其の拾伍『感情の摩天楼』
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首の根元を殴られていた。人体で最も弱い骨がある部分に強い衝撃が加わり、鎖骨とその周辺の骨が割れる感じがする。痛みで叫びそうになるが、声が出ない。鎖骨が気道に刺さったのかもしれない。しかし、息はできる。ならば構うものか。
今まで回し続けていた歯車と、取り出したスペルカードを握りつぶし、手品のようにその場から消滅させる。代わりに反対の手に水剣を生成、それを強く握り、至近距離まで近づいた敵の頸動脈目掛けて横に振る。
しかし、それをしゃがむように体勢を低くして、――それも一切刀身に目を向けず、避けられる。長い髪の一部を斬っただけで、水剣は空ぶった。足首を掴まれたままだったロッヅェ君は、ここでやっと抜け出すことができ、少しでも遠くへ、と言わんばかりに走っていた。
彼が遠ざかるのを見届けながら、すかさず歯車を消滅させた方の手でもう一本水剣を作り、天を突くように突き上げる。刃先が敵の胸のど真ん中を貫く気持ちで打った。しかし、右指の人差し指と中指の二本で、刀身を挟むようにして防がれる。
「んな漫画みたいなッ……」
「いえ、ですが皆いい動きですよ?」
ブン、と強く、その防がれた水剣を振る。敵は刃先にかかる遠心力と共に、少し遠くへ跳躍した。
「菊一文字」
視界に入った、彼女の向こう側――僕の立つ位置の対角線上で、ロッヅェ君が言った。
視界が一瞬、ズレた気がした。しかし、そうしたのは俺だ。
刀を薙いだ時に発生した強い風圧が、大気の分子を激しく揺さぶり、瞬間的にその周辺高温となり蜃気楼になったのか――。なんて。
「考えている場合じゃないよなッ!」
左腕をマシンガンに変え、刀にしていた右腕を素手に戻し、地面に触れる。瞬間、錬金術の青い光が辺りを照らす。
魔界――法界の地面は土である。土ならば多かれ少なかれ金属は存在する。その金属を寄せ集めて凝縮、即席の銃弾、弾帯を練成する。更に、地面の一部を、円状になるように銃弾とはまた別の、とある合金に置き換える。地雷代わりだ。――左腕のマシンガンの装填弾場所にその弾帯を突っ込み、右腕でトリガーを引く。
連続する乾いた音が、鳴り響く。火薬の匂いが鼻を殴り、着火する瞬間の閃光が網膜に焼きつく。
五十発、百発、二百発――。
銃弾の弾幕は地面を抉り、砂埃を巻き上げ、唸り、甲高い音ともに辺りに反響する。そして、向こうにいる英治が再度歯車を出すのと、マシンガンの弾が切れるのはほとんど同時だった――。
「――うぁッ!?」
瞬間、敵のシルエットが膨張した。いや、膨張したわけではない、跳躍したのだ。――いや待て、マシンガンの弾幕はどうしたんだ!?
その心の声に応えるように、彼女は言った。「素手で掴みました」
そして左手を開く。バラバラと、銃弾が落ち、金属質な音を立てた。俺はそれを目で追うことしかできない。
「……冗談キツイぜ」かろうじて口を動かした。
彼女の影が、俺の全身を覆った。
方天画戟、と呟いた後、自分でも何と言えばいいのか分からず、とりあえず「キョウ」と漢字も意識せずに叫び――、スペルカードを唱える。
英治がラリアットを首に喰らった後、正確には水剣を振るのと同時に自分の脚を敵に引っ掛け、転ばせようとしたのだが、彼女は何事もなかったかのように――ロッヅェの足首を放して――英治と戦っていたのだった。
まるで俺が眼中にないみたいで、何か腹が立った。
人間は、極限状態や死の近くなると、どうでもいいことを考えてしまうらしい。例えば、今みたいに、俺らはあの単純な力技で殺されるかもしれないのに、俺が戦いの中にいないのは何故だ、と考えていることを指す。まさに今の俺は、極限状態だった。
加えて、スペルカード。
今の気分は、ある意味で深夜のハイテンションだった。
「うぁぁああッ!」
襲われているみたいな声だな、と他人のように感じながら、ロッヅェの前で仁王立ちしている敵のシルエットを、縦一文字に真っ二つにするように方天画戟を振り下ろす。しかし手応えはない。地面を、見上げるロッヅェのギリギリのところまで、大きな裂け目を作った。
折れた方天画戟の刃先は、鈍く俺の顔を反射していた。その後ろに、影。
「ラァッ!」
後方への右回し蹴り。脚を払うほどの低さで蹴ったが、低い故にジャンプで避けられる。だが、俺は回転する勢いを殺さず、最初に方天画戟を振り下ろした方向にそのまま回し蹴りをするようにして、その反対側――百八十度回った位置で――方天画戟を持った両腕を、回し蹴りと同じ要領で放った。少し高い。
「砕」
――右アッパーで、刃が完全に折られる。見なくても、見ずとも分かる。音と、持ち手への振動がそれを証明していたからだ。
刃が折れたと脳が理解した瞬間、条件反射のように方天画戟を手放す。刃のない槍はただの棒だ。
方天画戟を手放し、更に一周。遠心力でだらんと垂れ下がった左腕を、鞭のようにしならせ、敵の頭を打とうとする。
「手首、駄目ですよ」
いともたやすく、手首の所で掴まれ、遠心力の勢いも殺され、完全に俺は宙に浮いてしまった。脚で蹴ろうと思ったが、それよりさきに左手首に鈍い痛みが走る。反射で、右手で掴まれている腕をどうにかして離そうとする。しかし、ギリギリと万力のような力が、手首を段々と締め上げていった。
「折りましょうか」
「――んなもん、ゴメンだね」
「英治ィ!」
声が鼓膜を震わす。ロッヅェ君が叫んだのだとすぐに理解する。何だよ、と言う前に続きの言葉が飛んできた。
「火花を!」
と言いながら――、ロッヅェ君は、すぐ隣で左手首を締め上げられている涼川君を無視して、僕の方に走ってくる。正直、何が何なのかよく分からないが、ただロッヅェ君の右腕が刀になっていることと、火花、という言葉から、強く水剣をロッヅェ君の刀にぶつければいいのだということは分かった。
「叩っ切れ!」
「『断零翔』」
甲高い音。
耳をつんざく音。
右の鼓膜から左の鼓膜へ、鋭い針が一本貫通したような音が、脳の聴覚平野に届いた。刹那、ロッヅェ君の周りに火が現れる。――火!?
「酸素と火花、後は自分で考えろ!」
そう言って、ロッヅェ君は更に錬金術を発動させた。錬成中の光が消えると、地面に土とは違う、黒色の粉のような物が、導火線のように敵の立っている位置からロッヅェ君の位置まで伸びていた。
「涼川、すまん!」
宙を漂う火を、素手で掴み、その粉にぶつける。それは一瞬光ったかと思ったら、次の瞬間、爆発を起こしていた。火の熱風と、爆風で何も見えない。砂埃が舞い、状況が分からない。
何回か咳き込み、「何だ何だ」と野次馬のように言ってみる。すぐにロッヅェ君から返事があった。
「鉄とマンガン、ケイ素の合金と言えば、何だと思う?」
こんな時に化学の話か、と思ったが、よく考えれば錬金術は基本、化学変化なのだから仕方ない、と思い返した。そして、考える。鉄、マンガン、ケイ素。この三つを混ぜた合金? 確かそれって――。
「鉄形状記憶合金、だよ」
砂埃が晴れ、視界が開ける。ロッヅェ君の視線の先には、涼川君と敵をいっしょくたに固め、固定した――鉄の帯があった。それは、包帯のように二人を拘束している。
「……詰みでいいのかな?」僕は恐る恐る言ってみる。
「チェックメイトだ」ロッヅェ君は言う。
「最初にチェックと言えよ……」苦しそうに涼川君は呟いた。
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