其の捌 『怪力入道』
ちょっと短いです。
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~涼川Side~
視界が真っ赤に染まっていた。何があったのか、と一瞬分からなくなるが、額を流れる血を触って、全て思い出す。左手に持っていたカードにも血が飛んでいた。軽い脳震盪だろうか、平衡感覚がない。
「アイツは……?」
落ち葉だらけの地面を手で押して、上半身を起こす。どうやら、山の中腹で伸びていた様だ。遠くで滝の音が聞こえる。ということは妖怪の山か?
「零士に手伝ってもらう……、なんて格好悪いよな」
身体を起こし、立ち上がる。方天画戟をどこかに落としてしまったので、武器はない。あるとすれば、弾幕と素手の二つだけだ。――いや、そうでもなかった。
秋の山では、嫌と言う程、落ち葉やら枝やらが落ちている。キノコなどの秋の味覚も普通に採れる。俺は、近くにあった太い枝を持って、地面――落ち葉――を掻きわけていく。絵とは、基本は線だけで構成されているので、地面と落ち葉の色の差を利用して線を描けば、絵になるのだ。
描くのは勿論、武器である方天画戟。これで幻想郷に存在する方天画戟が二つになってしまったが、全く気にしない。大して問題も無いからだ。
絵として描かれた方天画戟に手を掛け、柄を持って上に上げる。銀色の刃が、太陽光を反射して光る。右手に方天画戟を持ち、スペルカードを左手で持ち直す。
「行こう」
妖怪の山の滝の方へ、敵が向かっているのが見えた。俺は額を一度拭って、走り始めた。
落葉しすぎて枝だけになった木々が乱雑に生えている。たまに倒れている木は、破壊の力で粉々にする。パキパキと、乾燥した枝を折りながら、滝の音がする方へ近づいて行く。近づくと共に、刃の音も聞こえ始めた。
――確か、尼の方は金色の輪っかを持っていたはずだ。あれはあれで武器だろう。それと、俺を殴ったあの煙。顔のようなものが見えたから、何らかの妖怪変化の類だろう。と、いうことは輪っかによる攻撃と拳による攻撃の、少なくとも二通りがあるはずだ――。
「一筋縄ではいかなさそうだな……」
一筋縄ではいかないと言えば。
ロッヅェは大丈夫なのだろうか。
「敵襲、敵襲ですッ!」
必死に天狗社会の上層部に叫んでるけど、あまり聞こえないんだよなぁ、と俺は細い眼をした。まぁ、相手の力量を見て逃亡か、時間稼ぎかを判断しのは上手いと思ったが。
俺は、崖のギリギリまで足を踏み出して、叫んだ。
「白狼、代われ!」
滝の真ん中らへんで空中戦をしている白狼は、俺の方を見ずに叫んだ。
「了解です涼川さん!」
おおう、もう既に千里眼を使っていたのか。
ちょっと虚しくなってしまった。
「さっきの……」
「竜人だよ」
崖から跳び、方天画戟を振り下ろすが、金色の輪っかで防がれる。予想通り、というか、甲高い音が響いた。金とは金属としては比較的柔らかい性質があるので、何十回か刃をぶつければ形が歪まないかと再度方天画戟を振り上げたが、その前に俺をここまで吹き飛ばした拳が飛んできた。
さっきは油断したが、今度は違う。不意打ちではない。
俺は翼をいっぱいに広げ、両腕を身体の前で交差させた。
「――っぁあッ!」
翼に強い風圧がかかる。背中との付け根の骨が脱臼しかける――、いや、左翼を脱臼した。腕の方の被害は幸いにしてゼロだった。
悲鳴を上げるよりも前に、時計回りに回って方天画戟を振るう。しかし、またしても金色の輪っかで防がれる。――尼の背後から白狼が刀を振りかざすのが見えた。
「問答無用です」
背後――、白狼に向かって、飛んでいく拳。嫌な音と共に、滝という壁に追突する白狼。刀が持ち主の手を離れ、滝壺に落ちて行った。その間に俺は方天画戟を持ち直し、今度は槍のように突く。
今度は防げれないと感じたのか、輪っかを使わずに避けた。それでも、青色の髪が数本切れただけで、余裕の表情を崩さなかった。
「蚊は平手で潰すものですよ」
頭上からの平手落とし。鉄槌と言ってもいい。とにかく、巨大な一つの手が、上から俺という蚊を叩き潰すために落とされたのだ。
「嘘だろおい!」
左翼が使えないので、回避は望めない。紙や鉛筆は持っていないし、今手にしているものと言えば方天画戟だけだ。
(スペルカードを!)
「分かってらァッ!」
竜に言われる筋合いはねぇよ、と。
「方天画戟、怯!」
赤色の一閃が、巨大な手を二つに割った。
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