど、どどどうすればっ母君が来られるなぞ聞いておらぬぞ。
いい、いやまずは、まず戸を開かねばっ
「わ、私は共に住ませていただいております居下鈴音と申しますっ。此度の事、あや――弘嗣殿の母君とは知らず、ごごっご無礼をお許しくださいっ」
「そんな行儀ようせんでも構いまへん、頭上げてください。こちらこそ連絡もせんと来てしもて、うちは弘嗣の母親の茂子と申します、あの子共々よろしゅうたのんます」
「い、いえっこちらこそっ――ささ、どうぞ中へお上がりくだされっ!!」
私が中に参れと申すのはいささかおかしい気がせんでもないが、まぁここは流れに身を任すしかない――えぇいっ何ゆえあ奴は言ってくれぬのだ、茶菓子も何もないぞっ!!
と、とにかく茶を出さねば……いつも飲んでおるのしかないがこれで良いのだな? 実は濃い茶とか茶道具があると申せば帰ってきたら殴るぞっ!!
いや茶はあまり自信がないのだが……足痛くなるゆえにあの重苦しい空気が――いや今はそれどころでないっ、とにかく薄茶を……湯はこれで沸かすのは形としてどうなのだ? ええい無いよりマシだっ!!
「そんな気使わんでもよろしいで、近くに来て寄っただけやさかい」
あ奴は時々西の言葉が混じると思うておったが、なるほど母君がそうであったか。しかし西の言葉は苦手だ、早い、怖い、言葉に裏ありそう――。
だがそんな事は言うておれぬ、雑念を押さえろ押さえろ……静かな心で――そうだ、確かこうしてゆっくりと――よし、このまま
弘嗣の母君であらばゆくゆくは私の母君に――ああああああああっ雑念よ今は抑えよぉぉっっ!? いかぬ、飛んだっ次の手が飛んだっ!?
え、えぇと……もう構わぬ、どうとでもなれ
「そ、粗茶でございますが――」
思えば主の身内に対し、主の家にある茶を粗茶と言うのもどうなのだっ!?
いや正しいのか?……ああわけが分からぬっ、母上っ申し訳ありませぬっ今となって母の言葉を得心致しましたっ!!
・
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「いやー、そやったんやね。正直言うと前の子はあんまなぁ……やったんです。
鈴音さんみたいなこんな気のいいべっぴんさんなら宜しいわ、弘嗣の事くれぐれも宜しく頼みます」
「い、いえっこちらこそ、ふつつか者でございますが宜しくお願い申し上げますっ」
「あら今頃猪の肉かいな?ご飯の準備中やったのに長い事居座ってしもたなぁ」
「い、いいえっ大丈夫であります。晩に牡丹鍋と言うのをしようかと思うておりまして……作り方を調べておった所でございました」
「何や、知らんのなら教えておきましょか。ええっと味噌は――」
下ごしらえをし終えた所でようやく弘嗣の母君が帰られた。あ、あぁ疲れた……もう何もしたくない。
「少し寄っただけと言いながら喋り倒しだったのう……」
「は、話の切れ目が分からぬ……」
母上も話が好きであったが、年を取れば皆ああなるのであろうか……?
どれだけ失礼な事を言っておるか分かっておるが、此度ぐらいは許してもらいたい――せめて事前に連絡をば。
にびは見つかっては不味いと思っておるのか外に逃れておった。あの場に居れば更に数時間は覚悟せねばなるまい……。
「弘嗣にメールしておくのじゃ、親への紹介が済んだと」
「その"めえる"と申すのは何なのだ?」
「簡単に言えば手紙、書状を送るようなものじゃの――そうじゃ、これ使ってそなたが送ってみるのじゃ」
「えっ、であるが私は字を書くのはあまり……」
「どんな馬鹿みたいな悪筆でも関係ないから大丈夫じゃ、ほれこれを持ってこうしてじゃな――」
書きたい事を書けと言われても何を書けばよいのだ……とりあえず母君が参られた事と、うむ……。
/
何てこった……まさか母が来るとは想定外だった。
これまでも突然やって来ては掃除や飯を作っておいてくれていたのだが、今回は話が違う。
いや時間の問題だったけど、まさかこんな早くに来るとは思いもしなかった。しかも『初顔合わせはまずますじゃ』って何冷静に評価してるんだよ。
あと次に来たメッセージは何だ?『ひろつぐか?』ってもしかして鈴音か?
にびのスマホ使ってるのだろうけど、そもそも何でにびがこれのアカウント知ってるんだ……。
『そうだぞ』――『すずねだ』――
『わかってる』――『大好き』――
『俺もだ』――『いまのにびがうつたでもまことか』――
『本当だぞ』――『うれしい』
……何だこの恥ずかしいやりとり。
七姉さん止めて『小学生か』って目で見るの止めて。
『おぬしの母殿に何のモテ技』――
『もて茄子なしも出来ぬところか帰す無礼を働いて仕舞うた』――
『私だケバい七姉』――
……以降届かない。
恐らく消し方を知らないか予測変換で押し間違え、消そうとして送信してしまったのだろう。
『お主の母殿に何のもてなしも出来ぬどころか無礼を働いてしまった。
私だけではなくお主にも悪い事をしたと思うておる。
許して欲しい。psケバい七姉は事故じゃから言わぬように。』
恐らくヤバい文章を打ったのに気づいてにびが代筆したんだな、安心しろ手遅れだ。あの人横で見てたから。
「この画像は……保存しとこ」
にびは時折こうして鈴音の画像を送ってくる。
最初はガチガチの表情だったが今回はちょっとリラックスしている、可愛い。
それはさておき、七姉さんが怒涛のタップしている所からして相当怒られているのだろう。
『――なぜ見せた』とのメッセージ以降音沙汰がない。
見せたんじゃない、見られたんだ。
※武家の商法――武士が特権を失い、商売を始めるも悉く失敗し没落していった。
・「マイセンの七ミリ~」→「何ゆえそちらが~」
マイルドセブンのマイセンではなく、Meissenの方を出した為。
~今回登場キャラ~
オカン(弘嗣の母親)
関西弁で喋り倒すオバハン。
父上(鈴音の父親)
イカつい大柄な漢、子は鈴音のみで跡継ぎがいない。
娘を大事に思っているが、それ以上に家の方が大事で鈴音を良家に嫁がせたがっている。
故に弘嗣と鈴音の関係を認めない頑固親父。
母上(鈴音の母親)
敵サイドの娘であったが、戦で城内まで攻め込んできた鈴音の親父と出会い、互いに一目惚れして隠れてニャンニャンした。その時に出来たのが鈴音。
親父は種無しで鈴音が出来たのは奇跡的だった。故に家より娘の幸せを願っている。
久野は協力者であるが、実際に彼女の報告はあってもなくても鈴音の隠し事から何まで全部知っている。




