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其の壱 『箱舟』

ある日、昼寝をしていたロッヅェに舞い込んできた情報は、『空飛ぶ箱舟』の情報だった。

戦闘好きな彼は、それが異変であるということを確認し、星蓮船に乗り込みに行った――。

〜ロッヅェSide〜


 朝、吸血鬼の文字通りの天敵と言える太陽が強く照りつける春、俺は紅魔館の屋根の上で昼寝をしていた。――朝に寝ているのだから二度寝なのか、それとも、吸血鬼という観点から見て、俺自身にとっての睡眠中なのかは自分としても定かではない。というか、俺にも寝ているのか起きているのか曖昧ところだ。夢うつつで宙に浮いている気分だった。

 俺は、後頭部で手を組んで、日差しを全身に浴びながら寝ていた。吸血鬼ならば一瞬で炎上して灰と化すであろう格好で、だ。

 ちなみに今の俺の服装は、白のシャツにダメージジーンズと、かなりラフな格好だ。ジーンズは裾が長いので、かなり見た目が暑そうに見えるが、俺としては足が隠せればなんでもいいと思っていた。

「そんな暑苦しい格好をよくしてるな、ロッヅェ」

 いつの間にか、友人である大津零士が俺の隣に立っていて、『最新号だ』と続けながら、手に持っている新聞を一つ、俺の顔面に乗っけた。俺は片手で新聞を掴みながら、相手が誰かを確認する。

「……そういうお前こそ、黒ばっかじゃん」

 零士の格好は、黒のパーカーに、軍隊の着そうな迷彩柄の長ズボンだった。なお、パーカーは長袖で、前のチャックは閉められていない。中のシャツも黒で少し不自然な感じだった。

「黒って熱を吸収しやすいんだが、知ってるか? ……あ、俺たちのこと載ってんじゃん」

「あぁ? 数ヶ月も前のヤツか? 文の奴、最新号の癖に内容遅いじゃんかよ……」

 零士の持ってきた文々。新聞を開き、一ページ目に出てきた内容を見る。零士もまだ見てなかったらしく、横から新聞を覗き見た。

 そこには、数ヶ月前に紅魔組が起こした異変のことが書かれていた。

「『紅霧異変、博麗の巫女と魔法使いが解決!』……おいこれふざけてやがるぜ?」

 と、言いながら俺は新聞を屋根に叩きつけた。零士が一歩後ろに下がって屋根から落ちかけた――。自分の負けたことがそんなに悔しかったのか、零士は思ったが、違った。

「英治もあん時いただろ、俺英治に倒されたんだけど」

「いや、論点違うだろ……」

「確かに俺が負けたのは恥ずかしいけど……。それより何で魔理沙、お前あたかも『私がやった』って顔してんだよ」

『おい零士』彼を呼んだ時にはもう既に次の場所へ向かったらしく、そこには誰もいなかった。

 突っ込みとクレームの行き場をなくした俺は、右手を銃に変え、大きく載っているその魔理沙の顔を撃ち抜いた。――勿論、遠い所にいる本人にその銃弾が当たるなんてことはなく、ただ乾いた音が一つ、響いただけだった。

「あぁ、やるせねぇ」

 まだ腹の虫がおさまらないが、そんなことを言っていても仕方がないと最終的には判断し、新聞を左手でペラペラとめくって、素早く眼を走らせた。

 人里での店の広告。

 永遠亭の傷、病の完治話。

 プリズムリバー三姉妹のライブ予定。

 香霖堂での珍しい品々の販売価格。

 正直、大体九割九分はどうでも良いことで、残り一分を見つける作業をしている状態だ。――今回はハズレかと思いながら最後のページに眼を走らせた。

 ――最後のページの、ある一角に眼が留まった。

 俺は、そこに書いてあることをじっくり読み、よく吟味し、深く考察する。

「……はッ」

 軽く笑い、ピンボケした写真を、右手の銃から剣に変えたモノで切り取り、それを手にして彼は空へと翼を広げた。――今回は射命丸に感謝しないとな、と呟いて。

 半人半吸血鬼でも少し辛いくらいの快晴だった。


 博麗神社。

 博麗の巫女と神主の二人が在住するこの神社には、神も仏も何もない、ただの妖怪や化物の溜まり場になっている。それは、神主であり、巫女の霊夢の兄である霊命の性格のせいだろう。――彼は、何も拒むことなく、全てを受け入れている。

 例えば、今日の突然の半吸血鬼の来訪に対しても驚かず、むしろ嬉しそうに迎えてくれたのがその最たる例だ。

「やぁ、吸血鬼の。お茶でも飲みに来たのかい?」

 柔らかそうな物腰が特徴的な霊命は、人里でもかなりの人気がある。里を歩いていると、子供と一緒に遊んでいる霊命を見かけることがある。

 他にも、俺は霊命に頭が上がらないほど世話になっているというせつがあり、ある意味での恩人のような存在でもある。

「れ、霊命さん」

 従って、流石に俺も敬語を使うことになる。よく霊命に『敬語じゃなくて良いよ』と言われるが、そういう訳にも行かず、今まで敬語で会話している状態だ。

「えぇっと、今日の文々。新聞は読みましたか?」

 俺は、まさか霊命と会うことになるとは思ってなくて、少しどもってしまったが、単刀直入に本題を言う。霊命に対しては、事をサクサクと進めたい主義なのだ。

「いや、霊夢が先に読むことになっているから、まだ僕は読んでないよ」

「え、じゃあちょっとこれは……」

「良いよ、何かあったんでしょ?」

 霊命が言った。既に何かを見透かしているような口振りだ。――俺は、先ほど切り取った写真を霊命に手渡す。あまり大きくない上、ピンボケしているので、かなり見にくいが、それでも霊命は一発で大体分かったらしい。見透かすのが得意な上に、理解が早いのは説明の手間が省けて嬉しい。

「……何に見えますか」

「船、だね。強いて言うなら箱舟、かな。でも、これは」

 『空を飛んでるね』と霊命は続けた。俺は黙って頷いた。

 写真は、空の独特な青色に、白い、どこにでもありそうな形をした雲が写り、その雲から見え隠れするようにその『箱舟』はあった。木の質感が、ピンボケしていてもはっきりと分かり、船底の四角く切り抜かれた穴からはオールが数本、まるで鳥の翼のように上下運動しているのが想像できた。


**********


 俺は戦闘狂だ。


 いきなりこんなことを言ってしまったが、まずはこの話だ。一応、意味は無いと思うが、強調するためにももう一回言っておこう。


 俺は戦闘狂だ。


 ――いや、厳密な所では違うのだが、俺の感情全てを感情論から心理学まで、最後まで分析すると、結局はただの戦闘狂、戦いが好きなだけの吸血鬼と分析できる。

 血を好む吸血鬼。

 鮮血を好む悪魔。

 かのブラド・ツェペシュの元で生きていた時代がある俺が、いつの間にか醜く歪んでいたとしても皆は全く驚かないだろう。自覚しているが、普段こそは普通だが、戦いになると人格が変わる。まるで、戦いと生活の境界線の不安定な足場に立っているように、だ。

 だが、本能は本能、感情は感情。抑えることが出来ても、消すことは出来ない。

 戦いたい。

 戦場に赴きたい。


 そんな俺が、唯一自由に戦闘ができるのは、今回のような例の時。

 つまりは、『異変の時』だけだった。


「空飛ぶ箱舟――。ロッヅェ君はもう既に異変だと思っているみたいだね」

 霊命は、口角を大きく釣り上げたであろう俺を見て言った。その表情は、吸血鬼さながら、彼の戦闘狂としての感情の現われに見えているかもしれない。

「霊命さんは違うと思うんですか」

 表情に反して、敬語を崩さずに霊命に問う俺には、何とも形容し難いちぐはぐさが生まれていた。――何と言うか、見た目と中身のまるっきり違う感じか。

「いんや、異変だと思うよ。それに、君自身も戦いたいんだろう? だったら、行って来ると良い」

 言って、霊命は天を指差した。太陽を見ろ――、ではない。だが、何を指しているのか分からない指の先を見れば、提示しているモノは一目瞭然だった。

 箱舟。

 写真に写っているのと同じ箱舟が、空に在った。


「行ってらっしゃい、ロッヅェ君」


**********

次回は英治Side予定です。更新ペースは週一から週二程度です。

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